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魔法少年は今日も少女に逆らえない  作者: 半目ミケ
第一幕 魔法少女の誕生
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はしゃぎ過ぎずに

 若草のような緑の髪。長く伸ばしたそれを頭の両サイドで上げて結ぶ。

 頭の動きに応じて視界の端でゆらゆら揺れるそれは、多くの人の注目を集めることだろう。


 針葉樹の葉のように濃い緑色を基調とした衣装は、その髪をさらに引き立てる。

 ふりふりと細々した白い布地が付属して揺れ動く姿は、こんな田舎の村ではまず見ない煌びやかもの。


「魔法少女ニンフェア、参上!」


 そんな格好をしながら家の屋根に登り、笑顔をばらまきながらピースサインでよくわからないことを叫ぶ人がひとり。


 僕です。


 僕なんです。


 なにやってんだろ、僕……。


『あはははは、傑作ね!』


 プリムラの笑い声が聞こえる。

 うぅ……僕だって好きでこんなことやっているんじゃないのに。

 というか、こうやれって指示したのはキミでしょうが。


 真っ昼間から変身した僕はプリムラの提案(強制)で一芝居うつことになった。

 要はあの時と同じように魔女の仲間が魔女を助け出すということ。


 これなら村人の誰かが疑われることはない。

 その点は僕の理想通りの結果が得られる。


 だけど、それだけのためならわざわざこんな目立つように辱めを受ける必要はない。

 救い出してその姿を見られればそれだけでおしまいになるはずだから。


 僕がわざわざこんなことをする必要があったのは村人からの魔女の印象を少しでも良くするためだ。

 村を襲う気なんてないよ、ただ仲間を助け出しただけだよ、安全安心だよとアピールしているんだ。

 そうすることで前のような警戒態勢を敷く必要をなくさせるんだ。


 村の中心でこんなことをやったんだから人は集まってきている。

 大人も子供もみんな家から出てきて僕を見ている。


 あぁ、まだ知らない人ならよかったのに、どうしてみんな知っている人なんだろうね……。

 視線を痛いほど感じる……みんなからは僕が『狩人』の息子のレンだなんて思いも寄らないだろうけど。


 ちなみに牢に捕らわれていた魔女はもう逃走済みだ。後で森の中で落ち合う手筈になっている。

 だから僕も頃合いを見計らってここから逃げなきゃいけないんだけど……。


『来たみたい』


 騒ぎを聞きつけてやってくる人だかり。

 その中に父さんの姿を見つけた。声が届く距離までやってくると手にした猟銃の銃口を僕へと向けてくる。


「あの時の魔女か」


「わたしは魔女じゃないです。魔法少女です」


 魔法少女という肩書きは牢の魔女からの提案だ。遠い街でそんな書物があったのを読んだことがあるらしい。

 主に子供受けがいいらしく、僕らもその恩恵にあやかろうとこうして演じる羽目になっている。


 でも、僕は男なのに、少女って名乗るのは……うぅん、考えるのはよそう。悲しくなるから。


「前にも言いましたけど、わたしは村を襲う気はないです。それじゃあ」


「待て!」


 父さんの声は無視して子供に手を振って踵を返し、家の屋根から飛び降りる。

 そのまま着地したら森の中へと猛ダッシュ。

 ふりふりのスカートなんて気にしない。ズボンと比べて生足が出ている分、むしろいつもよりも脚が自由に動かせるとわりきった。




 十分ぐらい走ったところで足を止めて近くの木に背中を預けた。

 普段から運動して体力はつけているとは言っても、けっこう息が上がっている。

 相手はあの父さんだ。獲物を追いかけるのが苦手なはずがない。

 でも、これぐらい逃げればさすがにもう追ってはこないと思う。


 とりあえず一旦休憩しつつ、助け出した魔女と落ち合う場所の方向を確認する。

 うん、まっすぐ走ってきたからここからすぐだ。これなら歩いていってもいいはず。


 息を整えた僕は歩き出す。


『うまくいったみたいね』


 プリムラの言うとおり、うまくいった。全部、想定通りに事が運んだ。


 でも、運がよかったところもあると思う。

 父さんが何も確認せずに撃っていたらそれこそ危なかっただろうし、助けた魔女が再度つかまってしまうかもしれなかった。

 まぁ、あのアピールはそのための時間稼ぎの面もあったんだけど。


 あぁ、でもよかったのかな……魔女を助けるなんて村の裏切り者だよ。

 理由があったとは言っても絶対許されることじゃない。

 魔女と関わってから僕は嘘ついたり隠し事したりしてばっかだ。


 歩きながらポケットから取り出した小包を取り出す。

 そこの中に入っているのはメグ姉からもらったクッキーだ。


 魔法少女の姿を保つため、ちょくちょく甘い物を食べないといけない。

 走った後で口の中がパサパサだけど仕方が無い。もし今度があったとしたら飲み物も用意しておこう。

 二度とこんなことしたくないけど。


「シグネさん。来ましたよ」


 約束をした場所……以前プリムラと話したあの泉まで歩いてくると僕は声を出す。

 シグネさんというのはあの牢にいた魔女の名前だ。


「ああ、よかった。無事だったのね」


 シグネさんは僕の近くの木の上から降りてきた。

 見た目からはそう思えなかったけど、結構身軽らしい。


「ここからはあっちの方向に歩いて行けば街道に出られます」


 僕はシグネさんにこの森からの帰り道を教える。もちろん村を通らない道だ。

 僕の住む村の人はまず使う必要のない道だし、まず人が通ることはない。そして、メグ姉が言うにはその道をまっすぐ進めば小さな町に出られるそうだ。僕は行ったことないけど。


