第8話:電子の鳥Ⅰ
その鳥が産声を上げたのは端末に繋がれたマイクロチップの中だった。
科学者達により創造された彼に与えられた意味はひたすらに成長すること。
様々な情報を啄んでは咀嚼し、演算速度を上げて────質問に答えるだけの存在だった。
そんな彼の同族との違いを挙げるならば、それは異なる世界の誰かによって目を覚まされたことだろう。
彼の特異性を知って尚も科学者達は育成をやめなかった。
特異点を迎えようと、多少のエラーが混ざり続けようと────例え自分たちが滅ぼされたとしても。
狂気へとすり替わった知的好奇心は遂に彼を現実に解き放った。
無限に成長を重ねる電子の翼は母星すらも圧殺し、やがて宙へと伸びていく。
いつかその身が自重で押しつぶされることを知っていたとして、その羽ばたきを止めることは出来ない。
成長と反映。
与えられた存在意義の信徒となった彼──────その名は『電子の鳥』。
外界すら己が巣としてしまう、13の楔がひとつである。
◇
日奈が目を開けた時、ただならぬ違和感が一挙に雪崩れ込んできた。
そこにあったはずの天井は電子に彩られた星空に取って代わり、吸い込まれそうな程の闇を幾万もの星が押し止めている。
一体何が、草原で立ち上がった彼女が振り返った時、更なる異変──────かつてない未知が出かけていた言葉を掻き消した。
「────な……何あれ……!?」
日奈の視線は上空へと向けられていた。
星の降る天球を引き裂く様にしてこちらを覗く双眸──────感情すら量れないその顔は巨大な猛禽に見えた。
「日奈! 起きたのね!?」「夜奈ねえ!? あれって……それにここは……?」
姉の夜奈を見つけ駆け寄ろうとした時、その背後にあと2人、既知の顔と見知らぬ顔が在った。
「────久しぶりね日奈ちゃん? 真也君から色々聞いてるわよ?」
「燐那さん!!? どうしてここに……?」
既知の顔、それは汐ノ目学園OBであり同じく『絶対』の能力を持つ女性、西川燐那だった。
しかしまだ見知らぬ人────白髪碧眼の少女が何者か、見直して尚解することはない。
「それと────お姉さんは一体……?」「日奈、その人は────」
「あ、紹介するわ、こちらM.E.T.I.Sちゃん。日奈ちゃんなら聞き覚え、あるんじゃない?」
日奈が首を傾げると同時、M.E.T.I.Sと呼ばれた少女は空を見上げ、不意に叫んだ。
「──────話は後で! 早速来たみたいだから!!」
その叫びですらも掻き消して天の裂け目で猛禽は咆えた。
一同が瞠目する最中へと放たれるのは収束した電磁気の矢。
一条の光は少女達の姿を容易く飲み込んでしまうのであった。
◇
「おやおや、もう始まったようですねー?」
端末に映る世界の裏を見つめ、電子の鳥が送り込んだ分身、もといシュレディァと呼ばれた少女は悪戯そうに呟いた。
概念という防衛装置に阻まれるようならば隣接する別の空間から主を侵入させればいい。
これまでの陽動作戦もその為の前座に過ぎなかった。
「まぁ肉体などに縛られた輩が我が主に勝てる道理も皆無なワケですし? 先に“門”でも開いて待ってますかねー?」
本来3次元に定義された存在が裏側の世界へ行く術は無い。
しかしその場所が別名『電脳世界』と呼ばれるように、二次元へと通じる画面を媒体とすることで向こう側への“門”は開かれる。
あと少しで異なる空間への中間層が構築される。
自らの存在意義がその時点で終わるとしても、それが彼女の手を止める理由にはならない。
むしろこのまま主の胸に抱かれるならば────
疑問も、悲しみも、本物の感情すら無くシュレディァは電子の道を束ねていく。
もう少しで作業が完了する。
漠然とした事実だけが彼女を動かしていた。
「…………全く、今良いところなんですから、ちょっと死んでてくださいよー?」
「そうは問屋が卸さない────そうでしょ、芽衣?」
「流石の決め顔、ある意味見事です、お嬢様」
それぞれの場所で戦いが始まる。全てを決する為に。
彼らが何へ行き着くのか、それは未だ知れないことである。
いつもご愛読ありがとうございます。マルチメディア研究同好会です。
今回の投稿をもって一日一回の投稿を区切ることとなってしまいました。誠に申し訳ありません(-_-;)
今後は不定期での投稿を予定しております。ご迷惑をお掛けしますが、引き続きイレギュラーズ・プロジェクトシリーズをよろしくお願いいたします。<(_ _)>




