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ACT.1 忘れもの

 船首の扉が開くと、片手一本で腕立て伏せをするリュウゾウと目が合った。

「ん? じいさんのお守りはどうした」

「アレックスさんが代わってやるって。船長が僕のこと呼んでたって聞いてきたんです」

 ああ、そうかい。と興味なさげに腕立て伏せを再開したリュウゾウをヒカルはぼんやりと見下ろしていた。

 黒いタンクトップからは丸太とまではいかないが、ヒカルの細い腕の二回りは太い腕が伸びていてリュウゾウの動きに合わせて、硬そうな筋肉が運動を続けている。

 腕だけではなく、タンクトップの下の体も相当鍛え込まれているらしく無意識のうちにヒカルは自分の体を眺めていた。

 白く細い腕だ。

 ジャンが暴れていた時に実感したのは、彼の真の性格もだが同時に己の非力さも痛烈に感じていた。いくら武道の経験があるとはいえ、ジャンは齢八十を超える老人だ。そんな老人の体をようやく押さえつけることが出来たのも、リュウゾウの働きが大きかった。

 こんな腕だから、大切なものも守れなかったのかもしれない。

 自嘲気味に自分の腕に視線を送るヒカルに、リュウゾウが気味悪そうに口を開く。

「何笑ってんだよ。気持ち悪い」

 格好悪い理由なんて他人に明かすわけがない。相手がリュウゾウならなおさらだ。

「ジャンさんについて考えてたんですよ。お歳なのによくあれほどの力を出せるなって」

「でもあのじいさん軽かったぜ。中身が何にも入ってないみたいだった」

 大した感情も前置きもなしに言ったリュウゾウの言葉がやけに重く、ヒカルは小さく息を飲んだ。


「お前さ、じいさんのファンって言ってたよな」

「ええ。確かに言いましたが」

「どこまで知ってるんだ」

 どこまで。の範囲がよくわからず、ヒカルは黙り込んだ。

「お前ポリスから出たことなかったんだよな」

 黙ったまま頷くことでヒカルは返事する。

「そうか、じゃあいいや」

 妙に何かを含ませる無理やりな沈黙に、ヒカルは思わずリュウゾウに食ってかかってしまった。

「気になるじゃないですか。さっきジャンさんにも言われたんですよ、赤子みたいだって」

 ふーん、そうか。と気のない返事をするリュウゾウに、ヒカルは最終兵器を取り出してリュウゾウの目の前に突き出した。

 突き出されたそれを見た途端、リュウゾウはとりみだしたあまり腕を滑らし顔面を床にぶつけるがすぐさま立ち上がると、腕を伸ばしてヒカルがかざしたそれを奪い取ろうとする。

「てめぇ! どこからそれとってきたんだ」

「誰があんたの汚いベッドを掃除してると思ってるんですか。簡単に見つけられますよこんなもん」

 すんでのとこでリュウゾウの腕を回避しながら、ヒカルはにんまりと笑う。

「あなたの口にしかけたこと言ってくれたら返してあげますよ。僕別にこういうもの興味ないですし」

「足元見やがって」

 歯ぎしりして悔しがるリュウゾウだが、これ以上自分の立場が悪くなる行動を起こすほど愚かではなかった。面倒くさそうに胡坐を組みなおして、リュウゾウは鋭い視線を前方にいるヒカルに向けた。

「話せば返すんだろうな」

「ええ、僕も男ですから約束は守りますよ」

 もう一度大きく溜息を吐いて、リュウゾウはがしがしと頭を掻く。

「わかった。じゃあ話すぞ、でも俺は責任取らないからな」

 頭に念入りな言葉を並べた後、リュウゾウは語り始めた。


「俺も日本人だが、お前とは出身のポリスが違うんだ。お前は南アメリカの西壁って聞いたが俺は日本の千穂出身だ」

 世界中にポリスは点在していて、同時に各民族や人種、国境を越えた人々が多くまじりあっている。特に積極的に移民を受け入れた旧アメリカ領にあるポリスにはさまざまな人間が混ざり合っている。

 それに対して日本はポリスの数も少なく、移民の種類も数が限られている。ということはヒカルも知識としては持っていた。

 だがてっきり自分と同じアメリカ大陸出身だと思い込んでいたヒカルには少々ショックもあった。何しろヒカルは旧日本国育ちの日本人に会ったことがなかったからだ。

「まあそんなことは関係ないが、俺は十二の時から地上にいる。だからお前らみたいなポリスにずっと住んでるやつらが入手できない情報なんかも結構耳にするんだよ。今から話すこともそのうちの一つなんだが」

 ごくりと唾を飲み込んで、ヒカルは思わず正座してリュウゾウの顔を真剣な目で見つめた。


「あのじいさん、ポリス建造の際に起こした事故とか一部の地域を完全に消滅させたりとかかなり物騒なことやってたらしいぜ。だからかなり恨みを買ってたりしていたらしいって。あくまでも噂だけど、ポリスんなかじゃ聞いたことないだろ。こんな噂、だからお前に聞いてみようと思ってな」

 リュウゾウの話の後半は、ヒカルの耳には届かなかった。

 認めたくない。そんな感情が頭の中でパンクしかけて、耳の中からリュウゾウの声を押しのけてしまっていたから。

 

 


   

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