無視したら私は死にます
「で、なんでまたここにいるんですか」
食事を持ってやってきたのは魔女を入れておくための牢屋。
そこの中では優雅に紅茶をすする小さい騎士様……シアさんの姿があった。
おかしいな。
魔物の氾濫の後にしっかり騎士団に戻っていったはずなのに。
「わたくしが村に損害を与えたと判断されてな。少し頭を冷やすようにと、団長から暇を言い渡された」
シアさんは僕が牢屋に入れた食事を受け取り、中のテーブルに置く。
その所作は落ち着いており、気品にあふれている。
前々から思ってたけど、名前も長かったし、ひょっとして良いところのお嬢様だったりするのかな。
「それで、どれぐらいの期間ですか」
「五年だ」
「五年!?」
それって実質クビってことじゃないのかな。
というか、村にそんな損害を与えてたっけ。
『私たちのせいね』
あぁ……プリムラのつぶやきでわかった。
そうだ。村を護ったのは僕とシアさんだけってことになっているから、その損害はふたりだけに向くんだ。
で、村の出身の僕はともかくとしてシアさんは部外者。自然と責任はシアさんに行く。
村は魔女たち(特にリンネさん)が魔法で壊してしまったところもあった。
さらに魔物があんまり来なかったということにしているから余計にシアさんの評価が下がったんだ。
「流石に家に帰るわけにもいかず、この村の復興の手伝いでもしようと戻ってきたところで捕縛された」
「すみません」
なんか色々とすみません。
というか、村の人たちはまだこの人を魔女だと認識しているんだ。
確かに、こんな口調なのに異様に小さい……というか幼くて、騎士っぽくないけどさ。
でも、戦いぶりは本物だったよ。僕は本物を見たことないけど、少なくとも想像していた騎士様そのものだったよ。
「構わない。もう慣れた」
慣れてもらっても困るんだけどなぁ。
『なんか、このままこの中にいれば生活には困らないとか考えてそうね』
プリムラの言うとおりだ。
ただ、僕も食事を運ぶ手間もあるし、かといって放置はできないし。
でも村の人も「魔女じゃないです」と説明してもわかってくれるかどうか……。
『いっそのこと魔女ってことにしたらどう?』
そんな理由でシアさんを救い出すことになった。
うん。前にプリムラに指摘されたとおりだ。僕の選択肢に「魔法少女になる」というのが追加されている。
しかも、それを選ぶのに抵抗がない。すっかり慣れてしまっているんだ。
いつものように魔法少女に変身して、牢屋から連れ出して森の中へ。
今はもう魔女の庵へと向かっているところだ。
幸いにも前に一度共闘しているおかげもあって警戒されていないし、そんなに説明することもなくスムーズに事が運んだ。
強いて言えば村で子供に「魔法みせて」とせがまれて、ちょっと近くの木を成長させて木の実をプレゼントしたぐらい。
この間気づいたけど、魔法少女になっている時は僕もプリムラの魔法を使うことができるみたいだ。
けど、今までの魔女たちと違ってシアさんだけは僕の姿を両方知っている。
一応目の前で変身したわけじゃないし、バレてはない……と思うけど。
でも、用心しておくことに越したことはない。
『別にバレても不都合ないでしょ』
いや、だって……男なのにあんな格好して魔法少女なんて名乗ってるなんて、恥ずかしいし。
絶対にバレたくないよ。普通誰だってそう思うよ。
「ニンフェア殿はどうして魔法少女?……をしているのだ」
シアさんは僕のすぐ後ろにつきながら質問をしてくる。
歩きながらそんな雑談を適当にやっていたけど、これについてはちょっと考えないといけない。
魔法少女をしている理由……理由?
