第17話
翌朝、朝食の席は静かに進んでいた。
「『救世主』様、昨日ノ約束通リ、納豆作ッテ下サイ。」
「私も。」
「わらわは、要らぬ。」
「いや、この家では、納豆を食べる義務がある。1日に1回以上な。」
「『救世主』様は、暴君ぢゃのぉ……。」
少しの白髪葱と、多めのからしを入れた物を、ポロポに渡す。
「アリガトウゴザイマス。『救世主』様。」
多めの分葱と、少々のからしを入れた物を、幼馴染に渡す。
「ありがとう。『救世主』様。」
白髪葱と、分葱と、粒マスタードを沢山入れた物を、ゾフィーに渡す。
「……頂こう。……」
そして、自分の分も、納豆を準備するサマノ。
「いただきます。」
そう言うのは、日本人と、日本に染まり切ったアフリカ人だ。
長ぁーーい、キリスト教式の挨拶をする者が、約1名。
そして、始まる朝食。
「んーーおいし。」
「オイシイデス。」
「美味ぢゃ……。」
意外でも何でもないが、全員同じ感想に至った。
「発酵豆とは、聞いておったが、2人と違い、粒マスタードを使ったのが、よいのぉ。」
「勘違いするな。粒マスタードを使うのは、邪道だ。葱をふんだんに使う事は、納豆の『匂い』を誤魔化す為で、これも推奨されない。今後も『精進』すべきだな。」
「まったく、これに加えて『精進』が、必要とは。まっこと、日本食とは、難儀なものよのぉ。『救世主』様。」
食事が、終わりに差し掛かると、味噌汁のお代わりを頼んだサマノ。
「え? お味噌汁を、納豆を混ぜるのに使ったお皿に入れちゃうの!」
更に、よく混ぜる。そして、それを茶碗にも移し、更に混ぜてから飲み干す。
「! コビリツイタ納豆ノ糸ガ、ホトンド無クナッテマス……。」
「なんと! 如何なる魔法を使ったのかや。『救世主』様。」
「勘違いするな。僕は、『魔法など使えない』。食器を洗う人間の手間を、考えただけだ。そんなに、『原理』を知りたければ、教えよう。但し、君達も同じ事をしなさい。」
サマノの真似をする3人娘。こうして、朝食も終わった。
* * *
4人揃って登校すると、学校に見覚えの無い者達がいる。
用務員服を着用した若い……高校生くらいの男達だった。
「誰だろう。」
「昨日は、いなかったよね。」
等と囁きあうのは、一般生徒達だった。
尚、威容だったのは、その人数だった。
10人以上だった。
「おはようございます!」
サマノの姿を見た所で、挨拶をしただけで、圧倒的声量になる。
当然、「ぎょっ」となるのは、約4名を除いた生徒達だけだった。
そこを悠然と、通り過ぎるサマノと3人娘だった。
* * *
「見覚えのある顔があった。昨年、1昨年、3年前の同級生だ。しかも、全て僕をイジメた加害者だ。ここまでの事を成すには、相当な『横車』を押した筈。僕に何か言う事は無いか。」
等と言う無駄口を叩かないサマノだった。
「『救世主』様、早く納豆と味噌汁の説明を、して下さぁい。」
「私モデス。」
「然り。」
「分かった。」
そこで、理科の授業を急遽変更し、教鞭を取る運びになった。
「まず、前提として、今回の話は、授業ではない。あくまで、『暇つぶし』だ。試験にも出ない。各自心に刻んでおく事。」
「はぁい♪」
「勿論デス。」
「心得た。」
「では、説明……の前に、石鹸について触れておこう。誰か、石鹸が汚れを落とす仕組みを、説明できる者はいるか。」
「デハ、私ガ。」
「では、宜しくな。」
「石鹸……所謂『界面活性剤』ハ、全テ同ジデス。油ト、不溶性粒子ノ混合物デス。コノ粒子ハ、油分子ヨリ小サク、水デモ油デモ溶ケナイ物デ、ナケレバナリマセン。」
無言で、先を促すサマノ。
「油ハ、ベタベタシテイル為、不溶性粒子ハ、油ニクッツキ、コーティングシマス。『キナコモチ』ノ様ナ感ジデス。」
ここで、『キナコモチ』の断面図を、板書するサマノ。
「ソウ、ソンナ感ジデス。……デ、『界面活性剤』ニ、油汚レガ、付着シマス。油ハ、水デハ溶ケマセン。ガ、油ナラ溶解可能デス。更ニ……。」
「更に?」
「毛管現象ガ、発生シマス。ココ、油ノ周囲ニ、付着シタ粒子間デデス。ソシテ、油汚レハ、吸収サレマス。シカモ、粒子ガ邪魔デ戻レマセン。後ハ、水デ流セバキレイニ、ナリマス。」
「よし、いい答えだ。ポロポ。」
「ふむ、『界面活性剤』については、周知の事実ぢゃ。これは、文脈から察するに、味噌汁は、『界面活性剤』と、同じ構造をしておる。そう、言いたいのかや。」
「その通りだ。アーデルハイド。補足すれば、大豆の栄養分で、1番多いものと、2番目は、何だ。」
「タンパク質と、脂肪分でしょ。」
「その通りだ。みぃちゃん。そして、発酵によって、それらの分子間結合が、分解され、ペースト状になったのが、味噌だ。と、ここまでの説明で、分かるな。」
「ツマリ、味噌トハ、大豆油ノ周囲ニ、タンパク質ガ、付着シテイル。『界面活性剤』ト同ジ。ソウ言ウ訳デスネ。『救世主』様。」
「その通りだ。ポロポ。僕からの説明は、以上だ。不明な点は、あるかな。」
「待つがよい。つまり、納豆の『糸』は、『大豆油』ぢゃと、言う事かや。」
「その通りだ。アーデルハイド。補足すれば、納豆菌が、大豆を発酵させる際に、タンパク質が剥離され、油が露出した。そう解釈するといい。」
それから、ふと思い出したように、付け加える。
「念の為、味噌汁の温度は、高い方がよく溶ける。よって、市販納豆の容器に使う事は、非推奨だ。特に、発泡スチロールに対してはな。今度こそ、質問は無いな。」
「分かりました。」
「問題無シデス。」
「しかと心得た。」
* * *




