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魔法少年は今日も少女に逆らえない  作者: 半目ミケ
第五幕 魔法少女の決断
32/36

あなたに全てを打ち明けます

 神樹の暴走、それからなる世界の危機……そんな大変な騒動があった後。

 数日間はやることがたくさんだった。


 神樹はまた見えなくなったけど、急に伸びた根は地面を隆起させて村中が大変なことになっていたし、陽が当たらない時間も長かったから作物もひどい状態だった。

 幸いにも魔女のみんなやリーフィさんたちも協力してくれたことでなんとか持ち直すことはできそうだけど、以前のように戻るにはかなり時間が必要だと思う。


 そんなことばかりで余裕がなかった日々も終わり、ようやく時間ができた僕は魔女の庵に来ていた。

 そこにいたミストさんは僕の顔を見て「待ってたよ」と言うと、ティーカップとソーサーを持ってテーブルの上に置いた。


「さて、どこから話せばいいだろう」


 ミストさんは少し困ったように言った。

 そう、僕は話を聞きに来たんだ。

 僕らはあの日、何をしたのか。

 彼女はどうなってしまったのか。


 それらを知っている可能性があるのは、この人たちだけだと思っていたからだ。


「実はね、キミの友達はリーフィに相談していたんだ」


「そうだったんですか……」


 別に驚きはない。

 僕の他にも彼女が見えて話ができる人がいたって前に聞いたことがあるし、リーフィさんもそういう人のひとりだったってだけだ。


 ただ、その相談した内容は。


「みんなが幸せに終われる方法を彼女は探していたそうだよ」


 それは、魔法少女の在り方そのものだった。


「リーフィは最初、神樹を消し去る手段を取ろうとしていたんだ」


「そんなことできるんですか」


 ミストさんは声も出さず、ただ頷いて紅茶を飲んだ。


 そういえば、僕がリーフィさんと戦ったあの時、リーフィさんの身体に巻き付いていた蔓が消えていくのを見た。

 あれと同じことを神樹にもできるってことなんだ。


「ただ、その手段をとるのは止めたんだ。あまりにも影響が大きすぎるからね」


 神樹がなくなってしまうことで、この森を無防備となり、より周囲の国から狙われることになる。

 この森の生態系だって大きく変わってしまうし、それによって僕らの村も今までのままじゃいられなくなる。

 けれど、もしもどうしようもなくなったらという最終手段としていたようだ。


「だから神樹の管理者……神になるという方法を教えたんだ」


 管理者。

 神樹の中で見た言葉だ。


 彼女はあそこで迷いなく行動していた。

 それはつまり、何をするかが決まっていたってことだ。


 僕がそこまで理解すると、ミストさんは長杖をテーブルの上に載せた。

 それはあの時、僕らが持っていたものだ。


「キミたちが使ったこの魔導具はふたつの魔術が込められている。ひとつは魔法の効果を増幅させるもの。もうひとつは魂を別のものに移すもの」


「魂を移す?」


 それが何を言っているのか、なんとなくわかった。

 現にそうだからだ。


 僕のこの身体はあの日からずっと変わらない。

 魔力が減っても元の僕に戻ることはないし、髪の色も彼女のもっていたものと同じだ。

 それはつまり、あの瞬間、その魔術で僕と彼女の魂が入れ替わったってことだ。


 ただ、彼女がどうしてそんなことをした理由はわからなかったけど。


「この魔術は、キミたちの村にある本に書いてあったものなんだ」


 思い当たる節を探ってみる。

 僕らの村に魔術の本と言えば、あの牢屋の中のものだ。


 だとしたら、まさか。


「気づいたみたいだね。そう。キミたちはその魔術を使ったことがあるんだ。十年前にね」


 十年前、呪いによって倒れた彼女を助けるために、僕はわらにもすがる思いで魔術に手を出した。

 彼女の魂を別の場所に……この場合は僕の身体に移すことで、苦しみから解放できると思ったんだろう。


「けれど、その魔術は大量の魔力を使う。それこそ、子供じゃ足りないぐらいね」


 魔法や魔術で魔力が足りないとどうなるか。

 不発に終わったり、中途半端なところで止まったりするそうだ。


 彼女の魂を肉体から切り離すことには成功したけれど、僕に移すことはできなかった。

