第1話:その名はIvis 前編
汐ノ目学園高等部の校舎、その地下深くに異能対策委員会────通称Itafの本部は在った。
いつぞやかにも使われたオペレーションルームや一般会員が常駐している居住区画など、あらゆる事態に対応すべくその設備は万全の域を超えている。
2019年3月のとある日。
現会長、有片真也の姿は広大な地下空間、コンクリート壁に囲まれた格納庫に在った。
腰に装備した速力補給用のモーターを回し小休止。
一礼の後に臨戦態勢をとる。
そんな彼が対峙するのは、小柄な2人の少女。
同じ顔に同じサイズの体操着、互いの片手足を鎖型のアクセサリーで繋げたその姿はどちらかが鏡面なのではないかと疑う程に似通っている。
唯一の判別手段を挙げるとすれば髪の長さ程度しか無い。
つまりは双子だった。
そんな少女達も同様に、向き合う真也に一礼し前傾に構える。
数秒も経たずして両者は拳を交えた。
◇
互角の猛撃が繰り広げられていた。
手数で勝る少女達のインファイトを真也は圧倒的な速度を以て捌いていく。
時折散っていく電光は比喩などではなく、双方が既に超常の域で戦っていることを示していた。
このままでは反撃に転じられる。
そう思った少女達は真也の両脇をすり抜ける様にして前転、その視界から外れようとする。
双子が同時にその下腿を振り上げたことで両者を繋ぐ鎖が真也の首目掛けて迫っていた。
【絶対刹那】により低速で映る彼の視界。
鎖に触れることで双子の動きを止めようとした真也だったが、金属の接合部に走る電光を目の当たりにした時には回避以外の選択肢が無くなっていた。
鎖を頭上へと流し感電を回避する真也。
後方へと回った少女達と再び対峙した彼はある変化に気付く。
先程まで重く唸っていたモーターが一転して静まり返っているのだ。
「────ふむ。相手をよく観察し首尾良く弱点を突く───2人共、良い判断だ。これで俺の速度はもう上がらない」
「やったね夜奈ねえ! 褒められたよ!」「やったわね日奈。このまま攻めるわよ?」
夜奈と日奈。そう呼び合った双子は息を合わせ、再び真也との距離を詰める。
いつの間にか鎖の結合を解除したらしく、左右から挟み込む形で拳を向ける。
ある程度2人が距離を狭めた刹那、既に両者の一撃は真也の頬を掠め、互いに拳を合わせている状態だった。
それは【絶対刹那】を以てしても「速い」。そう断言出来る挙動である。
唾を飲み込む間も無く同様の攻撃が真也の毛先を焦がす。
側撃雷を伴ったその攻撃は徐々にその激しさを増し、ついには夏の嵐の様な連撃となった。
飛び交う2つの拳と火花に少年の姿は呑まれ、辺りは光に満たされる。
その光景は宛ら格納庫に叩きつけられた稲妻であった。
◇
光が弱まったのは一分程が経った頃。
「ハァハァ……ねぇ日奈? 手応えあった?」「ハァハァ……夜奈ねえも無いの?」
少女達が攻撃の手を緩めた直後、2人は不意に体勢を崩してしまう。
真也の下段回し蹴りにより同時に肩を接地し、それが終戦の合図となった。
「うぅ……ごめん夜奈ねえ、負けちゃった……」
「日奈、あなたの所為じゃないわ」
落ち込んだ様子の双子に真也は声を掛ける。
「見事だったぞ、2人とも。流石、絶対の名を冠する能力者だ」
「ですが先輩……最終テストに負けたということは……」
至らない自分に気を落とす双子の妹、日奈。
妹の背を擦りながら悲しい眼差しを向ける双子の姉、夜奈。
弟子である2人を見定める様にして、真也は彼女達に送るべき言葉を告げた。
「いいや? とっくに合格だぜ2人共?」
真也が双子に課したこの戦い。
それはこれまでの特訓、その成果を実測する為のものであり、彼にとって勝敗など数ある『強さ』の一定義でしかなかった。
「「ということは……?」」
「ああ、もちろん。宜しいですね、天堂先生?」
3人の戦いに終始立ち会っていたItafの顧問、天堂花が頷くのを確認し、真也は用意していた言葉を述べる。
「それじゃ改めて──────異能対策委員会第13代会長の権限を以て、鳳蝶夜奈、並びに鳳蝶日奈に自警団団長の任を認める。双方、学園の安寧の為その身を賭してくれ」
「「はいっ!!」」
威勢の良い返答と共に新しい物語が幕を開けつつあった。
「……ところで先輩? そのっ……!」
「ん、どうしたそんなに畏まって?」
「その…………ずっと言おうと思ってたのですが……」「師匠っ! は、早くッ着替えて着替えて!!」「「でないと見え──────」」
「あッ、ちょっ──────」
数秒後、ただでさえ電気でビリビリになっていた真也の服がそれ以上ビリビリしなくなるのだがそれはまた別の事案である。
本日より本編との同時連載が決定! 今後ともイレギュラーズ・プロジェクトを宜しくお願いします!