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魔法少年は今日も少女に逆らえない  作者: 半目ミケ
第一幕 魔法少女の誕生
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それからの日常

 ある日の朝のこと。

 いつものように父さんを見送った僕は朝食を片付けていた。


 昨晩の残り物を適当にまとめたものと、トーストだけの簡素な食事。

 昨日は普段作らないような料理に挑戦してみたせいで量が多くなってしまって、残してしまった。

 だから、それを弁当と称して父さんに持たせて、何もなくなった大皿を綺麗にしている。


 食器を洗い終わって、窓際に立てかける。

 ついでに外を覗いてみると澄んだ青空が見えた。


 今日はいい天気。

 いいことがあるかもしれない。



「レンく~ん」


 洗濯物を干していたら僕を呼ぶ声が聞こえてきた。

 よく知っている声。その主は家の影からひょっこりと顔を出す。


「メグ姉!」


 僕は洗濯物を触る手を止めて、久しぶりに見たその人に駆け寄った。


 メグ姉は近所に住むお姉さんだ。

 血のつながりはないけど、この狭い村で僕と歳が近くてよく遊んでくれていたから、それも込めて僕はメグ姉と呼んでいる。


「帰ってきてたんだ」


「うん。昨日の夜にね」


 メグ姉の家は村の外の街と商売をしている行商だ。

 その手伝いもあって、メグ姉自身も村の外に出ていることが多い。


 今回は一ヶ月ぐらい村を空けていたから、メグ姉の顔を見るのはホントに久々だった。


「なんだか魔女が来て大変だったんだって?」


「……うん。まぁ、色々とね」


 色々。そう、色々。

 魔女狩りの最中に魔女が逃亡して、その後に村では警戒態勢がしかれた。

 だけど、その後は特に魔女が戻ってくることもなく、父さんが森から魔女が去ったと告げたことでその騒動は終わった。


 今ではもういつも通りの日常になっている。

 畑を耕したり、木を伐ったり、僕は訓練をしに行ったり……実にのどかで平和な村だ。


 魔女におびえていたあの日々は、きっとちょっとした悪夢のようなものだったんだろう。


 そんなことをメグ姉に伝えると「みんな無事でよかった」と安堵していた。


「そんなことより、そっちはどうだったの?」


 いつもなら一週間ぐらいで帰ってくるのに、一ヶ月近く村の外に出ていたということは相当なことだ。

 それはつまり、遠くまで行商に行ったということ。


 その理由は、必要なものがあって行くパターンと、近場での売れ行きがよくなかったパターンのふたつがある。

 でも、売れなかった時はメグ姉もかなり落ち込んでいる。

 だからこうして僕に会いに来た時点で、答えはわかっていたりする。


「ふふふ~。ちゃんとお土産買ってきたよ!」


 そう言ってメグ姉は後ろ手で隠していたそれを僕に差し出した。


 メグ姉の手の上にのっていたのは、四角い金属の箱だった。

 僕は両手を合わせたぐらいの大きさのそれを受け取る。

 あんまり重くない。軽く振ると中でたくさんのものが動く音が聞こえる。


「お菓子かな」


「せいかい! すっごーく甘いクッキーなんだって」


 メグ姉に勧められて箱を開けてみると甘い香りが広がる。

 これは確かにおいしそうだ。今からもう食べるのが楽しみになる。


「いつもありがとうメグ姉」


 僕はこの村、この森から出たことがない。

 それは『狩人』は森から出ていけないという習わしがあるからだ。


 そんな僕を思って、メグ姉は外の物をくれたり、そうでない時もお話をしたりしてくれる。


 僕は嬉しくなってメグ姉に感謝する。

 そうするとメグ姉はいつも「いいよいいよ。わたしが好きでやってることだし」と謙遜するけど、それも含めてやっぱり嬉しくて、僕は何度も感謝を伝える。

 そのうちメグ姉が折れて、僕の頭の上に手を置くんだ。


「もう。レンくんは本当にいい子だなぁ~」


 メグ姉は僕の頭をなで回す。

 その温かく優しい手は血のつながりはなくても、メグ姉が姉であるという証明だった。

 きっとメグ姉も僕のことを弟みたいなものだと思っているんだと思う。


「そういえば、今回はいつまでいられるの?」


 メグ姉の家族は、村で採れた野菜や木材を馬車にまとめたらすぐに出て行ってしまう。

 そのせいで村にいる時間はあまり長くない。


 今回は長くかかったから村に残って休むだろうけど、それでも数日ぐらいだと思う。

 そして、家族が行ってしまうということは必然的にメグ姉も手伝いに出てしまう。


 さすがに僕もいつもかまって欲しいと思うほど子供じゃないけど、姉のように慕ってる人と会えない時間が長くなっているのは少し寂しさを感じていた。


