信じる気持ち
今日もまたミストさんによる授業を聞いていた。
おかげで最近色々な知識が増えている。
魔法使いについてのことだけじゃなくて、外の世界のことも。
メグ姉が家の手伝いで外に行った時の話をしてくれるし、シグネさんも旅をしているからそのことを話してくれることもある。
でもふたりの自分から見た街の景色の話とは違って、ミストさんは文化だったり、歴史だったりを話してくれている。
たとえばこの森はふたつの国に挟まれているということとか。
そのふたつの国はあまり仲がよくないこととか。
いつも授業が終わるとさっと出て行くミストさん。
でも今日はミストさんが開けるよりも先に部屋の扉が開かれた。
「ね~、ねぇ、おやつ作ってよー」
ミストさんに抱きついたのはリーフィさんだった。
しかもなんかすごく甘えている……こんな人だったっけ?
ミストさんはというと、額に手を当てて「やれやれ」といった顔をしている。
「キミが自分で作ればいいでしょう」
「やだ。ミストが作ったのが食べたい」
ずいぶんと駄々をこねてらっしゃる。
「わかったよ。わかったから人前でそんなことやらないでってば」
授業中のミストさんは落ち着いていて大人な雰囲気があったのに、こうやってリーフィさんにからまれているとそういう雰囲気も保てなくなっている。
というか、人前じゃなければいつもそんな感じなんですか、ミストさん。
そういえば、他の魔女とは違って、ふたりでひとつの部屋での生活だけど、もしかして……。
ミストさんはそそくさと逃げ出すように出て行った。
おやつとか作れるんだね……なんとなくなんでもできそうな気がしてたけど。
そして、この部屋には僕とリーフィさんだけが残った。
彼女はこほんとわざとらしく咳払いをして言う。
「さて。やっとふたりきりになれたね」
実はこの間の一件から数日が過ぎているのに、僕はまだリーフィさんと会話をしていなかった。
それは、あの日のことがあるせいで話しかけづらいということもあるし、単純に僕がひとりになれる時間が少なかったということもある。
でも、リーフィさんがわざわざこう言ってきたということは、同じように感じていたんだと思う。
「僕も話したいと思っていたところです」
魔女の庵の外。飲み水を確保している水場の近く。
切り株を椅子代わりにして、僕は座っていた。
一緒に出てきたリーフィさんはというと、水が湧き出ているところの上を歩いている。
この間泉の上に立っていたのは不思議だったけど、ミストさんの授業を聞いた今ならわかる。あれは水の上を歩くことができる魔導具を使っているんだ。
こういう魔導具は旅をするなら便利だと思う。
ただ、必要も無いのにわざわざ使ってもいたずらに魔力を消費するだけだから、こうやって遊び感覚で使えるってことは、リーフィさんがそれだけ魔力に余裕がある証拠だ。
見た目は僕より少し年上ぐらいにしか見えないふたりだけど、たぶん僕よりもずっと色々な経験をしてきた人たちなんだ。
「みんなはどうしたんですか?」
いつもなら授業が終わった時に入ってくるリンネさんやカリンちゃん、メグ姉がいない。
シグネさんやシアさんは気まぐれだからいいけど、あの三人の誰もやってこないというのは違和感がある。
それに違和感を感じるぐらいになっているというのは不本意だけど、慣れてしまった方が楽なことに気づいてしまってからは流されるままに着せ替え人形にされている。
すごく悲しい。
「みんなにはキミを貸してもらったんだよ」
どうやら僕はいつの間にか魔女の庵の所有物になってしまっていたらしい。
譲渡権はたぶんメグ姉にある。
まぁ、身体を捧げたのは僕だけどさ。
「よく許可が出ましたね」
「等身大魔法少女ニンフェアちゃん人形をあげたらあっさりと」
「いつの間にそんなものを!」
というより、よく作ったね、そんなの。
そんなもので釣れるみんなもそうだけどさ!
なんというか、ここ最近僕の尊厳とかそういうのがどんどん無くなっていっている気がする。
元から村のちびっ子と変わらないとか言われて無かったようなものだったけどさ。
「まぁ、そんなことは置いておいて」
僕にとっては結構大事なことだというのに置いておかれてしまった。
うん、まぁ、そんなことを話すためにふたりきりになったわけじゃないんだろうけど。
「どう? 手伝ってくれる気にはなったかな」
やっぱりこれだ。
なんとなく、それを聞かれる気がしていた。
このふたりに手を差し伸べられた日。あの日には「世界を救う」なんて言われてもなんの実感もなかったけど、授業を通して理解できるようになった。
「この森が戦場になるかもしれないんですね」
僕のその言葉にリーフィさんはうんと頷いた。
この森を挟み込む王国と帝国。不仲なふたつの国はひとつだけ共通点がある。
それは魔法使いを差別しているということ。
王国はカリンちゃんのような獣憑きと呼ばれる存在が産まれる。
あれは本当なら王国の神様の祝福なんだけど、国民の多くはそう思っていない。
正確に言えば、魔法が使えて自分たちより優れているというのが許せないそうだ。
帝国は神様が統治していて、魔法を使って他の国に侵攻して大きくなった国。
でも魔法使いは戦争のための兵器。そうでない人も皆、神様の僕だそうだ。
土地が貧しく作物が育ちにくいために、他国に攻め入ることでしか存続できないらしい。
この二つの国はどちらも魔法使いを人として扱っていない。
そして、帝国が次に攻め入るのは王国。
もし戦争が始まればその間にある『魔女の森』はなんの躊躇もなく焼き払われることだろう。
「この森がなくなってしまうと困ったことになるからね。それで私たちはここに遣わされたの」
そして、現地で……つまりは僕らの村で聞き込みをしようとした所で魔女狩りに遭ったと。
それがすべての事の発端だった。
でも、僕は……。
「何を信じて良いかわからないです」
僕にそれらを教えたのはミストさんだ。
理解して結論にたどり着いたのは僕だけど、そもそもミストさんの話が作り話で、僕が察するよう誘導しただけかもしれない。
でも、カリンちゃんは実際に王国で酷い目に遭わされていた。
そのことをシアさんも知っていた。
帝国のことだってそうだ。
旅は危険が伴うからとシグネさんはそれなりにリサーチしている。
帝国は危ないからと、ちょっと街並みを見たらすぐ突っ切る予定だったと前に話していた。
だから、たぶん全部本当。
でも、それを本当だとすると、村や父さんがやってきたことはなんだっていうんだろう。
魔女狩りは、王国や帝国と同じ、魔法使いを迫害していただけだ。
そんな父さんの姿に憧れていた僕は、いったいなんなの?
