アフーム=ザー
「御犬君達は大丈夫なのか?」
山の中腹にある洞窟内にブルム達は逃げ込んでいた。お菊さんの治療によって、ハスターは自力で歩ける程度は回復している。
「クトゥグアは炎なんでしょ?御犬も炎使いだし、直ぐには負けないでしょ」
膝の上に乗せた根子の頭を撫でながらブルムが言った。
「御犬君はケルベロスの力を持っている。クトゥグアがどのくらい強いかは知らないが、”地獄の業火”を使う御犬君なら、同等以上の戦いができるだろう。それに二兎ちゃんはカーバンクル。カーバンクルの素早さはUMA一とも言われている。上手くサポートしてくれるだろう」
「あんたはここで休憩をとって、回復したらみんなで手助けに行きましょう」
ゴートマンは洞窟の外を見張っていて、ブルムも手伝っていた。お菊さんはニャルと薬の調合をしている。
「回復するまでに、クトゥグアについて教えてよ」
見張りを続けながらブルムが聞いた。
「クトゥグアは、ルルイエで四天王(笑)に数えられている」
「ハスターとニャルもそうだったわね」
「四天王というのは遊びでつけたんじゃない。実力は本物だ。クトゥグアは“星焼きの業火”という高温を操る。クトゥグアが本気を出せば、この星も黒焦げになるだろう。そうなったらクトゥグアもただでは済まないだろうがな」
「最終奥義ってやつね。それは使わないでしょ?」
「ああ。クトゥグアは相手を甚振るのが好きだ。高威力はあまり出さない。だが、本気で切れたらどうなるかはわからない」
「…どっちにしろ私達はクトゥグアを倒さないといけない。そうなれば絶対に使って来るんじゃないかしら?今のうちに対策を考えておかないと」
お菊さんがハスターにクトゥグア対策を聞いた。
「“星焼きの業火”は、超高温の業火を操る技。クトゥグアはよく巨大な球体にして使っている。やろうと思えば剣や鞭のように使うこともできる。でもクトゥグアはそうゆう細かい作業が苦手だからな。単純な攻撃力で使うだろう」
「単純な攻撃力?だったら二兎姉の岩石か宝石で防げる?」
「ただの岩石だと駄目だな。超高温で溶ける。宝石でも時間稼ぎくらいしかできないだろう」
「威力を弱めることはできるようだな。色んな攻撃で”星焼きの業火”を打ち消すしかないだろう」
「それしかないな」
「魔力、足りる?」
今度は根子がハスターに聞いた。
「わからないが、一度“星焼きの業火”を使ったら数日は使えなくなる。さらに大量の魔力を使うから動きも鈍くなるし、攻撃の威力も下がる。クトゥグアの“星焼きの業火”を防ぎきったら勝てるだろう」
ハスターは立ち上がった。
「俺も体力は大分回復した。そろそろ合流したほうがいいんじゃないか?」
「まだ駄目よ。完全にとは言わないけど、もっと休んだ方がいいわ。今のままだと大きな攻撃はできないわよ?」
「しかし、御犬君達が…」
「二兎がいれば時間を稼げるわ。二兎はかなり素早いから、クトゥグアを錯乱させることができるわ。時間を稼いでくれてるんだから、休んだら?」
「ピンチになったら向こうから来るわ。その時に戦えばいいじゃないの」
「少し呑気過ぎないか?地球が消失するかもしれないんだぞ?」
ハスターは若干、焦りだしていた。地球がなくなるのはハスターも阻止したいことだった。
「だからって慌ててもどうにもならないわ。私達はここで力を貯めて、御犬と二兎がピンチになったら交代するの。クトゥグアは一人なんだから、そうやって交代で戦えば魔力を温存できるわ」
「…二兎ちゃん意外に、クトゥルフ神話に詳しい人はいないのか?」
ハスターが真剣な表情で言った。
「そうね…一番詳しいのは二兎ね。御犬も一応知ってるみたいだけど、深くまでは知らないんじゃない?」
「なら、炎の吸血鬼は知っているか?」
「……ハスター、まちゃか」
「何よ、その吸血鬼って?血でも吸うの?」
