高貴な美人
「レン。今日からしばらくは食事を増やしてくれ」
「ああ、うん。わかった」
ある日の夕暮れ時、家に帰ってきた父さんはそんなことを言ってきた。
ちょうど夕食を作るところだったから、倉庫から持ってくる食材を増やすことにする。
『あなたのお父さん、そんなにお腹がすいてるの?』
野菜を切って鍋に放り込んでいるとプリムラが聞いてくる。
僕は料理の手を止めずに、彼女の疑問に答える。
「ああ、違うよ」
父さんはもう成長する歳じゃないし、たくさん食べたところでそんなに意味は無い。
ただ、力仕事をすることもあるし、狩りは疲れる仕事だしで、他の村人よりはずっと食べるけど。
だからって、急に食べる量を増やすことなんてない。
「食事が必要な人が増えるんだ」
答えはこれ。単純明快。
でも、問題はそれがただの人でないということだけど。
「魔女を捕まえたんだろうね」
父さんや村人に捕まった魔女は魔女狩りを行う時までは牢に入れられる。
いつもなら大体一週間ぐらいだけど、長ければひと月近く捕らえられていることもある。
その間、飲まず食わずだと問題があるため、僕が料理を作ることになっている。父さんが言ったのはそういうことだ。
『魔女狩りね……前にも聞いたけど悪趣味な風習ね』
スープが煮えてきて、調味料で軽く味をつける。
おたまですくって少し口に含むと、好みの味ができあがっていた。
料理当番をするのは自分で好きな味を選べることに繋がるから結構役得だと思ってる。
「魔女が村を襲うのが悪いでしょ。そのための防衛策としては当然」
『魔女になって殺されかけた奴がよく言うわ』
それはそうだけど……じゃなかった。僕は魔女じゃないし。
魔女狩りを行うことでこの村は平穏を保っていられるんだから、それでいいんだと僕は思う。
少なくとも、僕が憶えている中ではその風習が原因でこれまで大変な目に遭ったことはなかった。
『それが普通だと感じるのはこの村ぐらいよ』
「他ではそうじゃないの?」
僕はこの森から出たことがないから、他の村や街というのはメグ姉に聞いたことや本の中でしか知らない。
だからここでの普通が僕の全てだった。
『悪い魔女もいれば良い魔女もいるの。それは人間だって一緒でしょ。あ、そっか……ふふっ』
えっ、なにその笑い方。背筋がゾクッとした。
おかげで危うく料理をこぼしそうになったんだけど。
『その魔女に会いに行ってみればいいじゃない』
「やだよ」
『じゃあ、会いに行きなさい』
僕の抵抗むなしく、命令されてしまった。
どうせあれ以上躍起になって拒否しても、プリムラは僕をその魔女のところに行かせたことだろう。なにせ、あの時のように彼女は僕の身体を操ることができるのだから。
あの時はそれに助けられたけど、ここ最近はむしろマイナスなことにしかなっていない。
どうして彼女はこんなに僕にいたずらをするのが好きなんだろうか。
そういうわけで夜、父さんが眠ったのをしっかりと確認した僕は、自分の部屋の窓から外に出る。
そこから歩いて村の端っこの方にある大きな四角い建物まで向かう。ここは倉庫として使っていて、食料が備蓄されている。
その倉庫の床に一カ所開ける扉があって、そこから伸びる階段を下った地下室に魔女は捕らえられている。
僕は、誰にも気づかれないようカンテラもなしに、星明かりだけを頼りにそこに入っていく。
僕が前にここに入ったのは、多分ずっと幼い頃のことだ。
普段は悪さをして大人を困らせた子供を入れる反省室として使われているそこは、それなりの広さがある。
空気を入れるための穴があって、なんだかんだ夜でもそれなりに星の光が入って明るい。
でもこの明るさは……カンテラが灯ってる?
