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ACT.0 地上の遭難者

「地上連絡船ケリー・ブルー・テリアへようこそ。当連絡船が地上に出る際に揺れる恐れがありますので、お客様方は必ずシートベルトを締めてお座りください」

 目の前の座席の後ろについたスピーカーから、機械音のように抑揚のない女性の声が聞こえ同時に船内が俄かに沸き立つ。

 抑えきれない好奇心と、少しの不安が子供や大人を問わず感情をくすぐるのだろう。この地下と地上、それから宇宙へと続く連絡船に乗るものは皆どこか浮き足立っていた。

 ただひとり、不貞腐れたように頬杖をついている少年を除いては。


 少年は最後尾の窓際の席で何かに怒っているかのように、むすっと唇を曲げている。帽子を深く被っているせいか、それとも皆目立たないところにいる彼の存在を忘れているのか、彼を見ようともしない。

 そんな中、唯一彼の隣にいる彼と同じような歳の少女が彼の帽子の中の表情を覗き込んだ。

「ヒカルくん。何怒ってるの」

「怒ってねーよ」

 瞬時に言い返すが、その声色はまさしく怒っている人そのものだ。少女は苦笑いしながら口を開いた。

「来たくなかった?」

「まあな。でも断るわけにもいかないし」

 前の席で興味深そうにきょろきょろとしている友達たちを片目で見ながら、藤堂ヒカルはため息を吐く。

「いつかは地上に行かないと卒業できないもんね。卒業試験の一環だもん、地上に出てレポート作成するのって」

「ただでさえ穢れたとこに行かなくちゃならないのにやかましいあいつらも一緒だったら余計に疲れる」

 ヒカルはそう言ってまた頬杖をつく。ガタリと前の座席が揺れて、その拍子に自分がベルトを締めていないことに気がつき慌ててシートベルトを腰に巻きつけた。もし何かがあって地上に放り出されたら、『穢れ』に触れてしまったらただでは済まないことを16歳である人間なら誰でも知っていることだ。

「でも楽しみじゃない。私、外に出るの初めてだもん。写真でしか見たことないし、それに今日は清掃者クリーナーの人とともアポとってるんでしょ。滅多に会えるものじゃないもの。楽しみだわ」

 顔をヒカルに近付けて、お下げの少女アンナ・ファリスは空色の瞳を輝かせる。二つのお下げと鮮やかな茶色の髪は彼女のトレードマークで、英国出身らしく鼻は高く同じ年のヒカルよりも大人びた印象を受けた。

「よく言うよ、僕はごめんだ。汚染者ポルターなんかには絶対会いたくない」

「素直じゃないんだから。それにその言葉は差別用語よ」

 眉を吊り上げてアンナは咎める。

 説教をしようとしたアンナだったが、ふいと前の座席の向いて首をかしげた。

 アンナの前の席で誰かが暴れているのだ。確かさっきもなんか揺れていたな、とヒカルは目を細める。

「アンナ、無視しろ――」

「大丈夫ですか?」

 制止を振り切りアンリは座席から身を乗り出して問いかける。相手にされなかったヒカルは黙ってため息を吐く。


 ガタンッと短くひと揺れすると、背もたれの向こうから女性の姿が現れる。ヒカルと同じ東洋系、日本人のような20代くらいの顔立ちの女性は二人ににこりと笑いかける。

「全然大丈夫、心配しないで。先輩がちょっと調子悪いだけだから」

 女性は窓際の隣の席、つまりヒカルの前の席を横目で見てほほ笑む。タイミングを合わせるようにひらひらと腕が下から伸びてきて、力なく横に振られる。おそらくあれが『先輩』なのだろう。

「二人で旅行……あっもしかしてデート? ごめんなさい邪魔しちゃったかな」

「違いますよ。卒業試験のレポートで清掃者の方に話を聞きに行くんです」

 あっさりと否定するアンリにヒカルはもう一度ため息を吐く。今度は少し慎重に。

「そうなんだ。でもすごいね地上に出るなんて、どこの学校?」

「ミッドポール首都中期学校です」

「そっか。気をつけてね」

 女性はもう背もたれのを向こうに姿を消すのを見届けると、ヒカルは慌ててアンリに耳打ちした。

「あの人おかしくないか」

「何んで、すごくいい人そうじゃない」

「だって学校名聞いても反応なしだぞ。普通へぇとか何とか言うだろ」

 そう、二人の出身校である学校はポリスの中で一番のエリート校だ。卒業したらほとんどの生徒は大企業、または研究機関の金の卵として迎えられる。普通のポリスの住民ならなんらかのリアクションがあるのが普通だ。それに気に入らないがヒカルにはもう一つある。

