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第3話:猫の二択/数の悪魔 前編


 その日、日向太陽は皐月の木漏れ日に沈む校舎を駆けていた。


彼の行く手に見えるのは30代前後と思しき男性の白衣を着た背中。

耳に刺さるような警報の中をかき分けて1つの逃走劇が進行している最中だった。


異能自警団、Ivisが学内に不審者が立ち入ったという情報を得てから15分と少し、件の男と接触した太陽だったが現状は厳しいものである。


というのも、こうして捕まえられない原因はその男の持つ『ある特性』にあった。



「止まらない場合実力行使に移りますよ! …………5分経過! いいですね!」


自警団の規定により入念な勧告を行い、太陽は走りながら右の掌を白衣に向ける。

その腕へと駆けのぼる熱に似た感覚を一点に集める、彼のイメージと共に収束した熱量を一挙に解き放つ。


 日向太陽の能力【太陽光線】(サンレーザー)

先程まで浴びていた陽の光は熱量保存則をもかなぐり捨てながら、熱線に変換され男の背を捉えた、かに見えた。


しかし、次の瞬間には何事も無かったかの様に廊下を猛進する男の背がそこに在る。

何者かによって現実が編纂されたのだろうか。


あまりに不自然な現象に太陽は能力の存在を確信していた。





 その日、新渡戸貞仁(にとべさだひと)は昼下がりの木陰に沈む校舎を駆けていた。


振り返った先に見えるのは茶髪巻き毛の少年が1人。

おそらくは近年設立された異能自警団とか言うItafの下部組織、彼はその構成員でありここで振り切らなければ仲間を呼ばれるのも時間の問題だった。


何があってもそれだけは避けたい。

折角持ち合わせた能力を使いかつての職場に忍び込んだというのに、目的も果たせないまま、それもあんな子供に捕まるというのは新渡戸という男のプライドが許さなかった。




 研究職で鍛えた持久力を武器に、尚も逃走を続ける新渡戸。

目指していた研究室を捉えた彼の視界に1つの質問文が投影される。



『受ケマスカ? Yes No 』



「クソっ! 早速来たな、Noだ! Noを選択する!」


新渡戸の回答と同時に一条の光が廊下を貫く。

本来であればこの一撃により彼は背中に火傷、転倒によって頭蓋骨折となるはずだった。


悲惨な末路を辿りながらも消えていく可能性。


本来の未来を見捨て、新渡戸はようやく研究室に滑り込む。




 新渡戸貞仁の能力【猫の二択】。

その効果は任意で世界線を選択出来る、因果に干渉するというもの。


とは言えタイミング事態は基本的にランダム。

何者かから提示される選択肢も是か非か(イエスノー)のみ。


宛ら猫の如く気まぐれな性質故に彼はわざわざ生徒の少ない時間帯を選ばざるを得ず、それでも監視カメラに掛かってしまう。

身の危険も回避出来なければ嫌気が差してしまいそうな性能であった。




テーブルに置かれた端末に素早くUSBを差し込み、棚で塞いだ唯一の出入口を眺める。

研究データをコピーした時点で彼の計画は半分以上達成されたと言ってもいい。

しかし状況は厳しいものである。



「どうしたものか、考えろ! 考えるんだ……!!」



紛れもなく今後の人生を左右する局面に新渡戸の頭脳は全力を賭して働いた。


目的を果たさねば自らの研究成果は汐ノ目グループに使われたまま、たかだか数十万を横領した程度で自分を解雇した、そんな連中に仕返しも出来ないままである。


頭を抱える彼の目に、再び主語の無い短文が出力される。



『増ヤシマスカ? Yes No 』






「────どいてなさい太陽! 【業火絢爛】(ラグジュアリーバーン)っ!!」


「ちょっ!? そんなことしたら────」



太陽の制止も聞かず、現場に駆けつけて早々に焔華は扉を爆破する。

黒煙で満たされた研究室にはゆっくりと浮かぶ人影が1つ。



「さぁ観念なさい!! さもないとレアどころかウェルダンに…………」