そういえば、きっかけはプリムラに言われたからというのがあったけど、理由なんて考えたことがなかった。
「どうなんでしょう。わからないです」
これが正直な答えだ。
わからない。僕はどうして魔女を助けているんだろうか。
「わたくしも騎士をやっていた理由は特にない。そうなるように言われたからやっていただけだ」
言われたからやっていただけ……僕と同じだ。
それであれだけ強くて、副団長にまでなるんだからすごいと思うけど。
「これから会う魔女はこの間の者たちか?」
シアさんは自分がもう騎士ではないということを思い出して歯切れが悪くなったのか、こほんと咳をして話を変えた。
「そうですね」
魔女の庵がどういう場所かは話してある。
それに、魔物の氾濫で共闘していたおかげでみんな顔見知りだ。
シアさんは魔女じゃないけど……まぁ、たぶん大丈夫だと思う。
「ああ、でも、もうひとり増えまして……」
目的地が見えてきた。
もうすっかり見慣れた魔女の庵……。
「ああ、お姉様。お帰りなさい。今日も素敵ですね」
カリンちゃんと目が合う。
それはいいけど、なんで。
「カリンちゃん。キミはいったい……何してるの?」
「何って……ああ。お姉様のために教育してるんですよ」
カリンちゃんの足下から、黒い鎖が伸びている。
そしてそれはリンネさんの身体を縛り、樹木に押さえつけている。
リンネさんは身体を圧迫されて苦しそうにしているのに、カリンちゃんは平然と僕に笑いかけてきている。
その笑顔がすごく怖く思えた。
「この人がですね、お風呂を作りたいとか言って魔法を使おうとしたんですよ。
またお姉様の迷惑になるから止めるように言ったんですけど聞かないので、身体に教えているんです」
リンネさん……また変なことをやろうとしていたんだ。
制御できない魔法を使うのを止めてくれたんならありがたいんだけど。
「これはやりすぎだよ」
「いいえ、お姉様。この人はまた何度でもやります。なら今のうちにわからせておくべきです」
リンネさんに巻き付いた鎖が絡まり、音を立てながらきつく絞まる。
これがカリンちゃんの魔法なんだ。
「あら? お姉様。また魔女を助けたんですね。じゃあ、その人の教育も私に任せてください」
カリンちゃんの足下から新しい鎖が飛び出してきてシアさんの方へと伸びていく。
シアさんも危ない、と思ったら槍でそれを叩き落としていた。
「これが件の魔女か。随分と手厚い歓迎じゃないか」
初対面のふたりの間でバチバチと火花が散っているように感じる。
まずい……このふたり、戦い出すんじゃないよね。
『レン。止められないの?』
僕も止めたいけど、こんなのどうやって……。
あっ、ある。ふたりを止める方法。
僕はツリーハウスの中に駆け込んでそれを探す。
あった。魔物の氾濫の時にもつけていたレッグポーチ。
これの中に父さんが使っている特別な弾が入っている。
魔女に魔法を使えなくさせる弾。
森の中を魔女がうろついているかもしれないからと護身用に持たせられたんだ。
弾を猟銃に装填して、カリンちゃんを狙う。
シアさんに向けて魔法の鎖を何本も飛ばしているけど、シアさんはそれを全て叩き落としている。
まだどちらも傷ついていない。でも、それもいつまで保つか。
「はぁ……はぁ……」
大丈夫。これは当たっても傷つかない弾。
あの日、僕が魔女として父さんの前に立った時に、実際に撃たれてそれはよく知っている。
でも、人を撃つことになるなんて思わなかった。
緊張で手が震える。父さんは『狩人』だから、今まで何度もこうやって撃ってきたはずなんだ。
怖くないのかな。
例えそれが魔女でも、撃たなきゃいけない相手でも、怖い。
「ごめんね」
意を決して引き金を引くと、リンカちゃんから鎖は消えて、その場にへたりこんだ。
「お姉様……どうして?」
