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ACT.1 忘れもの

 男は終末の世界の太陽になりたかった。

 男はたった一人の為の英雄になりたかった。

 男は路上に伏す人々の希望になりたかった。

 男は人々の為にすべてを捧げた。

 そして、男はすべてを失った。


ACT1.忘れもの


 時刻は午後12時ちょうど。

 狭く小さく廊下の床は油まみれのおんぼろ清掃船、メイフラワー号のコックピットには船長のマイリー・サイラスと藤堂ヒカルは一つの画面を食い入るように見つめていた。

「いいか、青色の点滅するポイントがリュウ赤色のやつがカナメだ」

 乾パンをかじりながら正面の画面を指すマイリーに、ヒカルはふんふんと頷いて見せる。

「それで緑色の塗られたエリアが特に汚染の酷い地域、私たちはこれからここを掃除していくこの緑色を消していって最終的に汚染レベルが安全値に下がったら、上から報酬がくるわけ」

「緑色って……画面のほとんどが緑色じゃないですか!」

「なに、あの二人が頑張って浄化液振りまいてくれれば早けりゃ二週間で終わるよ」

 乾パンを食べ切り、指についた残りカスをペロリと舐める船長にヒカルは呆れて何も言えなくなる。

 

 ラテン系の肌の色をして、髪はぼさぼさで言動もあまり品があるという印象はないが、月城もそうだがこの女性も30代後半という実年齢にしてはずいぶんと若く見える。

 船長がマイリーと呼ばれるのは、笑い顔がとにかくチャーミングだからという理由らしいがにやついた笑顔しか見たことなくそれどころか、搭乗三日目にしてすでにヒカルにはこの人に対する苦手意識が芽生えていた。

 考えが読めないというか得体が知れないのだ。常に瓢々としている船長の性格のせいなのか、自分を助けてくれたとはいえ未だに地上と清掃屋に対する嫌悪感が消えないヒカルでさえも逆らう気にはなれない。

 まあ拭いても拭いても滴り落ちてくる油や、もう嫌がらせとしか思えないパイプから吹き出る熱い蒸気と格闘するよりは、こうして画面とにらめっこしている方が遥に楽な作業なのだから、と心の中でヒカルは何度も言い聞かせなんとか自分を納得させこうしている。

「この船でのヒカルの仕事はバルブや計測機器のチェック、部屋の整理、それから私たちと交代で上との連絡や周囲の状況確認を取り次いでもらう当直もあるから休めるときはちゃんと休んどきなよ」

「ということはここで一人でいることもあるんですか」

「ずっと二人だと狭いだろ」

「そういうことじゃなくて、そんなこと僕にやらせて危険なもの見誤ったり間違った情報を教えちゃったらどうするんですか!」

 ロフトの上のコックピットは中腰になるのがやっとの高さしないのに、焦りの余り立ち上がり思い切り頭をぶつけるヒカルの内心とは裏腹に、マイリーはイスに深く腰掛けたまま大丈夫大丈夫とひらひらと手を振る。

