大志
箒を使って森の中を飛ぶ。
先端部分のフックに父さんから借り受けたカンテラをつけて、暗い闇に閉ざされた森を突き進む。
そうして数時間ほど飛び続けた先。
実体化された神樹の太い幹。それに巻き付く太い植物があった。
僕はそれの前に降り立って、見上げる。
鋭い棘が無数に生えた長い蔓のような植物。絡み合ったそれらの間に、入り込めそうな場所がある。
茨の城……神樹様を御守りする『守人』が住むと幼い頃から聞かされていたそれは、確かに僕の目の前にあった。
こんなものを作れるのはただひとりだけ。
僕はその人の元へ行くために城の中に入り込む。
城の中は静かだった。
物音ひとつしない。けど、確かに何かを感じた。
気配を感じる方向へと歩き続けると、かなり開けた場所に出た。
暗い森の中にあったのに、自然の光が入っているように明るい。
それは空洞の奥にある巨大な結晶のようなものから溢れている。
わかる。
きっとあれが神樹様の御神体だ。
ここは、あれを護るために『守人』が作った城なんだ。
「なんだ。まだ魔女が残っていたのか。レイルのやつ、役目を忘れたか?」
僕はそこにいた人に近づいていく。
そして、話ができる距離になった時、しっかりと目を見据えて口を開いた。
「貴方を止めに来た」
「私を止める? たかだか魔女ごときが笑わせる。それができるのは対等な立場である『狩人』だけだ」
魔女の森の名の由来。
神樹様に与えられた『守人』という立場であるローゼ。
今までの僕なら全く話を聞いてくれなかっただろう。
「なら、僕がその『狩人』なら」
でも、今の僕は『狩人』だ。
父さんから正式に引き継ぎ、託された武器を構える。
普段僕が使っている猟銃とは違い、神樹様の紋章が描かれている特別なものだ。
「ははっ、そうか。お前、あいつの息子だったか。これは笑いものだ。まさか『狩人』にそんな趣味があったなんてな」
神樹様は今まで以上に魔力を吸収している。
僕がこうして立っているためには魔力を回復させるしかない状態だ。
でも、今のこの体質では魔力を摂取すると魔法少女になってしまう。
ちょっと様にならない。
けど、そんなことにはもうとっくに慣れた。
どんなに笑われようとも僕は屈しない。
「それで、私を止めるか。まさか、話せばわかってくれる……とでも思ってきたわけじゃあるまい?」
「話し合いで解決できるならそれでいい」
「そうか」
そう言ってローゼは手を振り上げる。
それと同時に壁から蔓が僕に向かって伸びてきた。
身体に当たる直前にそれの動きは止まる。
「悪いが子供の戯れ言に付き合う時間はない。そこで大人しく……」
ローゼの頬のすぐ隣を銃弾が抜けていく。
対等な立場ならと言ったはずなのに、僕の話を聞くつもりがない。
これはそのお返しだ。
「話を聞くになった?」
「こいつ……」
僕が後ろに下がると、僕がさっき立っていた場所に向かって蔓が突き刺さった。
どうやら怒らせたみたいだ。
でもこれでちゃんと僕を見てくれるようになったはずだ。
「僕は『狩人』として『守人』のあなたに進言する」
猟銃を握る手に力を込める。
そして、僕を睨みつける魔女にしっかりと睨み返した。
「もう、こんなことは止めにするんだ」
「断る」
「なら……力尽くでも止めてみせる」
猟銃でローゼを狙い撃ったけど、それは植物でできた壁によって防がれた。
プリムラも使う『守人』の魔法。
やっぱりかなり厄介だ。
僕は矢継ぎ早に伸びてくる植物を避けながら、射撃する。
この魔法でどんなことができるかはプリムラに確認している。
植物に魔力を流し込んで自分の眷属にし、意のままに操ること。
他にも急成長させたり、傷や病気を癒やしたりできる。
僕ら『狩人』のもつ魔法と違って、他人を攻撃するのに向いているものじゃない。
森や人を護ることを使命としている『守人』らしい魔法だ。
