誇り高い
「魔法少女……か」
「ぶっ……」
静かに朝食をとっていた時、父さんがふとそんな言葉を呟いた。
いきなり言われるとは思わなくて、僕は思わずむせてしまう。
考えないようにしていたのに!
僕が魔女の姿で父さんと遭遇したのは昨日のあれで三回目。
どれもなんとか逃げることはできているけど、回数を重ねるごとに父さんと顔を会わせづらくなっている。
いや、だって父さんを悩ませている魔法少女の正体は僕ですよー……なんて言ってしまったら最後、どうなるかはわからない。
思えば最初会ったあの日、父さんは村を襲う気がない僕のことを撃とうとした。
プリムラが助けてくれなかったら、今頃僕はここにいないだろう。
そういうことができるから父さんは『狩人』で、僕にはそれを引き継ぐ役目がある。
だから僕もそれができるようになるべきなんだ、と思っていた。
でも、実際に魔女になって、魔女たちと出会って、その考えは変わりそうになっている。
というのも、悪い人じゃないんだなって感じているからだ。変な人ではあるけど。
この村の人たちが魔女を嫌うのは、幼い頃に魔女が登場するお話を聞かされるからだ。
それは凶悪な魔女によって森が焼かれたとか、村人の多くが亡くなったとか、そういう話。
それを救ったのが森の神様である神樹様と、それに仕える『守人』と『狩人』だ。
結果として魔女は倒されたけど、森はかなりが焼けてしまい神樹は傷ついてしまった。
『狩人』は二度と森を焼かれぬよう魔女を倒すお役目を授かり。
『守人』は神樹の傍でその傷を癒やすお役目を授かった。
神樹様は深い眠りにつき、人々から見えないようになった。
でも僕らを見守ってくれていて、いつかその傷が癒えたら、また花が咲き乱れる綺麗な森になるだろう。
だいたいはこんなお話。
これは誰かが作ったお話じゃなくて、本当に昔起きた出来事が元になっている。
だから父さんは……僕の一族はそのお話の片割れである『狩人』を継承し続けてきたんだ。
このお話のおかげで村人は魔女を恐れるようになる。
そして「悪いことしてると魔女がやってくる」と話すことで大体の子供は言うことを聞くんだ。
「父さんはどう思ってるの?……その、魔法少女のこと」
でも、そんな魔女に対する認識は変わってきている。
魔法少女のせい……つまり、僕のせいでだ。
子供達ははしゃぎまわってるし、大人達はそんな子供達をどうやって躾けたら良いかと困っている。
魔女ではなく魔法少女だから恐れなくていい……子供達はそうして反抗してくるんだ。
その姿を見て、なんというか申し訳ない気持ちになる。
「変に名乗ったところであれは魔女だ。俺としてはとっとと魔女狩りをしてやりたいとこなんだが」
やっぱり父さんの考えは変わらないみたいだ。
まぁ、それも仕方のないことだと思う。それが『狩人』のお役目なんだから。
僕は、とりあえずまだ引き継ぐことはできそうにない。
少なくともこの体質が元に戻るまでは。
「あと、あの格好はどうにも問題があるな。子供達が真似すると困る」
僕は下を向いて頭を抱える。
そっちも気にしないようにしていたんだけど、やっぱりそう思われていたんだ。
魔法少女の時の格好はなんというか、身体のラインがくっきりしてるし、色々と肌が出ているところがあって恥ずかしいんだ。
こっちはただでさえ女の子の身体になっているから恥ずかしいっていうのに。
よく女の子はあれを真似しようと思うよね。
リンネさんは魔法少女の姿に憧れたとか言っていたけど、僕はもっと落ち着いた格好がいいと思う。
『恥ずかしがってるのを見るのが楽しいんでしょ』
最近本当プリムラの考えていることがわかってきたような気がする。
僕が嫌がっているところとかを見て楽しんでいるんだ。
そりゃ、僕はキミに命を救われたけどさ、もうこれだけやったんだから十分に返済したと思うんだ。
「レイル。大変だ」