仰向けに倒れて空を見上げているリンカちゃんを僕は背中に手を添えて起こす。
ああやって魔法を使っていたら話なんてできない。だから僕は撃った。
でも、その事情がわからないリンカちゃんにとっては不思議でしょうがないらしい。
「ただ落ち着いてお話がしたかったんだ」
リンカちゃんは涙を流していた。
うぅ……罪悪感で胸が痛い。でも、ちゃんと言わなきゃ。
「私にはお姉様だけなんです。嫌いにならないでください……」
ぐす、ぐすと、両目をこすっている。
そうだよね。やっぱり子供なんだ。魔女でも、あれだけ強い魔法が使えても。
「これは……」
シアさんが何かに驚いて声をあげる。
その理由に僕もすぐに気づいた。
「耳と……尻尾?」
カリンちゃんの頭の上にとんがった耳があって、お尻の上あたりからフサフサした尻尾が生えていた。
長い髪に隠れていて今まで気づかなかったけど、本来あるべき場所に耳はない。
「獣憑きか」
「シアさん。知ってるんですか?」
「王国内で偶に生まれる者だ。忌み嫌われ、虐待され、大抵は捨てられるか奴隷にされる」
そんな……酷い。
こんな子供をそんな目に遭わせるなんて。
そっか。カリンちゃんが家に帰りたくないって言ってたのはこのせいだ。
家出なんかじゃない。捨てられたんだ。
「ごめんね。心配しないで。わたしはキミのこと、嫌いになったりしないよ」
たぶん、今まで他人から愛されたことがなかったんだろう。きっと僕に助け出されたことがすごく嬉しかったんだ。
だから、僕にもっと愛されたくて、僕のために行動したんだ。
それは褒められる手段じゃなかったけど、気持ちは理解できる。
「でもね。キミのことを好きになってくれるのは、きっとわたしだけじゃないよ」
「えっ……」
カリンちゃんは不思議そうに僕のことを見つめてくる。
うん。本当にわかってないんだね。この子はそれだけ酷い目に遭ってきたんだ。
「ここにいるのは変な人ばっかりだよ。でも、だからこそ、それぐらいのことじゃ嫌われたりしない。ちゃんと謝れば許してくれるよ」
「本当……ですか? 叩いたりしないですか?」
僕はそれをしっかりと否定する。
変な人たちだけど、人柄が悪いわけじゃない。
少なくとも、カリンちゃんが今まで育ってきた場所の人たちよりはずっといいはずだ。
「キミはかわいいんだから、笑ってなきゃダメだよ」
カリンちゃんを助けてから毎日、僕の傍で彼女は笑っていた。
もしかしたらそれは彼女が生まれて初めて見せた笑顔だったかもしれないけど、あれだけ素敵な笑顔をする子が泣いてなくちゃいけないなんて、そんな世界は嫌だ。
「ごめんなさい。ごめんなさい……」
カリンちゃんは僕と、シアさん、それと鎖から解放され木の下でぐたっとしているリンネさんに謝った。
まだグズってはいたけど、涙はもう流れていない。
「シアさん。カリンちゃんみたいな子は他にもいるんですよね」
「……ああ」
そっか。だったら。
「わたし、そういう人を助けたいです」
こんな幼い子が泣いているのなら助けたい。
ただそうやって生まれただけなのに虐げられるなんて間違ってる。
苦しまずに生きていけるようにしたい。
「理由……あるじゃないか」
「えっ」
「魔法少女をしている理由だ」
ああ、そっか。
僕は魔法少女として彼女を助けた。
何も悪くないのに苦しんでいる人たちを助けたい。
これは十分理由になるんだ。
でも、それと同時に気づいてしまった。
魔女を虐げているのは僕らの村も一緒なんだってことを。
ニンフェア「カリンちゃんみたいな人を見たことはあるんですか?」
シア「王国ではそれなりに見かける。だが、あまりいい印象を持たれてはいないな」
ニンフェア「カリンちゃんをいじめたら許しませんよ」
カリン「お姉さま……」
シア「しないさ。わたくしも見た目でよく云われたことはあるが、気分のいいものではないことを知っている」