息抜き
この間初めて魔物と戦ったわけだけど、その時に自分の実力不足を悟った。
みんなが手伝ってくれたからどうにかなっていたけど、僕ひとりじゃ絶対に無理だった。
もしひとりだったら、父さんの言うように逃げたり隠れたりしているべきだったと思う。
だから、それからの訓練はかなり力を入れている。
きっと今度の魔物の氾濫は僕ひとりで対処しないといけないだろうし。
魔物の氾濫の周期的に十年後だから遠く感じるけど、それまでに父さんのように強くなれているかはわからない。
だから、この間の実戦を踏まえた訓練を取り入れることにしたんだ。
具体的には接近された時の対処だ。
猟銃は一発しか装填できない。だから外した時や複数に囲まれた場合は対応に追われる。
この間は猟銃で殴っていたけど、あんなことを続けていたらそのうち武器が壊れる。そうなったら次の一手を失ってしまう。
もっと有効な手を考えないといけないし、瞬時に選択できるよう身体にたたき込まないといけない。
「キミはどう思う?……プリムラ?」
すぐ傍にいると思って話しかけたのに返事はない。
そんなプリムラは訓練場のはじっこの方にうずくまっている。
何かと思えば、そこに咲いている小さな花を見ていた。
プリムラは実体がない。
だから、手を伸ばしても花に触れることはできず、すり抜けるだけ。
それでもうっとりするような顔で花を見つめていた。
「花が好きなの?」
「なに? 悪い?」
僕が質問するとちょっと不機嫌そうにそう答えた。
「いや、その……意外だと思って……」
「は?」
その時のプリムラの顔は今までに見たことがないほどイラついているようだった。
「お姉様! いったい何があったんですか!?」
「あはは……」
訓練を終えて魔女の庵に行くと、カリンちゃんに驚かれる。
それは僕の頬が真っ赤に腫れているからだ。
プリムラは僕にだけは触れることができる。
だから殴るといった行為も可能だ。それも今回で二回目。
いや、まぁ、今回に関しては心ないことを言った僕が悪いんだろうけど。
よくよく考えればプリムラは魔法で植物を操ってるし、花が好きなのも当然かもしれない。
でも、それでもあんまりイメージに合わないんだよね。
なんというか、綺麗なものを愛でるよりは、苛めるような印象がある。
たぶん僕が彼女に好き放題にされているせいだけど。
「お姉様を攻撃するなんて……その人、処しますか?」
「しなくていいからっ!」
というか、カリンちゃんには見えないだろうから無理だし。
あれからカリンちゃんも落ち着いて魔女の庵に馴染んできている。
僕のことになるとたまに暴走しそうになるけど、一度ちゃんと確認してくれるようになったし、「止めて」と言えば止めてくれる。
そういう意味ではちゃんと素直な子だ。
他のみんなとも少しずつ打ち解けてきて、シグネさんも僕と同じように「お姉様」と呼ばれている。
「はぁ……」
僕はため息をついた。
最近色々あったけど、その悩みの大半は僕の周りの人のことで、僕自身の悩みなんてあまりなかったように思える。
なんか、僕の番が来たって感じだ。
やっぱり仲直り……しなくちゃいけないよね。
でもただ謝っただけでできるものなのかな。
ここまで歳が近くていつでも一緒にいる関係の人なんていなかったから、どうするのが正解かがわからない。
「物憂い気なお姉様も素敵……」
プリムラが花を見ている時のような表情で僕を見ているカリンちゃんを見ていると、この子なら謝るだけで許してくれそうな気がしてくる。
いや、その前にケンカをすることもないか。僕が言えばなんでも受け入れてくれそうだ。
そんなことしないと思うけど。
「でっきたーっ!」
奥の部屋から歓声が聞こえた。あの声はリンネさんの声だ。
ドタドタと足音を鳴らしながら、バンと凄い勢いでドアが開かれた。
「カリンちゃんっ、カリンちゃん! これ着よう? これ着ようっ!」
リンネさんが見せびらかすように両手で持っているのは服だ。
大きさ的にはカリンちゃん用のもので、ヒラヒラとしたものがたくさん付いてるドレスっぽい……というか、僕やリンネさんの服と同じようなものだ。
なんだっけ……確か前に、魔法少女の正装だとかなんとか言ってたような。
というか、できたってことは作ったってこと?
最近部屋に籠もってると思ったら、そんなことをしてたの?
「最近この人がうるさいんです」
「ねぇ、着ようよー。ねーってば」
この間カリンちゃんの魔法で縛られていたのに、シグネさんは今はこうやって積極的にカリンちゃんに関わっている。
なんか、よくわからないんだけど「獣っ子とか最高じゃないですか」とか。
本人がそれでいいのならいいんだけど。
カリンちゃんは今まで魔法で自分を縛ることで獣憑きの特徴である耳と尻尾を隠していたらしいんだけど、完全にバレてしまった今は隠していない。
だから耳や尻尾の動きでなんとなく感情がわかる。
例えば今は耳を尖らせてるからイラついている。まぁ、表情を見てもわかることだけど。
カリンちゃんもこの間のこともあって魔法でやり返そうとはしていない。
でも僕に助けて欲しいんだろうなーってことはわかる。
「もうっ。どうしたら着てくれるのかな!?」
「そうですね……お姉様が一緒に着てくれるなら」
「えっ……」
カリンちゃんが顔を赤らめながらそんなことを言い出した。
やばいっ、リンネさんが僕の方を向いた。
なんでこっちに飛び火してるの!
