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第14話:電子の鳥Ⅶ

本日より連載再開です! 改めてよろしくお願いします!


 地に伏せた燐那が刹那に見たそれは、打ち寄せる雷撃の波濤を撃ち散らす2つの背中であった。

1つの背中は、学生服を着流した少年。たくし上げた袖から回り狂う時計を覗かせて、寝癖が付いたままの赤毛を掻いている。

もう1つは、緑の病衣を靡かせる少女。頭頂からつま先までを陶器が如き白亜に染めて、傍らの少年に何かを叫んでいる。


真也(アンタ)が抵抗した所為で遅れたじゃないの!? 謝りなさいよ燐那さんに!!」

「いや画面から手が出てきたら逃げるだろ普通!? 流石にアポ無しってのは……いや、確かにそうだな……すみません燐那さん、ここは俺達が引き受けます」


 一転、示し合わせた少年と少女は互いの拳を重ね、それを次なる雛鳥の一撃へと打ち付ける。

時間を奪われ、空間を奪われ、定義そのものを失った雷撃は解ける様にして霧散していく。

本来人の身が触れることすら叶わない電子の奔流でさえ、その2人はありふれた拳を以て打ち砕く。



彼らは、助っ人と呼ぶには些か規格外であった。





「いや~間に合って良かった! 大丈夫、燐那さん?」


「M.E.T.I.Sちゃん……よく2人とも連れて来れたわね……」


 展開されていく幾千もの紫電、音すらも過去にする『未元』の少年と少女を燐那は見据える。

【絶対刹那】、有片真也─────Itafの長にして史上最速の能力者。

【絶対虚空】、天堂天音─────『未元』のきっかけにして最優の少女。

『未元の能力者』の中でも間違いなく最強格であろう2人は男児の形をした怪物と互角の戦いを繰り広げている。


「あの2人ね、容量(データ)が多いだけあって手間取っちゃって。日奈夜奈ちゃんの復元(治療)が終わるまで耐えてくれるといいんだけど……」


心配するM.E.T.I.Sに燐那は首を横に振ってみせる。


「耐える? それは違うわよM.E.T.I.Sちゃん?」




「……成程? 頼ミノ綱ハ最後ノ抑止力システムカイ、M.E.T.I.S……?」


 電子の雛鳥が彼方を見据えた刹那、間に髪を入れず交錯した拳がその腕を四散させる。


「アンタの相手は天音(わたし)! こっち見ろっての!!」


 本来、電子により投影されたアバターへ干渉することは至難の業と言える。

しかしそれが存在する要素、例えば空間ごと抉り取れば何が起こるのか。


「自己修復……空間耐性取得。迎撃ヲ続行スル」


 電子の雛鳥がその身を震わせると同時、四方を塞ぎ八方をも焼き討ち白亜の閃光が電脳の夜を照らす。解き放たれた紅蓮が地平を撫でると同時、その場の全てが蒸発してしまう。

その静かな憤りを冷ますが如く、半球に消え失せた大地には何もかも残ることは許されない。




「……さて? 味見した手前、相当厄介だな」


 クレーターに佇む人型を上空から見下ろし、真也は怪訝な表情を浮かべる。

先程の数分で彼は既に10万発は下らない数の拳を雛鳥に振るっていた。

しかし効果が認められたのはその内の一割にも満たない。

ある種ホログラムの様な相手に対し解っていたことではあるが、それに代えても不可解な点も多い。

文字通りの手探りすらも困難と言えた。


「あら、随分と弱気ね? そんなに当たらないのが悔しかった?」


 肩越しに煽ってくる天音に対し、真也は複雑な心境のまま顔を背ける。

────思えば、こうして共闘するのはいつぶりだろうか。

────自分の弱さが、再び彼女を傷付けてしまうのではないか。

そう思うと尚更に、彼女を直視出来る気がしなかった。


「……否定は、しないでおく……」


「────ッああもう! 調子狂うわね……確かにM.E.T.I.Sちゃんの説明通り強いわあの鳥(アイツ)、それも反則級に! いくらAIだからって、ダメージまで学ぶかしら普通?」


「そりゃぁ、発展した科学なんて魔法と大差無いだろうし……」

「そこ、それなのよ真也。じゃああの男の子(まほう)の原因は何? 足りないアタマで考えなさいな」

「足りないは余計だ……確か、M.E.T.I.Sさんはあの馬鹿でかい鳥が本体とか何とか───」


 見上げた先に居座るのは、空間を裂いたまま沈黙する怪鳥の首。

何故か動かない。

否、何故動けないのか。

その答えは、僅かながらも導き出されようとしている。



「────しゃあない、もう少し耐えるか……」

「そうね。それと知ってる? 体動かしてるときの方が頭もよく回るってこと」

「…………悲しいけれど、同感だ」


 足場にしていた石に再び時間を与え、真也と天音は電子の雛鳥向け降下していく。

この2人にM.E.T.I.Sの治療を、双子の回復を待つ気など毛頭無い。

思考の残り1ピースが見つかるまで、人域を超えた戦いは止まることを知らない。




「────ねぇ、夜奈ねえ(わたし)? まだ起きてる?」



 白亜の、形すら未定義の世界に響いた言葉が、少女の意識をすくい上げる。



「────えぇ、日奈。私はまだ貴方じゃない・・・・・・わ」


「……ごめんね、ずっと黙ってて」


「いいのよ。夜奈(わたし)が気付いているなら、貴方だってとっくでしょう?」



 あるはずの無い会話の最中にも2つの意識は溶け合っていく、混じり合っていく。

何者かに引かれた境界が解かれる度に、形を成す魂が其処には在った。



「私は、結局は1人になるのが怖かった。小さい頃からずっと……見えない壁に隔てられた教室が、自分の影だけが伸びる家が、どうしようもなく嫌だった……」」


「『あなたなんていらない』そう言われてる気がして、どんなに近くでも遠くに見えて────」


「────だから願った。何よりも密接で、濃密で、愛しいと思える(あなた)が」


「「離れたくは無い……けれど、もう貴方(わたし)には先輩(ししょう)がIvisの皆がいるもの。だからもう、この夢もお終いにしなきゃ。目覚めなきゃ……」




「それは……違う」


「…………え?」



 その言葉を、2人だったどちらが言ったのかは分からない。

或いはただ自分に言い聞かせたかっただけかもしれない。

例えそれが意味を為さない羅列だったとしても、かつて在った絆を捨て置けはしない。



「離れるわけじゃないよ────きっと私は、私たちは、あなたと一緒だから────────だから、負けないで。どうか泣かないで────」




「────────悠奈ゆな…………」





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