「いや。姿がコウモリに似ているだけで、血は吸わない。炎の吸血鬼はクトゥルフの配下の生物で、小さい炎を操る」
「それがいるのか?今、クトゥグアの近くに?」
「さっきはいなかったが、クトゥグアが呼べば大群で来る。一匹だと普通の人間でも倒せるが、集団だと厄介な相手だ」
「御犬も二兎も周囲に同時攻撃出来るわ。それにハスターとニャルもできるでしょ?私だって範囲は狭いけどできるし、あんまり驚異にはならなさそうね」
「攻撃手段は小さな炎だけか?」
「主に火の玉と、自爆だな。自爆は敵の近くで爆発するが、威力は小さくて人間でも火傷程度で済む。ただ囲まれた状態だと全身に攻撃される」
「とにかく囲まれないようにしないといけないわね」
「だが、炎の吸血鬼は小さく小回りがきく。囲まれないようにするよりは囲まれても防御できるようにしておいたほうがいい」
「それだと、やはり御犬君や二兎ちゃん、ハスターの力で体を包むしかないな」
「私達は囲まれない努力もしないといけないわね。囲まれる度に頼んでいられないわ」
「そうか、それなら…」
「ん?…何かこっちに来るぞ」
「なにあれ?小さいのがいっぱい…まるでコウモリの群れみたい……」
ゴートマンとブルムは同時に顔を見合わせ、洞窟の入口の岩に隠れるようにしてからハスターを振り返った。
「ハスター…あれってまさか……」
ハスターも入口の陰からその大群を確認する。
「…間違いない。炎の吸血鬼だ。頂上に向かってるようだな」
「じゃあ、クトゥグアが?」
「ああ、そのようだ。急いで頂上に向かおう」
炎の吸血鬼が頭上を通り過ぎたのを確認して、ハスター達は頂上に向かった。
「ここは山の中腹だが、頂上までは直ぐだろう。それにいつ炎の吸血鬼が襲って来るかわからない。戦闘態勢でいた方がいい」
ブルムと根子は人間の姿で鋭い爪を出し、ハスターは風を纏っている。ハスターによると、ニャルは土を操れるが、纏うことはできないらしい。ニャルはお菊さんと一緒に移動している。
「私は、帰った方がいいかしら?戦闘では足でまといだわ」
「でも、お菊さんがいないといざという時に治療ができないわ。私と根子で守るから」
「悪いわね、ブルムちゃん」
「私も、頑張る。一緒にやろ?ニャル」
「うん。わかった。ねきょ」
「なにその噛み方?」
根子とニャルは同い年だからか、いつの間にか仲良くなっていた。
「鬱陶しいな、この兎」
山の頂上。クトゥグア対御犬、二兎。クトゥグアは二兎の電光石火の攻撃と御犬の複数黒炎攻撃に翻弄されていた。
「なにこの素早さ。ルルイエでもこんなのいないのに…」
「カーバンクルは攻撃力、防御力共にUMAでは最低ランクだ。ただし石の扱いには長けていて、それ以上にその素早さはUMA一だ。人間はカーバンクルがどんな姿をしているかすら知らない程だからな」
「確かに素早さは認める。でも、それだけじゃ私には勝てない」
頂上に、コウモリのような生き物の大群が集まってきた。
「なんだ、こいつら?」
「多分、炎の吸血鬼です。クトゥグアに仕えるしもべ達です」
「本当に詳しい。その通り、こいつらは炎の吸血鬼。一匹の能力はあてにらないけど、大群の吸血鬼を防げる?」
クトゥグアが御犬を指差すと、炎の吸血鬼が数匹、御犬に火の玉を放つ。しかし御犬は、その火の玉を黒炎で簡単に払った。
「ね?威力は無いに等しいでしょ?」
「確かにな。こんなの人間の子どもでも勝てる」
頂上には、既に大量の炎の吸血鬼が集まっていた。
「だから、大群でいるんだな?塵も積もれば山となる、小さいダメージも積み重ねれば大きなダメージになる」
「なかなか頭いいじゃん。でも、それだけじゃない。こいつらにはもう一つ、有効な使い方があるの」
吸血鬼達が御犬を囲むようにして集まった。
