あなたを支えます
一歩、また一歩、と歩みを進める。
暗闇の中に、決死の思いで切り開かれた道。
そこから溢れる眩しい光の元へと僕は向かう。
その先にいる人を、今度こそ止めるために。
「……遅かったな」
眩い光に目をこらしながら見たのは、平然とそこに立つローゼの姿。
それだけじゃない、植物の蔓に拘束されたふたりの姿だった。
「シグネさんっ、シアさんっ!」
張り付けにされてしまっているふたりのところへ駆ける。
けど、目の前に蔓が襲ってきて、僕はあわてて距離を置いた。
「ふたりになんてことをっ!」
「ただ神樹様を守るという使命を全うしただけだろう。一体何を怒っている」
辺りの植物には刃物で切り裂かれ痕や、焼け焦げた部分が見られた。
シアさんは一番前にいたし、シグネさんは箒で飛んでいた。
どうにか茨の迷宮に捕らわれることなく戦っていたんだ。
きっと僕がやってくることを祈りながら……。
ふたりは身体を縛られて苦しそうにしている。
僕に今できることは。
「今度こそ、あなたを止めてみせる」
僕は睨みつけながら、猟銃をローゼに向ける。
それと同時に蔓が伸びて僕を襲ってきた。
「何を止めるつもりだ。お前は『狩人』だろうが」
四方八方から襲いかかってくる蔓を躱しながら反撃の機会をうかがう。
蔓に生えた棘でたまに頬を切られて鮮血が舞うけれど、それでもまだそのタイミングじゃない。
僕は『狩人』だ。
神樹様を守る立場の人間だ。
対してローゼのやっていることは『守人』として神樹様を癒やしているだけ。
本当なら僕に彼女を止める資格なんてないのかもしれない。
でも……。
「外の世界なんてどうだっていい。お前に与えられた使命を果たすべきだろうが!」
僕の足下から茨が伸びだす。
そこから逃げようとすると、いつの間にか周りを同じような植物の壁が覆っていた。
抵抗として僕は猟銃の最後の一発を撃った。
「残念だったな。これで終わりだ」
伸び続ける植物によって僕の視界は塞がれていく。
身体の色々なところがすり切れていくのを感じる。
でも、目の前はもう何も見えなくなっていた。
ただ、声だけが聞こえる。
「もう邪魔をするな。お前まで消えると神樹様も困るだろう」
ローゼの言っていることはきっと正しい。
周りの世界のことなんてどうだっていいのかもしれない。
だって、僕は教えてもらうまで何も知らなかった。それで不自由なく生きてこれた。
知らない世界の、知らない誰かがどうなったところで、この森で暮らす僕らには関係のないこと。
ただそれだけの犠牲で神樹様が復活するのだとしたら、むしろいいことなのかもしれない。
だから、きっと僕がやっていることは悪いことで。
それを止めようとする僕はこの森にとって悪い魔女なんだ。
でも。
「それでも……」
「何?」
瞬間、僕を取り囲んでいた茨の壁は消え去った。
それは猟銃の代わりに握った杖を振り回したからだ。
これにはローゼも流石に驚きを隠せないみたいだ。
「まだ……これからだっ」
リンネさんに託された杖を強く握りしめる。
それだけじゃない。
僕はもっとたくさんの思いを背負ってここにいるんだ。
「ちっ。なんで立ち上がる! 何がそんなにお前を駆り立てる!」
迫ってくる蔓を杖ではじきながら、駆け出す。
脚だけじゃない、全身が傷だらけで痛い。
魔力だってほとんど残ってないみたいだ。
ちょっとでも気を抜いたら意識が飛びそうになる。
だからって止まるわけにはいかない。
だって、ここで諦めたら、みんながやってきたことが全部が無駄になる。
信じることをやってきただけなのに、正しいことをやった人に逆らって敗れた悪者になってしまう。
「僕は使命を投げ出したかもしれない」
神樹様の使い。
その役割も使命も、幼いころからずっと教えられてきた。