 行き場を失った魂は遠い街へと飛ばされてしまい、記憶を失った上で精神体という形で過ごした。

 残った身体は動かす魂がない抜け殻となり、ローゼによって保管され続けた。


「そして、ローゼさんがキミに魔力を流し込んだことで魔術は完成したんだろうね」


 魔術の続きが始まり、彼女の魂はこの森に引き寄せられ、僕と出会った。

 僕だけが精神体の彼女に触れることができたのは、僕と彼女の魂が魔術によって結びついたから。


 ミストさんが見立てでは、僕が猟銃……つまりは『狩人』の魔法が得意じゃなかったのはこの魔術が残りっぱなしだったからだそうだ。


「でも、そのことがなんの関係が?」


 なんだか話の意図がわからない。

 彼女がどうしてみんなに見えなくて記憶がなかったのかの理由はわかった。

 それは確かに気になっていたことだけど、僕が知りたいのはそんなことじゃない。


 そう急かす僕に対して、ミストさんは優雅に紅茶を飲んでいる。

 少し心を落ち着けろ、ということだろうか。

 僕も自分の分のティーカップに口をつけた。


「キミの身体は彼女を宿し、その魔法を使った……つまりそれはキミはふたつの魔法を使えたということじゃないかな」


「神の器……」


 以前、魔法に関することを聞いたときに少しだけ話していた。

 普通、魔法が使えるのはひとつだけ。ふたつは身体も魂も耐えきれないって。


 彼女が言っていたことがようやくわかった。

 僕の身体は神の器だったんだ。


「それが偶然によるものか、はたまた運命なのかはわからない。ただひとつだけ言えることは、彼女はその身体を送り届けるためにあそこに残ったんだ」


 変身した時に彼女の姿になるのは、魔術で僕と彼女が繋がっていたから。

 髪の色が異なるのは、あの色がこの森の神様の色だったからだそうだ。


 そして、彼女が最後に話していた通り、この森は神様が産まれなくなっているから、次の神様のために器が必要だった。

 この森の神様が持つふたつの魔法を扱える僕は、それこそ次の神の器にふさわしかったんだろう。


「そんなの、勝手だよ……」


 それでわかった。

 魔術を使ってまで身体を入れ替えたのは、僕を逃がすためだ。

 本来なら僕があそこに残らなければならなかったから。


 どうして相談してくれなかったんだろう。

 だってキミはようやく身体を取り戻して、家族と再会して、普通の生活に戻れそうだったじゃないか。

 僕なんかのこと気にしないで、放っておいてくれればよかったのに。


「さて。これで僕が知っていることは全部だよ。その上で改めて聞くよ。キミはどうしたい?」


「僕は……」


 言いよどむ。

 どうしたいと言われて「彼女を助けたい」と答えたい。


 けれど、そんな方法があるのなら、最初から彼女はそんな手段を取ることはなかっただろう。

 だからきっと助けられない。そう思ってしまう。


「十年」


「えっ……」


 ミストさんがテーブルの上に数字を書いた。


「以前、僕を取り戻すためにリーフィが費やした時間だよ」


 苦笑いをしながらそう語る。

 そういえば、リーフィさん、友達を助けるためにたくさん旅をしたって言ってたっけ。


 ただ傍にいて、話を聞いてくれて、助けたいと思える人。

 僕の標。


「僕は、やってみたいことがあるんです」




 村の入り口。

 王国に向かう道が続くそこに、僕はひとり立っていた。


 色々準備だったりで忙しくて、ここまでにひと月もかかってしまった。

 それは慣れてないということもあるし、みんなに心配されて色々と教えてもらったりしたからだ。


「行っちゃうんだね」


 懐かしんで遠い空を眺めていると、いつの間にかメグ姉がやってきていた。

 おかしいな。今日だってことは話していなかったのに。


「わかるよ。だって、あなたの家族だから」


 そう言ってメグ姉は僕の小さな手を握る。

 こうなることがわかっていたから、伝えたくなかったんだ。

 でも、やっぱり隠し通せないか。相手はあのメグ姉なんだから。


 僕は今日、この村を出る。

 そして旅を始める。


 この村のことは父さんやローゼに任せてある。

 ちょこちょこ帰ってくるつもりではあるけど、旅先でどうなるかはわからない。

