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小説家になろう企画参加もの

姦しい女将の小料理店

作者: 京泉

 いらっしゃいませ。


 まあっ! お久しぶりです。また来ていただいてありがとうございます。

 ふふっよく覚えているでしょう?商売ですからね、一度でもご来店いただいた方はちゃあんと覚えていますよ。


 ええ、今日は蒸し蒸しとして暑い日でしたものさあさあ、お席に着いて涼んでくださいな。


 やっぱり駆けつけ一杯は、おビールからですよね。ほら、この通りキンキンに冷やしてお待ちしておりました。


 隠れ家? あら、有難うございます。そうですねえ、いらしていただいたお客様が心から安らげる⋯⋯そんなお店にしたい一心で開けておりますから。

 でもまあ、確かに隠れ家かも知れませんね⋯⋯此処は奥まった所にありますからね、見つけるのも大変だったのではありませんか?。


 はい、こちらはお通しです。今日は枝豆を豆腐とすりごまで和えてみました。


 他の人には知られたくない? あらあら、それは困りました。だってお客様が来なければお店をやっていけませんでしょう? ふふっ。


 そうそう、お客様と言えば、一昨日、小さなお客様が来たんですよ。いえいえ、まさか、子供にお酒なんか出しませんよ。そう言う意味のお客様では無いんですよ。


 いえね、一昨日の昼間に近所の子供が「かくれんぼ」してましてね、このお店の裏側に隠れていたんですよ。


 あら? どうかされました? ええっ? 寒い? 少し空調が強いかも知れませんね、少し待ってくださいよ。

 えーと、あらあら16度になってました。そりゃあ寒いですよね。申し訳ありません。


 えーっと、そうそう「かくれんぼ」でしたね。

 それで、ウチのお店の裏に使っていない冷蔵庫があるんですよ。うっかり子供が入り込んだら危ないですからね。

 子供達にその冷蔵庫には触っちゃダメよって注意したのですよ。そしたらその子達なんて言ったと思います? 「ババアがうるせえ」ですって。

 失礼しちゃうわよね。だから鬼役の子がその子達を探しに来た時に隠れている所を教えてあげたの。

 ええ、私はまだまだ若いつもりですからね、ふふっ。


え? 冷蔵庫? 何も入っていませんよ。それにいつの間にか鍵が付けられていて開けられませんし。一体誰があんなものに鍵なんか付けたんでしょうね。


 元々は前の借主が設置したようなんですけどね、外にあるしわざわざ使うような物でもないし。放置したままなんですよ。おまけに鍵まで付いてしまったら開けようがありませんよ。


 あらいやだ、ごめんなさいジョッキが空ですわね。何か飲まれます? 日本酒はいかが? 暑い日はよく冷やした辛口をキュッと⋯⋯あら、もうよろしいんですか。


 もうお帰りに? 電車の時間。まあまあ! 急がないと。おあいそですが⋯⋯はい、たしかに。

 お気を付けてお帰りくださいませ。

 またのご来店お待ちしてますわ。ええ、是非──。



 あら? お嬢さんいつの間にいらっしゃったの? え? さっきのお客様が来る前から? あらあら、気が付かずにごめんなさい。まあっ! 隠れていたの? ⋯⋯そう言えば顔色が悪いわね。大丈夫? 折角来てくださったのに嫌な思いをさせて⋯⋯ごめんなさいね。


 気分が優れない時のお酒は控えた方がいいわね。お詫びに何か温かいものを作らせて。いいのいいの、私の気持ち。

 こんな辺鄙なお店に来てくださったのだから。



 はい出来た。簡単なものだけれど「柚子粥」よ。ふふっ良い香りでしょう?柚子出汁で煮込んでみつばを散らしたの。

 え? 寒かった⋯⋯そうよねさっきまで16度に設定していたみたいなの。寒かったわよね。さあ、お粥で温まって。


 あら、何故泣いているの? そんなにお粥が美味しい? そうじゃない? え? お粥は美味しい? ふふっありがとう。


 うんうん⋯⋯あらまあっ! 帰ったすぐ後なら追いついたのに。そう? 良いの?。

 それで隠れたのね。

 ふふっ。見ているだけで良いなんて可愛らしい方ね。

 でもダメよ。

 それに隠れている間に気分を悪くしてしまったら本末転倒じゃないの。   

 ん? 隠れていた事を怒っていないのかですって? 気が付かなかった私も迂闊だったのだし、好きな人が突然現れてお嬢さんは咄嗟に隠れてしまったのよね。もうっ、そんな顔しないで。