「あの人ほんとに子供が地上にデートに行くとでも思ってんのかよ」

「冗談でしょ。いちいちピリピリしないの……もしかして怖いの?」

「ふざけんな」

 相手にしようとしないアンナから視線を引き剥がし、勢いよく座席に倒れ込む。そしてまた黙り込んで窓を眺める。


 窓の先は真っ暗だ。それは夜だからだとか、窓ガラスにある黒い遮光シートを下ろしているわけでもない。

 宇宙、地上、地下を結ぶ乗客150人を乗せた中型の連絡船ケリー・ブルー・テリアはポリスと地上を結ぶ太いトンネルの中を進んでいるのだ。だから窓の外が真っ暗なのもただ、暗い所を進んでいるという理由だけ。

 ただそれだけではない、この暗闇の先に何かとても嫌なものが待っているような気がしてヒカルは顔をしかめる。こう言ってはアンナにバカにされるだけだが、地上には一生行きたくなかった。それくらいヒカルは地上に嫌悪感を抱いているのだ。

「今日はアンセット航空会社RAT182便にご搭乗下さり誠にありがとうございます。もう間もなく当機は地上にクロウルアウト致します。現在地上は安定期に入っておりますので激しく揺れるということは少ないと思われますが、お客様は安全のためシートベルトを外さないようお願い申し上げます。私たちアンセット航空会社は良い旅路になるようお手伝いさせていただきます」

 青い服を着た乗務員は一礼すると、自分の席に戻っていった。

「具体的には何分くらいなんだろ」

「だいたい5分弱ってとこかな」

 腕時計を見ながらアンナの独り言のような言葉にヒカルは答えた。

「ふぅん。5分ね……少し長すぎたかな」

 アンナの言葉の意味がわからず、ヒカルは黙ってアンナの横顔をのぞき見た。ついさっきまで輝いていた瞳は心なしか曇って、顔色もそれに比例するかのように悪くなっているような気もする。

「大丈夫かよ。酔ったのか?」

「えっ平気平気、まあちょっと酔ったかもだけど」

 あはは。と空笑いするアンナの顔をじっと見るヒカルにアンナはやがて笑うのを止めた。刹那にいつも明るい表情に影がよぎったのをヒカルは見逃さなかった。

 大げさに溜息を吐いて、ヒカルは口を開いた。

「アンナにこれやるよ」

「これってヒカルの腕時計……。もらえないよ、大切なものなんでしょ」

 先ほどまた左腕にはまっていた時計をアンナに差し出し、少々乱暴にアンナの細く白い腕にはめさせた。

「お前がなんか様子おかしいんだよ。どうせ聞いても教えてくれないだろうし、ほら人間ってやつはなんかもらうと嬉しくなるもんだろ、だからやるよ。それにその腕時計もう古いしダサいからな」

 回りくどくて不器用すぎてついでに一言多いが、そこにある確かな暖かさに気づいてアンナは思わず胸を押さえてうつむいた。

 

 その姿を肩をすくめて見たあと、ヒカルはまた窓を見る。心なしか深いトンネルから抜け出す気配がある。

 闇が薄れて、光が差し込む。だが地上を覆う光は、蛍光灯でも人工太陽の光でもない。人を焼き殺す死の光だ。ヒカルは顔をしかめ目をつむる。

 そんなヒカルの胸中とは相反して周りの人々は妙にそわそわし始め、ついにカウントダウンを始める者まで現れた。

 目を閉じていても声は聞こえる。

「12、10、9……」

 嫌な感じと、ほんのわずかな好奇心がくすぐる。それでも意地になってヒカルは目を固くつむった。

「6、5、4……」

 ほんの少しだけなら大丈夫だろうか。いや、大丈夫ってなんのことだ。なぜ自分はこんなにも意固地になっているのだろうか。

「3、2、1……」

 好奇心に負けて目を開こうとしたその時、カウントダウンが途切れて世界がひっくり返った。ヒカルの体は強い衝撃とともに軽々と宙を舞う。

 爆風と悲鳴、そして誰かの囁いた声が耳の奥で聞こえ、そのあとはもう何も聞こえなくなった。

 

 

空想科学祭2009参加作品です!

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