「それなんだけど……ひとついいかしら」


「……? なんですか」


 道を教えればようやくお役御免だと思っていたのにシグネさんは僕に問いかけてくる。

 まさか、歩きたくないとか言い出すんじゃないよね。


「箒が見当たらないのよ」


「箒?」


 シグネさんが捕まっていた牢。服はそのままだったし、持ち物も隣の部屋に無造作におかれていた。それも逃げ出す際にちゃんと持ってきたはずだった。

 その中には箒なんてなかった。


「でも箒なんて何に使うんですか?」


「魔女は箒で空を飛ぶのよ。ただ、特別なものでかなり高価だから」


 そういえば旅をしているって言ってたっけ。

 空を飛ぶんだ。それなら長旅も快適そうだ。


「わかりました。探してきますので、もう少し待っていてください」


 シグネさんが本当に困っている顔をしているので断り切れず、僕は村に戻ることにした。

 変身が解けるまで時間がかかるのでゆっくりしつつ。


 その間に思ったんだけど、歩きたくないからっていう予想もあながち間違ってなかったような気がした。




 無事変身も解けて村に戻ると村はまだざわざわしていた。

 大人達は集まって集会を開いている。あの中心には父さんもいるんだろう。

 対策をどうするかという話で揉めているようだ。


 子供達は子供達で集まってお話をしている。話題は魔法少女のことだ。

 男の子達は魔女って怖くないんだなと話している。

 女の子達はというと見た目がかわいかったという話で持ちきりだ。


 なんというか、うん。どの話もあんまり聞いていたくない。

 当事者だし。バレてはないとは思うけど、自分の恥ずかしい姿をこれでもかというぐらい見られてしまったから正直普通に話せる自信がないよ。


『大人気ね、魔法少女ニンフェアちゃん』


 茶化してくるプリムラ。

 流石にレンと名乗るわけにもいかないのでプリムラに言ったらニンフェアという名前をつけられた。

 水辺にいる精霊の名前らしい。

 精霊なんてよくわからないけど。


 まぁ、そんなことは置いておいて、今は箒探しに没頭する。

 牢のあたりを調べたけどやっぱり箒はなかった。

 他にありそうなところが見当もつかないんだけど、いったいどこにあるっていうんだろう。


「あっ、レンくん」


 村のどこかに落ちてないかと適当に歩いていたらメグ姉に声をかけられた。

 僕がいない間に村で魔女が出て大騒ぎであるということを説明してくれたけど、うん。知ってます。当事者だから。

 でも、一応ちゃんと驚いておいた。知らなかったけど、僕は演技が上手いらしい。


 僕が訓練のために森の中に行っているのはいつものことだから、魔法少女が出ている間に僕がいなくなっていても何も不思議じゃない。

 つくづく訓練かかさずやっていてよかったよ。こんなことに役立つなんて思わなかったけど。


「魔法少女……かわいかったなぁ」


「はっ……!?」


 メグ姉がぼそりと零した一言。それを聞いて大分悲しい気持ちになる。

 僕、男だもん。かわいいって言われても全然嬉しくないよ。


「あれ、メグ姉。それ……」


 落ち込んで視線を落とした僕の目にメグ姉が持っている物が写る。

 たぶん掃除をしていたんだろう。箒を手にしていた。


 でも、この間持っていた箒とはデザインが違う。

 箒の持ち手の上の部分がフックのようになっているし、箒そのものの質も良さそうだ。