「あの火の玉くらいなら、こんな数匹だと大したダメージにならないぞ?」
「もう一つ使い方があるって言ったでしょ?」
吸血鬼がいきなり燃え出した。
「こいつらはね、自爆できるの。時間が少しかかるし威力も大したものじゃないけど、囲まれたときに受ければ全身を焼かれる。ダメージも死なない程度に弱らせることができる。私に合った隷だと思わない?」
「それはヤバいな…数が多すぎて逃げ切れない。一か八か突撃するか…」
「ケンさん、すいません。これは私一人ではどうしようもありません!」
電光石火の体当たりで吸血鬼を一匹ずつ倒しながら二兎が叫んだ。
「突撃しても無駄。爆発の中に突っ込んで余計にダメージを受けるだけ。逃げなくてもダメージを受けるけど」
クトゥグアは、自身の周りに業火の火の玉をいくつか作り出した。御犬に狙いを定める。
「あんたを始末しちゃえば、あとは早いだけの兎一匹。逃げたのは弱いUMAと傷付いた邪神一人、弱い邪神一人。あとは簡単」
クトゥグアは笑いながら火の玉を御犬に放った。御犬はそれを黒炎で打ち消す。
「クトゥグア、お前はUMAを心の底から見下してるんだな。でも、UMAだってそう簡単にはやられないさ。いろんな種族がいて、いろんな戦い方をそれぞれ持ってるんだ。単体のお前に負けるなんてありえないな」
御犬は黒炎で山道に続く道にいる吸血鬼を数匹弾き飛ばした。そこには吸血鬼のいないスペースができた。
「ハスター達は別に逃げたんじゃない。戦略的撤退だ」
ハスター達が下って行った山道から、ゴートマンが頂上に飛び出し、その勢いのまま吸血鬼を太い腕で撃ち落とした。
「御犬君、無事のようだね。二兎ちゃんは…どこ?」
「あ、ここにいます」
吸血鬼を倒していた二兎が御犬の傍で止まった。
「ああ、そこにいたのか。早くてわからなかった」
吸血鬼がまた御犬達を囲んだ。少し離れているゴートマンも囲まれつつある。
「そんなでかい体、簡単に囲めちゃう」
しかしゴートマンを囲もうとしていた吸血鬼は、地面から噴出した土で落とされた。
「この攻撃…ニャル?」
クトゥグアは少し驚いたように、ゴートマンが来た山道を見た。そこにはハスターとブルム、後ろにお菊さんと根子、ニャルがいた。
「本当、沢山いる。でも勝てる、と思う」
「あのおっきい犬、おいにゅなの?あの兎は二兎?」
「あれがUMAの本当の姿か…なかなかのものだな」
「ハスター!なんでそんなに元気なの⁉あんなに甚振ったのに!」
「UMAの医療術もなかなかだったぞ?こんな情報はルルイエにはなかったな
「…っち。まあいいや。どうせハスターだし。また甚振ってあげる」
吸血鬼がハスター達も囲んで自爆を試みた。しかし吸血鬼は、突然地面に落ちた。
「…!何?なんでいきなり?」
「超音波よ」
クトゥグアの疑問に答えたのはブルムだった。
「コウモリは超音波を使って障害物を感知する。炎の吸血鬼はコウモリに似てるから、聞くかな~って思って。でも思った以上の効果だわ。本当に弱いのね」
「ブルム、お前ピンポイントの超音波は苦手なんじゃなかったのか?」
「使ったのは超低威力の超音波よ。それでも落ちちゃうなんて、想像外だわ」
そう言ってブルムは、今度は御犬の周りの吸血鬼を攻撃した。吸血鬼はその場で小さく爆発した。自爆ほどの威力もなく、御犬にダメージはない。
「な、何それ?そんな能力を持ったUMAがいるなんて…」
うろたえたクトゥグアにハスターが言った。
「クトゥグア、お前UMAを見くびって資料殆ど見てないだろ?UMAの種類も数種類しか知らないんじゃないか?」
ブルムはさらに攻撃し、頂上にいる吸血鬼の殆どが倒れ、小さな爆発と友に消滅した。ハスター達は御犬の傍に移動する。
「そ、そんなの、当り前!UMAみたいな下等生物、資料を見なくても楽勝!」