威勢良く声を張り上げる焔華だったが長続きはしなかった。


燃え散っていく書類の中から立ち上がった影は1つだけではなく、晴れた彼女の視界をいくつもの顔が睨み返している。

その人物達は背後の壁が見えはするものの、どの顔も全く同じ、皆が新渡戸貞仁の姿をしていた。



「さ「ぁ「、「第「二「ラ「ウ「ン「ド「と「洒」落」込」も」う」じ」ゃ」な」い」か」?」



数多の同じ声が更なる戦いを告げる。




「──────撃て撃て撃て撃て撃て!! ほら、出し惜しむな太陽!!」


「承知してます!!」



 何が起きたかも解らないままに、研究室から押し寄せる新渡戸の分身を焔華と太陽はそれぞれの能力で狙い撃っていく。

交錯する陽光と爆発、対する相手は無尽蔵に生殺を繰り返す。



 三浦焔華の能力【業火絢爛】(ラグジュアリーバーン)

遠隔で物体を発火、操作する純粋無比な寒熱系統能力(パイロキネシス)

そしてこの異能には更なる効果があった。



 焔華が殴りかかってきた分身を何体か焼却した時、彼女はとある異変に気付く。



「───太陽? わたしの炎の特性、覚えてるかしら?」


「確か『燃やす物に応じて色が変わる』でしたっけ?」


「ええ、そう。で、これを見なさいっ!!」



そう言って焔華は矢継ぎ早に能力を行使する。

放たれた緋色の一撃は分身を2、3体ほど巻き込んだ後諸共燃えることなく消えてしまったのである。



「当たったのに、燃えてない?」


「いいえ、この場合は無色の扱いよ。思い出しなさい、以前にも同じ様なことがあったはず」



そういえば、鮮烈な記憶があった。

つい数週間前の出来事が太陽に教えてくれる。



「…………そういえば、Itafの先輩方と手合わせした時……!!」


「そう。何故か色が消えたのよね、有片先輩と西川先輩だけ」


「つまり相手の能力は────」


「時間とか、或いは概念の領域ってとこかしら? 分が悪いのも当然ね…………」



 焔華の推察は半ば当たっていた。


新渡戸は咄嗟の選択により自分という人間が存在する確率を増やすことに成功していた。

本来100%だったものが瞬間的に3000%を超えて尚も上昇し、今や分身のどれもが新渡戸貞仁という存在として世界に認識されている。


選択肢さえ表示されれば文字通り何でも出来てしまう。

それが【猫の二択】という異能の真価であった。



 底知れぬ物量差の前に2人は徐々に押され、遂には太陽の手から光が消えてしまう。

【太陽光線】の熱量源である陽光が底を尽いた瞬間だった。



「諦「め「て「い「た「だ「き「た「い「。「既「に」私」の」1」人」は」窓」か」ら」脱」し」た」


「そんな…………」


「落ち込む暇があるなら目の前に集中なさい!!」 



太陽を叱咤しながらも焔華は攻撃の手を緩めない。

延々と増殖と回避を繰り返す新渡戸に対して怯むことなく立ち向かう。


如何なる劣勢、逆境、敗色も知っている。

だからこそ己の掲げた正義を、寄り添ってくれる人を信じていたいのだ。



「どこの変質者か知らないけど、これだけは分かるわ。少なくとも『アンタがIvis(私たち)に勝てる道理なんて無い』。そんな気がするの」


「負「け「惜「し「み「は「あ「の「世」で」も」言」え」る」だ」ろ」う」?」



重複する爆轟をくぐり抜けて、新渡戸の1人がついに焔華の下へと到達する。


成人男性と運動不足の女子中学生。

両者の持つ力には始めから雲泥の差があった。



「しまッ─────」



回避する間も無くナイフによる一撃が焔華を襲う。



『増ヤシマスカ? Yes No 』


「私「は「イ「エ「ス「を「選「択」す」る」ぞ」お」お」!」!」!」



新渡戸が叫ぶと同時、振り下ろされたナイフは幾重にも別れ、それぞれ異なる軌道を描く。

その全てが焔華を殺め得る、そんな可能性を秘めていた。



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