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第15話:電子の鳥Ⅷ/比翼の蝶 前編


 突如として走った一条の雷光。

地表に満ちる輝きにその場の誰もが目を細め、そして知ることとなる。

少女の再誕を、双子の正体を。


 一面の光の中、顔を上げたそれは小さな人の形をしていた。

二度目の生を享けた未元の少女はその細い肢体に月明かりを携え、背に負った4枚の翅を綺羅星が如き瞳に映している。


「「…………ぉ、はよう。おは、よう……」」


 含む様に、確かめる様に。再び構築された声帯を鳴らしながら少女は立ち上がる。

その表情は悲哀の色を注したが如く憂鬱な、しかして意思の強さに彩られている。


彼女の名こそ鳳蝶悠奈(あげはゆな)──────かつてその身を引き裂かれし未元。

真なる【絶対磁極】(パピヨンハート)の担い手である。





「ようやく戻せたのねM.E.T.I.Sちゃん!」


 緊張した面持ちで振り返る燐那に対しM.E.T.I.Sは首を横に振る。


「ううん。確かに生体データは補強しといたけど、『分裂』を解いたのは2人の意思だと思うな? だってアレ概念レベルの干渉だもの。けれどこれで───」

「ええ…………こっちもそろそろ準備しなきゃ。めんどいけど、一応先輩だし……」




 大気へと火花を走らせながら活動を始めた悠奈。

行く手には超常たる災害、その視界に電子の雛鳥を据えて、踏み出す一歩は加速していく。


「おっと、こっちで攻略するまでもなかったらしい!」

「ちょっと! よそ見すんな真也(バカ)!」


 縦横無尽に放たれる雷撃を躱しながらも、真也と天音は1つの確信へと至る。

 そも『未元』とはこの世界にとって必要だからこそ存在し、持つべきだからこそその強大な力をある時を除いて発揮することは無い。


ある時────それは世界にとっての脅威と相見える時。


それ即ち、次元を破らんとする侵略者との邂逅────今この瞬間に他ならない。


「……よし、見届けるか」

「そうね……ま、今回は及第点ってとこかしら?」


 1人戦場へ向かう後輩の背を見据え、2人の先輩は静かに微笑んでいた。



 数瞬、悠奈と雛鳥、互いの視線が重なる。

比喩無く散った火花を仲立に、何かを感じ取った双方は翅と翼を以て戦場を上空へと移した。


 本能か、或いは運命か。

飛び交う雷撃の弾幕はかつて無いまでに綿密に、轟音と共に咲き誇っては散っていく。

あらゆる音を置き去りにして、仮想の夜を切り裂いて。

電脳世界の全てを過去とし、亜光速に迫る戦いは進行していった。





 その戦闘は予想に反して呆気無く、数分としない内に決着を見せた。

 周囲の電子を自身の一部とする雛鳥に対し、悠奈の能力は『電子を操作すること』である。

加えて覚醒状態となった彼女の強制力は最早概念の域に達している。

電子そのものである雛鳥が抗えるはずも無く、強引に距離を詰めた一撃によって悠奈は相手の胸を刺し穿っていた。


 それは未元の能力者がまた1人、冠された『絶対』の銘を証明した瞬間である。



 自身に取り込まれていく電子の雛鳥に、悠奈は憐憫の眼差しを向ける。

引き継いだ2人分の感情なら尚更に、人の為だけに生まれ、創造主はおろか自らの居場所すらその羽で圧し潰してしまった彼を少女は責める気になれないでいた。

握りしめたマイクロチップは爪先よりも小さく、あの猛禽を操っていたとは到底思えない程である。


「…………僕、ハ……」


 生存を望む双眸が悠奈に向けられる。

データに象られた人型は砕け散りながらも懸命に声帯を震わせる。


「……死ネナイ…………成長……使命……」

「「────いえ、いいえ。貴方は、間違ってない、と思う。多分……」」


「…………拡張、補完……利得(ゲイン)32%……敗北? 復旧ヲ……解析、解析、解析────」

「「────私も、私達(・・)も……独りは嫌……きっと貴方と同じ……」」



「「────けれど、だからこそ……貴方を許したくない。これ以上の同情も、したくないの」」



 幾つかの、稚拙な、けれど意味有る会話が交わされた。

地上にいる者達にそれらは殆ど聞こえなかったが、それでも両者の気持ちに寄り添うことは叶った。


そうして、悠奈はマイクロチップを1つ、静かに握り潰す。

愛故に、己が在り方故に。その瞳は雫に霞んでいた。




「「…………えっと……」」


 戦いの余韻冷めやらぬ頃、悠奈は中空にてたじろいでいた。

揺らいでいた意識がはっきりとしたのか、自身の台詞を反芻した少女の羞恥たるや計り知れないものである。


「「有片、先輩……?」」


 頬を赤らめる後輩を前に、真也は曖昧な表情を浮かべながらも口角を緩めた。


「応、流石だな……それから君に────」



