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魔法少年は今日も少女に逆らえない  作者: 半目ミケ
第五幕 魔法少女の決断
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集う喜び

「お姉様。身体に傷が……」


「大丈夫。これぐらい平気だよ」


 すぐそばまでやってきて僕の頬の汚れを拭き取るカリンちゃん。

 ありがたいけど、今は傷や汚れなんて気にしている場合じゃない。


 それに、父さんと戦った時と違って、シアさんに受け止めてもらえたから足が動かないこともない。

 まだ戦うのに支障はない。


「勝ち筋はあるのかしら?」


 シグネさんが箒を取り出しながらそう言う。


 僕の魔法は通じなかった。

 魔力を回復させる薬があるせいであっちの魔法は無尽蔵だ。


 でも僕は猟銃を握る拳に力を込めて言う。


「もう一度。今度は直接魔法を使います。だからそのために協力してください」


 僕のその言葉に、四人はうんと頷いた。

 そのみんなは僕と同じようにリボンをつけている。


 神樹様は魔力を吸っている。その本体と近くなれば魔女たちは動くので精一杯だ。

 それを防止するための魔導具。

 リーフィさんが急いでみんなの分も作ってくれた。


 それと、サイ兄が作ってくれた魔力の回復薬。数は限られているけど、ないよりはずっといい。

 シグネさんから手渡されたそれを飲み干してローゼを見据える。


 僕ひとりじゃだめかもしれない。

 でも、みんなが力を貸してくれれば、きっとあの人を止められる。


「ならわたくしが先陣を切ろう。ついてこい」


 シアさんが言葉と同時に駆けだして、僕もそれに続く。

 ローゼからの蔓の攻撃が始まったけど、以前カリンちゃんの魔法を防いだ時のように槍で叩き落としている。


「お姉様は私が守ります!」


 僕に向かってくる蔓はカリンちゃんの魔法の鎖が巻き付いてその動きを遅くしている。

 さっき縛られ締め付けられたせいもあって僕の動きも鈍っていて、そのままでは避けられないからだ。


 シグネさんも箒で飛びながら魔法で直接ローゼを攻撃して妨害している。

 離れていた距離も大分縮まっていた。


「あと少し……」


「ちっ……」


 また舌打ち。

 何か仕掛けてくる?


「ちょこまかと……鬱陶しいんだよ!」


 ローゼがそう言うと壁になっている植物が一斉に花を咲かせた。

 鮮やかな赤い花。

 それが『守人』の魔法によって急成長されたせいであることは一目瞭然だ。

 だけどそれがなんのためにやったのかはわからなかった。


 蔓の攻撃を緩めてまでやること?

 そう思っていると、天井から何かが降ってきた。

 小さな粒のようなもの……これは、花の種?