 そうねえ⋯⋯それじゃ少しだけ怒ろうかしら。

 

 好きな人には当たって砕けなさい。


 ふふっ。なんてね。でもね、そんなに好きならばちゃんと伝えないと自分が可哀想よ? そうね、断られるのは怖いわよね。拒絶? ええ、されるかも知れないわ。

 でもね、先に進むには一つの恋を終わらせる事も必要よ。

 女将さんもそう言う経験があるのかって? 勿論よ。私の人生は失恋ばかりよ。


 お嬢さん、ずっと隠れていたらいつまでも見つけてもらえないわよ。

 だからお嬢さんから見つけに行かないと。見つけてもらえないなら見つけに行かなくちゃ。

 

 あら? 何か音がしたわ。見てくるからちょっと待っててね。


 変ね⋯⋯冷蔵庫が開いていたわ。ううん。こっちの話よ。

 うん? 帰るの? そう、一人で大丈夫? 気を付けてね。

 ええ、勿論よ。また来てね。お待ちしてます。





 あらあらまあまあっ! いらっしゃいませ。うふふっ。


 さあさあ、こちらにお座りになって。ふふっ。ええ? なんだか嬉しそうだって? ええ、嬉しいですよ。たった今嬉しい事がありましたから。


 だって、想いが通じたのだもの。何が? いやだわお客様照れてるんですか? ふふっ。


 はい。駆けつけ一杯。ふふっ。幸せそうで良かったわ。


 そうそう、覚えていらっしゃいます? 前にいらした時、冷蔵庫の話、しましたでしょう。

 大変だったんですよ。なんと! あの冷蔵庫の中に人が入っていた形跡があったんですよ。

 私ゾッとしましたよ。子供が「かくれんぼ」したりしていましたから。もし、冷蔵庫に隠れていたりして万が一開かない状態になっていたらと思うと⋯⋯。


 お客様、顔色が悪いですわ大丈夫? それで? どうして人が入っていたと分かったか? ええ、それがですね、冷蔵庫の中に「今度は見つけに行きます」ってメモが入っていたの。

 子供にしては変な書き方だと思いましたけどね、最近の子供は妙に大人びてますからね。

 でも、本当に子供が入ってなくて良かったですよ。


 あら、全然お酒が進みませんのね。変な話しちゃってごめんなさいね。

 お詫びに今日のお通しはちょっと豪華にしますね。

 

 鮑煮のとびっこ添えです。ふふっ。良い事があったから鮑、奮発しちゃいます。


 本当に良かったわ。ちょっと心配していたのよ。でも一緒に来たってことは⋯⋯ふふっ。頑張ったのね。もう「かくれんぼ」はしないでね?。


 えっ? 何の話だって? それに何故ビールを二つ出したって? もうっ、お客様、ちゃんと紹介してくださいな。

 誰を? もうっ気が利かないのね。そちらのお嬢さんですよ。


 ええ? 気味の悪いことを言うなって? いやだ怒らないでくださいよ。

 お隣のお嬢さん。綺麗な黒髪の。口元の黒子がとてもセクシーよね。ふふっあら、照れないで。


 きゃっ! ちょっと! いきなり酷いじゃないですか! はあ? 「アイツがいる訳がない?」なんですかそれ。


 「帰る」? まあまあ、申し訳ありません。私が余計な冷やかしをしたから⋯⋯え、死んだ?。誰がですか?。

 お嬢さんがびっくりしちゃうじゃないですか。

 は? お嬢さんなんていない? そんなわけないでしょう、今だってお客様の隣にピッタリと寄り添われて。


 ええっ? 誰もいない? 何をおっしゃっているんですか。ほら、⋯⋯微笑まれて⋯⋯。


 あっちょっと、お客様! 釣りはいらない? 二度と来ない?。


 ああ、ごめんなさいね。ええ、大丈夫。お嬢さんが謝ることではないわ。でも良いの? 追いかけなくて。

 え? 大丈夫? いつもそばに居るから? まあ! ふふっそうね。


 あら、戻って来られたみたいよ。ふふっやっぱり恥ずかしがっていただけだったのね。

 良かったわねお嬢さん。


 お帰りなさい。ふふっ、お嬢さんがお待ちですよ。

 