でもだからって、僕はこの環境では分が悪い。
ここはこの人が作った場所。
一応足下は地面だけど、それ以外の壁や天井まで全てが植物でできている。
だから、ここのほとんど全てが魔法の対象なんだ。
大人で僕らの倍以上生きているおかげか、伸ばす蔓の太さも早さもプリムラとは比べものにならない。
それに、僕が撃った弾も植物の壁を作って防がれてしまう。
僕のもつ『狩人』の魔法のおかげで、一発でも当てれば魔法は無効化できるとはいっても、当てられなければ意味がない。
さて、じゃあどうするか。
そんなの決まってるよね。
僕は前に駆けだした。
「ほら、そんなものか、新たな『狩人』の力は!」
伸びてくる攻撃を避けながら近づいていく。
そう、近づくんだ。
本来なら僕ら『狩人』は遠距離で気づかれる前に一撃で獲物を仕留める。
魔法だってそんなことに特化している。
一発当てればどうにかなる。
だけど、すでに相手に注目されているこの状況じゃ、それは無理。
だからといって近づいても、できることが増えるわけじゃない。
本来は無意味だ。
でも、僕が父さんに勝ることができたのはこれだけ。
きっと普通の『狩人』の戦い方じゃ、勝つことなんてできない。
だからこれは、賭けだ。
「なにが狙いだ」
ローゼが立っているのはこの大きな空洞の端っこの方。
蔓は壁から伸びてくるから、そこに近づけば近づく程、躱すのが難しくなってくる。
最初は余裕をもって動けていたのに、今は紙一重で避けながら少しずつ近づくので精一杯だ。
それでも、あと少しという距離まで近づけた。
そして、ここまでくればこっちのものだ。
僕は脚から剥がしたポーチをぶん投げる。
さらに、手に持った猟銃でポーチを撃ち抜いた。
「これが『狩人』の真の魔法だ!」
『狩人』の魔法。その力は自分の魔力を流し込んだ対象に効果を及ぼすもの。
動けなくさせる、魔法を封印する、記憶を消す、魔物に特効がある、と効果はたくさんある。
けど、昔の『狩人』たちが遺した魔法の使い方の多くは失われていて、父さんでもわからないことが多い。
でも僕は、この猟銃がその魔力を遠距離まで飛ばすための魔導具で、それがなくても近距離なら効果を及ぼすことができるということを知っている。
たぶん、調べる時間があればもっと色々なことができるようになるんだろう。
ただ、そんな時間の余裕はない。
「ちっ……」
ローゼは植物で壁を形成した。
僕の攻撃が来るってわかればそうすることは知っている。
でも、そんなことをしたら僕の姿が見えなくなるよね。
銃弾に貫かれたポーチ。
その中にはいつものように予備の弾が込められている。
猟銃が発射した魔力はその弾を誘発させる。
猟銃では一度に一発だけしか撃てない。
けど、一発一発撃っていては防がれてしまう。
それならこうやって一度に撃ってしまえばいい。
そして、もうひとつ、僕には奥の手があった。
「これで、あなたの負けだ!」
大量の弾によって破壊された植物の壁。
ローゼを守るものが消えても、また生成されたらおしまいだ。
だから、手に握りしめておいた最後の一発を装填して撃った。
絶対に避けられないよう、ローゼの足下を蔓で縛って。
「なにっ……!?」
僕はプリムラの……つまりは『守人』の魔法が使えるみたいだった。
変身中に限るし、気づいたのも最近であんまり練習もできなかったからこんなことぐらいしかできないけど。
それでも一瞬だけ足止めできれば十分。
僕が撃った銃弾は確かにローゼを貫いた。
これで魔法はもう使えない。
なんとか、止めることができたみたいだ。
「ちっ……」
倒れ込むローゼを見て勝ちを確信して気を抜いてしまったんだろう。
舌打ちが聞こえた瞬間に嫌なものを感じたけど、咄嗟に動くことができなかった。
