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好きな食べ物

 

 俺・桜井直哉(さくらいなおや)は自他共に認める陰キャボッチである。


 俺がもつ人間関係といえば、家族と親戚、あとはバイト先くらいだ。


 そんな俺はある日のこと。


 バイト先の先輩であり、学園の後輩、そして学園一の美少女と言われる少女、美咲結愛(みさきゆあ)から告白をされる。


 そして彼女に言いくるめられ、もといおっぱいを触らせられた俺は彼女の想いを受け入れ、正式に交際を始めたのだった。


 かたや陰キャボッチの冴えない男。かたや学園一の美少女。俺たちの交際には多少の困難やすれ違いもあったものの、平和な日々が続いている。



 そんな恋人関係も、始まりから1ヶ月と半分近くが経とうとしていた————。



 夏に片足を突っ込んだような、暑さの増して来た朝。


 俺と美咲は例のごとく、一緒に登校していた。


 並んで歩く俺たちの距離は少しだけ、縮まったような気がする。


 そして明確に変わったこともひとつ。


 2人の手はしっかりと繋がれている。指と指を絡め合った、誰が見てもそれとわかる恋人繋ぎだ。


 あの日のパーティーから、俺たちの変化といえばそれくらい。やっと、自然に手を繋ぐことができるようになった。


 隣をふと見ると、ほんのりと頬を赤らめながらも、笑みを浮かべる美咲の姿がある。


 無理に会話をすることもない。隣り合って歩くだけでその時間は、心地よく、幸せだ。


 手を繋ぐだけで、会話はなくとも心は通じ合っている気がする。


 逆に話題があれば、その会話は盛り上がる。例えば最近は、俺が美咲に貸した漫画の話であるとか。

 

 それもまた、とても楽しく、幸せな時間だ。


 俺たちはこんなふうに、そう、ゆっくりと本のページをめくるかのように。歩み寄っていければいい。


 そんな、毎日の登下校。2人の時間。



「せんぱいせんぱい」


 美咲がふと思いついたように、話し始める。


「せんぱい、好きな食べ物ってありますか?」


「好きな食べ物?」


「はい。私、毎日お弁当作ってるのに詳しく聞いたことはなかったと思いまして」


 美咲は空いている左手の人さじ指を顎にあてて「うーん」と考えるような仕草をしながら言う。


「そうだなぁ、弁当の参考にはならないと思うけど、ラーメンとか」


「ラーメンですか」


「おう、一番の好物と言ったらそれかな」


 俺はちょくちょくひとりでラーメン屋探しをするくらいの、無類のラーメン好きである。両親の仕事が忙しいこともあって、食事をラーメンで済ませることも多い。


「ラーメンかぁ……」


「弁当の参考にはならないだろ?」


「うーん、そうですねぇ……私の料理スキルが足りない気がしますぅ……」


「いやそれ以前に弁当でラーメン持ってこうってやつがそうはいないから」


「ですね。あ、でも私、せんぱいとラーメン食べてみたいです」


「店でってことか?」


「はい。そもそも私、あんまりラーメンって食べたことないので……」


 は? ラーメンをあまり食べたことがない……だと!?


 驚愕。驚愕である。


 俺たちの住むこの街には有名なラーメン屋がいくつもあるというのに……。


 その味を知らないなんて、人生の9割を損していると言っても過言ではない。


「よし、今度行くか」

 

「ほんとですかっ!?」


「おう。あーでも、ほんとに行きたいのか? 俺に合わせてるだけじゃ……」


 アニメや漫画のときもそうだが、俺は自分の「好き」を押し付けないオタクである。


 そんな俺に、美咲は「もうっ」と少し拗ねたように唇を尖らせて、猫撫で声で言う。


「せんぱいの好きなものだから、私も興味があるんですよ? 好きになりたいって、そう思うんですよ……?」


「うっ……そ、そっか」


「はい♪ だから、せんぱいの好きなように、私を染め上げてくださいね♡」


 

 聞く人によれば少し際どく思えるような台詞を言いながら、満面の笑みを浮かべる美咲。


 最近は緊張がほぐれて余裕も出てきたのか、鳴りを潜めつつあった小悪魔が表に出てきている彼女である。


 小悪魔な彼女と天使な彼女が混ざり合って最強に見えた。


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