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魔法少年は今日も少女に逆らえない  作者: 半目ミケ
第一幕 魔法少女の誕生
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父の失策

「……うぅ」


 目が覚めると、僕は花畑の中に横たわっていた。

 目をこすって起き上がるとすでに暗い。

 気を失っている間に夜になってしまっていたようだ。


 暗くて周りはよく見えない。ただ、耳を澄ましても風が木々の間を流れる音だけしか聞こえない。

 魔女は、きっとどこかに行ってしまったんだろう。


 身体は地面にぶつけたところや蔓に縛り付けられたところがちょっと痛むぐらい。

 明かりがなくて見えないけど、触った感じそこまで深い傷にはなってないみたい。


 つま先で地面を蹴ってみる。うん、これなら歩けそうだ。


 とりあえず村に戻ることにしよう。

 きっと父さんが心配しているはずだから。


 長年通い詰めた勘で村の方向を見定めると、木に手をつきながら歩き出した。



 僕の記憶が確かなら、僕は魔女に遭遇した。

 何度も話で聞いたことはあるけど、実際に遭うのは初めてのことだ。


 もしもの時にどうにかできるように訓練しているつもりだった。

 だって、そうすることが次の『狩人』になる僕の役目だから。


 でも、結果は惨敗だった。

 何も抵抗できず、一方的に負けた。


 あの魔女が見逃してくれなかったら、僕はもうこの世にいないことだろう。


 わかってる。

 ただ運がよかっただけだ。

 こんなことは二度とない。次同じ事が起きたとしたら、その時は間違いなく僕は死んでいる。


 実際に魔女と対峙してみて父さんの強さを再認識する。

 父さんは、あんな強い魔女とひとりで戦って村を護っていたんだ。

 それが『狩人』の実力であり、責任。


 僕はやっぱりまだまだだ。

 父さんのように、強くなりたい。強くならなくちゃいけない。


 空を見上げる。

 木々の葉の間から見える星の光は心細い。

 そのせいで、足下の木の根が見えなくて歩きづらい。


 方向は間違えないとは言っても、足をひっかけて転ばないためにしっかりと確認しながら歩くとどうしても時間がかかってしまう。

 それこそ、昼間の何倍も。


 今はどれぐらいの時間なんだろう。

 ほとんど真っ暗だし、肌寒さを感じる。

 地面で眠っていたせいで体温が下がってる。早く家に帰って暖をとりたい。


 こんな夜遅くに出歩くのは、たぶん初めてだ。

 訓練していて暗くなって帰ることは何度かあったけど、ここまで遅くはなったことはない。

 でも、いつだったっけ。

 暗い夜道を星明かりを頼りに歩いた憶えがある。

 確かそう、誰かと一緒に。


 誰とだっけ。よく、思い出せない。


「……あれ?」


 視界の先に小さな光が見えた。

 それは左右に揺れながら、少しずつ近づいてくる。


 見てわかる。あれはカンテラの明かりだ。

 きっと父さんが迎えに来てくれたんだ。


 僕は思わず急ぎ足になる。

 そして、その光が近くになっていく所で、気が緩んだのか、木の根に足を引っかけて転んだ。

 それも頭からずさーっと。それなりに痛い。


 僕が転んだそのすぐ先で、足音が止まった。

 地面に手をついて起き上がろうと視界を上げると、温かみのある光が僕の影を形作る。


 なんだろう。

 ずっと暗い中を歩いていたせいか、その光だけで帰ってきた気がする。


 だからだろうか。

 僕はその影に写っていたはずの違和感に気づくことができなかった。


「動くな」


 聞き覚えのある声。懐かしい声。

 よく知っていて、聞き間違えることがないはずのその声は、今まで僕が聞いたことのないほど冷たく響いた。


 その声と共にカチャリという乾いた音。

 地面から離れようとしている僕の頭を硬い何かが押さえつけた。


 その声の主は間違いなく父さんだ。

 そして、その音は、僕の頭に向けられているのは、僕が使うものと同じ猟銃のものだ。


 父さんが僕に銃を向けている……!?

 僕は言われた通りに身体の動きを止めた。

 いいや、正確に言えば動けなかった。状況がまるで飲み込めない。

 どうして。どうして父さんは……。


「やはり戻ってきたか、魔女」


 父さんの言葉は確かに僕に向けて発せられていた。


 魔女?……僕が魔女だって!?


