第6話:絶対磁極 前編
「もしかしたらぁ? 『お2人の心臓は1秒後に止まってしまう』かもしれない!!」
◇
それは、ずっと前──────いつからかは分からない。
けれど昔から2人は疑問を1つ抱えていた。
目の前に居る彼女は、もしかしたら自分なのかもしれない。
鏡がある訳でもないのに自分の欠けた物がいつも傍で輝いていた。
朝露が眩しい。
もしかしたら、元は1つだったのかもしれない。
だってこんなにも愛おしい。
だから、個として扱ってほしくなかった。
少女達は群だ。
群でいなければ個としていられない。
朝露が垂れる。
もしこの在り方に唯一救いがあるならば、それは例え孤独であったとしても、1人になるとは限らないことだ。
──────朝露が、地に落ちた。
◇
混濁していく意識を振り解き、夜奈は隣に向け叫ぶ。
「──────日奈っ! 心臓を!!」
小さな胸を掻き毟り悶える妹、日奈の手を払い除ける夜奈。
自身の手に電磁気を収束させ糸が切れたようにその身体へと倒れ込む。
「「────ッ!? ッあああ!!?」」
正極と負極、重なり合う体躯を電子が掻き回す。搔き乱す。
強烈な放電に心筋を貫かれ、2つの心臓は再び早鐘を打ち始める。
「なるほどなるほど! やっぱりそうやって復旧するんですねー? それにしても今の鳴き声、私の次くらいに可愛いと思います! ですので! もう一度やってもらっていいですかねー?」
そう言って煽り散らす少女は無論この学園の生徒ではない。
白亜のボディースーツに走る蛍光のライン。
辺りに浮かんでは消えていく瑠璃色の正四面体はこの世ならざる輝きを湛えている。
「……冗談はさておき、我が主は御二方のことが特にお嫌いな様でして。他の『未元』よりも念入りに潰させていただきます。よろしいですねー?」
「お姉さんは一体……?」「気を付けて日奈! そいつ、多分『何でも出来る』!」
戸惑う日奈を流し目に夜奈は懐から鉄球を取り出す。
胸筋から上腕へ、投擲と同時に極性を変えられた鉄球は次の瞬間には少女の下顎を砕く。
それだけでは止まらぬ一投は勢いをそのままに喉頭、延髄を貫き通し、廊下の突き当たりを破壊してようやく床に転がった。
大気に溶けていく少女を見て尚も2人の表情が晴れることはない。
「倒した、のかな……?」「いいえ、いいえ日奈。アレを見て頂戴」
夜奈の指差す先に佇むそれは変わらず少女の姿をしていた。
何事もなかったかの様に平然と、玩具を評する子供が如き視線をこちらへと向けている。
「んー? あぁ、そういえば自己紹介まだでしたっけ? これは失礼しました! 改めましてこんにちは。『電子の鳥』が端末■■■■と申します! 以後お見知りおき」
「んぐ、しゅれ……何?」「■■■■。50音で無理に言うと『ング・シュレディァ』といったところかしら?」
「おーそれ良いですねー? さっすが妹サンより馬鹿じゃないですねー? フフ、『シュレディァ』。コレ気に入りました」
「……夜奈ねえ、怒ってる……?」「安心して日奈。これ以上喋らせなければ良いだけよ」
人型の未知を、眼前の敵を見据え2人は走りだす。
許されざる相手に人の居ない廊下。
手加減する要素など何一つ存在しないのだから。
◇
開幕と共に日奈と夜奈は懐から再び鉄球を取り出し投擲する。
それらはシュレディァと呼称された少女の頭蓋と肋骨をそれぞれ貫いた、はずだった。
「────はいはーい! それもお見通しなのでーす! もしかしたら『30秒後に夜奈さんは日奈さんを右手で攻撃してしまう』かもしれない! 『28秒後に日奈さんは夜奈さんを攻撃してしまう』かもしれない! とどめに『27秒後に御二方は互いを絞め殺し合ってしまう』かもしれない!」
紙芝居の頁が戻された様にシュレディァは2人を迎え撃つ。
浮遊していた四面体、その1つの鋭角に輝きを集め、そして解き放つ。
発射された光線は幾重にも重なり双子に向けて降り注いだ。
一瞬、眼と眼が示し合う。
手を繋ぎ舞踏の如く、いざ光の雨線の最中へと。
磁力線の赴くままに互いに身を委ねる。
言葉すら無く弾幕の渦中に飛び込んだ2人。
その小さな体躯を光線の間隙へと滑り込ませ、文字通り支え合いながらも着実にシュレディァへと接近していく。
鳳蝶姉妹の能力【絶対磁極】。
電磁気を操るこの能力は人体の電気信号をも支配する。
精密かつ局所的な通電により2人は神経を加速、更には同調させることにも成功していた。
『2人で1つ』その触れ込みに噓偽りなど在りはしない。
────速く、もっと速く────
互いの体を掌握し、日奈と夜奈はシュレディァの目前へと迫る。
シュレディァは絶えず何かを話しながら攻撃を続けていたが2人が解することは無い。
その必要も無い。
あと必要なのは一撃。
加速した体を捻り2つの拳は弧を描き──────互いの頬を殴ってしまう。
それは自分を傷付けてしまっている様で気持ちが悪く、何よりも苦痛でしかない仕打ちである。
すぐ目前で少女が笑っていた。
────間に合わなかった。
────このままじゃ…………!
時は既に遅かった。
互いに雷霆の拳振るったのも束の間、日奈と夜奈の手はその意思に関係無く相手の首へと伸び、そしてありったけの力を以て締め上げる。
幼子のままの首筋はあまりに細く、それこそ今にも折れてしまいそうな程脆い。
「ア“ァ……夜奈、ねえ……?」「ご、めん……ごめんね日奈……痛、い。よね……?」
誰よりも愛した人の苦痛に歪む顔を見せられる。
嫌とすら言えない苦しさに悶える。
血の伝う唇もチアノーゼに染まりつつあった。
シュレディァの言葉の通りならばこの先の死は免れないだろう。
しかし、その事実すらも最早2人が考えることは叶わない。
よりにもよって、この上無く最悪の形で。
互いへの愛を口にして、姉妹はその最期を看取り合った。
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