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第8章「密談」----14

「──なあ、グリフィス。おまえどう思う、「夢の共通」の話」

 夢は、突然のそんなせりふから始まった。

 身の回りには懐かしい情景が広がっている。おかしいな、ついさっきまではまったく違う場所にいたはずなのに。そんなことをふと思ったが、根拠はどこにも見当たらない。

 そこはハバロフに移籍する前までボウが所属していた小都市のセンターだった。隣で窓枠に手をついて外を眺めているのは、長いつき合いの友人だ。

「例のフォルズとかいう技術者が騒いでいる件か?……そうだな、ありうる話だとは思っているよ」

 懐かしい──これは、なんと懐かしい夢だろう。今では何年かに一度会うきりの友人と、かつて勤務した小都市のセンター。標準暦九四年か、九五年頃の思い出だ。

 そう考えた後で、そうか、これは夢なのかとボウは頭の隅に考えた。やけに長い間、夢に翻弄され続けているような気がする。だがこの夢は、今はとても心地がいい。

「……ありうる話だと思っている。人間の感情ですら、つきつめれば電位変動の集大成に過ぎないわけだろう。そうであるからこそ、アンドロイドが持つ主観は感情に他ならないと言った科学者もいたくらいだ」

 己の口から発せられる声は若々しく、また、ひどく頼もしかった。

 無言のまま、友人は窓の外を眺め続けている。その顔をちらりと見やって、ボウはさらに続けた。

「防護壁は目には見えない様々なもの、もちろん地磁場を含めたあらゆるものの影響から眠る人々を守っている。逆を言えば、この中、ことに人々の脳内で生まれた磁場が壁の外に出ることはないというわけだ。……それに、噂じゃそのフォルズという男は証拠を提出したそうじゃないか」

「夢物語さ」

 ボウのせりふが終わるのを待って、友人はぼそりと声を落とす。

「……夢物語さ。まさに「夢」だ、フォルズは遺伝性の疾患故に冷凍睡眠法の適用を拒まれた人物だぞ」

 友人がつぶやいたのと同じ話を、ボウもまた数人の知己から耳にしていた。

「だが、グリフィス。実を言えばおれは別の観点から、この話を信じないでもないのさ」

 窓枠についていた手を離し、友人はボウを向き直る。

「別の観点?」

「ああ。グリフィス、おまえはロイ・レナという土地を知っているか」

 ズボンのポケットに手を突っ込むと、友人は体の向きを変えて窓枠へともたれた。

 ロイ・レナ。土地の名前だというその名称を復唱したとたん、ぐにゃりと視界が揺れて友人の姿さえも一瞬湾曲してしまう。

「……ロイ・レナ?」

 ややあって視界の安全をとり戻すと、ボウは慎重に地名をなぞった。

「小さな集落さ。だが、反政府組織の拠点のひとつでもある。近々、政府軍が総攻撃をかけるそうだが」

 友人はボウの顔を見やると、にやりと人の悪い笑みを浮かべる。

「そこで、例の話だ。夢の共通の噂を一般人に流したのは、そこの連中らしいって話なのさ」

 もったいぶるような友人の話を聞いて、ボウは絶句した。衝撃を受けて拡散しかけた思考のかけらをかき集め、ややあって口を開く。喉が渇いているようだ。

「おい、それは本当か? だとしたら、攻撃は……」

 ボウが発するいくらか乾いた声に対して、友人は喉の奥で笑ったようだった。

「例の噂の肯定、ということにはならんさ。政府にとっては不利益なありもしない話を流布して政府を困らせた報復、ということで言い訳は立つ。ハバロフに近い土地だから、単純に支配権を握っておきたいというのもあるだろう」

 友人の言い分は理論的で、彼が夢の共通を否定する立場にあったなら、今口にしたような内容を全面的に大きく打ち出しているに違いない。

「……攻撃は例の噂の肯定にはならんが、少なくともおまえにとっては肯定に等しいということか。そういうことだな?」

「さーて。どうかな」

 確信を伴ったボウの問いに対し、友人は意図の読めない笑みを浮かべて問いを流した。

 夢に見ることで、その頃の出来事をボウははっきりと思い出しつつあった。アンドレ・フォルズが夢の共通を提唱したのが地球標準暦九五年の一月、「証拠」として強制的に覚醒させた者数人のデータを提出したのが同年四月。ロイ・レナ渓谷に対し、政府が攻撃を開始したのが六月のことだったか……。

 夢の共通に関連し、友人から情報を得た後の行動は早かった。数日後にはボウは事務局に休暇ならびに外出申請を出し、早々にハバロフへの移動手段を確保した。

 その上でハバロフに向かうことを告げると、友人は驚き半分、あきれ半分といった表情でこう応えたものだ。

「本気か? まぁ、止めないけどな。元気でな!」

 そのせりふを最後に、夢は少しずつ質感を失っていく。向かう先はきっと、今よりもっと深い混沌。

 遠ざかっていく実感を前に、そうだ、思い出したとボウは胸につぶやいた。

 あの土地、ロイ・レナの戦闘に関しては、支配権がただ争われていたわけではない。早々に政府軍の支配を確立して、夢の共通に関する噂を食い止める必要があったのだ。

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