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第7話:絶対磁極 後編



 遠ざかっていく、誰かが。


失われていく、全て。一切が。


そこに在る何かに手を伸ばしたはずなのに、沈んでいるのは自分だった。


暗く冷たい、その先に懐かしい声が聞こえる。


『────な、悠奈(ゆな)。今は戻らなきゃ』『そうよ。まだ、これからだもの』


「…………誰?」


『ごめんね。私達は2つで1つなの』『けれど貴方は孤独だった』



『『だからこうするしか無かった』』



「……違う……私は、私達(・・)は独りじゃない……!」」


『そう、それで良いの』『さぁ、目を開けて? 貴方達ならきっと……』






「────させるかよ」



聞き覚えのあるその声、己の手を触れる感覚に日奈と夜奈は瞼を開く。

見合わせた顔に伝う滴と安堵。


2人の手は互いの喉を砕く直前で止まっていた。それも時間ごと。


「すまない。これは俺の不徳だ」

「おや真也さん? 随分と早いお着きでッ────」


シュレディァの顎を投石の下に破砕し、有片真也は姉妹の指を一本ずつ離していく。


「ケホっ……し、師匠!!」「先輩、あの敵は────」

「ああ、信じたくはないが『言葉を現実にする能力』らしいな……」


白煙と共に再生していく敵を遠目に見据え、3人は呑み込み難い現実と対峙する。


その様な神にも近しい異能が在って良いものだろうか。

否、深く考える猶予など残されていない。

自らの予想が通るならば、事前にいくらでも保険は打っているはず。

その余裕故に挑発という非合理を選んだとしたら。


加速された思考の末に真也は一歩を踏み出す。


「師匠? どーするつもり?」

「────とは言え、付け入る隙ならある。夜奈、日奈、能力の方は俺が対応する。お前達にはアイツを倒す、その一点に集中してもらいたい。頼めるか?」


「「了解!!」」




 師である真也に背を押され、日奈と夜奈、未元の双子はかつてない仇敵に向け加速する。

あの時シュレディァは何を唱えたのか、考える間も無くその指先で不可視の電界をなぞっていく。


「───磁気収束、開始」「───承認。極性設定済(オールグリーン)


重ね合わせた指先に意識を込めて、後はその刹那の為に叫ぶのみ。



「「これ成るは──────絶対磁極(パピヨンハート)()荷電速射(ガメインフィニーエ)」」



ほんの微小な空間は瞬く間に熱で満たされ雷撃の枝を振るう。




そして、世界から色が消えた。




木目の床をも炭化させるような一撃だった。

それにも関わらず未だあの不気味な笑みが健在なのは最早異常としか言いようが無い。


「大変申し訳無いのですがー? 一体私が何回コンティニュー宣言したと思ってるんですかー? てな訳で今こそ! もしかしたら『一秒後に御三方の心臓は停止してしまう』かもしれない!」

「…………」

「「…………?」」



何も、その一切が起こらない。



「? もしかしたら『1秒後に天井が崩落して────』」

「────【絶対刹那】(ロストエイジ)