 それが父さんなりの冗談だったらよかったのに。

 でも、僕の瞳はそれが紛れもない事実である証拠をすでに見つけていた。


 カンテラの明かりに照らされて視界の端に映る、若草のような色をした長い髪は、確かに僕の顔と地面を繋いでいた。

 もともと大きくなかった手はさらに縮んで、頼りなさげに僕の身体を支えていた。


 長い緑の髪をした、華奢でやや幼げな少女。

 それは旅人から教わった魔女の特徴と一致していた。


―――違う。僕は魔女じゃない!


 そう言おうにも声が出てくれなかった。

 喉が今までにないぐらい渇いている。

 息が苦しい。手足が……全身が震えている。


 僕がレンだって……貴方の息子だって話す?

 信じてもらえるわけがない。もし姿が変わってしまったのだとしたら、僕だと証明できるものがなにもない。


 急いで逃げる?

 逃げる前に撃たれる。父さんは何度も魔女狩りをやってきたんだから。


 もし逃げられたとしても、その後どうする?

 どうやって村の外で生きる?

 どうすれば。どうすれば……。


「また村を襲うつもりか?」


「……ちがっ……、しない……」


 急いで村を襲うつもりはないと伝えようとする。

 けど、うまく言葉が出てきてくれない。


 怖い。もしも父さんが引き金を引けば、それでもう終わってしまうのだから。

 せっかく運良く魔女から逃げられたのに、こんな終わり方は嫌だ。


「そうか」


 僕の言葉が通じたのか。それとも、抵抗する気がないとわかったのか。

 どちらでもいい。父さんは僕の頭を押さえつけていた銃を外してくれた。


 僕は顔を上げる。

 そこにいたのは、やっぱり父さんだった。外れていればよかったのに、見間違えなんかじゃなかった。

 父さんはバッグをあさって何かを探している。


 とりあえず銃口を向けられなくなった僕は安堵して腰をついた。

 なんとか助かったみたいだ。うん。

 まだ首の皮一枚ギリギリ繋がってるぐらいだけど、どうにか生きている。


 ここからどうにかして逃げ出さないと。

 でも、どうやって逃げればいいんだろう。


 夜の暗闇のせいで父さんの瞳がどのように僕を見ているかはわからない。

 うぅん。わからなくてよかったのかもしれない。だって、きっと父さんが魔女を見る目は、どこまでも冷たいものだろうから。


「すまない」


 この後どうしようかと考えていた僕の前に、また父さんはやってくる。

 そして、父さんの顔を見ようとしたその時、バンと、聞き慣れた音が辺りに響いた。


「……ぅっ!?」


 銃声と共に胸元を何かが突き抜けていった。

 それが何か確認しようとする。でもダメだ。身体が動いてくれない。


「どう……して……?」


 なんとか口を動かして、その理由を聞こうとする。

 父さんは、新たな弾を装填すると、再度その銃口を僕に向ける。


「こうするしかないんだ」


 声と共に、引き金が引かれる。

 その指の動きが、とても遅くなって見えた。


 僕はその瞬間に備えて、瞳を閉じる。


―――嫌だ。誰か、誰か助けて……!


『わかった。助けてあげる』


 銃声が鳴るその瞬間、僕の右腕は銃を振り払っていた。

 父さんの瞳が、驚愕の色を写す。


 でも、僕が驚いたのはその後だ。


「騙すなんて最低ね」


 口が勝手に動く。

 そして、そのまま父さんを殴り飛ばした。


 ちょっと待って。

 僕はそんなこと言ってないしやってない。

 なのになんでか、僕の意志とは関係なく身体が動く。


「……っく。魔女め」


 起き上がった父さんが猟銃を拾おうとする。

 けど、その猟銃はどこからか伸びてきた植物の蔓にさらわれる。

 それと同時に父さんの脚に蔓がからみついていく。


 父さんはそれをナイフで切りつけるけど、さらに伸びた植物が壁を作って見えなくなった。

 その姿を一瞥した僕の身体は、そこに背を向け歩き出した。


 どういうことなの。

 いったい僕はどうなっちゃったっていうの!?

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