「心配しなくて大丈夫だよ。しばらくはわたしだけ残るみたいだから」


「本当!?」


 僕はメグ姉のその答えが嬉しくて貰ったばかりのお土産を落とした。

 なんとか気づいてぎりぎりのところで取ることができたけど、それを見たメグ姉に「ふふっ」って笑われた。


「そんなに嬉しいの?」


「うん。嬉しい」


 この狭い村の中ではどう生活しててもほとんどの人との交流がある。この村自体が大きな家族のようなものだ。

 その中でもメグ姉は僕にとって一番歳が近い人。

 昔のようにすぐに会いに行けるというのはどこまでも嬉しいことだった。


「ふふっ、ありがと。それじゃあ、わたしは行かないといけないとこがあるから。また後でお話しようね」


「うん。わかった。またね」


 行ってしまうメグ姉に手を振る。

 そんな僕を見たメグ姉もまた、僕に手を振り返してくれた。


 さて、帰ってきたメグ姉とどんなお話をしようか。

 それに、しばらくいてくれるんだったら、久しぶりにどこかに行ってみるのもいいかもしれない。


 そんなことを考えていると、僕の手がお土産の缶を開ける。

 そして、その中に入っているクッキーをひとつ手に取って、口へと運んだ。


「へぇー。結構おいしい」


 ボン、と音が鳴る。

 それと同時に口の中に甘い味覚が広がっていく。


 そして、妄想から戻ってきた僕の意識は今の状態を瞬時に把握して家の中へと駆け込んで扉を閉めた。


「ちょっと、プリムラ!」


 息を整えつつも、僕は“僕の身体を操って勝手にクッキーを食べた彼女”の名前を呼ぶ。


『別にいいでしょ。いっぱいあるんだし』


「そうじゃないっ!」


 僕の平和な時間はそう長く続いてくれない。




『この村、ホントに何もないね』


「何もなくないよ。平和があるし」


『これが平和ねぇ……』


 村の中を歩きながらそんなことを話す。

 そう、平和。のどかな村はそれだけでいいものだ。

 それをわかってくれる旅人もいたというのに、この魔女ときたら……はぁ。


 この魔女プリムラと出会ってから、僕の生活は一変した。

 僕がどれだけ平凡な日常を生きようとしても、彼女の存在がそれを妨害してくる。


 今のところわかっているのは、誰もプリムラの姿を見ることができないということと、彼女の声が僕以外には聞こえないということ。

 だから今のところ他の人にはバレずに済んでいる。


 でも、問題はそれだけじゃない。

 どういうわけか、僕は魔女に変身する特異体質になってしまったみたいなんだ。


 色々試して、変身する条件は甘い物を食べるか、深夜になることだとわかった。

 幸い、甘い物を食べた場合は数分で元に戻るし、深夜なんてよほどじゃないと眠っているから部屋の戸締まりをしっかりすれば問題ない。

 でも、魔女になるその瞬間を村人に見られたらおしまいだ。


 だから注意しているんだけど、それを面白がったプリムラが変身させたがるんだ。

 おかげで毎日てんやわんやだよ、もう。


 相手が魔女とは言っても、ちょうどいい話し相手になってくれるかなって思ってたんだけど、今はもう厄介事の面が大きい。


 身体を差し出した以上、命令されてしまったら断れないし。

 例えば、昨晩の料理が大がかりになったのはプリムラのリクエストで夕食を決めたからだ。

 大体毎日そんな命令をされている。


 ああ……どうしてこんなのに助けを求めてしまったんだろう。


『それで、あの女はなんなの?』


 プリムラはそんなことを言い出す。

 あの女……っていうのはたぶんメグ姉のことだ。


「ただの近所の友達だよ」


『ふぅん……近所の友達が頭撫でてくる普通?』


「えっ、普通でしょ」


『そう返されるとは思わなかった』


 プリムラがそう感じるのはきっと彼女が魔女だからだ。

 僕ら人間からしたら、そういうのは普通。

 そのそもこんな小さな村だから、村人全員が家族みたいなものなんだ。


 視界の先にいるメグ姉と目が合う。

 言っていた用事が終わったようで、今では家の前を箒ではいている。

 僕が手を振ると振り返してくれた。


『あっちはあなたとは違う感情を抱いているかもだけど』


「なんか言った?」


『なんでもない。せっかくだからあの女の前で魔女にしてあげる?』


「だから止めてってば!」


 僕の変わってしまった日々は、こうして過ぎていく。

プリムラ『あなた、料理上手なんだね』

レン「そうかな。父さんができなかったから、自然と身に着けただけだよ」

プリムラ『ふ~ん。じゃあ、わたしが言う料理作ってよ』

レン「えっ、どうして」

プリムラ『いいから。命令。ちゃんとおいしくしなさい』

レン「えぇ……」

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