 昔のこの村のように魔女狩りに遭うかもしれないし、お腹がすいて毒キノコを食べて倒れてしまうかもしれない。


 それでも僕は旅に出ることに決めたんだ。


「ねぇ、レンくん。最後かもしれないから言うよ」


 メグ姉は僕の瞳をしっかりと捉えて言う。

 胸元に手を当てて落ち着いた声で、その続きを話す。


「私はレンくんのことが好き」


 メグ姉との正式な婚約は、結局できないままだった。

 それだけ色々あったというのもあるし、僕が遠くに行ってしまうからというのもある。


 こうなるかもしれないと思ったから、何も言わずに出て行こうとしたんだ。


「ありがとう。でも、ごめん」


 けど、言われてしまったからには答えないといけない。

 僕はやっぱり、メグ姉はただ姉のようにしか……家族にしか思えない。


 だから、結婚なんて言われても困るんだ。


「あ~あ、フラれちゃった。やっぱり私はメグ姉のままか~」


 そんな僕の気持ちにメグ姉は気づいていたようだった。

 でも、一応確認したかったんだろう。

 本当に最後かもしれないから。


「実はね。私、レンくんの好きな人、知ってるんだ」


「えっ?」


「と言っても、ちょっと話しただけだけどね」


 僕らがローゼの元に向かう前日の夜のこと。夜遅くにメグ姉の家を訪ねる人がいたらしい。

 それは僕……正確には眠っている僕を操った彼女だ。


 僕が彼女のことを好いているかどうかは置いておくとして、彼女は自分のことをメグ姉に話したそうだ。

 僕のもう一人の幼なじみだということや、僕と一緒に生活していたことを。


 最初は変な僕だなと思ったらしいんだけど、仕草や表情がいつもの僕と違うから、それが本当のことだと信じることにしたらしい。


「そして話の最後にね、『レンをお願い』って言われたの」


「そう……なんだ」


 その日には彼女はもう意志を決めていたはずだ。

 もしもの時は自分がいなくなることで、この森を救うって。


 だったら僕にもちゃんと話してくれればよかったのに。

 まったく。いつも勝手だよ。

 話したこともない相手にまでお願いしてさ。


「けど、私にできることはないみたい。だからレンくん。行ってらっしゃい」


「……うん。行ってきます」


 箒をまたがり、宙に浮く。

 これはシグネさんのものではなく、リーフィさんがくれた新しい箒だ。

 これの他にも旅に役立つ魔導具を幾つか持たせてもらっている。


 ミストさんは旅で使うかもしれない魔術に関する本を。

 シグネさんは旅のための知識と、自分がお世話になっている商会を。

 リンネさんは着替えのためのたくさんの服を。

 シアさんは護身用に僕でも使えるような小さい剣を。

 カリンちゃんは頑張ってお菓子を作ってくれて。

 サイ兄には怪我や病気になった時用の薬を。


 そして父さんは、旅の安全を祈って、御守りを持たせてくれた。


 僕は見えなくなるまで村に手を振りながら空を飛んだ。

 森を出て、どこまでも続く広い世界へと向かう。


 もう魔女が出るのを拒む結界はない。

 僕の旅立ちを遮るものはなにもなかった。


 さて、僕はどこまで行けばいいんだろう。

 どっちに向かえばキミの元へたどり着けるんだろう。


 何年かかるかわからない。

 もしかしたら、一生かかっても無理かもしれない。


 けれど僕の胸は希望に満ちあふれていた。

 だって、こんなに祝福されているのに、できないわけがないんだから。



 世界を救った、ひとりの魔法少女。

 彼女と交わした、ただひとつの約束。


 それを守るために僕は旅に出るんだ。

レン「そういえば、リーフィさんはどこに?」

ミスト「寝てるよ。神樹のことを調べたり、魔導具を作ったりで働き詰めだったからね」

レン「どうしてそこまでやってくれるんですか」

ミスト「たぶんだけど、キミに自分と同じものを感じたんじゃないかな」

レン「それって……」

ミスト「だからきっと、キミの力になりたいんだと思うよ。自分が周りから支えられたようにね」

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[良い点] とても面白いです! [一言] 何か完結みたいな雰囲気…
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