第14話:電子の鳥Ⅶ
本日より連載再開です! 改めてよろしくお願いします!
地に伏せた燐那が刹那に見たそれは、打ち寄せる雷撃の波濤を撃ち散らす2つの背中であった。
1つの背中は、学生服を着流した少年。たくし上げた袖から回り狂う時計を覗かせて、寝癖が付いたままの赤毛を掻いている。
もう1つは、緑の病衣を靡かせる少女。頭頂からつま先までを陶器が如き白亜に染めて、傍らの少年に何かを叫んでいる。
「真也が抵抗した所為で遅れたじゃないの!? 謝りなさいよ燐那さんに!!」
「いや画面から手が出てきたら逃げるだろ普通!? 流石にアポ無しってのは……いや、確かにそうだな……すみません燐那さん、ここは俺達が引き受けます」
一転、示し合わせた少年と少女は互いの拳を重ね、それを次なる雛鳥の一撃へと打ち付ける。
時間を奪われ、空間を奪われ、定義そのものを失った雷撃は解ける様にして霧散していく。
本来人の身が触れることすら叶わない電子の奔流でさえ、その2人はありふれた拳を以て打ち砕く。
彼らは、助っ人と呼ぶには些か規格外であった。
◇
「いや~間に合って良かった! 大丈夫、燐那さん?」
「M.E.T.I.Sちゃん……よく2人とも連れて来れたわね……」
展開されていく幾千もの紫電、音すらも過去にする『未元』の少年と少女を燐那は見据える。
【絶対刹那】、有片真也─────Itafの長にして史上最速の能力者。
【絶対虚空】、天堂天音─────『未元』のきっかけにして最優の少女。
『未元の能力者』の中でも間違いなく最強格であろう2人は男児の形をした怪物と互角の戦いを繰り広げている。
「あの2人ね、容量が多いだけあって手間取っちゃって。日奈夜奈ちゃんの復元が終わるまで耐えてくれるといいんだけど……」
心配するM.E.T.I.Sに燐那は首を横に振ってみせる。
「耐える? それは違うわよM.E.T.I.Sちゃん?」
◇
「……成程? 頼ミノ綱ハ最後ノ抑止力カイ、M.E.T.I.S……?」
電子の雛鳥が彼方を見据えた刹那、間に髪を入れず交錯した拳がその腕を四散させる。
「アンタの相手は天音! こっち見ろっての!!」
本来、電子により投影されたアバターへ干渉することは至難の業と言える。
しかしそれが存在する要素、例えば空間ごと抉り取れば何が起こるのか。
「自己修復……空間耐性取得。迎撃ヲ続行スル」
電子の雛鳥がその身を震わせると同時、四方を塞ぎ八方をも焼き討ち白亜の閃光が電脳の夜を照らす。解き放たれた紅蓮が地平を撫でると同時、その場の全てが蒸発してしまう。
その静かな憤りを冷ますが如く、半球に消え失せた大地には何もかも残ることは許されない。
◇
「……さて? 味見した手前、相当厄介だな」
クレーターに佇む人型を上空から見下ろし、真也は怪訝な表情を浮かべる。
先程の数分で彼は既に10万発は下らない数の拳を雛鳥に振るっていた。
しかし効果が認められたのはその内の一割にも満たない。
ある種ホログラムの様な相手に対し解っていたことではあるが、それに代えても不可解な点も多い。
文字通りの手探りすらも困難と言えた。
「あら、随分と弱気ね? そんなに当たらないのが悔しかった?」
肩越しに煽ってくる天音に対し、真也は複雑な心境のまま顔を背ける。
────思えば、こうして共闘するのはいつぶりだろうか。
────自分の弱さが、再び彼女を傷付けてしまうのではないか。
そう思うと尚更に、彼女を直視出来る気がしなかった。
「……否定は、しないでおく……」
「────ッああもう! 調子狂うわね……確かにM.E.T.I.Sちゃんの説明通り強いわあの鳥、それも反則級に! いくらAIだからって、ダメージまで学ぶかしら普通?」
「そりゃぁ、発展した科学なんて魔法と大差無いだろうし……」
「そこ、それなのよ真也。じゃああの男の子の原因は何? 足りないアタマで考えなさいな」
「足りないは余計だ……確か、M.E.T.I.Sさんはあの馬鹿でかい鳥が本体とか何とか───」
見上げた先に居座るのは、空間を裂いたまま沈黙する怪鳥の首。
何故か動かない。
否、何故動けないのか。
その答えは、僅かながらも導き出されようとしている。
「────しゃあない、もう少し耐えるか……」
「そうね。それと知ってる? 体動かしてるときの方が頭もよく回るってこと」
「…………悲しいけれど、同感だ」
足場にしていた石に再び時間を与え、真也と天音は電子の雛鳥向け降下していく。
この2人にM.E.T.I.Sの治療を、双子の回復を待つ気など毛頭無い。
思考の残り1ピースが見つかるまで、人域を超えた戦いは止まることを知らない。
◇
「────ねぇ、夜奈ねえ? まだ起きてる?」
白亜の、形すら未定義の世界に響いた言葉が、少女の意識をすくい上げる。
「────えぇ、日奈。私はまだ貴方じゃないわ」
「……ごめんね、ずっと黙ってて」
「いいのよ。夜奈が気付いているなら、貴方だってとっくでしょう?」
あるはずの無い会話の最中にも2つの意識は溶け合っていく、混じり合っていく。
何者かに引かれた境界が解かれる度に、形を成す魂が其処には在った。
「私は、結局は1人になるのが怖かった。小さい頃からずっと……見えない壁に隔てられた教室が、自分の影だけが伸びる家が、どうしようもなく嫌だった……」」
「『あなたなんていらない』そう言われてる気がして、どんなに近くでも遠くに見えて────」
「────だから願った。何よりも密接で、濃密で、愛しいと思える私が」
「「離れたくは無い……けれど、もう貴方には先輩がIvisの皆がいるもの。だからもう、この夢もお終いにしなきゃ。目覚めなきゃ……」
「それは……違う」
「…………え?」
その言葉を、2人だったどちらが言ったのかは分からない。
或いはただ自分に言い聞かせたかっただけかもしれない。
例えそれが意味を為さない羅列だったとしても、かつて在った絆を捨て置けはしない。
「離れるわけじゃないよ────きっと私は、私たちは、あなたと一緒だから────────だから、負けないで。どうか泣かないで────」
「────────悠奈…………」
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