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魔法少年は今日も少女に逆らえない  作者: 半目ミケ
第一幕 魔法少女の誕生
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私のすべてを捧げます

 振り返ることも、止まることもなく、森の中を歩き続けて。

 そんな時間がどれぐらい経ったんだろう。


 身体は僕の言うことを聞いてくれない。

 いや、もしかしたらそれが正しいのかもしれない。

 だって、視界に入る細い腕も、長い髪も、僕のものじゃない。


 はぁ……父さんは無事かな。

 最後は伸びてきた植物に隠れてしまっていた。どうにか逃げ出せてるといいんだけど。


 たぶん、きっと父さんなら大丈夫。あんなに強いんだし。


 でも僕はこれからどうなっちゃんだろう。



 しばらく歩いていると、木々が拓けた場所に出た。

 森の中に点在する泉のひとつだ。夜の星の光を反射して、キラキラと輝いている。


 そんな泉の水面に自分の姿が写し出される。

 鏡のように写ったそれは、やっぱり僕の見知ったものではない。


 本当にどうして、僕の姿を写してくれないんだろう。

 森の外に広がる草原のような若草色の長い髪をたなびかせている少女の姿がそこにはあった。


「はぁ……」


 わざわざ意識する必要もなく、ため息が零れ出た。


 うん? あれ?

 僕の意識と連動して、ため息が出たの?


 いつの間にか、手足が自分で動かせるようになっていた。


『あーあ、疲れた』


「……誰っ!?」


 どこからか聞こえてきた声の主を探して周囲を見渡す。

 でもここには僕だけしかいない。


 もしかして、風の音を聞き間違えたのかな。


『聞き間違えじゃない』


 また聞こえた。

 やっぱりそうだ。誰かの声。

 誰かはわからないけど、確かに僕に話しかけてきている。


「なんなの、キミは。もしかして……魔女?」


 僕はそこにいる誰かに向けて声を出す。

 見ることも、触れることもできないその誰かは、しばらく沈黙した後、ささやくようにこう答えた。


『そうね……。わたしは魔女』


 その声は、僕の言葉を肯定した。


 魔女。

 ここ最近の僕の身の回りで起きた出来事にこれでもかっていうぐらい関わってくる存在。


 この声の主もまた、そんな魔女のひとりだということだ。

 けどここに猟銃はないし、そもそも見ることもできない相手に僕はどう立ち向かえばいいというのか。


『さて、あなたが願ったとおり助けたあげたけど』


 魔女を名乗るその声に少しだけ聞き覚えがあると思ったら、そうだ。

 父さんに銃を向けられたあの時に響いた声だ。


「キミが助けてくれたんだね」


 魔女が言うにはこの身体を操って行動を起こしたそうだ。

 きっと、魔女が扱う魔法というものでやったんだ。

 僕には、あんなことはできない。


「ありがとう」


 気がつけば、僕は感謝をしていた。

 それは僕自身も不思議なことだった。


 魔女は危険な存在だと教えられてきた。

 実際に怖い目にも遭った。


 だから本来ならどこまでも警戒すべき敵であるはずなのに。

 どうしてか、僕は彼女の声を聞くと心が落ち着いた。


『別に。感謝されるほどのことじゃない』


 姿が見えないせいでわからないけど、その言葉が彼女なりの照れ隠しなんじゃないかと思った。


 本来であれば敵でしかない魔女に助けられた。

 こんなこと本当はあってはならないことだけど、でも助けられたのは事実で、それに感謝をすることは人として当たり前のこと。

 だから普通なんだと、自分を正当化してみる。


 それに、なんとなく、この魔女とならまともに交流ができそうな気がした。


『さて、じゃあ対価をもらうね』


 えっ……対価?

 対価ってなんの対価?