正しいと思っていたことが全て否定された気分だ。
怖い。
何も知らずに信じてしまって、間違えてしまうことが恐ろしかった。
「そういう時はね、信じたいって思ったものを信じればいいんだよ」
リーフィさんは人差し指を立て、僕の悩みをなんでもないかのようにそう言う。
「私ね、たぶんキミと似てるんだ。森の中で暮らしてて一度も外に出たことがなかった。でもある日、大切な友達ができた」
一歩一歩ふみしめながらゆっくりと離れて行くリーフィさん。
付いてきて、と言っている気がする。僕は立ち上がって同じペースでついていく。
「それから旅に出たの。世界を知るため、自分を知るため……そして、友達を助けるために」
リーフィさんは旅の中で出会った仲間たちのことを語っていく。
戦う事以外からっきしな大男。
魔法の研究ばかりやってる貴族のご子息。
お金に非常に厳しい野心家のお姉さん。
なんだか、僕が出会った魔女たちみたいだ。
リーフィさんが言ったとおり、本当に似ているのかもしれない。
「そうして旅を続けているうちに色々なことを知ったんだ。自分が何者で、どういう役割があるのか、とか。そして、それがどうしても避けられないってことも知ってしまった」
リーフィさんは立ち止まって振り返る。
「怖かったし、不安だった。何も信じられなくなった」
不安とかあるんだ、なんて思った。
ミストさんと一緒にいる時はいつも楽しそうだし、悩みなんてあんまり感じることがないのかなって。
でも、そうじゃないんだ。
誰だって怖くなってしまうことがある。
それは子供だからとか、魔女だからとか、関係のないこと。
「でも、そんな時に私の標になってくれる人がいたんだ」
リーフィさんは首からさげたネックレスをそっと指で触れる。
その標の人からもらった大切な物だそうだ。
それに触れると勇気が出るらしい。
「役割なんて関係ない。私は私の意志で決めた。その結果、私は今ここに立てている。全部、その人が励ましてくれたおかげだよ」
ちょうど魔女の庵の扉からミストさんが顔を出して、リーフィさんを呼んでいた。
なんとなくわかっていたけど、リーフィさんの言う標になってくれた人って、ミストさんのことだよね。
お菓子が待ちきれなかったのかリーフィさんは駆けだす。
置いて行かれた僕はそのまま立っていたけど、ツリーハウスに上ったリーフィさんは大声でこう言った。
「ただ傍にいてくれて、話を聞いてくれて、助けになりたいって思える人……キミにもそういう人、いるんじゃないかな」
リーフィさんの標。いつも傍にいて、信じたいって思えるもの。助けになりたいと思える人。
確かにミストさんはしっかりしているし、そういう人に適任だと思う。
僕には、そんな人いたっけ。
「僕の標……」
そう言葉にした時、自然に思い浮かんできたのはひとりの女の子だった。
ちょうどここに、思い浮かべたその子の花壇がある。
種を渡したとき、花壇を作ったとき、本当に嬉しそうにしてたっけ。
それを見た僕は、やっぱり嬉しく感じたんだ。
「そっか。僕にもいるんだ」
ミストさんみたいなしっかり者じゃないかもしれない。
僕に全然優しくないかもしれないし、対等な関係でもない。
でも、僕もまたリーフィさんじゃない。
僕は旅に出たことなんてないし、すごい魔法が使えるわけでもない。
きっと僕らはそれでちょうどいいんだろう。
僕は屈んで、花壇を見る。
この間植えた種は毎日世話している甲斐あって、いつのまにか小さなつぼみをつけていた。
まだ花は咲かない。
でも、きっともう少しだ。
それが咲いたら、キミはきっと笑った姿を見せてくれるんだろう。
カリン「これが私の最高のお姉様です!」
メグ「へぇー、可愛いね。でも、私のも負けてないからね」
リンネ「えへへへへ。規制がかかるからセンパイに着させられないあれやこれを試せる……」
ニンフェア「なんだろう。すごく入りづらい」
シア「どうしたんだ、こんな所で」
ニンフェア「シアさんみたいにまともな感性している人がいると落ち着きます」
シア「?……それは褒めているのか」
ニンフェア「褒めてますよ。この部屋の状況を見てください!」
シア「……ああ、リーフィ殿から渡された鎧立てか」
ニンフェア「まともな使い方だけどあんまり嬉しくない!」