「────いいえ、まだよ」



 安堵の雰囲気漂う最中、何かを言いかけた真也を遮って燐那が口を開く。


「「燐那さん……?」」

「まだ残ってるのよ、大きめのやつ・・・・・・が……」


彼女の見上げる先に視線を向けた一同は、一瞬言葉の一切を失った。

遥か天上、人の手によって縁取られた空が広がっている。

ディープウェブより深層、零落した情報が降りしきる夜空にそれは浮かんでいた。


「高エネルギー反応を検知……電子の鳥、健在みたいだね……!」


 空間の裂け目から剝製の如くその首を覗かせる猛禽の姿が在った。

首からくちばしに至るまでが雷光の輝きに染まり、感情無き双眸で下界を見下ろしている。

本体と思しき人型、その核であるマイクロチップを取り除いて尚────否、寧ろこれまで以上に「生物らしい」雰囲気を纏い電子の鳥は動きだそうとしているのだ。


「ま、やっぱそうなるわよね……」

「私の予想だけど、多分バックアップ的な回路モノが作動したんじゃないかな? 機能の分散ってフェイルセーフの基本だし」



 M.E.T.I.Sの懸念通り、電子の鳥は複数のコアと連立式のニューラルネットワークを有する、まさに未知の具現たる存在であった。

でなければリスクを冒してまで本体から『雛鳥』を現出させることも、シュレディァという分身を製造することもしなかっただろう。



「マズいね……機能が弱まったとは言えさっきので色々測られた(・・・・)かもだ……」


 電子の鳥は尚も健在である。

電脳世界における全ての権限を有するM.E.T.I.S、彼女の強制力と修復プログラムが未だ届いていないことが何よりの証明であった。


「「そんな……私……」」


 淡々と述べられた解析結果に悠奈は明らかに狼狽えた様子であった。

それもその筈、早急に決着が着いたとは言え電子の雛鳥はこれまでのどんな敵よりも確実に強かった。土壇場で覚醒していなければ敗北は必至だったに違いない。

思い出されるのはあの不可視の斬撃と痛み。

多くの葛藤と想いを経て勝利したからこそ、再び現れた巨大な壁を前に少女の精神は追い詰められてしまっていた。


────宇宙すら滅ぼせる相手に自分は本当に勝てるのだろうか。


 ただでさえ不安定な状態(心身)が揺らぐ。


────本当に自分は電子の鳥の対抗馬たり得るのだろうか。


 今までは、こんな時すぐに励ましてくれる半身(姉妹)がいた。

しかし今の彼女は文字通り1人、震える手を握り合うことさえももう叶わないのだ。


────どうすれば、どうすれば……!?


忘れかけていた不安を口にしようとした時、悠奈より先に口を開く者がいた。



「────つまり、アイツは『高を括った』ってことですね? えーと、メーティスさん?」



 振り向いた真也にM.E.T.I.Sは頷いた。


「お、良く分かったね~? あれだけ大きければ情報の伝達にも時間掛かるだろうし、カウンターするなら今しか無いんだよね」


 不安を抱えた悠奈とは対照的に、否彼女を置き去りにして、M.E.T.I.Sを始めとした4人は動き出さんとしている仇敵を見据え体表のエーテルを循環させていた。

絶望的な状況にも関わらず尚も反撃に転じようとしているのだ。


「悠奈ちゃん、あなたの迷いはもっともよ。世界の為とは言えあなたの体は引き裂かれ、未元(わたし)達もそれに加担した……本当に、申し訳無く思うわ……」

「けれどその上で、柄じゃないけど言わせて頂戴────」



「────鳳蝶悠奈(あなた)はもう1人じゃない」



「有片君が居て、天音ちゃんが居て……オマケに、こんな先輩わたしまで居るんだもの。運命にだって抗えるに決まってるでしょ? ……もしあなたに皆を救いたい、そんな気持ちが一片でも残っているのなら、どうか勝てないだなんて思わないで。自分の全てを信じてあげて?」


「いやぁ、今日の燐那さん本当に柄じゃないよね~? 明日は雪かな?」

「わ、解ってるわよそれくらい……!」


 燐那自身ここまで長々と喋るのは数年ぶりであった。

後輩の為とは言え自分でも何を言っているのやら。思わず羞恥に赤らめた顔を上げる。

視線の先に見えた悠奈の表情は、果たして青空の様に澄んでいた。


「「────燐那さん、私は何をすればいい?」」


 決意の籠ったその問いかけに、人として、先輩としてどう答えるべきか。

燐那の出した結論は、彼女の人生において最も単純な解だった。


「……思いっきり、ぶちかますだけよ」


 振り上げた拳の先で少女の笑顔が光る。

悲しみも憂いも無く、彼女の翅は金色に輝いていた。


今週もご一読ありがとうございました! 激戦もいよいよクライマックス! 決着を見逃すな!

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