苦難の中で
「………」
「………」
無言でスープを口に運ぶ。
いつもなら楽しく話しながら食事をするものだけど、重苦しい空気がそれをさせてくれない。
あれから毎日そうだ。
村から逃亡した魔女とその仲間を捜索することになったけど、痕跡は途中で途絶えていて見つからず。再度捕まえることはできなかった。
いつ魔女が戻ってくるかわからない。
村中がみんな、不安になっている。
これまで……少なくとも僕が知っている中ではこんなことはなかった。
だから、みんなどうすればいいのかわからないんだ。
そんな不安を少しでも和らげるためにも、大人達は見回りを強化しているし、子供達も外を出歩かないようにしている。
けど、一番はやっぱり、魔女をどうにかすることだと思う。でないといつまで経っても不安はなくならない。
父さんの顔を見る。
やっぱり少しやつれている。
父さんは村を護る役割を与えられた『狩人』で、魔女狩りを執行する人だ。
だからきっと、余計に責任も感じているんだと思う。最近、父さんがちゃんと寝ている姿を見られていない。
「ごちそうさま」
自分の分のお皿を片付ける。
幼い頃に母さんを亡くしたこの家で、家事は全て僕の仕事だ。
だから僕にできることは、いつものように食事を作って、いつものように送り出すことぐらい。
たったひとりの家族なのに、それぐらいしかできないのが悔しい。
「そうだ。レン。今日も森に入るのか?」
お皿を洗っている僕のところに、父さんが自分のお皿を並べた。
僕はそれも一緒に水で流しつつ答える。
「うん。訓練したいからね」
「そうか。気をつけるんだぞ」
「わかってるよ、父さん」
父さんに余計な心配はかけたくない。
でも僕も、何もしないでいるのは落ち着かないんだ。
ごめん、父さん。
いつものように用意をして、森の中に入る。
父さんの息子として、次代の『狩人』として、僕は毎日訓練している。
といっても、基礎体力をつけることと、狩りに使う猟銃の練習をすることぐらいだけど。
父さんは歴代の『狩人』の中でも特に才能に秀でていると言われている。
その子供の僕は……正直言ってパッとしない。
腕が悪いわけじゃない……と思いたい。
けど、やっぱり父さんと比べると何もかもが負けている。
子供と大人の差だけじゃなく、絶対的な才能の差を感じる。
その差を縮めないと、将来が不安しかない。
だから、訓練を止めるわけにはいかない。
才能がないのなら、より一層努力してこの村を護れるようになるんだ。。
それに、正直、今は父さんの顔を見ているとやるせない気持ちになる。
魔女が逃げた原因は僕にあるからだ。
魔女を連れ去った仲間は……ミストさんは、僕が助けた。
今思うと、村の前に倒れていたのは警戒されずに村の情報を聞き出すためだったのかもしれない。
そう考えると僕はどこまで失態をおかしてしまったんだろう。
そのせいで村を恐怖に陥れて……。
「これじゃあ、まるで僕が魔女の仲間みたいじゃないか」
そして、僕はまだ、魔女の仲間と一緒にいたという事実を話せていない。
それは僕に勇気がないから。
勇気?
違う……ただ怖いだけだ。村のみんなから責められるのが。
父さんの息子なのに、期待はずれだと言われてしまうことが。
僕はどうすればよかったっていうんだろう。
倒れている旅人を放っておけばよかった?
でもそれじゃあ、あの人は……確かに魔女の仲間ではあったけど、もしそうでなかったらという可能性を考えると、見捨てることなんてできない。
「父さんなら、どうだったんだろう」
旅人を見つけたのが父さんだったのなら、助けるにしてももっと警戒していたのかな。
その上で信頼できる相手か確かめて、魔女の仲間だとわかったら撃っていた?
僕には、それができるのかな。
魔女の仲間だからって、少し前まで話していた相手を。
できると即答できない。
こんな覚悟じゃダメだ。
僕は父さんから『狩人』を引き継いで、村を護らなきゃいけないのに。
「……なに、これ?」
考え事をしていたら、いつもの練習場所についてしまった。それはいい。
木々を切って、森の中に作られた開けた空間。
村からそこそこ離れた場所だから、猟銃の練習をしたって音の心配はしなくていい。
昼間には空からの光が一斉に入り込んでくるその場所に、花が咲いていた。
花自体はどこにでもある花だ。紫色の小さな花。
でも、それがここにあるのはおかしい。
だって、ここはずっと前から僕が練習に使っているせいで地面が出ていて、草なんてほとんど生えていないはずなのに。
なのに、そこ一面が花畑になってしまっている。
一瞬、場所を間違えたのかと思ったけど、長年使っている道を間違えるわけがない。
それに太い蔓にまみれているとはいっても、自分で作った練習用の的があるのを見つけた。
間違いない。同じ場所だ。
それなのに……どうしてこんなことに?
嫌な予感がした。
普通じゃないことが起きている。少なくとも、僕の常識ではありえないこと。
そしてそれが起こる原因は、たぶんひとつだけ。
そう、魔女の仕業だ。
「なんだ? 子供か」
背後から、大人の女性の声が聞こえた。
聞き覚えのない声。それは、僕の背筋をぞくりとさせる低い声だ。
僕は振り向いた。
でも、その瞬間に胸ぐらを掴まれて僕の身体は宙に浮く。
掴んでいるその腕を殴っても、そいつは放してくれない。
「お前は……魔女か」
精一杯抵抗しながら、そいつの顔を姿を見る。
胸元が開いた黒のローブに、同じ色の三角帽子。噂に聞くようなその姿。
「だとしたら、どうだと言う」
そいつは否定しない。
僕はできる限り、そいつの目をにらみつける。
髪の色と同じ濃い紫の瞳は、これまでみたどんな人間の瞳よりも恐ろしく見えた。
僕の態度が気に入らなかったのか、魔女は僕の身体を放り投げた。
背中から地面に叩き付けられる。
痛い。でも、動けないほどじゃない。
足下に見える猟銃。
あれさえあれば魔女に一矢報いることができる。
父さんみたいに。
僕も、魔女を、倒すんだ。
急いで上体を起こして、地面を蹴って、猟銃まで飛び込んだ。
正確に言えば飛び込もうとした。
でも、僕の足は二歩目で止まり、顔面を地面にぶつけることになった。。
植物の蔓が伸びて、脚にからみついてきたからだ。。
それは異常な速度で成長して僕の身体をどんどん上ってくる。
「ただの子供かと思えば……お前、面白いものを持っているようだな」
魔女は猟銃を手にとる。
あれさえあれば。
そう思って手を伸ばそうとしても、その腕ごと蔓に巻き取られて動けなくされる。
逃げられない。でも、倒すこともできない。
死を覚悟した僕の頭を魔女が鷲掴みにする。
頭に魔女の鋭い爪が食い込んで痛みを伴う。
それっと同時に意識が遠くなってきた。
「面白い。お前に力を与えてやろう」
僕は薄れゆく意識の中、うっすらと、そんな言葉を聞いた気がした。