「危ない地域だったら常に私がここに張り付いてるから」

「だからって――」

 ぶつけた個所を押さえながら、ヒカルがなおも文句を言おうとしたとき低いブザー音が鳴り響いた。

 これは外に出ている二人からこちらへの交信音だ。

 マイリーに無言で応えるように促され、ヒカルは渋々ヘッドホンにくっついているスイッチをオンにした。


「あー、こちらメイフラワー雑用係藤堂ヒカル」

「なんでお前が出るんだよ!」

「ただいまオペレーターも研修中なんです」

 マイク越しに叫んできたのは満井リュウゾウ、一番ウマが合わない男だ。

 月城さんなら良かったのにと密かに愚痴りながらなるべく声色を挑発気味に喋ってみた。

「いいからマイリーに代われ! えらいモン拾っちまった」

「なんだかすごいもの拾ったみたいですよ」

 挑発にも乗られなくて、唇を尖らせながらヒカルは信号をマイリーのヘッドホンに切り替えた。

 マイリーは笑って見せたが、その表情もすぐに一変し緊張した声が狭い空間に響き、黙り込んで腕を組んだまま画面を見つめる。

「何かあったんですか」

「お客さんだ。パルスの汚染地域のど真ん中で倒れてたんだと。今リュウが連れてくる」

 数日前に味わったひやりとした空気に、ヒカルは思わず自分の腕を強く握った。


 機内の一番広い部屋は、掃除屋に必要なものの半分以上詰まっていると言っても過言ではない。

 扉が開くとすぐに目に入るのは、天井まで積み上がったコンテナとその向こう整然とある「ポッド」と呼ばれる作業機だ。

 縦長の車体の一番前には人が一人乗れる窪みがあり、その後ろには車体の半分以上の大きさをとっている荷台があり、大体の場合は小型のコンテナや清掃用の機械がぎゅうぎゅうに積まれている。

 この船にはそのポッドが三台あり、満井と月城が使用する二機はヒカルは見せてもらったことがあるが、もう一台は常にシートが被された状態でまだその中身を見たことはなかった。

「船長、地上ってこんなに人が倒れてるもんなんですか?」

「そんなわけないだろ。つまらないこと言う暇があったらさっさとそこのレバーを引きな。二人が戻れないじゃないか」

 きつい一言にヒカルが唇を尖らせながらも、すぐ横にあるレバーを引こうとするがなかなか固く難儀していると、見るに見かねたマイリーは割って入りため息交じりに軽くレバーを引くと、鈍い音を立てながら船の一番後ろの壁が外側に向かって倒れて、外の世界と繋がった。


 外は広い平原で、地平線の彼方では青と緑が重なって一本の線になっている。

 船内の唯一の窓のあるコックピットから見る景色よりも生々しく、恐ろしく感じられヒカルはゴクリと唾を飲み込んだ。

「マイリー!」

 船の横から薄っすらと汚れたごつい船外活動用のスーツに身を包んだ男がポッドに乗って現れた。肩には同じ色のスーツを着ている人物の姿があり、この人がお客さんなのだろうとヒカルは察知した。