「……っ、みんな下がってください!」


 その瞬間、目の前を走っていたシアさんの姿が消えた。

 地面に落ちた花の種。それが急に成長して壁になったんだ。


 これが狙いだったんだ。

 この空間……この城を形成している茨。

 刺々しいそれが無秩序に伸びている。


 神樹様の御神体が光を放って照らしていたこの空洞。

 何重にも重なった植物が、その光を隠してしまっていた。


 今の森と同じ……暗闇に閉ざされている。

 僕はとっさに立ち止まったから種がないところに立てたけど、みんなは大丈夫だろうか。


 立ち止まっていちゃだめだ。

 だって、ローゼにとって僕らなんてどうでもよくて神樹様に魔法をかける時間が欲しいだけなんだ。

 立ち止まっていてもなんにもならない。

 なら歩いた方がずっといい方に行ける。


 猟銃を杖代わりにして、確認しながら歩く。

 僕は夜目が利くから、よく目をこらせばなんとか歩ける。

 ただ、こうやって歩けるスペースがどれだけあるだろうか。


「シグネさん! リンネさん! カリンちゃん! シアさん!」


 幾つもの分かれ道や行き止まりを繰り返しながら、仲間の声を呼ぶ。

 一向に光は見えない。だけど、ひとつだけ返ってくる声があった。


「お姉……様」


「カリンちゃんっ!」


 声がした方向に行ける道を選んでいく。

 そうすると、横たわっているカリンちゃんを見つけた。

 耳や尻尾に元気がない。もしかしてどこか怪我をしたのかと思うけど、暗くてよく見えない。それにそれを治す方法を僕は持っていなかった。


「ちょっと魔法の使いすぎなだけです。薬を飲めばそのうち……」


「あんまりしゃべっちゃダメだよ」


 よく見るとカリンちゃんが頭につけていたリボンが外れていた。

 きっと棘に当たってどこかで落としたんだ。

 その状態だと薬を飲むだけじゃなかなか回復しない。

 僕だって十日も眠っていたんだ。


 近くを見てもリボンは見当たらない。

 このままじゃ命の危険がある。


「そうだ」


「お姉様、なにを……」


 僕は自分の髪を縛っているリボンを外してカリンちゃんの細い腕に巻き付ける。

 これで応急処置にはなるはずだ。


「これはキミが持ってて。大丈夫だから」


 問題は僕が神樹様の影響を直に受けることになるということだけど、回復したばかりで魔力が有り余っている今なら数分は保てるはず。

 回復薬を定期的に飲めばもう少しどうにかなるはずだ。


「ごめんなさいお姉様。迷惑をかけて……私はやっぱり必要ない子だったみたいです」


 カリンちゃんがすすり泣く声が聞こえる。

 この子が泣いている姿を見るのは、これで三度目だ。


 前に見たとき、僕は確かに思ったんだ。女の子を泣かせたままでいいのかって。

 この子はきっと、今まで誰にも必要とされたことがなかったんだろう。


 必要とされたい。

 暴走したことを反省してみんなと仲良く暮らせるようになった後も、たぶんその気持ちは変わってなかった。

 年相応の、寂しがり屋な普通の女の子。


 だから僕は、ちゃんとそれを声に出して伝える。


「そんなことないよ。僕にはキミが必要だったから」


 カリンちゃんが来てくれなかったら、僕は蔓に捕らえられたままだっただろう。ローゼの元へ走っている間に何度も攻撃を食らってたどり着けなかっただろう。

 だから、僕には必要ないわけがない。


 それに。


「キミのような人を助けるために魔法少女をやることにしたんだ」


 最初は命令されて無理矢理始めさせられた魔法少女活動。

 だけど、カリンちゃんの事情を知って……外の世界のことを知って、今は自分でこの道を選んでいる。


 そのきっかけを与えてくれただけで、僕にとってキミは必要な人だったんだよ。


「お姉様……」


 カリンちゃんは泣き止んでくれた。

 魔力も回復を始めたのか、耳がしっかりと立ってきている。

 もうしばらくすれば立って歩けるようになるだろう。


「この先にリンネさんがいるはずです。とっさに魔法で引き寄せました」


 そう言ってカリンちゃんはひとつの道を指し示した。

 そっか。自分の身だけじゃなくて仲間を守ろうとしてくれたんだ。


「ありがとう。キミはここで待ってて」


 僕はカリンちゃんをそっと寝かせる。

 そして、教えてくれた方向へ歩き出した。



 道をたどっていくと広い空間に出た。

 そうか。僕らがいるところにしか種は蒔かれなかったから、壁の外側はそのままなんだ。


 ただ、やっぱり神樹様の御神体の周りは完全に植物の壁で囲われているようで光は見えなかった。


 そんな中でうろうろしているリンネさんを見つけて僕は話しかける。


「えっ、センパイ!? よかった、無事だったんですね!」


 無事と言っていいかはわからない。

 正直、よくない状況だ。

 ちょっと歩いただけでも頭がふらついてくるし、定期的に薬を飲み続けないとすぐにでも倒れそうだ。


 これが世界中に広がるかもしれないと考えただけで恐ろしくなる。

 だから、今がんばらないといけないんだ。


「リンネさん。他のみんなは……」


「わからないです」


 やっぱりそうか。


 種はローゼの周囲にも蒔かれていた。

 だからどうにかしてこの茨の迷路を越えないといけない。


 どうにかして切り倒そうにもかなり硬いし、燃やすには水分が多すぎてよほど優秀な火種がないと燃えてくれないだろう。


「ごめんなさい。こんな危険なことに巻き込んでしまって」


 カリンちゃんは倒れて、シアさんとシグネさんは行方不明だ。

 僕がみんなに協力を頼まなければ犠牲になるのは僕だけで済んだ。

 そうでもしなくちゃいけない状況だったとしても、呼んできた僕に責任がある。


 そして、現状を打破する手段は何も思い浮かばない。

 万事休すかと、僕は座り込む。


「センパイ。こんな時こそ、私を……仲間を頼って下さい」


「えっ」


 そうか。

 リンネさんの魔法ならすごい炎を作り出せる。

 ただ、制御できないし、それを使うと中に捕らわれているみんなは……。


 僕がそうやって頭を抱えていると、リンネさんは少し屈んで僕と目線を合わせ、一本指を立てて教え込むように言い出した。


「いいですか。センパイ。魔法少女っていうのはですね、決して諦めず、みんなを幸せにするために戦うんです」


 決して諦めない。

 そして、みんなを幸せにする。


 いつか、魔法少女について聞いたことがある。

 リンネさんはそれを憧れの存在だと言っていた。

 だから僕をセンパイと呼んでくれている。


 果たして僕にはそれができているんだろうか。


「修行の成果を見せるときが来たようですね」


 そう言ってリンネさんは背負っていた杖を持ち出した。

 衣装を着せ替えられていた時にちょっとだけ見た憶えがある、星を模ったものが先端についている長杖。


 それを地面に突き刺し、リンネさんは目を閉じる。

 すると、杖が輝きだして辺りを照らす。これはただの杖じゃない……魔導具?