「その割には手こずってるな。ケルベロスもカーバンクルも知らなかったんだろ?だから攻撃方法の予想もできなかった」
「う、うるさいうるさいうるさい!」
クトゥグアは両手を右わき腹のあたりに構えた。そこから業火を両手に集める。
「私には“星焼きの業火”がある!これを受けて倒れなかった奴は今までにいなかった」
両手をわき腹から御犬達がいる前方に伸ばした。両手から超高温の業火、“星焼きの業火”のビームが放たれる。
「そんなの!」
御犬は右足を足踏みし、ビームの軌道上にいくつも“地獄の業火”を噴出させた。さらにハスターがビームに突風を当て、二兎が自分達の目の前に巨大な宝石を出現させて防御をする。ビームは宝石を少し溶かしたが、途中で消滅した。
「どうだ、クトゥグア。UMAはこうやって力を合わせて、どんな敵とも戦うことができる。決して下等生物なんかじゃない!」
二兎が宝石を土に戻してクトゥグアの驚く顔が見えた時、ハスターがそう叫んだ。
「ありえない!威力を抑えていたとはいえ、“星焼きの業火”を防ぎきるなんて…」
「お前は所詮その程度だったんだよ。UMAを見縊るなよ?お前が考えてる何倍もUMAは強いからな!」
「…その程度?私は威力を抑えていただけ!本当はもっと強い!」
クトゥグアが業火に包まれ、業火は灰色の業火に変化した。
「マズイな…クトゥグアが本格的にキレた」
「ブルブル……あのちゅがた、嫌だ。怖い」
「ね、ねえハスター。何なの、あの姿……」
灰色の業火を纏ったクトゥグアの背中から巨大な翼が生えた。クトゥグアは空中に浮かぶ。
「あれはアフーム=ザーだ。クトゥグアの最終形態。本気で相手を叩き潰す姿」
「アフーム=ザーって、確か神話ではクトゥグアが産み落とした、青白く光る灰色の炎ですよね?クトゥグアと同一人物だったんですか?」
「神話は所詮言い伝えだ。間違って伝わることもある」
「どうするんだ?どんどん姿を変えているぞ?」
クトゥグアは巨大な翼の他に、強靭な鉤爪を持つ二本の脚を新しく生やしていた。今は業火の首が上に伸び、顔が作られている。
「みんな、今のうちにできるだけ攻撃するんだ。今はクトゥグアは無防備だが、アフームになると攻撃力も防御力も大幅にあがる。クトゥグアの本体は体の中央、腹のあたりにいるはずだ」
「とにかく、やるしかないみたいね」
御犬と二兎がそれぞれ、黒炎と宝石をアフームに飛ばす。ブルムは超音波を飛ばし、ハスターとニャルも風と土で攻撃をした。アフームは避けることなく、全てを受けた。それでもアフームは、全く動かない。
「全部業火で焼かれてるんじゃないの?」
「クトゥグアの業火はそこまで高温じゃない。“星焼きの業火”だけが特別に超高温なだけだ」
ハスターは風の刃でアフームの体の真ん中を狙った。風の刃は業火の中に消える。
「少しだがダメージは絶対に受けている。アフームが動いても本体を優先して攻撃するんだ。業火の翼を斬ってもまた生えてくるぞ」
「本体を倒さないと業火は消えないのか?」
「ああ、厄介なことにな」
アフームは既に頭の殆どが出来上がっていた。
「アフーム=ザーは巨大な鳥の姿をしている。あと数分で完成するだろう」
「完成したらどうなるんだ?いきなり地球を破壊するのか?」
黒炎やかまいたちを打ちながら御犬達は会話をしている。
「アフーム=ザーだって完璧じゃないからな。そんなことはできない。ただ、攻撃は強力になる。下手をすれば一撃で消し炭になる」
「ほんちょうに、怖い相手。ブルブル」
「今更ですけど、逃げるって選択肢はなかったんですか?」
「ないな。逃げたところでいつか捕まって甚振られて殺されるだけだ。アフーム=ザーは姿が完成しても数分は動けないらしい。最初から戦った方が勝つ可能性は高い」