 倒れた壁でできた緩やかな坂を上り切り、頭の二倍近くあろうかというヘルメットを脱ぐと、汗まみれの満井の顔が現れる。髪は額にべったりとくっついて息も切れ切れだ。

 同時に遭難者らしき人物のヘルメットも落ちて、お客さんの外見が露わになる。

 真っ青な顔をした白髪の老人で、満井のものとは違うぎっとりとした脂汗が刻み込まれた皺の多さを際立たせている。

「カナメとあんたのポッドはどこ行ったんだ?」

「ポッドなら横に止めてて月城は今こっちに向かってる。緊急事態だから文句言うなよ」

 清掃者は基本は二人一組らしく、双方が欠けて外に出るということは非常に危険だということは一番最初にヒカルが教えてもらったことだ。

 マイリーは一瞬苦い顔をしたが、すぐにお客さんのもう一方の肩を持ちあごで満井に指示を出すと、満井は黙ってうなずく。

「あ、僕はどうすればいいんですか!?」

「月城を出迎えて二人で来てくれ。間違っても外にでるなよ」 

 三人四脚で遠ざかる背中に指示を仰ぐと、振り向くことなくマイリーが早口で命令する。

「頼まれたってあんなところに出るもんか」

 自動ドアの開く音とともに一人になったヒカルは小さく愚痴った。


 遅れてやってきた月城を出迎えて、スーツを脱ぐのを手伝ったりハッチを閉めたりした後ヒカルと月城は揃って二人の待つ寝室のドアを開いた。

 狭い部屋にはヒカルとマイリー、それから仮眠中だったはずのアレックスが眠たそうな目をこすりながら三人並んで立っていた。

 二段ベッドの一階におそらく遭難者らしき人物が横になっているのだろう。三人とも複雑そうな表情でベッドを見下ろしている。

「月城ごくろうさま。ヒカルのベッド借りてるよ、リュウゾウのは汚くて使えやしない」

 男が使っている向かい側のベッドには無数の雑誌が散乱していて、とてもじゃないが弱っている人を安静にさせるの環境にはふさわしくない。

「船長、その人誰なんですか? とりあえずその場で脈を測ったら正常だったから大丈夫でしょうけど、スーツにIDナンバーがありませんから多分正規の物じゃないですよ」

 月城は膝を曲げて、胸を大きく上下させて苦痛に顔を歪める老人の姿を覗きこむ。

 清掃者の着る作業スーツは常に着用者の身体状況を常にホストに向かって送信していて、右腕からプラグを相手のスーツの胸部に差しこむことによってその情報をチェックすることも可能なのだ。

 月城が調べた情報はマイリーも知っているのだろう。呼吸をするくらい静かに唸ってから腕を胸の前で組んで黙り込む。

「スーツをざっと調べてみたが故障があるわけじゃないし、身体が汚染されてる可能性は少ない。目覚めて聞けば早いんじゃないか」

 マイリーは諦めたように肩をすくめる。つまりお手上げという意味だ。


 老人を中心にして暗雲立ち込めるといった五人の雰囲気を打開しようと、黙りこんでいたアレックスがふと口を開く。

「このじいさん。どっかで見たことないか?」

「じいさんって人のこと言える年かよ……すいません」

 もうそろそろ還暦を迎えるアレックスの威圧感たっぷり視線にリュウゾウは、自分の小言が思いのほか大きかったことに気が付き、慌てて一歩後ずさりした。空気を読まない二人のやりとりにマイリーがため息を吐いたとき、一人離れてリュウゾウのベッドに腰かけていたカナメがあっと声を上げた。

「どうしたカナメ」

「この人ってもしかして、ほらこの人そっくりじゃないですか!」

 カナメはリュウゾウの布団の上に散らかっている雑誌の一つを取り上げると、ほんのりと黄土色に染まった表紙を指さした。確かに表紙でこちらに難しそうな顔を向けている老人は、苦悶の表情を浮かべてベッドに横たわる老人によく似ている。

「いや、でもありえないって。それってジャン・ウェインだろ、超がつくほど有名人じゃなねえか」

「有名人が地上で倒れてるのが何がありえないんですか。ヒカルくんに失礼ですよ」

 あなたも十分失礼だけどね。という言葉を飲み込んでヒカルは黙ってベッドを見下ろす。

 姜偉殷ジャンウェインと言えば、人類移住計画を発案し成功まで導いた豪腕科学者だ。本物ならばゆうに八十歳は超えているはずで、人間という人種にとって生死を分けるプロジェクトを成功させた彼は、科学の先駆者としてもまたポリスの人間からは英雄視されており、政治に利用されることもしばしばある。そんな立場の人物が地上で倒れているなんて確かに信じられない。

 

 だが他のポリスの人間と同様、彼に世界を救った英雄のような印象を持ち自室の壁には白衣姿の彼のポスターまで貼っているヒカルがジャン本人の姿を見紛うわけがなかった。

「本物だ……ほら見てくださいよ、頬から首にかけて大きな傷があるでしょ。これジャン・ウェイン氏が移住計画に反対した奴に襲われた時の傷らしいんですよ。もっとも武術にも長けていた氏は逆にそいつをやっつけたらしいんですが」

「ずいぶん詳しいな」

「僕、ファンなんですよ。人類に希望を与えた天才科学者ジャン・ウェイン氏の」

 きらきら輝く瞳を向けられ、アレックスは眩しそうに目を細めながら苦笑いする。

「そうか。まあそれなら一応報告する義務はありそうだな、マイリー」

「ああそうだな、じゃあとりあえずヒカルもついてこい。ついでに全部済ませてしまおう」

 頭にクエスチョンマークを浮かべるヒカルだが、聞いても答える空気がないマイリーに諦めて彼女の背中を追って行った。



 


 

 

 

 

 



 


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