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ほんの少しのすれ違い。



「せんぱいせんぱい」


 登校中。美咲が例によってそわそわした様子で、今回は少し興奮を滲ませながら話し始める。


「今週末はせんぱいも閉店までバイトですよね? だったら————」


「あ、すまん。その日はシフト変えてもらったんだ」


「————えっ? な、なんでですかっ!?」


 言葉を遮って言う俺に、美咲は面食らったかのように驚いて顔を寄せてくる。


 艶やかな黒髪がざわめくように揺れた。


「今週末、模試なんだよ。だからさすがにバイトしてる余裕はないと思ってさ。すまん」


「そ、そうなんですかぁ……」


「その日、なんかあったのか?」


「い、いえその……べつにそういうわけでは、ないんですけど……」


 美咲は明らかに歯切れ悪く、両手を振って否定する。


 それから俺には聞こえないくらいに、小さく呟いた。


「そっか、せんぱい……覚えてないんだ……」


「え?」


「な、なんでもないですっ。せんぱい、模試頑張ってくださいね♪」


「……おう。いい加減、本腰入れて受験勉強しないとだしなぁ」


 今はまだ夏前だ。


 俺は普段からそれなりの成績を維持しているし、無理のある進路を志望してはいないため、まだあまり受験態勢に入れているとは言えなかった。


 しかし今回の模試は夏前の学力、志望校合格のためにどれくらいの努力が必要なのかを測るために重要なものだ。


 それなりの準備をして挑みたかった。


「ごめんな。今週の放課後はあんまり構ってやれないかもしれない」


「は、はい……そう、……ですよね」


 悲しそうにしゅんと目を伏せる美咲。


 俺だって付き合ったばかりの彼女との時間が取れないのは辛い。

 しかしこればっかりは、受験勉強ばかりはある程度は仕方がない。


 恋人にうつつを抜かして受験に失敗したのでは、それこそ恋人に申し訳ないだろう。


 それでもできる限りは、美咲との時間を作ってやりたいと、そう思う。



「そうだよね……せんぱいは受験があるんだもんね……」



 呟く美咲の声は小さくて、やっぱり俺の耳には届かなかった。




✳︎ ✳︎ ✳︎




 模試前日。


 夜は毎日、模試対策の勉強を重ねてきた。準備はそれなりに順調だと思う。


 それに毎夜、美咲が応援のメッセージを送ってくれた。


 それがとても嬉しくて、さらに勉強が捗ったことは間違いないだろう。


 そんなことを思っていると、また今日も美咲からのメッセージが。



結愛: 「せんぱいこんばんは♪」


直哉: 「こんばんは」


結愛: 「明日はいよいよ模試ですね! 調子はどうですか?」


直哉: 「やってみなきゃ分からないけど、まあそれなりかな」


結愛: 「それは良かったです。今日はあんまりこんを詰めないで早く寝るんですよ?」


直哉: 「おう、わかってる」


結愛: 「よろしい♪ ではでは、結愛ちゃんが模試前夜のエールを送りましょう♪」


結愛: 「フレー! フレー! せ・ん・ぱ・い! がんばれ〜♡」


直哉: 「さんきゅ。やるき出てきた」


結愛: 「はい♪ 明日の朝、またエールを送りますね♡」


直哉:「助かる」


結愛: 「では今日のところは、おやすみなさい。せんぱい」


直哉: 「ああ、おやすみ」



 そこでメッセージのやり取りは終わった。


 自然と笑みが漏れていた。


 彼女からのエールひとつで、いくらでも頑張れる気がしてくるから不思議だ。



 だけど、メッセージでの美咲のテンションがいつも以上に高かったからだろうか。


 それとも、模試前で余裕がなかったからだろうか。


 この時の俺はまだ、いつもとは違う美咲の様子に気づけていなかった————。



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