それはきっと、ずっと遠い昔から伝えられてきた、この森で生きてきた人たちの願いだったんだろう。
その悲願がこれで叶うというのなら、それは嬉しいことのはずだ。
そして、それを素直に喜べない僕は『狩人』失格だ。
「でも僕らはきっと、間違った道を選んでなんかいない」
僕は知ってしまった。周りの世界のことを。
わかってしまった。魔女も人間も同じだってことを。
知る前になんて戻れない。戻りたくない。
前に脚を踏み出すんだ。
そして、お互いに手を差し出す。
僕以外のみんなは僕に引っ張られてきただけだ。
例え間違えたとしても、責任を負うのは僕だけでいい。
「そんな戯言!」
足下が盛り上がり、今までのものと比べてかなり太い茨の茎が伸び、僕を高く舞い上げる。
天井との間に押しつぶされる前に離れたけど、僕は空中に投げ出されてしまった。
周囲に触れそうなものはない。
このまま落下して地面に叩き付けられるか、それとも避けることもできずに伸びてきた蔓に捕まるか。
選ぶまでもない。杖を振り回して蔓を切る。
でも、蔓は何本も伸びてきていて、応戦できないものもあった。
もうダメだと思った瞬間、何かが飛んできて蔓が切れた。
「……すまない。わたくしにできるのはこれぐらいだ」
見ると、蔓の拘束から抜け出したシアさんが槍を投げてくれていた。
よかった。あの時撃った最後の銃弾……ちゃんと当たってくれていたんだ。
傷や穴だらけの鎧を着ていたシアさんはそのまま倒れた。
最後の力を振り絞って投げられた槍。
ありがとうございます。小さくて立派な騎士様。
地面を見据えると、僕が落ちるであろう場所にはすでに茨が茎を伸ばしている。
どうやっても僕を通す気はないみたいだ。
いっそのこと杖を叩き付けてしまおうか。そんなことを考えている間に、僕の身体は宙に浮いた。
魔女の箒が僕を攫ったんだ。
「お前たちがやってることは無駄なんだよ!」
箒を全速力で飛ばして、次々と伸びてくる植物の攻撃を避け続ける。
杖を、託された思いを放してしまわないよう、しっかりと握って。
ローゼの言うとおり、僕らがやっていることは無駄なのかもしれない。
僕は胸を張って「無駄なんかじゃない」なんて言えるほど、大人じゃない。
だけど!
「魔力も尽きかけの身体で何ができるっ!」
高く飛んでいた箒が急に失速した。
箒から投げ出され、僕の身体はまた落下を始める。
箒を飛ばすための魔力がもう僕には残っていないんだ。
変身も解けて『狩人』の本来の髪である白髪に戻ってしまっている。
身体がもう限界だと訴えている。
意識だって消えかけだ。
でも、まだ、もう少しだけ……。
「なら魔力を回復させてしまえばいいのではないかしら?」
朦朧とした意識の中、うっすらと聞こえたシグネさんの声。
ぼやけた視界の端で、魔力の回復薬を放り投げる姿が見えた。
「何っ!?」
僕がローゼの注意を引いている間にシアさんによって助けられたシグネさん。
その狙いはローゼが保有していた魔力の回復薬にあった。
シグネさんは触れたものを仕舞ったり、出したりすることができる魔法が使える。
相手に気づかれないように物を奪うことだってできる。
「効率は悪いから普段ならできないわ。けど、ちょうどいいものがあったから」
地面に当たって砕け散った大量の回復薬。
その中身の青い液体は染みだし、周囲に青い光の粒が舞うようになった。
この空間が魔力で満たされた証拠だ。
胸を押さえて、深く息を吸う。
僕の意識はもうすっかりいつも通りだった。
「小賢しい。なぜ、立ち上がる」
伸びてくる植物に杖を叩き付けて粉砕する。
箒で飛び回っている間にたくさん伸びた植物に着地して、駆けていく。
「僕はひとりじゃないから……」
助けてくれる人たちがいたから。
支えてくれる人たちがいたから。
だから、僕も助けたいと思った。
それは、その人たちだけじゃない。