『好都合ね。起こす手間が省けた』
角の壁からそろりと顔をのぞかせる。
すると、鉄格子で仕切られた向こうの部屋の中で本を読んでいる人を見つけた。
長い髪の色は青色と言えばいいのか。長身で眼鏡をかけたその魔女はとても知的そうに見える。
魔女のトレードマークとも言えるとんがり帽子はテーブルの上に置いてあって、この部屋でだいぶくつろいでいるようにも見えた。
『ほら、人間と変わらないでしょ』
プリムラが言うとおり、魔女の姿は僕ら人間と見た目は変わらない。髪の色が若干派手なぐらいだ。
でも人間も髪染めをすればあんな色にはなるし、違和感はそこまでないと言える。
ただ、それで油断させて近づき悪事を働くのが魔女だと僕は聞かされてきた。
絶対に油断してやるものか。
『ほら、話しに行くよ』
ちょっと、プリムラ! 勝手に身体を動かさないで。
僕の意見なんて聞かない彼女は僕の身体を操り、鉄格子のすぐ前まで姿をさらすことになった。
そこまで行くとさすがにそこの魔女も気がついてこっちを見てくる。
「あら、こんばんわ。あなたは……ひょっとして森の魔女さんかしら?」
「ぼっ……わたしは魔女じゃない!」
いつもの癖で僕と言おうとしたらプリムラに制されてわたしになった。
そう、今の僕は変身している。体質のせいでどうしても夜中になると魔女の姿になってしまうんだ。仕方ない。
それでも僕は魔女だと思われたくない。
「そうね……魔女と言うには幼いし……魔法少女ってところかしら」
『幼いだって。よかったね』
よくないよ、プリムラ。黙っててよ。
というかこの魔女も、捕らえられているのに優雅に本読んでるし、普通にあいさつしてくるし。
なんというか調子狂う。
このなんだか話が微妙にかみ合わない感じも……魔女ってみんなこんな感じなのかな。
だとしたらやっぱり人間とは違う存在なんだって思うんだけど。
「あなたはこの村を襲いに来たんですか?」
とりあえずプリムラが『話してみたら』というから質問を投げかけてみる。
僕もまぁ、魔女に対して興味がないわけでもないし。
「そんなことしないわ。私はただ観光に来たの」
観光? こんな何もない森に?
そんなことをするなんてよほど酔狂な人ぐらいだと思うんだけど。
「私は旅日記を出版していているの。その話題集めのためにここに寄っただけだわ」
なんとなくだけど、嘘を言っている感じはしない。
そういう人の悪意は直感的にわかる。
「なら本当に村を襲うつもりはないんですね」
「ええ。こんな希有な体験ができてむしろ嬉しいくらいだわ」
そう言って魔女はうっとりとした表情になる。
うわぁ……安心かと思ったけど、魔女って捕らえられて喜ぶんだ。やっぱり怖い。
『ちょっと、ドン引きしてんじゃないの。これはあくまでも一例よ、ほんの一例』
プリムラの言うことが正しいとしても、僕が出会った魔女は、人を見つけるなり襲いかかってくるのと、助けてくれたと思ったら半ば強制的に契約を結んでくるのと、捕らえられて喜ぶの……か。
魔女と人間が同じ感性を持っているものだとしたら、どうして僕と巡り会うのはこんなに性格に難がある人たちなんだろう。
だからきっとプリムラが言うのは方便だ。
『ねぇ、この魔女逃がしちゃったら?』
プリムラは急にそんな提案をする。
確かに話を聞いた限り村を襲うことはないんだろうけど、それはそれで問題になる。
前に魔女が連れ去られた時には大事になったし。そのこともプリムラには話していた。
『なら、あなたは何の罪もない人を殺してもいいっていうの?』
確かにこの魔女は村を襲うつもりはないそうだ。なら、ただ観光のために通りがかっただけで拘束され、そのまま……。
それは確かにおかしなことだ。
『けど、もしこのまま助け出したとしたら村人の誰かが疑われることもあるよ』
頭の中で強く念じて声には出さずにプリムラに僕の考えを伝える。
この檻の中で魔女は魔法が使えないようにしてあるらしい。
だから魔女だけでは脱出できない。他に協力者がいなければ。
他の魔女が助けたということになるかもしれないけど、村人の誰かがやったんだって疑いは必ず生まれる。
そうなったら村の雰囲気が最悪になるだろう。
そんなのは嫌だ。
『ふーん……あ、そうだ。いいことを思いついた』
『いいこと?』
プリムラの良いことという言葉を聞いて嫌な予感しかしない。
けど、僕はもう諦めていた。
だって、彼女が言い出したら僕はもう聞くしかないんだから。
『一芝居……やってみない?』
レン「魔女が読む本ってどんなだろう」
プリムラ『やっぱり魔法書とかじゃない?』
レン「こんな村にそんな本はないと思うけど」
プリムラ『普通の本も読むわよ! 絵本とか、恋愛小説とか……』