僕の両手と両足が蔓に巻き付かれ、別々の方向へと引っ張り上げられる。
そして、倒れていたローゼは胸を押さえながら立ち上がった。
「なん……で」
手足を引っ張られる痛みに耐えながら声を出す。
確かに弾は当たったはずだ。
あれで魔法はもう使えないはずなのに。
「同じ神樹様の使いだからな。それなりの抵抗力はあるんだよ」
そう言って近くの箱から青色の液体の入った瓶を取り出し、飲み干してみせる。
まさか、頼みの綱の魔法が効かないなんて……。
「残念だったな。お前はそこで大人しく見ていろ」
腕や脚を動かそうにも全く動かせない。
さっきのことを警戒してか距離をおかれているし、僕の魔法が届く範囲じゃない。
「どうして」
「ん?」
光り輝く神樹様に近づくローゼの背中に、僕は投げかける。
「どうして僕に力を与えたんだ」
僕はあの日、この魔女に襲われて、力をもらった。
いろいろなことを知った今ならわかる。あれは魔力を与えられたんだ。
ローゼは以前会ったときに「情けで力を与えた」と言っていた。
けど、まだ詳しい理由は聞けていない。
「……『狩人』が弱ければ犠牲が増える」
『狩人』と『守人』。
そのふたりは神樹様の使いで、この森を守っていく使命がある。
実際に魔物の氾濫や帝国の侵攻を阻止したことがあった。
ただ、それは力をしっかり使えなければいけない。
「お前があの時もっと強ければ、私の娘は!」
僕は父さんと比べて不出来だった。
それはずっと前からわかってる。
僕は猟銃を上手く使えていなかった。
今思えば、それは魔力の制御が下手だったからなのかもしれない。
ただ、ローゼの言ったことは紛れもない事実で。
僕が強ければ幼いプリムラを守ることができただろうし、そもそも夜に連れ出して危険な目に遭わせることもなかっただろう。
「だが、もうすぐだ。もうすぐであの子は……」
そう言うローゼの視線の先。神樹様の御神体の傍には女の子が横たわっていた。
薄紫の小さな花に囲まれている、僕と同い年ぐらいの女の子。
そっか。やっぱりここにいたんだ。
「なんだ。男の癖に人前で泣くなんてな。情けない。ああ、今は女だったか」
気づいたら涙が流れていた。
両手が塞がってるから拭うことができず、その温かな雫は頬を伝って落ちていく。
「ああ。泣いてるよ。でもこれは、嬉しくて泣いているんだ」
悲しくて流すものでも、悔しくて流すものでもない。
全ての希望が叶えられて、僕は嬉しいんだ。
『もういいよ』
僕が心の中でそう言うと、箒が降ってきた。
僕がここまで乗ってきた箒だ。
その音にローゼが気づいて僕の方を見る。
それと同時に黒い鎖が伸びてきて、僕の身体を蝕む蔓を強引に引っ張って千切る。
僕の身体は地面に落ちることなく、小さな騎士様によって受け止められる。
「なんだ。まだやるつもりか」
僕の後ろに立ち並ぶ四人。
それを見ても動じない彼女は、それだけ自信があるんだろう。
でも、僕だって。
「約束したんだ」
僕だって守りたいものがあってここに立っている。
最後の命令。無事に帰ってくること。
そして、その後の約束も。
本当ならひとりで戦うことが筋だ。
だからできることなら、僕ひとりで終わらせたかった。
でも、世界の命運がかかってるんだ。
そんなリスクはかけられない。
みんなを呼んだのは、そのための保険だ。
なにがなんでも止めてみせる。
そして、約束を果たすんだ。
リンネ「ねぇ、もう出ていいのかな?」
シア「まだ駄目だろう。ニンフェア殿の言った通り、合図があるまで待て」
カリン「ああ、お姉様が捕らわれて……」
リンネ「ふへへ。やっぱり魔法少女と言えば拘束されるものだよね」
シア「何を言っているのだ……と、あの箒は」
シグネ「私の箒……あんな使い方するなんて。これはお説教が必要かしら」
シア「それは後でいいだろう。あれが合図のはずだ。行くぞ」