シュレディァが残りの言葉を言い終える。

しかして唐突な異変が起こる様子は無く、再び枝垂れた電撃が廊下を一掃する。


「────ッ!? もしかしたら『1秒後に校舎が────』」


三度巻き戻ったその顔に距離を詰めた日奈の拳が炸裂する。

姉の手を足場に反発したその殴撃はシュレディァの首から上を容易く蒸発させる。



「一体何があったって言うんですか……ぁ?」



蘇生し終えたシュレディァは一瞬、言葉を失う。

その視界を覆う様に、向き合う様にして肩に乗る。そんな日奈の姿が在った。


体に引き付けた拳、迸る閃光に目を細める。


こうなってしまえば為す術など皆無に等しい。

ただ振るわれる殴打の陰影。

加速して消えていく己という疑似人格。


初めて知ったその感情に恐怖という名を付ける間も無く、シュレディァの肢体は追撃した夜奈により吹き飛ばされてしまう。




「────なんで」


大きく凹んだ壁を背にシュレディァは呟く。


「────なんでですか?」


確率変動により起こりうる事は全て実現出来る。

神にも等しき創造主、『電子の鳥』に与えられたその力は万象をも制する権能、凡百たる世界の使徒など取るに足らない。


そうでなくてはいけない。


それでは何故この体は動かないのか、何故童子風情を前にして警戒心などという不要物を再び拾い上げてしまうのか。


提示された幾つもの屈辱(エラー)にシュレディァという存在は崩れ始めていた。



「────なんで、何故? 何故何も起きない何故? なん何故ぜなな何なに────」



蓄積されていく懐疑。

砂の様に爆ぜ散る電荷配列。

熱限界の果てに、その体は光の中に透き通り今度こそ元に戻ることは無かった。




「……もしもし。ああ、河名か? 俺だけど────」


数分の後に真也はItaf本部に連絡を入れていた。


「今中等部にいるんだが、調査班から何人かこっちに寄越してもらいたい。…………戦闘? あったよ、始末書覚悟だとも」


スマホを耳に当てながら一面墨色の廊下から目を背ける。

まだ一区画程度の延焼で済んだのだと自分に言い聞かせながら。


「それから、各自に通達。『今日より警戒態勢を第三まで引き上げる。敵は因果系統、第五種と推定。【絶対刹那】による秒数変更に効果が認められた。細心の注意を以て通常業務に臨まれたし』ってとこか。いいか、それじゃあ────」


通話を切り、小休止。

天井を見上げると途端に溜息が漏れていた。


 今回真也らがシュレディァを退けられたのは、単に相手の慢心に依る部分が大きい。

相手の能力に明確な対象指定、そして時間設定をする必要があり、今回は【絶対刹那】で後者を狂わせることで封殺することが出来た。

しかしそれに代えても事前に対策を立てること、それを全て実行することも叶えられたはずである。


「不自然に過ぎる、か……」


加えて、事件前に他のIvisメンバーが不審な通報を追って出払っていたこと。

その事実も鑑みれば尚更に。


胸中に残る違和感を払拭出来ないまま、真也は窓枠で途切れた夕陽を眺めるのだった。





「……夜奈ねえ、起きてる……?」



「…………ええ。眠れないの?」



「うん……何だかね、まだ怖いの……」



「……安心なさいな。お姉ちゃんが付いてるから」



「…………違う」



「……?」



「日奈がね、夜奈ねえの首を────あの時、本当に死んじゃうんじゃないかって」



「それはお互い様じゃなくて?」



「ううん……それよりもっと怖かったのは、あの時私が死んじゃったら夜奈ねえを独りにしちゃうんじゃないかって…………」



「日奈……」



「独りになるのは、怖い。だけど夜奈ねえが、大切な人が悲しむのは────もっと怖くて、何より辛いよ……」



 部屋の暗がりに沈黙が転がる。

今視線を傍らに投げれば、きっと天窓に照らされたあの顔が見えるのだろう。


それでも変わらず天井を見つめようとした。


そこに理由があるとするならば、自らの眼は今この時も不安に曇っていて、それを見透かされないように、伝わらないように止めておきたかったのかもしれない。


優しさ故に、姉妹の返答には数拍の間があった。



「…………奇遇ね」



「夜奈ねえも……?」



「ええ。怖いし、辛い。いつだってそう────危険な仕事なら尚更、誰一人として失いたくないもの」



「…………そっか」




「けれど────どうか忘れないで。その悲しみをを分け合う為に私がいて、その在り方を守る為にIvis(私たち)がいることを」



「──────うん。ありがとう、夜奈ねえ」



そこから先に言葉は無かった。

必要無い、とも言うべきか。


その鮮烈な感情を言い表せる様な、そんな口上など在ってほしくも無い。



今はただ、吐き出されたその感情に寄り添っていたい。

そんな夜があっても良いのかもしれない。



明日からはまた本編を投稿させていただきます。本日もありがとうございました。

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