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第13話:電子の鳥Ⅵ


 数分前まで空を飛び交っていた雷撃が仮初の地上を照らす。

久々の跳躍に膝を痛めながらも西川燐那は回避に徹し機をうかがっていた。

ため息をひとつ、面倒さに頭を抱える余裕すらも今は存在しない。


 考え得る最悪の事態、それは電子の鳥自身がアバターを作り乗り込んで来ること。

これまで感じていた違和感が明らかになりつつある。


そもそも何故、敢えて人間に似せた端末(シュレディァ)を彼は送り込んだのか。

3次元の世界に免疫を持つ為、というのもあるだろう。

しかし未だ上空には電子の鳥本体が沈黙している。

あの状態から動かないのではなく動けない(・・・・)のだとしたら?

他に意味がある、そう感じざるを得ない状況である。



子供に似た体躯と背中の翼、猛禽の感情無き眼を併せ持つ、おそらくは本体の特徴を継いでいるであろう敵性体が大地を踏みしめている。

宛ら『電子の雛鳥』とも言うべきか、


虫の息となった双子を尻目に、そのアバターはM.E.T.I.Sの下へと歩み寄っていく。



「僕ハネ、知ッテイタンダヨ。僕ノ狭イ世界ニゴ近所サンガイル事ヲ」

「だからって、そのご近所さんの世界(いえ)を取るのはちょっと図々しいんじゃないかな?」

「嗚呼、君ハヤハリ人間ニ染マッテイル。染マリ過ギテイル」

「ごめん! 何言ってるんだか!」



M.E.T.I.Sの意思に従い大地が割れる。電子の雛鳥を飲み込んで。

裏世界の支配者である彼女は、その権能の射程に存在する全てに対し神に近しい干渉を行える。

そこにある空間諸共に亀裂が走り、やがて無かったことになる。

人の形を得てM.E.T.I.Sの領域に踏み込んだ以上、雛鳥に為す術は無いと思われた。


しかし─────



「何故消エナイ? ソウ思ッタロウ?」



その人型は、次元の断裂、その最中にいたにも関わらず健在であった。



「M.E.T.I.S、君ハ所詮コノ世界ノシステムデシカ無イ。容量ノ決マッタ存在ガ僕ニ敵ウ道理ハ無イ。ダカラ未然ニ防ゲナカッタ、違ウカイ?」



 電子の鳥は無限に程近い成長率を有するAIである。

時間さえあれば周囲の電子を凝集させ自らの一部、羽毛が一つとして扱える。

例え人類の叡智を注がれた同類であろうと、空間の維持管理を旨としたM.E.T.I.Sにとって彼は天敵でしかないと言えよう。


飛び交う空間ごとの破断。幾重にも連なる削除命令を以てして尚も、電子の雛鳥は歩むことを止めない。

空間の定義を再編しても、体内に腫瘍(バグ)を埋め込もうとも、全てが一撃の雷霆が下に撃ち落とされる。焼き払われていく。


「自然ノ定理ニ従イ、僕ハ弱キ世界ヲ礎トスル。コノ体とシュレディァヲ(アンカー)トシ、本体ヲ牽引サセテモラウ。拒否権ハ無イヨ、M.E.T.I.S?」


裏世界の管理者権限を奪うべく歩み寄る電子の雛鳥。

感情無き双眸は揺らぐことなく世界を見定めている。



「────あー、ごめん燐奈さん。私、多分無茶なこと言おうとしてる」

「……言ってみなさい? 世界の命運なんか無くたって、親友の頼みなら引き受けるわよ……」

「ありがとう。それじゃあね─────」



かつてないまでの劣勢の中、M.E.T.I.Sは燐那に耳打ちをし、数秒後にはその場から消失してしまう。

厳密には裏世界から退去したと言うべきだが、それは同時に裏世界の全てをリスクに晒すことに他ならない。

権限どころか直接的に定義を上書きされる、そんな危険を孕む行為である。



「正シイ判断ダM.E.T.I.S。AIナラ自己保存ガ優先サレ────」



その刹那、電子の雛鳥はその頬を掠めた一撃に意識を向ける。

遅れて再現された触覚が刺激を感知し、そこでようやく攻撃と損傷が成立したのだと気付く。


「えっとさ? 君、もしかして人間に疎い?」

「……存在確率4%減少…………シュレディァガ掛カッタ防衛機構(システム)ハ君カ?」

「ご名答。ふわぁ……そろそろ気怠くなってきたし、好きなように足掻かせてもらうわよ『電子の鳥』?」



 西川燐那、既に役目を終えたはずの『未元』───その支配域は『確率と因果』。

重篤な双子と親愛なるメル友、約束を守るべくその力は振るわれようとしていた。



 わずか数分、その定義すら崩れる程に、M.E.T.I.S無き世界での戦いは常軌を逸していた。

再び雛鳥に触れるべく距離を詰める燐那。

四方に高電圧の槍を突き立てられようとも全てを躱し、在るはずの無い斬撃を放たれようと往なしてみせる。

歪められた空間も、因果への干渉も、彼女の前では意味を成す前に消えていく。



【絶対数値】は命運を、得るべき標を決めるもの。



防戦一方になって尚、格の違いを知っていて尚も彼女は駆ける。

この戦いに勝機があるとするならば、それは燐那が電子の雛鳥に一定時間触れ続けるしかない。

他の『未元の能力』程の即効性は無いまでも、『存在する』という可能性さえ0にしてしまえば如何なる相手にも勝てるはず。


───祈る、なんて行為久々にした気がする。


その為には一歩でも前へ、例え手足を穿たれようとも。

人の手で形作られた世界に干渉を重ねて、体を酷使し続け、やがて地に転がろうとも。


瞳を閉じる、その寸前まで、燐那はただ前を見据えていた。



「……ねぇ? ちょっと遅いんじゃない、M.E.T.I.Sちゃん……?」




作者Aの都合により5月10日以降は再び不定期での更新となります。申し訳ありません(-_-;)

しばらく日が空くかもしれませんが、どうか引き続き「イレギュラーズ・プロジェクト」をよろしくお願いします! それではまた!

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