乙女の真心
「ありがとうございます! ありがとうございますっ!!」
魔法少女テアローリエと名乗る魔女が現れた次の日のこと。
僕は前と同じように魔女を助け出すことになった。
もちろん、プリムラに指示されて。
「ありがとうございますっ!」
で、どうにか父さんを撒くこともできて、今は森の中で助け出した魔女と再会したところ。
よほど不安だったのか、彼女はさっきから何度も何度も感謝の言葉を述べながら両手を地面につき、頭をガツンガツンと地面にぶつけている。
おでこが赤くなってるんだけど……痛くないのかな。
「感謝はいいですよ。わたしが助けたかっただけですから」
前にも助けたわけもあって、魔女を助け出すことにはそこまで抵抗はない。
魔女も変な人だとは思うことはあっても、本気で村を襲うような存在じゃない気がしてきているのも確かだ。
それに、今回のも、まぁ、たぶんそんな凶悪そうな感じはしなかったから僕はすぐに了承した。
また変な人っぽいけど……。
ちなみに僕にとって一番恐ろしい魔女は、僕が魔女に変身してしまうようになってしまった日のあの魔女だ。
あれはその気になれば村を滅ぼせる、そんな目をしていた。
「なんとお優しいお言葉……! 天使ですか?」
立ち上がった魔女に手を握られた。
『助けたのはいいけど……なんか、この魔女、変人ね』
キミが助けろって言ったんでしょ!
はぁ……なんというか、僕も後悔しそうだよ。
「魔法少女……なんですね」
「うっ……」
魔女に痛いところを付かれた。
あれを見られてたんだ……目をあわせづらい。
今回は……というか、今回もなんだけど、前回と同じやり方で助けた。
つまり、魔法少女と名乗って、決めポーズをやってアピールしていたんだ。
なんか子供たちに寄ってこられたから、握手とか、お菓子を配ったりしていた。
代案が思い浮かばなかったからというのもあるけど、大体はプリムラの命令だ。
はぁ、どうして僕はまたあんな風に演じなきゃいけなかったんだろう。
すっごく嫌なのに……しかも、そんな僕を見るプリムラがすごく楽しそうな顔をしていたし。
前回の時は見えなかったけど、たぶん今回と全然変わらない顔をしていたんだと思う。
「魔法少女……魔法少女……」
魔女はぶつぶつとそんなことを呟いている。
もしこの人が魔法少女という肩書きを大事にしているのなら、はっきり言っていらないし僕は全力で譲るから。
適当につけたものだし、それに僕はそんな肩書きいらないし。
「……せんぱい」
「は?」
魔女は小声で何かを言っていた。
「センパイって呼んでいいですかっ!」
「はぁ!?」
どうやらことは僕の思いも寄らぬ方向に進んでいきそうだ。
少し経って、僕らはシグネさんのところを訪れていた。
父さんの書斎をさぐってみたけど、森にはられた結界を抜ける方法は見つけることができなかったし、魔女を助けていたせいもあってここに来るまで時間がなかった。
つまるところ、成果なしだ。
それをシグネさんに伝えると「仕方ないわね」と零した。
きっと彼女もあまり期待していなかったんだろう。
「それはそうと……そちらの方は?」
シグネさんは僕の後ろに隠れている彼女の方に目を向けた。
ああ、うん。隠れているといっても、やっぱり隠れ切れていない。だって、この人の方が僕より一回りは背が高いし。
「初めまして、リンネといいます。センパイの後輩です!」
彼女は明るい声でそう言った。
このセンパイというのは僕のことを指しているらしい。
あの後、なんだかもの凄い速度でよくわからないことを長々と語られて、結果としてわかったのが「本物の魔法少女に会えて感激なので、傍にいさせてください」ということだ。
うん、本物かどうかはさておいて、魔法少女ってそんなにメジャーなものなの?
僕、この村にいて一回も聞いたことがなかったんだけど。
『変なのに好かれたようね』
『そう仕向けたのもキミだけどね!』
魔女を助けなければ……さらに言うなら魔法少女なんて名乗らなければこうはならなかったのに!
