キス。
「え〜〜!? まだキスもしてないの!?」
ボーリングの後、初音によって連れてこられたお洒落な喫茶店。
そのテーブル席のひとつ。
俺の向かいに座る初音から驚きに満ちた声が漏れる。ケーキをつついていたフォークを取り落としそうな勢いだった。
そんな初音に、隣の美咲は顔を真っ赤にしながら、俺はテーブルに片肘をついてそっぽを向きながら答える。
「は、はい……」
「……なんだよ、悪いかよ」
「だってもう付き合って1ヶ月以上経つでしょ!?」
「もう2ヶ月近いです……」
美咲がまた恥ずかしそうに言うと、初音は俺の方にぐわっと顔を寄せて言う。
「直哉! あんた何やってんのよ!」
「はあ!? 俺? 俺なのか!?」
「決まってんでしょ!? 女の子が自分から言えるわけないんだから!」
初音のいつになく鋭い剣幕に押される俺。
こわ。金髪幼馴染こっわ。
いや……まあそうだけど。初音の言う通りだけど。俺がリードするべきなんだろうけど。
告白直後に暴走してキスを求めてきたやつがいた気がするのは俺の勘違いだろうか?
隣を流し見ると、美咲は小さく小さく縮こまっていた。
「まあその、なかなか機会がなかったと言いますか……そのですね……」
俺はしどろもどろな上に、何故か初音に対して敬語になってしまう。
これ、彼女本人がいる前でする話じゃなくないですか? 恥ずかしいことこの上ないんですが?
というか、ニッコニコで傍観者気取ってる長谷川とかいうイケメンがウザいんですが。
話に加わらないなら帰れ。
「は〜あ、これじゃあキスはおろか、その先なんていつになるんだろうね」
「そ、その先……!!?!」
初音の言葉に、また身体を強張らせる美咲。ちょっと、うちの子限界なんでこれ以上刺激するのやめてもらえません?
俺たちには俺たちのペースがあるって。それ何度も言ってるから。まあそれがカメ並みに遅いんですけど……。
「おい初音、これくらいに……」
俺は初音を止めようと口を挟んだ。
しかし初音は俺が言うよりはやく、俺の耳もとまで口を近づけて、ささやく。
「————なんなら、結愛ちゃんの前にあたしで練習しとく?」
「…………っ!?!??」
ゾワッと背筋を通り抜ける痺れと共に、悪魔のような甘言が俺を貫いた。
「だからおまえ、そういうこと言うのやめろって!」
2人のときの戯れならともかく、今は美咲もいるんだぞ!? いや2人のときもやめてほしいけど!
「はいはーい。ごめんごめん」
「ったく……」
言うと初音はだらーんと身体を投げ出すように座り直した。それから「あたしは大歓迎なのになぁ〜」とか、未だに不穏なことを呟いていた。
そして状況をまったく理解できていないやつがひとり。
「え? え? せんぱい? 初音せんぱいに何を言われたんですか?」
「結愛ちゃん気になる〜? それはねえ〜」
「おい」
「にひひ〜」
「なんでもないから。気にするな」
「そうなんですか……?」
「そうなんだよ」
悪ふざけがすぎる初音を止めながら言うと、美咲はきょとんとしながらもとりあえずは納得したように頷いた。
小悪魔っぽいけど純粋な彼女を守る使命が俺にはあるのだ。
やはり大魔王なビッチ幼馴染を近づけすぎてはいけない。
そしてやっぱり、ニコニコの長谷川に苛々した。大魔王を止める役割は君がやってくれてもよろしいんですのよ? 君の相方ですよね?
そう思って睨むが、知らぬ存ぜぬを貫く長谷川は逃げるようにケーキを摘み始める。
俺は苦々しく思いながら、ケーキと共に頼んでいたコーヒーをすすったのだった。
「苦い……いや甘い……」
そんな呟きが漏れた。