「ダメージの蓄積ですね。私の戦い方と同じです。本体だけを狙うのも、業火を狙ってもほぼ無意味なのとは別に、一か所にダメージを溜めることでより大きなダメージを与えるため」
「そうだ。業火を斬れば再生するのに体力を使うが、それよりダメージを与えるのが最優先だ。ニャルや根子ちゃん、ゴートマンは本体への攻撃は難しいだろう。業火を攻撃してくれ」
「私達、戦力外?」
「違うわ根子。適材適所よ」
「業火か…熱そうだな。素手で行けるか?」
「岩を投げても大丈夫。斬らなくても、業火を弾きとびゃせばいい」
アフーム=ザーの頭が完成に近付いている。
「なるほど。窒息消火法みたいなものか。それならできそうだ」
ゴートマンは周りにあった岩をどんどんアフームの腹から脚にかけて投げ出した。
「ニャルもがんばりゃないと」
ニャルはゴートマンの窒息消火を手伝うため、噛みながらも地面から大量の土をアフームの脚にかけだした。ニャルと似ている岩使いの二兎も、岩や作り出した宝石を同じ場所にぶつけている。
「…二兎。アフームが飛たっちゃら、ニャルは攻撃できない。その時は、ニャルの傍にいて」
「え、うん。わかった。でも何で?」
「ニャル、まだ地面からしかちゅちを出せない。真上に土を飛ばせるたかちゃも限界がある。だから、ニャルの攻撃が届かなくなっちゃら、ニャルと協力して攻撃する」
「ニャルちゃん。頑張ってるみたいだけど一文に一回は噛んでるよ?」
「むう…理解できにゃい。なんで噛むのか…」
「そろそろアフーム=ザーが完成するぞ。気を付けろ」
ハスターがそう言った時、アフーム=ザーの頭が完成した。首が動いた。巨大な翼と強靭な脚、長い嘴を持つアフーム=ザーは、姿が完成しても目を閉じたままじっとしている。
「じっとしているのは二、三分だけだ。この間では倒すどころか、業火を落とすこともできないだろう。ダメージを溜めておけ」
御犬達はさらに攻撃を続けた。三分経ち、アフーム=ザーが金色の目を開けた。
「…結構攻撃したみたいだけど、成果はあった?」
アフームが嘴を動かして喋った。
「お前は業火だからな。この時点でお前に深刻なダメージを与えられる奴はそうそういない。そんな奴はそれこそ神と名乗れるだろうな」
「邪神が何を言ってんの?」
「それもそうだな。ただ、業火は俺の風とは少し相性が悪い」
ハスターが無数の風の刃をアフームに放つ。風の刃の殆どはアフームの業火によってかき消されたが、いくつかはアフームに直撃した。
「でもお前は、アフーム=ザーになったら攻撃力が上がる代わりに素早さが下がる。一対多の戦いには不向きなはずだ」
「敵は殆どがUMA。少し動きが遅くなるくらいハンデにもならない」
アフームがそう言った時、アフームの右脚が弾けとんだ。
「脚が…なんでこんなに早く…?」
「相乗効果。ニャルのちかりゃ」
ニャルは、獣の姿をした二兎を抱えていた。ニャルの周りには小さな宝石や石礫が宙に浮かんでいる。
「ニャルは土をちゅかさどる邪神。岩も宝石も、砕けばちゅちくれ」
「土の力と岩の力を合わせたってこと?UMAと邪神の合体技?」
アフームは新しい右脚を業火で作り、軽く笑いながら言った。
「凄いです。威力もスピードも桁違い。自分の技じゃないようです」
ニャルに抱えられた二兎が言った。
「へえ。確かに高威力。私の業火を消すなんて」
アフームは翼をゆっくりと羽ばたかせて、数m宙に飛んだ。
「この星は引力が強くて、あまり飛べない」
アフームは宙に浮いたまま停止し、翼を大きく広げた。翼からは業火の火の玉が幾つも飛び出し、御犬達を襲う。御犬達は黒炎や風、岩で防いだ。
「わかった。UMAにも強いのはいる」
さらに火の玉を出した。今度は青い色をしている。火の玉は宙に浮かんだまま停止している。
「確かに、私は見縊っていた。お前達は、甚振らずに殺さないといけない」
