第二話 入国式
ちょっと少ないけど投稿。
最先端とまで言える科学技術を屈指した街並み、看板に書かれた『学園』の文字を追っていくワーズナーは一人を抱え二人の荷物を背負っていいても猶、速かった。
「ここ曲がったら大通り――――〈光の道〉だぞ」
〈ワークエージェント〉のありとあらゆる場所に通じているとても広い一本道、『学園』と記されたアスファルトを見れば背の高い塀の奥に見える巨大な城。
そして反対方向には職業別での訓練を可能にした〈修練ドーム〉が建てられている。
「あぁ……確か――――」
ワーズナーの脳裏に浮かんだ〝入国式〟の予定と、今すべき最善の行動を重ね合わせると荷物を抱えたまま一直線に〈修練ドーム〉へと駆け出した。
だが、時間を確認してなかったワーズナーには一つだけ見落としたことがあった。それはもう目と鼻の先にある巨大なドームの中から聞こえた拍手喝采である。
「チッ……終わったか?」
時間を忘れてしまうほどゆったりとした空間だった喫茶店『フレイバー』と同じ感覚で予定を照らし合わせてしまったのだ。
「おいルディ。着いたけどもう間に合いそうにない、どうする?」
〝入国式〟に出なければ学園都市〈ワークエージェント〉では、不法入国者という扱いになってしまう。
もちろん罪を問われ場合は即死刑判定を下されるほどの重罪だ。
「目の前にあんのになぁ……」
〈修練ドーム〉の中へ入るためには二人の目の前にある自動ドアを潜って行かなければならないが、ここは科学技術が発展している。だからこそ勝手に何かをすることが危険だと判断してワーズナーは何もしなかった。
「……面倒だな、ここで待つって言っても状況が変わらないしな」
「誰か来てくれ――――あっ!」
「どうした?」
「ここに〝ビーストテイマー〟たちはいるかな?」
「そりゃ……いるだろ。『調教』職は順位が低くても絶対に必要な職だ、色んな種類の契約獣がいるだろうよ。動物から魔獣までな」
「なら大丈夫そうだ。ワーズナー、俺に期待してていいぜ?」
ルディークの得意気な表情には無邪気さしかない――――だからこそ、ワーズナーの体からは嫌な汗が流れた。
「お、おい……まさか」
ルディークの体から放出された、自分を覆うような濃い魔力。
そし淡く輝き出す薬指の〝聖痕〟。
「みんな、俺たちを助けてくれ」
たった一言。
「そんな言葉で何が変わるのか?」そう問われてしまえば、皆がきっと「変わらない」と同じ回答をするだろう。きっと、ルディークという男のことを知らなければ意味もないと罵るだろう。哀れだと蔑むだろう。
だが――――ワーズナーは知っている。
『契約王』という職業の伝説を……、そして隣に立っているルディークのことを……。
――――ワォォォオオゥゥ!!
猛々しい獣の鳴き声が空に響き渡った。
〈修練ドーム〉から聞こえていた拍手の音は聞こえなくなり、物凄い盛り上がりと興奮を表していた喝采は動揺と困惑が混ざり合う騒音へと変わり果てた。
「バカ……お前、さっそく目立ってんじゃねぇかよ!」
「いいんだよ。これくらいで目立つんならお前だって色んな意味で目立つだろうが」
「…………何も言えねぇ」
「ほら、そろそろ迎えに来るぞ」
警戒していて近づくことをしなかった自動ドアの内側から疾走してくる二つ影が見えた。
そして機械音とともにドアがスライドすると、
「おぉ! 俺はつくづく運がいいぞ、二人そろって良いモフモフだ」
漆黒の毛並みに身を包む二匹の狼が座って待っていた。
「んじゃ、行くか」
◆
〈修練ドーム〉会場内では――――約一万人もの数がいるのにも関わらず、まるで真夜中に先の見えない細道を一人で怯えながら歩いているような静けさがあった。
『戦闘』職の者は迷わずに得物を抜いて警戒している者もいれば、その逆に動揺を隠し切れずに周りをキョロキョロと見渡している者もいる。
そして一人の男が叫んだ。
「どうなってんだッ!!」
辺りに響き渡るほどの大きさなのか、はたまた周りが静かすぎるだけなのか。その男の叫びはやけに大きく聞こえた。
「どうなってんだって聞いてんだよッ!!」
誰に、どこに向かって言っているかは火を見るよりも明らかであった。
自らが契約した〝獣〟を操ることが出来る職業――――『調教』職の約五百人の者たちにだ。
ドームにいた全ての人間が目にした〝獣〟の雄叫び、何がそこまで焦らせるのか……?
それはこのドームの中にいる全ての〝獣〟が何かに向かって反応したのだ。
「ちゃんと躾はしてんだろうなぁ!! おい!!」
『戦闘』職である一人の男が、非戦闘職の『調教』職へと圧力をかけていくと、その圧力は電線していき一万の中のたった五百しかいない『調教』職の者たちが罵詈雑言を投げかけられる。
中には、下らなそうにしている者もいるかもしれない。
それでも何が起きたのか分かっていないの『調教』職の者も同じ……、耳を塞ぎたくなるほどの罵声の中、静かに言い返す者もいた。
「――――静まれ」
だが、その喧騒の中――――〈修練ドーム〉の中心に立つ人物は動揺の欠片も感じさせない力強い言葉を発した。
「私はこの現象を聞いている」
白金色の長い髪、世にも珍しい深紅の瞳。
十七という若さにて数々の武勲を上げ、国王から授与された〈レットドラゴン・エンブレム〉を左肩に装飾している。
「安心しろ。私がここにいる――――この……『戦乙女』グローリア・ランスロットがな」
『戦闘』職の『|戦乙女《ヴァルキュリア』という特殊職にして、学園都市〈ワークエージェント〉の中で最強とまで言える存在。
混濁となり、喧噪が渦巻く〈修練ドーム〉の約一万名がグローリアの言葉で静けさと安心を取り戻した。
「聞け、お前たち。どうやら〝入国式〟に遅れて……しかも狙ったかのような終わり際に姿を現したようだ。ありがたい国王のお言葉も、〈ワークエージェント〉を代表する我々の説明も全て取っ払ってだ――――だが、今のように動揺することも、怒りに身を任せることも、寄ってたかって罵声を浴びせることも、全てするな」
ドーム内の雰囲気が告げる困惑の空気。
その〝困惑〟にはどのような困惑が含められているのかは、表情と態度を見ればよく分かった。
ここにいる|強者だと思い込んでいる《・・・・・・・・・・・》者たちの「納得がいかない」という、隠しきれていない悪意。
そういったことに対して職業柄、敏感に反応するグローリアは更に釘を刺すように、
「……その全ては、どれも〝弱者〟が行うことだ」
その最後の言葉に場の空気が完全に静かになった。
それぞれに誇りも持っている者たち、主に『戦闘』職の者たちの心には深く突き刺さったことだろう。
「(――――さて、そろそろ来るか?)」
〈修練ドーム〉の会場入り口に視線を移すと、グローリアの目測に合わせたかのように二匹の魔獣と二人の男が堂々と現れた……
書いたあとに確信したんだけどさ、自分が思い描く場面まで程遠いわ。