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魔法少年は今日も少女に逆らえない  作者: 半目ミケ
最終幕 魔法少女の再会
34/36

移ろい行く日々

 十数年前のこと。

 この森は皇国と呼ばれる国の領地になった。


 その国はこの辺りの地図に載らないぐらい遠くの国で、本来ならなんのつながりもない国のはずだけれど、偶然にもその国との橋渡しをしてくれる人がやってきて大層気に入ったのか、無理矢理領地にしてしまったそうだ。


 今ではその国からやってきた人が統治していて、この街もその人や近くの村の住民が協力してできたものだそうだ。

 領主の方は寛大で、下手に森を切り拓くことはしていない。

 その結果がツリーハウスを中心とした住居だそうだ。

 自然と共に生きる、そんなこの森の文化を尊重しているそうだ。



 そんな街にひっそりと佇む魔女の庵。

 そこは集合住宅のような場所で、騎士団長やあのお姉さんを含めて何人かが住んでいた。


 騎士団長が言うには、住民は変わり者が多いが皆いい人だそうだ。

 実際、名前以外何も思い出せない私を快く受け入れてくれた。


 そんな場所で暮らすようになって早ひと月。

 ベッドに寝転がり、すっかり見慣れた木目の天井に手を伸ばす。


 記憶はまだ戻らない。

 けれど、街の中で変な噂のようなことを耳にした。



 かつて、この街がまだなかった頃の話。


 その頃からこの森には魔法少女と呼ばれる人がいたそうだ。

 森を襲った大災厄と呼ばれる事件。

 それを解決した凄い人物らしい。


 けれど、その子はある日を境にいなくなってしまった。

 彼女がどこからやってきて、どこに行ってしまったのか、それを知っている人はいない。


 ただ、その子がやった様々な功績だけが語り継がれていて、彼女に憧れて真似をする子供がたくさんいるらしい。

 その噂は遠い街にも広がっていて、この街には魔法使いたちがやってくるとか。


 そのまま移住する人もいるようで、周囲の国からやってきた人たちも含めて、この街は色々な人種が集まっている。

 人間と魔法使いが共生する場所はこの辺りでは珍しいらしいけれど、皇国ではそれが普通らしい。


 私はそれを領主が考えた宣伝文句のひとつで、ただの作り話なんじゃないかと思っている


 だって、少女と呼ばれる年齢の子がたったひとりで大災厄なんていうのを解決できるとは思えない。

 それに……。


「ニンフェア……かぁ」


 その魔法少女の名前はニンフェアというらしい。

 私が名乗っているものと同じ。


 私の持つ、たったひとつの記憶。

 その中で私は魔法少女ニンフェアと名乗っていた。


 これは偶然だろうか。

 もし偶然でないのなら、私がその魔法少女なんだろうか。


 わからない。

 でも、もしそうだとしても、それは遠い人だ。

 記憶が続いていないのなら、きっと私とは言えない。


「えいっ」


 視界の端に映る観葉植物に手を向け、身体の中にあるものを注ぎ込むイメージをする。

 すると、植物は成長し、花を咲かせた。


 魔法が使えない魔法少女なんておかしいと思って試してみたら、意外と簡単にできた。

 こんなささやかなことしかできない魔法で、すごいことなんてできるはずがない。

 だからやっぱり別人だ。


「なにかうまい話ないかな……」


 簡単に記憶が戻るような方法。

 魔女の庵の他の住民が話していた、滝にうたれてみるとか、頭に強い衝撃を与えるとか、逆立ちしてみるとか、激辛料理を食べてみるとか、色々なことを試してみたけれど……結局なにも思い出せなかった。