「わっ、わたしはいいよ。それに、カリンちゃんのサイズじゃ着れないし……」
リンネさん手作りということもあって、カリンちゃんに合わせた大きさだ。
魔法少女になって変身している僕でも、さすがにそこまで小さくはなっていない。
たぶん着たら破れるだろう。
「ふっ、ふっ、ふ~。こんなこともあろうかと、センパイ用のは前々から作っているんです!」
「なんでっ!?」
リンネちゃんはどこからともなくワンサイズ上の服を取り出した。
これなら僕でも着れそう……じゃなくて、僕はなにも同意していないんだけど。
しかもちゃっかりカリンちゃんと色違いだし……。
「お姉様! 着ましょう!!」
このままここにいたらまずいと思って逃げだそうとした僕の腕をカリンちゃんにがっちりとホールドされる。
もう、なんでそんなキラキラした瞳で僕を見つめてくるの! 尻尾もなんかフリフリしてさ!
「わかりました……」
結局断り切れず、その服を着ることになった。
そもそも僕の服は変身したら勝手にああなっているだけで、着替えているわけじゃない。
だから脱いだこともないわけなんだけど……こうなるとこの身体が女の子だっていうことを嫌でも意識してしまう。
いや、うん。気にしちゃいけないことだとは思うんだけど。
だから、できるだけ目に入れないようにして着替えるようにした。
僕はなにもやましいことはしていない、そうだよね。うん。
その後、服が複雑すぎてどうやって脱いだらいいとか、今度は着たらいいとかで四苦八苦したけど、そのことについてはもう思い出したくない。
なにもなかったんだ。うん。
それから。
僕はメグ姉のところに行っていた。
さっき色々あった中で精神もすり切れたけど、リンネさんが友達と仲直りする方法を教えてくれたんだ。
それはずばり、相手の好きなものを贈ること。
代償は大きかったとはいっても、欲しい情報は得られた。
それで、プリムラの好きなものといえば、そもそもの事の発端にもなった花だ。
でもこの森には花が咲いているところなんてほとんどないから、雑貨屋もやっているメグ姉のところに行って種がないか聞いてみたんだ。
そうしたら。
「花の種はないね。サイの所に行ってみたら?」
この森では花というか植物が育ちにくいらしい。
例外は畑で育てている野菜と、その辺にいくらでもある木。
木はともかくとして野菜は特別な品種を使ってるらしくて、それ以外のものは発芽すらしないそうだ。
メグ姉も家の前に花壇を作ろうとしたっぽいんだけど、できなくて諦めたらしい。
「ところで、レンくんが育てるの?」
「う~ん。たぶんそうなるかな」
「良い! すごい良いよ、レンくん!」
なんかそんな感じでビシッと親指を立てられたんだけど、その意図は不明だ。
でも、やっぱり女の子って花が好きなのかな。
もしちゃんと育ったらメグ姉にもあげよう。
「サイ兄。入るよー」
サイ兄の家に上がり込む。返事がないのはもういつものこと。
そんなことは置いておいて、勝手にその辺の棚をあさる。
薬師だし、薬草を扱っているから、種とかもどこかにあるはず……あった。
透明な瓶に種が入っているのがひとつの棚にまとめられている。それぞれにラベルが貼ってあって中身がわかりやすい……のかな。
植物に関してはほとんどわからない僕にとってはどれがどの草なのかさっぱり。
適当に持って行って変なのが咲いたら嫌だしなぁ……。
でも、どこかに薬草についてまとまった本があるはずだし、それを確認するしかないかな。
「あれ……これって」
ラベルを声に出して読んでいると、目にとまるものがあった。
僕は奥の部屋でぶつぶつ何かを言いながら調薬しているサイ兄の背中に断りを入れて、それを持って行くことにした。
たぶん聞いていないだろうけど、邪魔しちゃ悪いしね。
「ただいま」
家に帰って部屋に戻るとプリムラがいた。
僕の声なんて無視して、ベッドの上を占領して、不機嫌そうに足をばたばたしていた。
「さっきはごめん」
『別に。怒ってないし。どうせ私には花なんて似合わないんでしょう』
そう言ってプイッと目を合わせようとしない。
その態度で、やっぱり気にしてるってことがよくわかった。
「仲直りしたくて、これを見つけてきたんだ」
僕は目を背けるプリムラの前にハンカチで包んできた種を見せる。
それを見た彼女は目を丸くした。
「プリムラって名前の花があるんだね」
僕がサイ兄のところで見つけた種。
ラベルに書いてあったのはよく見知った人の名前だった。
どんな花かは知らないけど、なんとなく、彼女なら知っているんじゃないかって思った。
反応を見る限り、やっぱりわかるみたいだ。
『もらっていいの?』
「うん」
これはキミのために見つけてきた種。
だから、キミにもらってもらわないと意味がない。
とは言っても、プリムラは水をあげることもできないだろうから、僕が育てることになるだろうけど。
『しょうがない。許してあげる』
そう言って目を背けたプリムラはさっきと違って嬉しそうだった。
しばらくして、魔女の庵の前に花壇ができた。
意外に力仕事が得意なシアさんが木を伐採して加工してくれたんだ。
その花壇に僕の身体を操って、プリムラが種を植えた。
どんな花を咲かすかはわからないけど、何日も水をあげていたら無事に芽が出たんだ。
その芽を見てプリムラはすごく笑っていた。
僕を苛めてる時の笑顔とは違う、花のように可愛らしい笑顔だった。
リンネ「センパイ、次はこれ着ましょう!」
ニンフェア「いつの間にそんなにたくさん作ったんですか」
リンネ「私の服をちょこちょこ改造して……本当は布を買ってきて新作を作ってきたいんですけど」
カリン「お姉さま……意外と子供っぽい下着を着てるんですね」
ニンフェア「知らないよ! というかお願いだからこっち見ないで恥ずかしいから!」