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序章「街」------1

 

「楽園都市 - VISION117 - 」は、個人で運営していたサイトの消滅以来、どこかで公開したいと思い続けた近未来ライトSF作品の第1話です。

当時、書きたいと思った要素をすべて詰め込んだ結果、原稿用紙1,400枚に渡る大長編となりました。


20年近く前の作品ゆえの古臭さ、拙さなどお目汚しな部分が多々あるかと思いますが、極力手を加えないままに公開します。

ごゆるりとお付き合いくださいませ。

 

 人気のない路地は全体に青みを帯び、建物と建物の隙間からは、時折冷たい風が吹く。

 中でも背後からやってくる一際大きな風は、路地にたたずむ少女の細い体をひたすら前に押しやらんとしているようだった。風に対する抵抗がもっとも弱いものは髪だ。少女の長い黒髪は、風に乗ってほとんど水平に流れている。

 身動きひとつしない少女をあおるように、右側から小さな風が吹いた。風は哀切な音色を奏で、耳に運ぶ。その姿を確かめようとした少女の視線が追いつく前に、風は少女の左側を回って消えた。

 己が夢の中にあることを了解し、意思をもって行動することのできる夢には、明晰夢という呼び名が与えられている。そういう夢をみることは特定の訓練を受けた者にとっては造作のないことだったが、中には望みもしない明晰夢もあった。何故ならどれほど訓練を積んだところで、心を完全に操作することなどできはしない。夢が時に苦痛を伴うのはそのせいだ。

 夢の中にあってさえ、少女はそんな理論を展開させることができた。思考を打ち切ろうとするように瞼を伏せ、首を上げて、過ぎていく風に肌をさらけ出す。

 また、この夢だ。

 少女は首を戻し、唇を結んだ。胸の奥のつぶやきは声にはならず、夢の大気を震わせるには至らない。

 目の前には路地があった。大地はタイルに覆われ、タイルは無慈悲の象徴に一役買っている。色は青と灰の中間、形はいびつな正方形。無作為に配置されたようでありながら、その合間を埋める灰色の土のおかげでおもしろみに欠けた外観に落ち着いてしまっている。

 路地を抜けたところには、つい先ほど通り抜けたばかりの公園があるはずだった。公園以南の路地は、人気のなくなる夜間は危険だから出入りを避けた方がいい、と忠告されていた場所だ。それが従うべき忠告だったと承知しているのに、わたしはなお同じ夢を繰り返すのか。

 夢の中の街は、都市アルダンと呼ばれていた。人口は約八十万、これまでに少女が訪れたことのあるどの都市よりも多い。

 少女はゆっくりと視線を動かし、八十万の人口を支えているはずのタイルを足もとから向こうへとたどった。色素の薄い眼球を守るレンズはあいかわらずいい働きをしてくれる。

 ほどなく、タイルをたどった視界に名も知れぬ男の足先が映って、少女はぱちりと瞬いた。公園に続く道を塞いだ男の姿に嫌悪感が込み上げる。逆光になっているわけでもあるまいに、そこにあるのはぼんやりとした輪郭だけで、男の姿をはっきりと見てとることはできなかった。

「あんた、その年で後ろ暗いものを抱えてでもいるのかい。何もひとりでこんなところへ来なくたって」

 揶揄する男の顔を、そのせりふが終わる前に少女はきっとにらみつけた、はずだった。だが実際には、男の顔のあたりに視線をあげたとたん、ぐらりと視界が揺れる。焦点が定まらず、足もとがふらついた。だめだ、バランスがとれない。

「痛ッ」

 尻餅をついたのとほとんど同時に、声が喉から滑り出た。とっさに体の背後に伸ばした手に力を入れ、タイルを踏みしめる足の存在を強く意識する。立たなくちゃ。

「おっと」

 上から迫る、壁に行き当たった。

「ちなみに何歳?」

 壁が喋った。大柄な男の形をしている。幅は少女の倍ほどもあった。

「化粧してないね。カーワーイーイー」

 上から伸びて手首をつかもうとした手を振り払い、少女は男の形をした壁の下をすり抜けた。そのままタイルを蹴り、這うような体勢で路地の奥へと逃れる。踏み込んだことのない路地への侵入さえ、この場にとどまることに比べればましなような気がしていた。

「おや、追いかけっこ? そっちは危ないぞぅ」

 壁は悠長に向き直り、はやしたてる。その声を振り切るより早く、真横の壁から足もとに枝が飛び出し、右足が引っかかった。勢いよくその場に突っ伏しそうになりながら、必死で体をひねる。視界が回る。眼前に大きな手。声が出ない。

 路地に何人の男がいるのかさえ見当がつかなかった。休むことなく壁が男を産み落とすように見える。

 そのうちのひとりが、少女の両手首をつかんで引っ張った。小柄な少女の体は簡単に引き起こされ、放られた勢いに乗って回転し、背後に控えた壁にぶつかる。体が弾んだ。

 跳ね返った細い腰を両脇から伸びた男の腕がつかみ、そのまま真上に持ち上げる。重力に逆らった動きに不快感が増した。次いで体は、勢いよく下へ。無重力感に襲われる。

 路上に向かう少女の体についていけなかった長い髪が目の前に飛び出した。白い髪! 路地の上の空が回る。

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