 杖の周りに赤、青、緑、黄、それぞれの色をした球体が出現する。

 それにリンネさんはひとつずつ魔法をかけた。


 いつもなら天変地異が起きるはずなのに、それがしっかりと制御されている。

 僕やみんながいくら言っても隠れて魔法を使っていたのは修行のためだったんだ。


 そして最後に、杖を抜いて構えたリンネさんは声に出して言う。


「ローリエビーム!」


 瞬間、杖の先端から光が解き放たれた。

 それはリンネさんの使う火でも、水でも、風でも、土でもない。もっと純粋な力の光。

 壁に向かって一直線に放射されたそれは、茨の壁を完全に消し去り大きな穴を開ける。


 数十秒の間その魔法を使うと、リンネさんは糸が切れたように倒れそうになる。

 僕は頭を打たないように支える。


「リンネさん!」


「えへへ……魔力切れみたいですね」


 僕はリンネさんに魔力の回復薬を飲ませようとする。

 でも、それはリンネさん本人の手で妨げられた。


「私は大丈夫ですよ。これぐらい、ちょっと休めば治ります」


 それは嘘だと知っている。

 魔力を持つ者にとって、それがなくなるってことは相当身体に悪影響を与えるって学んだ。


 回復しようにもここでは神樹様が魔力を吸っているせいもあって休んでも自然回復なんてできない。

 そのために持ってきた薬なのに、どうして。


「センパイにはやることがあるんでしょう。道は開きました。行って下さい」


 壁に開いた穴から光が漏れ出て、リンネさんの顔を照らしている。

 それは、あの魔法が僕の目的の場所までの道を作ったことを指している。


「センパイ。これを持っていって下さい」


 そう言ってリンネさんはさっきの杖を差し出してきた。

 壁を破壊した光も、周囲を浮いていた球体も消えている。

 残ったのはただの装飾過多な部分だけだ。


「もしもの時にセンパイを支えられるよう、リーフィちゃんに頼み込んで作ってもらったんです。さっきみたいのはもう無理でも、この壁をちょっと斬るぐらいならできるはずです」


 僕はそれをしっかりと受け取る。

 見た目はおもちゃのようだけど、リーフィさんが作った魔導具なら確かに使えるもののはずだ。


「私、センパイの役に立てましたか?」


 リンネさんはそっと、そんなことを呟く。

 それに僕は笑って答える。


「十分すぎるほどだよ。ありがとう」


「……よかったです」


 どうにもできず、くすぶっていた僕のために道を切り開いてくれた。

 それは役に立つという言葉だけで済ませられるものじゃない。


 いつかお礼をしよう。みんなに。

 僕のわがままに付き合ってくれた、そのお礼を。


 だからそのためにも、僕はこの先に進まなきゃいけない。

 リンネさんをゆっくりと地面に寝かせる。


「そうだ、センパイ。さっき魔法少女はみんなを幸せにするって言いましたけど……」


 神樹様が放つ光に向かって歩き出す僕の背中に、リンネさんは投げかける。


「たとえそれが悪い魔女だって幸せにする。そんな姿に私は憧れたんです」


 僕らが住むこの森にとって、魔女は悪い存在だった。

 でも僕は、魔法少女となってそれを助けた。それがひとときの幸せに繋がっている。


 そうか。僕はただ姿や名乗りがそれだったんじゃない。

 最初からリンネさんの理想の魔法少女だったんだ。


 なら、諦めるわけにはいかない。

 だって、魔法少女は決して諦めないんでしょ?


「僕は必ず、みんなを幸せにしてみせるよ」


 託された杖を強く握り、振り返ることもなく、僕はそう告げた。

リンネ「あちゃ〜。これはさすがにキツイかも……」

カリン「無事ですか?」

リンネ「あれー? こっち来てくれたんだ」

カリン「なんとか動けるようになったんです。お姉様は?」

リンネ「行ったよ。せっかくだから色々託しちゃった」

カリン「またお姉様に迷惑かけたんですね」

リンネ「今回は大目に見てよ。ね?」

カリン「……わかりました」

リンネ「あれ、わかってくれるんだ」

カリン「私も、同じですから」

リンネ「そっか」

カリン「でも、あなたよりはずっと役に立ったつもりですけど」

リンネ「なにをう。言う様になったね」

カリン「お姉様と、その他のみんなのおかげです」

リンネ「うんうん。ありがとう」

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