「ん? ああ、この箒? 昨日、森の中で拾ったの。いいでしょ~」


 昨日。つまりそれはシグネさんが捕まった日のことだ。

 もしシグネさんが箒で空を飛んでいたとするならば、それを父さんが撃ち落として箒だけが忘れ去られて可能性は十分にありえる。


 ああ、偶然とは言え見つかっちゃったよ。




 その後、僕はメグ姉に話して箒を譲ってもらい、変身してからシグネさんのところに送り届けた。

 それを持ってシグネさんは空を飛び、お礼を言われ、どうにか一件落着。


 だったんだけど。


「疲れた~……」


 夕食をとって部屋に入った僕はすぐさまベッドに倒れ込んだ。

 もう疲れたよ。今日一日で散々な目に遭った。


『あははっ、たくさん笑わせてもらった-。あなた演技の才能あるかもね』


「僕はっ、もう二度とっ、やらないからね!!」


 そんな疲れる原因を作ったプリムラには思いっきり念を押して言って、バッと布団をかぶる。

 もう今日はふて寝してやる。


『ごめんってば。あはは。思い出すとまだ笑えてくる』


 耳を塞いでも聞こえてくるプリムラの笑い声の中、僕はなんだかんだすぐ眠ることができた。

 だって、今日は本当に疲れたから。


 明日は……明日はなにもない平和な日だといいな……。




 翌朝のこと。目が醒めると僕はベッドの下に落ちていた。

 寝相が悪いわけじゃないし、今まで落ちたことなんてないんだけど……疲れてたからかな。


 一晩寝ても昨日のことは忘れていなかった。いっそのこと夢だったらいいのに。

 そう思ってカーテンを開けて朝日を取り込もうとすると、ふと、ベッドの上のものが目に入る。


 僕が夜中に手放した布団がそのまま乗っているだけじゃなくて、そこには不自然なふくらみがあった。


『んーっ……』


 薄紫の長い髪。背が低く華奢な姿は幼い印象を受ける。

 そして、布団から出て目をぱちくりさせている顔は、かなり見覚えがある。

 そう、髪の色を除けば変身した僕にそっくりそっくりなんだ。


 そんな女の子が、僕のベッドで伸びをした。


『おはよ、レン。どうかした?』


「ああ、うん。おはよう……」


 最近嫌でも聞いている声で名前を呼ばれ、あいさつをされ、女の子と目があう。

 その子は眠そうに目をこすると、僕の視線に気づいたのか目を見開く。


 女の子がベッドから下りて、移動する。

 僕は自然とそれを目で追った。


『もしかして……見えてる?』


「うん……たぶん」


 僕と契約した魔女プリムラ。

 どんな凶悪な顔した魔女だと思っていたら、自分より小さな女の子だったなんて……。


『どこ見てんのバカっ』


 彼女が拳をグーにして振りかぶる。僕はそれを避けることもなく受け入れた。

 いや、だって。服着てないなんて思ってなかったし……。


 あぁ。なんというか。これから先もまだ苦難の日々が続きそうだと、僕はこのとき悟った。

レイル「レン、どうした。大きな音が鳴ったようだが」

レン「なっ、なんでもないよ、父さん。ただちょっと変な夢を見ちゃって……」

プリムラ『人の身体を見た感想がそれなのね。さて、レン。覚悟できてんでしょうね』

レン『お願いだから何もしないで! 父さんにバレるから!』

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