 そんな苦しい思いをしても戻らないから、最近はそういうことをするのが嫌になっている。

 けれど、記憶は戻したいし……どうすればいいんだろう。


「気分転換でもしようかな……」


 私はベッドから跳ね起きて、自分の部屋から出る。


 考え事をしていたら小腹が空いた。

 こういう時は甘いお菓子を食べるに限る。


 幸い、この魔女の庵では趣味でお菓子を作る人がいる。

 その人は昼下がり、ちょうど今ぐらいの時間にお茶会をやっている。

 それにお邪魔させてもらえばタダでお菓子にありつける。


「それでね……」


 お茶会はすでに始まっているみたいだ。部屋の中から楽しそうに話している声が聞こえる。

 賑やかなのはあまり得意じゃないけど、私には今、お菓子を食べるという大事な使命がある。

 だから迷わず中に入り込んだ。


「あっ、ニンフェアちゃん。今日も来たんだね」


「はい。まぁ」


 今日も、なんて言われてしまっているけれど、毎日来ているわけじゃない。

 一応、一日おきにしている。たまに連日来ることもあるけれど。


 私を笑顔で迎えてくれたお菓子作りのお姉さんに小さくお辞儀をして、椅子に座った。

 今日のお菓子は動物の形をしたクッキーのようだ。


「あっ、ニンフェアちゃん!」


 私が部屋に入る前からお姉さんと話していたのはこの魔女の庵切っての変人だ。

 見た目からもう大人だとわかるのに、未だに魔法少女と名乗っている痛い人。


 よく部屋にこもっているけれど、その時は奇声をあげながら服を作っている。

 それがこの街の子供たちが着る魔法少女服になっているそうだ。


 そして、私はこの人が苦手だった。


「ああ、その目つき……いいね、すごくいい!」


 蔑んだ目で見てもなぜか喜ぶ変態。

 どういうわけか私に新作の服を着せたがる危ない人。


 しかも私は知っている。

 どういうわけかこの人の部屋には私そっくりの等身大人形が置いてあることを。

 初めて見た時には寒気がした。


 それでも私が嫌いと言わないのは、変なだけで悪い人の雰囲気をもっていないからだ。

 ちゃんと断ればそれ以上はしてこないし。


 そういうわけで私はこの人を頭の中では変人さんと呼んでいる。


「なんの話をしていたんですか」


 変人さんの言動はいつものことだから無視して、お姉さんの言葉を聞く。

 さっき結構盛り上がっていたし、面白い話が聞けるかもしれない。


 ティーポットからカップに紅茶を注いで、クッキーに手を伸ばす。

 今日の紅茶は果物が混じったブレンドティーのようだった。


「え~と、ね。私の幼なじみのことなんだけど」


 お姉さんには異性の幼なじみがいる。

 それが大変ズボラな人だそうで、お姉さんが毎日通っていろいろとやってあげているそうだ。

 昔から自分のやりたいことに没頭して食事まで忘れてしまう人だから、自分が見ていてあげないと、という気持ちになるらしい。


 お姉さんは相当なお人好しだ。

 そのお人好しなおかげでお菓子が食べられているから悪い気はしないけれど。


「最近、錬金術?……っていうのににどっぷりはまってて」


「姐さん、そういうの疎いですからね」


 ふたりが話している錬金術というのは、領主様のいた皇国で流行っている魔術だそうだ。

 物と物を錬金して、新たな物を作り出す魔術。


 本来なら高価な魔導具も自前で作ってしまえればかなり安上がりになる。

 だからこの街では錬金術を学んでいる人が少なくない。

 それのおかげで箒を使って空を飛ぶというのは、この街では一般的な移動手段だ。


 ただ、錬金術は魔術であるせいで魔法が使えない人はできない。

 お姉さんもそうであるため、それをどうやっているのか知らないそうだ。


「あれ? お姉さんの幼なじみさんも魔法が使えなかったような……」


 その幼なじみに会ったことがある。

 騎士団長が勧めてくれた優秀な薬師の人だ。


 魔法が使えないから錬金術の存在は知っていても諦めざるを得なかったと言っていたけれど。

 それがどうやって……まさか。


「魔法使いを拉致監禁したんですか」


「してないよ! 私の幼なじみを犯罪者にしないで」


 あの人ならそういうことしそうだと思っていたけれど、違ったようだ。

 だとしたらどういう理由なんだろうか。


「最近、魔法が使えない人でも錬金術ができるようになったみたいなんだ。それで周りの人より遅れてる分を取り戻さないと、って」


 お姉さんは事の真相を語った。

 なんだ……あの男がお縄につくと思ってたのに。

 まぁ、あんなのどうでもいいと言えばどうでもいいけど。


「錬金術って爆発するイメージありますもんね。姐さんも大変じゃないですか?」


「そうなの。片付けがいつも以上に増えちゃって……」


 ふたりはそうやって話を膨らませていく。

 私は正直あまり興味がないから、目の前に山盛りになっているクッキーを次々と口に入れていく。


 お茶会にきといて話をあんまり聞かないっていうのもどうかとは思うけれど、私はもともとお菓子を食べにきているから、問題ない。

 たまに紅茶をすすって、喉の乾きを癒やしていく。


 こういう何もしないのんびりとした日常がここ最近ずっと続いている。

 何も進展しない、変わらないまま移ろいゆく日々。


 それは記憶のない私にとってあまりいいことではないのだろうけれど。

 どうしてか、それに危機感を憶えることはなかった。


 もしかしたら、本当は記憶なんてどうでもいいのかもしれない。

 最近、そう思い始めている。


「そうそう。錬金術で新しい薬を作ったからと渡されたの」


 お姉さんはおもむろに瓶を取り出し、テーブルの上に置いた。

 サクラのようなピンク色をした液体が入っている。


 なんというか、怪しい薬にしか見えない。

 どんな効果がある薬なんだろう。


「なんですか、これ。爆発とかするんじゃないですか」


 変人さんも訝しげな顔でその薬瓶を見つめ、指先でつついている。

 色といい、作った人といい、信用ならない。


「それなら心配ないよ。なにせ、今日の紅茶にちょっと混ぜておいたから!」


「ブッ……」


 私は飲んでいた紅茶を吹き出した。

 変なところに入ったみたいでしばらく咳き込む。


「なんてことをするんですか」


 私はお姉さんを睨みつける。

 ぽわぽわした顔をしながら、なんて恐ろしいことを。

 私、薬は嫌いなのに。


「でも、今日の紅茶、おいしかったでしょう?」


 それは、まぁ……否定はしない。

 いつものと比べて果実の酸味と甘みが入っているみたいで、おいしさを感じた。


 けれど、薬を調味料代わりに使うなんて聞いたことがない。

 どうしてこの人はこんなことをしでかしてくれたんだろう。


「一体何の薬なんですか?」


「なんだっけ?」


「私に聞かないでくださいよ!」


 そんな怪しい薬を飲まされるという出来事もまた、日常に溶け込んでいく。

変人さん「姐さんもそろそろいい相手とかいないんですか。いいかげんもう三十路……」

お姉さん「なにかしら?」

変人さん「なんでもないです」

ニンフェア(なし崩し的にあのダメ幼なじみと結ばれる気がする)

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