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乱入者。


 ダブルデートもそろそろ終わろうかという頃。喫茶店を後にした俺たちは通りを歩いていた。


 今は俺と結愛が隣り合って歩き、その少し前を初音と長谷川が歩いている。


 そんなとき、前方から声が掛けられた。

その声はなんというか、猛烈に媚びているような、そんな声だ。


「あっれ〜? 可憐? それに翔くんもいるじゃ〜ん」


 そう言った女は初音たちに駆け寄る。


 ショートボブで、派手な格好をした女だった。いかにも今どきで、初音とはまた違ったタイプのギャルといった感じ。



「あ、彩花(あやか)? え、なに。どしたのこんなとこで」


「こんばんは、彩花ちゃん」


 初音や長谷川に彩花と呼ばれた女は、いかにも可愛く見せようとしているような、そんなあざとい仕草で話し始める。


「こんばんは〜。ん〜彩花はちょっと〜街をぶらぶらしてたんだけど〜なかなかいい男が……じゃなくてぇ、あんまり楽しいことないなぁ〜って感じてぇ〜」


 うわ……声があざとい。それになに?

 逆ナンでもしていたと言うのだろうか?


 最近の女の子、肉食すぎて怖い。


「可憐と翔くんこそどうしたのぉ〜? もしかして〜、ふたりでデートだったりぃ〜?」


 女の目がぎらりと煌めいた気がした。


 初音は慌てた様子で、両手を振りながら答える。


「え!? いやいやいや。そんなわけない。ないから。ちょっと遊んでただけっ」


「……そうだね」


 やんわりと初音に同意する長谷川。ダブルデートであったことは隠す方針なのか?


 それから初音は俺たちの方をちらと見て言う。


「ほら、あっちにまだふたりいるし」


「へえ〜そうなんだ〜」


 言いながら、女はこちらを見やる。すると女の目がまた少しだけ、鋭くなった気がした。


 それから女はするりとこちらへ歩いてくる。


 それを見た初音は「やっべ」という顔をして、なぜか両手を合わせてこちらに謝るような仕草をした。


 長谷川はその笑顔を苦笑いに変えていた。



 え? なに?

 この女、そんなにヤバいやつなの?


 触れただけで俺のような陰キャは死ぬとか、そういうやつですか?



「うっわ〜学園一の美少女様がこんなところで何してんのぉ〜? それに〜こっちの人はもしかしてぇ〜ウワサのカレシさん〜?」


 明らかに皮肉めいたような女の物言いに、結愛の身体がビクッと震える。


 俺は反射的に、結愛を守るように一歩手前へ出た。


 こいつ……「学園一の美少女」と呼ばれる結愛のことをよく思ってなかった生徒のひとりか?


 女は俺のことを値踏みするようにジロジロと見た。


 それから小さく呟く。


「ウワサ通りの冴えない男。…………ほんとムカつく」


「は?」


「ううんなんでも〜。それより〜カレシさん?」


 一瞬だけ暗い顔を覗かせた女は、また一瞬にしてあざとい笑顔をつくり、俺との距離を一歩縮める。


 その笑顔は艶かしいとか、色っぽいとかいうよりは、下品なもののように俺には見えた。


「そんなつっまんない女やめてさぁ〜、彩花と付き合いなよぉ〜。ていうかもうそうしな? その方がぜったい楽しいし? イイコトもしてあげるしぃ? ほら、イコイコ?」


 女は俺の手を取って、俺の腕に絡みつくようにしながらそんなことを言う。


 柔らかい胸が当たるような感触がした。わざと当てているのがすぐにわかるような、露骨な密着。


 それでも、まったく心が揺れなかった、


 そんなことよりも、また結愛が震えたのが目に入った。



 だから、俺は—————



「いや、行かないけど」



 その手を振り払った。



「せんぱい……?」



 結愛が少し驚いたように震えた声をもらす。


 おい、せんぱいに戻ってるぞ。別にいいけど。


 そんな思考を、機嫌の悪そうな女の声が遮る。



「……なに? もしかしてさぁ、彩花よりその女の方がいいとか言うの?」


「ああ、その通りだ。ていうか、俺はおまえみたいな尻軽のビッチが嫌いなんだよ」


「なにそれむっかつく。それ言うならなんで可憐なんかと遊んでたのよ。あの子だって同じでしょ?」


「おまえとあいつは違うだろ」


 さらに機嫌を損ねていく女に、俺はきっぱりと告げる。


「いっみわかんないんだけど。同じだよ、彩花も可憐も」



「いや、おまえはなんつーか、————臭い」



「は、はあ!? なによそれ!? あ、彩花が臭うって言うの!?」


「そうだよ。臭うんだよ。だから近づかないでくれ」


 俺はしっしと手を振る。


 初音とこの女、彩花の違いなど、明確には分からない。


 初音の発言にだって、いつも俺は振り回されてばかりだ。


 だけど、初音はこいつとは違う。漠然とそう思う。


 そこには幼馴染であるからという贔屓も多少はあるのかもしれない。


 俺は昔の初音を知っているから。見た目は変われど、その初音が今もちゃんと存在していることを、その笑顔で確信している。


 それに、なぜだか初音からは彩花のような下品さを感じない。


 そういえば、ギャップ萌えを狙ったりもしていたっけ。そういうところは、可愛いとさえ思う。


 逆に、人を上辺だけで判断したくはないが、彩花という女は俺の嫌いな3次元のギャルそのものに見えた。



 そして、そうだ。明確に違うとわかる点がひとつだけあった。



 ————初音可憐は、美咲結愛を侮辱しない。


 認めてくれている。


 だから俺も、初音を信用できるんだ。


 

「もうっ! なんなのコイツ! ほんっといみわかんない!! 彩花もう帰る!」


 おー帰れ帰れ、と思いながら俺は彩花とかいう女を見送った。


 女の足どりはいかにも怒ってますといった具合の、どすどすとしたものだった。


 最後まであざといというか、構ってちゃんというか……なんだったんだあの女……。


 いや、そんなことはもうどうでもいいか。


「結愛、大丈夫か?」


「え? あ、はい。私はだいじょうぶですけど……」


「そか」


 言いながら俺は結愛の頭を撫でる。震えていたから少し心配したが、問題はなさそうだ。


 それから不満気な初音の声が背後から聞こえた。


「ちょっと直哉〜。あれでも一応あたしの友達なんだからね?」


「あーいや、それはすまん。あとでどうにかしてくれ」


「はいはい。まああの子を近づけたのはあたしの不注意だしね。翔太〜、任せていい?」


「あはは……まあ、やるだけやってみるよ」


 文句を言いながらも、初音の顔はほんのりと色づいているように見えた。表情も柔らかく、怒っているようには見えない。


 そして今回の一連の流れにおいて、一番の面倒ごとを押し付けられたのは長谷川なのかもしれない。


 後処理は任せた!


 さすがの長谷川も苦笑いのままだ。


 結果的に俺の行動が長谷川の苦笑いを引き出したと思えば、いい気味である。


 いや、ちょっと不憫だけど。


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