火の玉がアフームの目の前に集まり、巨大な青い火の玉になった。さらにアフームの体から、青白い業火が火の玉に集まる。
「まずい、あれは“星焼きの業火”だ!」
「あの攻撃は、周囲の物を焼きちゅくす」
ニャルが震えて、怯えだした。
「ニャルちゃん、大丈夫?」
「あの攻撃、ちょらうま…ぶるぶる」
「ニャルは一度、偶然だがあの攻撃で死にかけているんだ」
風の刃を“星焼きの業火”に叩き込みながらハスターが言った。
「それ以来、ニャルはアフーム=ザーを何よりも怖がっている。クトゥグアのことは種族的に怖がっていたがな」
二兎はニャルの力を借りて、大きめの宝石を幾つも作り出した。それを“星焼きの業火”に打ち込む。さらに御犬は黒炎を、ゴートマンはその辺にあった巨大な岩を投げつけていた。
「そんな攻撃、無駄。業火でなんでも焼き尽くす」
アフームは“星焼きの業火”を完成させた。そして、嘲笑う。
「燃えて?」
“星焼きの業火”から、火の鳥の形をした業火が数匹出てきた。
「何?お前、そんな器用なことできるのか?」
ハスターが驚いて言った。
「馬鹿にしてるの?このくらいできる」
「いつもそのままぶつけてただろ」
「…正直、私は戸惑っている。こいつらには単純な攻撃力では勝てない。そう認めざるを得ない。悔しいけど」
火の鳥が襲いかかってくる。ハスターは風の刃で一匹を切り裂き、御犬は黒炎で二匹を吹き飛ばした。数匹はまだアフームの周りを飛んでいる。
「私だって単純な馬鹿じゃないの。戦略ぐらい考えられる」
「ふん。どうせ大した作戦じゃないだろ?ニャルより学力が低いお前に、ちゃんとした戦略が考えられるとは思えないな」
「学力と戦略は関係ない!」
火の鳥がまた襲いかかってくる。ハスターや御犬はまたその火の鳥を消失させる。
「…この程度の攻撃じゃなんともないんだ?」
アフームは次に、”星焼きの業火”から青白い光線を放った。その光線は御犬を狙っていたが、御犬はなんとかかわした。
「早い上に熱い。直撃したら焼けるぞ。気を付けろ!」
「そりゃ、業火だもんな。星を焼くほどの」
アフームがさらに光線を放つ。
「二兎ちゃん。宝石で防ぐんだ。あの光線は高熱だが、厚いものは貫通できない、はずだ」
「はずだって、確信はないんですか?」
「“星焼きの業火”からの光線は初めて見た。だがそれ以外でなら見たことがある。あいつの光線は貫通できないが反射はする。危険だったら逃げてくれ」
光線が二兎の宝石に当たった。光線は宝石を貫通せず、少し宝石を焼いてから反射し、地面に当たった。
「光線でも駄目なの?だったら…」
今度は”星焼きの業火”から、高温の業火が吹き出してきた。
「火炎放射か…」
ハスターが風の刃で火炎放射を切り裂いた。しかし火の粉が御犬達を襲う。
「あっつ!ちょっとハスター!気を付けてよ!」
「無茶言うな。これが限界だ。もろにくらうよりはましだろ。我慢しろ」
「毛が燃えちゃいます」
「そっか。火の鳥とか光線は防げるけど、火炎放射なら防ぎきれないんだ……」
アフームは、また火炎放射を繰り出した。さっきよりも攻撃範囲が広く、威力も高い。
「くっ!」
ハスターが風の刃で切るが、範囲が広すぎて一部分しか防げていない。御犬が黒炎を飛ばすが、それも一部分しか防げなかった。
「くそ!範囲が広すぎる!」
「ニャルも!」
ニャルが地面から土を噴射させ、土のカーテンを作って火炎放射を防いだ。さっきと同じように火の粉は飛んできたが、誰も直撃はしなかった。
「…ニャルのこと忘れてた。一応、私と対になるニャルラトテップだったっけ」
アフームは“星焼きの業火”をさらに巨大化した。
「やっぱり、一気にやっちゃった方がいいいみたい。全部、一瞬で燃やす」
“星焼きの業火”がアフームの頭上に移動した。業火は青白い光を放っている。