「あっ! ここよ」


 あら、お客様ね。どうぞお入りになって。今日も暑かったですわよねえ。さあさあ、まずは冷えたおビールから──。


「あの事件どうなったんだっけ?」

「犯人はまだ捕まっていないらしいな」

「男の人が交際相手を殺して冷蔵庫に隠していたんだよね」


 物騒なお話をしてますのね。そんな楽しくないお話より美味しいお酒とおつまみで涼みましょうよ。


「冷蔵庫に入っていたのは女将じゃなかった?」

「そうだっけ?


 違う──

 

 冷蔵庫に入っていたのはお嬢さんですよ。

 彼氏さんはお嬢さんを殺して冷蔵庫に隠していたのよ。

 気になって現場に戻るのは人の性かしらね。あの日、お客様を装って貴方は私のお店に来たのよね。

 驚いたでしょうね⋯⋯だって隠していたお嬢さんが冷蔵庫から居なくなっていたんだもの。

 暫くしてまたお店に来た時にまさか私を冷蔵庫に閉じ込めるとは思いもしなかったけど」

「おま、え何を言っているんだ?」


 殺したと思っていたお嬢さんはね、まだ生きていらしたの。子供が「かくれんぼ」していたってお話したでしょう? 子供って何をするか分からないものなのよ。

 冷蔵庫の鍵。ダイヤル式だったもの。弄っているうちに解錠しちゃったのかも知れないわね。

 先にお嬢さんが隠れていたものだから驚いたでしょうねえ。


 でも、お客様と一緒にいらしたって事は、あれからお嬢さんは⋯⋯貴方が再び手を掛けてお亡くなりになったのでしょうね。それで貴方に憑いたんでしょうね。


「っざけんな! お前何なんだよ!」

「えっ? 何? どうしたの急に」

「んだよっ! 俺は肝試しに行きたいって言うから付いてきただけだ! お前アイツの知り合いだったのか!? ざけんじゃねえよっ」

「きゃっ! 何!? ヤダっ止めっ!」


 お客様、お話はまだ終わってませんよ。痴話喧嘩は後でなさって。


「なんなのっ! 最低っ 二度と連絡して来ないで!」


 あらあら、彼女さん帰ってしまいましたわね。ふふっ。

 

「なんだよ⋯⋯なんで冷蔵庫があんだよ⋯⋯」

 

 私はずっとここに隠れていました。やっと見つけてくれましたわね。

 さあ、次はお客様が隠れる番ですよ。ふふっ。「かくれんぼ」ってそう言う遊びでしょう?

 

「嫌だっ! ヤメロ⋯⋯ヤメロ⋯⋯。うわっお前! 悪かった俺が悪かったから! な? そうだ、結婚しよう! お前子供好きだって。あの時産めなかった子の分も可愛がろう? な? な? うっ⋯⋯くる⋯⋯し⋯⋯ヤメ──」


 あら、冷蔵庫にお隠れになるんですか? それでは「かくれんぼ」になりませんよ。

 そうですね⋯⋯じゃあ私の代わりの鬼は先程の彼女さんにお願いしましょう。

 ふふっ。早く見つけてもらえると良いですね。

 







 さあ、お客様「かくれんぼ」を始めましょう。


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― 新着の感想 ―
[良い点] だんだん怖くなってく! ( ゜ロ゜)!!
[良い点] 世慣れていてちょっとお節介な、女将の人格が滲み出る語り口がよかったです。「本当はどんなことが起きているんだろう?」とドキドキしながら読み進めました。彼女の目の前で起きている光景を推理するの…
[良い点] きれいにまとまっていて読後感が良かったです。
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