その人たち以外の、もっと大勢の人もだ。
まだ子供な僕は、そんな力も、資格も、ないのかもしれない。
それでも、やってみせるんだ。
それで、救われる人がいるかもしれないから。
「今の僕は魔法少女ニンフェアだ!」
村で何も知らずに生きてきた『狩人』の息子じゃない。
大切な友達を連れ出して失った無責任な子供じゃない。
心の底から通じ合う人がいなかった孤独なレンじゃない。
決して諦めず、みんなを幸せにする魔法少女。
みんなに支えられ、思いを託されたニンフェアだ。
「絶対にあなたを止めてみせる!」
植物の上を駆けながら、襲ってくる蔓を杖で叩き落とす。
傷だらけになっても、転びそうになっても、一歩、また一歩と前に踏み出していく。
そうしてローゼの前までやってくると、また目の前に壁が出来上がった。
それすらも杖で壊して、ひるんだローゼの身体に僕は触れた。
「何をするつもりだ。『狩人』の力は効かないと言っただろう」
『狩人』の魔法は魔力を流し込んだ相手に効果を与えるもの。
直接触れて魔力を流し込めるのなら、それが一番効果がある。
あの日……僕が初めて魔女になった日。
父さんに撃たれた僕は動けなくなった。
けれどプリムラは、そんな僕の身体を動かしてみせた。
もしも同じ神樹様の使いだからという理由で『狩人』の力が効かないというのなら、僕はどうして動けなかった?
そう、効くんだ。効くはずなんだ。
ただ、僕とローゼでは力の差があるせいで効いていないだけ。
なら、さっきよりも近くで、さっきよりも全力で当たればきっと。
「無駄だと言っている!」
ローゼによって僕は投げ飛ばされる。
地面に身体を叩き付けられて、そこをさらに茨が取り囲んだ。
でもそれを杖でなぎ倒して、僕はまた立ち上がる。
この杖の使い方もわかってきた。
この魔導具で使える魔法は、言うなれば増幅。
僕のような力の弱い人でも、この硬い茨を壊すことだってできる。
リンネさんのように魔法を増幅して一気になぎ倒すことなんでできないけど、邪魔なものだけでも消せるなら十分だ。
僕はまたローゼに駆け寄る。
そして、握りしめた杖を通して魔法を使う。
さっきよりもずっと、魔力が減っている感覚に陥る。
魔導具を使うには魔力を消費するからだ。
それはこの魔力の溢れた空間で回復する分を上回っているんだろう。
それでも構わない。
全身全霊をかけて、今この瞬間に全てを捧げる。
攻撃を仕掛けようとしていたローゼの周りの蔓が落ちていく。
やっぱり効いているんだ。
「だが、まだ足りないようだな」
ローゼは僕を蹴り上げる。
それでも僕は手を放さなかった。
また投げ出されて、もう一度立ち上がれる保証なんてなかったからだ。
そんな僕の杖を握る手を、誰かが優しく包み込んだ。
「来るのが遅いよ……」
その手のぬくもりを、僕は知っている。
「ごめん。遅れたわ」
その口が発する声を、僕は知っている。
「何で、貴方が……」
僕らは目で合図を取り、杖の上で手を重ねて、ローゼの身体に同時に触れる。
ひとりじゃ敵わない相手でも、ふたりだったら。
ひとりじゃできないことでも、ふたりだったら。
杖がリンネさんが使ったときよりもさらに輝き出す。
それは神樹様が放つ光よりももっと明るい。そして、優しさや温かさを感じるものだった。
シア「そなたは無事か?」
シグネ「話題になりそうでいい収穫だわ」
シア「余裕があるようだな」
シグネ「そうね。箒も壊されずに済んでよかったわ」
リンネ「みんな大丈夫ですかー?」
カリン「肩を貸してる身にもなってください。重いです」
リンネ「あれ? センパイがふたりいるような……」
カリン「そんなまさか……って、本当にお姉様がふたり?」
リンネ「センパイ2Pカラー?」
シア「あちらも元気そうだな」
シグネ「ええ。なんとか、みんな無事に終わったようね」