『あなたを助けた対価。まさか、魔女になんの対価もなしに助けてもらえると思ってたの?』


「えぇ……」


 前言撤回。

 僕はとんでもないものに助けを求めてしまったみたいだ。


 あの時は切羽詰まってたし、誰でも良いから助けてほしいと願ったけど。でも、こんなのって。

 それでも、助けてもらっておいて何もないというのはおかしいし、無視したらなにされるかわかったもんじゃない。


「でも、今の僕には……」


『僕? 魔女なのに僕なんて言うの初めて聞いた』


「僕は魔女じゃない!」


『どう見たって魔女だけど』


「それは事情があるの!」


 僕は自分が普通の男の子だったことを話した。

 森の中で魔女に遭遇し、気づいた時にはこの姿になっていたということも。


 どうして魔女になってるかなんてわからないけど、僕の心は男の子のままだ。

 よりにもよってこんなひらひらした格好なせいで威厳なんて全くないだろうけど。


『ふ~ん。で、結局何か対価として差し出せるものはないの?』


「ないよ」


 家に戻ればこの魔女が望むものがあるかもしれないけど、少なくとも今は所持品がない。

 というか、この姿じゃ家にも帰れないし。


 一応、訓練にも使ってる猟銃もあの訓練場所におきっぱなしのはずだけど、あれは他人に渡して良い代物じゃない。

 だから、僕に出せるものはなにもない。


『そう……じゃあ、その身体をちょうだい』


「は?」


 今なんて?

 僕の聞き間違いじゃなければ、この魔女は僕に身体を差し出せと言ってきた?

 まさか、そんな……


『なにもないんでしょ。なら身体で支払ってもらうから』


 聞き間違いじゃなかった。聞き間違いであって欲しかった。

 確かにそうだ。今の僕に差し出せるのはこの身体ぐらいしかない。


 でも、そんなのってないよ……。


『見ての通り、わたしには身体がないから、ちょうど不便してたの』


 この魔女が見えないのは身体がないせいらしい。

 身体がなくても生きていられるなんて魔女はやっぱり人間と違うみたいだ。


『あれ?……あなた』


「ん? どうかした……」


 魔女の声を聞いて少し辺りを見渡す。

 何もないかと思ったら、大きな変化があった。すごく近くで。


「身体が……元に戻ってる」


 泉に写る姿が見慣れたものに戻っていた。

 間違いなく僕だ。


「ほら! だから男だっていったでしょ」


 ちょうど朝日が出てきて、森が明るくなってきている。

 長い夜も明け、悪い夢から醒めた気分だ。


「じゃあ、村に戻るよ。そこでキミに好きなものをあげる」


 身体が戻ったということは、これで無事家に帰れる。

 そうすればこの魔女にも対価が支払えて晴れて全部解決だ、うん。


『やだ。あなたが欲しい』


「僕は物じゃないんだよ?」


 この魔女はどうしても僕の身体が欲しいようだ。

 別の物で釣ろうにもそっちに視線を向けてはくれそうにない。


『魔女に助けてもらっておいてタダで済むと考えていたあなたの責任でしょ』


 責任。

 僕の責任。


 魔女に助けてもらわないといけない状況になったのも、魔女の姿になってしまったのも。

 それはきっと、魔女がうろついているかもしれないのにひとりで森に入って、あろうことか魔女に立ち向かってしまった僕が悪い。

 そして元を正せばあの旅人を村に招いたのは僕だ。


 だから、その結果生じた対価は僕が負う責任があるんだ。


「……わかったよ」


 結局はそうだ。家にある僕の全てを差し出したところで、命を救われた対価に見あうはずがない。

 そんなものよりも、自分を助けてくれた人にその身体を差し出す方がずっと理にかなっている。

 たとえそれが人間の敵である魔女であったとしても。


「ひとつだけ聞かせて」


『なに』


「キミの名前は?」


 これから長い付き合いになりそうなのに名前を知らないというのは不便だと思う。

 それに、仮にも恩人の名前を知りたいというのはそれほどおかしなことじゃないはず。


『……プリムラ』


 魔女は一拍おいてから答えた。

 それにどんな意味があるのかはわからない。


「わかった。プリムラ。僕はレン」


『レン』


 魔女は魔女でも少しは話ができそうな魔女。そして僕の救った命の恩人の魔女。

 その魔女と互いに名前を呼び交わす。


 初めて魔女と遭ったこの日。

 僕は魔女に救われ、魔女に魂を売った。


 そして、この時の僕らはまだ知らなかった。

 これから僕らに訪れる数奇な運命のことを。

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