第16話:電子の鳥Ⅷ/比翼の蝶 後編
光の尾を引きながら悠奈は再び電子の鳥へと向かっていく。
異形の猛禽はその重鈍な鎌首を上げ口先に光を集め始めていた。
真っ先に迎撃態勢を整えようとしているらしい。
しかし後戻りは出来ない。そも退く気も無い。
縦横無尽に踊り狂う熱線を掻い潜り、爆轟の中悠奈は周回する様な軌道で加速していく。
音を振り払い、光と並び、持てる力の全てをその拳に込める。
チャンスは一瞬、地上との連携が成り立たなければ空間の亀裂は電脳世界全域にまで広がってしまうだろう。
焦燥に背を押されながらも、少女は来たるべきその時を待っていた。
◇
M.E.T.I.Sが熱の波濤を遮断する最中、地上に残った未元達もまた反撃に転じようとしていた。
真也と天音は丁度弓を持つ様な姿勢で向き合い、2人の肩を燐那が支えている。
未元の能力、その特性は「触れた物体に自身の特性を付与すること」。
【刹那】【虚空】【数値】───別たれていた能力は溶け合い、今まさに1つの奇跡として昇華されようとしていた。
「天音ちゃんの支援で有片君のお父さんの技を再現する。あれで効かない訳が無いわ」
「まさか、このタイミングで使うかぁ……」
「また気ィ抜いたら承知しないわよ真也!!」
「ッ……分かってる! そっちこそ気張れよ天音!!」
多重の防御プログラムの中、粒子の奔流は真也の拳へと集いその輝きを増す。
かつてない世界の脅威を前にして未元の能力はその真価を発揮しようとしていた。
呼吸を、鼓動を、意識を共鳴させ、3つの眼差しが電子の鳥を捉える。
「我、久遠の天球。虚空を象る者――――」
不可視の六面体が生み出され、そして「無」が否定される。
「汝、砂上の楼閣。朽ち逝く刹那を眺む────」
六面体は満たされ、飽和し、次に「有」が成り立つ。
「其は枝葉の如く。剪定為すは数多の業────」
そしてあらゆる可能性が淘汰され、ただ1つ、必中の「未来」が残される。
それらは世界を統べる力。万象を象る概念達の具現。
「────空間軸、定義」
「────時間軸、定義」
「────因果律、収束」
その一撃は遍く信念を以て放たれる。
「「────此れ成るは、絶対刹那・万里一空!!!」」
瞬間、世界が白に染まる。
禍々しい光の束は電子の鳥、その頭部を消し飛ばし世界の外側までも撃ち貫いていく。
その轟音は治まることを知らず、拡散した衝撃波は電脳世界そのものを揺らしている。
体を襲う凄まじい負荷に真也と天音が膝を突く中、踏みとどまった燐那は空目掛け高らかに叫んだ。
「悠奈ちゃん!!」
彼女の視界一面には一条の光輪が広がっていた。
◇
「「今だッ!!」」
電子色の翅を翻し悠奈は空間の裂け目へと突進する。
猛禽の離れた裂け目はひたすらに暗く、しかして蛍の様な光が湧き上がって来るのが見えた。
「……死ネナイ……死ネナイ……ッ……」
子供の様な声が泣いている。
消さないで、見捨てないでと。
それは純粋な生への望み、有って然るべき願いに違いない。
しかし電子の鳥はその名の如く粒子の集合体、核さえ健在ならば無限に再生し際限なく成長し────やがて全てを滅ぼしてしまう。
だからこそ介錯せねばならない。
彼の孤独を知る悠奈が。
暗闇の向こうで無数の光が浮き上っていく。
再生と共に迎撃態勢を執ろうとしているのだろう。
攻撃せねば死ぬ、そんな瞬間が在った。
凝縮された時間の最中、少女は自らが流した雫に気付けないでいた。
空へと落ちたその一滴は握りしめた拳の中で大気へと溶け──────
「────絶対磁極・双極雷霆」
──────そして、消えていった。
◇
悠奈の放った雷の槍は極光を振り撒き、電脳の夜を照らす。
それは彗星の如く飛翔する原子の剣先。
世界そのものすら焼き得る一撃は空間の裂け目へと消えていった。
光が四散した裂け目は徐々にその口を閉じていく。
電子の鳥が境界面から引きはがされたことでM.E.T.I.Sの修復が及んだのだろう。
砕けていた空間は閉じ、後には明星の輝く夜空だけが残された。
訪れた沈黙も束の間、直後悠奈達は金属を引き裂く様な叫びを聞いた。
それは隔てられた世界にまで響く断末魔。
1つの宇宙と1羽の鳥、その終焉を意味していた。
「「さよなら、電子の……」」
少女が放った呟きはデータの風へと消えていく。
その感情に名前を付けることは出来なかったが、仮想の地平に昇る陽を感受するには充分過ぎた。
◇
『───こちら小手川! 報告通り死ぬかも云々言ってたけどよ、なんか殴りまくってたらフツーに勝てたぞ?』
『───こちら西川小雪。“門”も閉じたし、後輩クンも無事っスよー』
『───こちらクロ! 俺の予想通り、相手の能力は『電子移動で叶え得る事を実現する能力』だ。こんなこともあろうかと作っておいた究極の電波兵器、”Doomsday Waves”で簡単に妨害出来たぜ! パソコンとか全部爆発したけど経費で落とせるっしょ!? ……え、流石に無理? そんなー』
トランシーバーから報告を受け、三浦焔華は冷ややかな視線を投げた。
「あら、皆思ったより早かったようね?」
彼女が見詰める先には負傷したシュレディァの姿が在った。
右肩から腹腔までを袈裟懸けに深く焼き抉られ、右腕に至ってはボディースーツの繊維数本でようやく繋ぎ止められている状態である。
露出した臼歯を喰いしばり、異界の使徒は憤りを露わにした。
「……なんで───なんでなんでなんでなんでなんで!!? 何がどうなれば我が主があんなゴミにも満たない糞雑魚ナメクジ風情にやられるっていうんですか───!!? ありえない……万が一にもありえないですよぉー……!?」
発狂するその様に慢心はおろか余裕すら無く、惨めさを極めたと言ってもいい程見るに堪えないものである。
掌に追撃用の炎を作りながら、焔華は嫌気混じりの溜息をつく。
「我が主? この期に及んで何訳分かんない事言ってんのよ? アンタが負けた、それだけの話でしょ?」
焔華も芽衣も表情を変える気すら起きないでいる。
そんな中再びトランシーバーが鳴った。
『───こちら日向太陽です! 重傷者一名ですが……多分勝てたんだと思います……』
「ホラ、この通り。どう見たってアンタの全敗よ」
「五月蠅いッ! 黙れ黙れ黙れ虫けらの分際で!! もしかしたら『こんな世界なんて────』!!」
激昂したシュレディァがその仮定形を言い終えることは無かった。
壁を抉る程の火炎と弾幕がその身体を消し飛ばした為である。
肉体を再生しようとも骨肉は直後に燃え徐々にその形状を忘れていく。
形容し難き灼熱に苦悶しながらもシュレディァは最期の一瞬まで何かを叫ぼうとしている様だった。
それが稚拙極まりない後悔の弁であったことを焔華と芽衣は知らない。
◇
こうして数多の激戦を伴った異世界からの侵略は表裏共に決着した。
その何気ない平穏がもう1つの世界を犠牲に築かれたものだということを、人類の誰もが知る由も無い。
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