ちなみにリンネというのが彼女の本名で、魔法少女テアローリエというのは魔法少女ネームだとか。
僕も魔女の姿の時はニンフェアと名乗っているし、似たようなものだ。
「でも、これからどうすればいいかしら」
挨拶もし終えて、シグネさんは困った顔をする。
結局のところ、結界があって森から出られない。振り出しに戻った感じだ。
リンネさんも増えて、むしろ状況は悪化しているとも言える。
いくら野宿に慣れていると言ってもかなり続いたら身体にくるだろうし、リンネさんも同様にというのは無理だと思う。
「大丈夫です。きっとセンパイが魔法でぱっぱと解決しちゃうはずです!」
キラキラとした目で僕を見つめてくるリンネさん。
キミの僕にかける信頼はいったいどこから来るのかな。
というか、僕は魔女じゃないから魔法なんて使えないし……。
『キミにはどうにかならない?』
僕は魔法は使えないけど、プリムラは使うことができる。
というか、魔女が三人もいるんだから、大抵のことはできるような気がするんだけど、どうなのかな。
『無理。前にも言ったけど結界をはった奴を見つけてぶっ叩くしかない』
プリムラに期待してみてもダメか。
なら、仕方ない。最終手段だ。
「ちょっと遠いんですけど、ふたりに付いてきて欲しいところがあるんです」
後で聞いた話だけど、魔女は万能じゃなくて、使える魔法はひとつだけらしい。
だから結界を破る魔法や通り抜ける魔法が使える魔女がいなければ、プリムラの言う方法が唯一の方法になってしまう。
つまり、僕がこの手段をとることは最初から決まっていたようなものだった。
そうして僕らは移動を始めた。
村から一時間ぐらい歩いたところにある場所。
この辺りは村から離れていることもあって、人が来ることはない。
だから整備なんてされていないし、土も柔らかくて草も長く、とにかく歩きづらい。
でも、だからこそやってくる人もいる。
そう、例えば恐れを知らない村の子供とか。
話をしながらやってきたその場所は、かつて僕が遊んでいた場所。
僕とメグ姉、あともう一人が三人で作ったツリーハウスだ。
我ながらあの頃の僕らはどうかしていたと思う。
こんな場所まで村から道具を持ち運んで、秘密基地を作成してしまうなんて。
窓は枠があるだけでガラスはないけど、家具は一通り自作しているし、無駄に大きな木を支柱にしたせいもあって部屋もたくさんある。すぐ近くに水が湧き出るところがあるから住むのには困らない。
「この場所を使ってください」
最終手段というのは、魔女たちにここに住んでもらうことだった。
もちろん、それは結界を抜ける方法が見つかるまで。
ほとんど来る人がいないけど、決して誰にも見つからないわけじゃないからだ。
「わぁ……すごい。もしかして、ここがセンパイの家!」
「いい家だわ。でも埃が……」
「えっ、センパイ掃除下手ですか。カワイイですね」
「違いますからっ。長い間使ってないだけですから」
このツリーハウスを作成したのはかれこれ五年以上前だ。
そのすぐ後にメグ姉が村の外に行くことが多くなってしまったせいもあって、あまり使うことなく放置していた。
あれだけがんばって作ったものだけど、使われた期間はほんとに短いものだった。
こうして使ってもらえるのなら、この家も本望だろう。
あと、掃除ができなくてかわいいってどういうことなんですか、リンネさん。
僕は掃除ぐらいできますよ。
「ならお掃除をしましょうか」
シグネさんの一声でツリーハウスの掃除が始まった。
箒で埃をはいたり、水拭きで床を綺麗にしたり、伸びた木の枝を切ったりと、やることはいっぱいある。
いっぱいあるけど、これが楽しい。
僕は元々家の家事全般をやっているけど、実はこれが結構好きでやっているところがある。
父さんがその辺ダメすぎたせいで始めたところがあったけど、今では趣味と言っても差し支えないぐらいで、綺麗になったところを見ると本当に嬉しくなってしまう。
たまに凝りすぎて父さんに「夕食まだか」と言われることもあるけど。
「センパイと会えて良かったです」
僕が木で作ったテーブルを拭いているとリンネさんが話しかけてきた。
ちなみにシグネさんは外で木の葉を集めている。あの空飛ぶ箒、ちゃんと普通の箒としても使うんだね。
「気になっていたんですけど、どうしてそんなに感謝しているんですか?」
リンネさんを助けた。そのことについてもう何度も感謝された。
掃除の片手間とはいえ、何気なく聞いたつもりだった。
「だって、あの『魔女の森』ですよ。捕まった時にもうダメだ、おしまいだーって思ってました」
「魔女の……森?」
リンネさんの言葉を理解するのに時間がかかった。
そして、理解していくうちに背筋がすーっとするのを感じていた。
僕らが住む森。
僕はこの時初めて、外の世界ではここが魔女の森と呼ばれていることを知ったんだ。
ニンフェア「あの……そもそも魔法少女ってなんなんですか?」
リンネ「えっ、センパイ、知らないんですか? 魔法少女っていうのはですね、魔法の力で変身して悪いものをやっつける正義の味方、女の子たちの憧れなんですよ! 基本的にセンパイみたいなちっちゃくてカワイイ子で、変身するとちょっと大人びた姿になっちゃたりとか、すごくカワイイ衣装になったりとか、あと変身シーン中は裸になったりとか。それでですね、セオリーとしてはやっぱり悪者に負けちゃう展開とか、正体がバレちゃうとか、そういうのもあってですね……」
ニンフェア『プリムラ、何言ってるかわかる?』
プリムラ『なんとなくだけど、あなたの状況は大分似通ってる気がする』