突然ドアが開けられ、村でよく畑を耕しているおじさんが血相変えて入ってきた。
その後ろにもぞろぞろと何人かの男の人が続いている。
「どうした」
父さんは立ち上がっておじさんたちの話を聞きに行く。
「魔女を捕まえたんだ」
「なんだとっ」
また魔女がやってくるなんて、最近はやたら物騒というかなんというか。
どうして僕を休ませてくれないんだろう。
ほら、さっそくプリムラが目を輝かせてる……。
仕方なく魔法少女をやるにしてももうちょっと別のやり方をやりたいなぁ。
と、もう諦め始めている中で、一応魔女の姿を見ようと顔を上げる。
そこにいたのは……って、あれ? この人って……。
時間は過ぎて夕食時。
新たにやってきた魔女の分まで食事を用意したところで、僕は父さんに呼ばれ、食事を持って今回の魔女のところへと向かうことになった。
いつもなら父さんは僕と魔女を極力近づけないよう、食事は父さんが自分で持って行く。
どんな魔女だったというのも話さない。
でも、今回は僕もすごく気になっていたから父さんにお願いしてついて行かせてもらった。
檻の向こうにいる魔女が、やってきた僕らに気づく。
父さんが鉄格子の小扉を開き、僕は夕食をそこから入れる。
「わたくしは魔女ではない! 王国第13騎士団副団長シア・ビリディ・フローラだ」
ああ、やっぱり!
本物の騎士様だ!
だってそうだよね。甲冑着てるし、高貴そうだし、絵本の中に出てくる騎士のイメージっぽい姿だもん。
「うちの村の者がすまないことをした。最近魔女の襲来が激しく、気が立っているんだ」
父さんもちゃんと気づいていたようで、騎士様の自己紹介を聞くなり深々と頭を下げた。
謝罪を受けて騎士様も怒りをおさめたのか、奥の椅子にどっしりと座る。
でも、その姿があまり様になっていない。
この人が魔女と間違えられたのは、きっとそれが理由だろう。
だって、この騎士様、すごく小さいんだ。
どれくらいかっていうと、ちょうど隣に立って背丈を比べているプリムラよりも頭一つ分ぐらい小さい。
だから甲冑も僕が憧れの騎士様のようなものではなくて、身体のサイズに合わせた小さなものだ。
そんな姿で堂々と騎士と言ってもなかなか信じてもらえないのも無理はない。
ましてや、今の村の状況なら怪しい人を魔女扱いするのは当然のことだ。
ちなみに声も子供のように高くてかわいい声だ。
「村人たちは魔女を変わった格好をした変な女性だと考えているんだ」
父さんが僕にだけ聞こえるようにそう耳打ちする。
ごめん父さん、それ結構当たってる。
この人は騎士様だったけど、僕が知ってる魔女はみんな変わった格好をした変な女性です。
「それで、王国騎士団の副団長殿。どういった要件でこの村に」
「ああ。近々魔物の氾濫が起きるという報せを持ってきた。そのための段取りをしたい」
「魔物の氾濫?」
騎士様がその言葉を発したその瞬間、父さんの顔が強張った。
なんだろう、それ。初めて聞く。
でも、父さんが説明してくれそうな雰囲気はない。
「レン。村人全員に伝えるんだ。避難の準備をするように、と」
父さんに両肩を掴まれて、よく教え込むように言われる。
それだけでわかる。これはすごく大事なことだ。そして、一刻を争うことだとも。
「わかった。みんなに伝えてくる」
僕は急いで地下室から出た。そして村人全員に声をかけた。
父さんの『狩人』の言葉。それはこの村で絶対だ。
だから、みんな目つきを変えて動き始めた。
でも……いったい何が起こるんだろう。
魔女だけじゃない。それ以外の何かが、僕らの村を襲おうとしていた。
レン「騎士様だよ、騎士様!」
プリムラ『なんでそんなに興奮してるの』
レン「だって騎士様だよ。かっこよくて男の子の憧れだよ!」
プリムラ『こんなちっさいのに?』
レン「小さくても騎士様! それに副団長なんてとってもすごい人なんだよ」
プリムラ『全然凄みが見えない』