「地球には、手強い生物がいる。ここにいる全員を殺しても、他のが出てくる。だから、一気に全部燃やす」
「地球を破壊する気か!」
「そう。この星の生物は、酸素がないと生きていけない。だから地球を破壊して、酸素も焼き尽くす。ハスターとニャルは残るかもしれないけど、ニャルは土がないと戦えないし、楽勝」
「そんな勝手に破壊したら、クトゥルーに怒られるんじゃないか?あいつは怒らせない方がいいぞ」
「確かに、クトゥルーは水だし苦手だけど、私と対になってるわけじゃない。あんな頑固親父、どうにかなる」
アフームが“星焼きの業火”を御犬達に向けて放つ。“星焼きの業火”はゆっくりと御犬達に向けて降りてきた。
「ハスター、あれは破壊できないのか?」
「無理だ。あれを破壊できる奴は殆どいない。クトゥルーなら水で無力化できるが…」
「ならアフームを倒せば」
「それも無駄だ。例え倒しても“星焼きの業火”は消えない」
「まさか、本当に終わるのか?」
“星焼きの業火”が近付いてくる。
「この老いぼれの命と引き換えに、ってわけにもいかなそうね」
後ろでずっと様子を見ていたお菊さんも、不安そうに言った。
「なら、イチかバチか!」
御犬は前肢で地面を強く踏んだ。御犬の前方の地面から、黒い業火が大量に吹き出した。
「“地獄の業火”奥義、獄龍!」
“地獄の業火”は高くまで吹き上がり、一つになった。龍の姿をした業火は“星焼きの業火”に襲いかかった。二つの業火はぶつかり合い、火の粉が周りに降り注いだ。
「獄龍?凄そうな名前だけど、四天王を笑えないと思う」
「仕方ないだろ!いにしえ、そうゆう決まりなんだよ!」
やがて、二つの業火はお互いに弾け飛び、青い火花と黒い火花が飛び散った。
「まさか“星焼きの業火”を破壊するなんて…」
アフームは流石に驚いたようだった。声が僅かに震えている。
「目には目を、業火には業火を、ということか。ルルイエに“星焼きの業火”を破壊できる奴は数える程しかいないが、UMAにはもっといるようだな」
「ありえない。私が、こんな奴らに負けるなんて…」
突然、アフームが光りだした。アフームの周りには、小さな業火の火の鳥が無数に出現し、アフームの周りを飛んでいる。
「あとはもう、最終手段しかない。犬はもう魔力切れみたいだし。これなら防がれることはない」
アフームと火の鳥が白くなり、山の頂上の温度が急上昇する。
「これは…まさか…」
ハスターが竜巻を起こし、アフームに放つ。竜巻はアフームに当たる直前で消失した。
「無駄。私はもう止まらない」
「ハスター、なんなの、あれ!」
ニャル、二兎、根子をゴートマンと守るようにしていたブルムが叫ぶ。
「クトゥグアの最終奥義、ビッグバンだ。己の命をかえりみずに、周囲の敵を一掃する」
「なんだ、それ?」
「早い話が、自爆だ」
「自爆⁉そこまで追い詰められていたのか」
ゴートマンも驚愕の声をあげる。
「っていうかあいつ、どんだけ技持ってんだよ……」
「クトゥグアの自爆は、自分が炎だから自分で規模を変えられる。小さければ自分の周囲1m程度まで小さくできるが、これは地球を破壊できるレベルだ」
「そう。規模が小さければ私の命に危険はない。でもこれだけの規模なら、まず無事では済まない。それでも、ここにいる奴は殺さないと、私の気が収まらない!」
温度がどんどん上昇していく。
「あっつ…」
ブルムがよろけ、その場で崩れ落ちる。二兎とニャル、根子も同じように崩れ落ちた。お菊さんもだるそうに座り込んでいる。
「どうしたんだ、みんな?」
「温度が高すぎるんだ。子どもと毛皮の二兎ちゃんには特に厳しいだろう」
「私、子どもじゃ、ない…」
「あちゅい……」
「なんで私まで…」
「暑いです…人間の姿に戻る元気もありません」
「とても逃げ切れないわね。どうするの、御犬君?」
「どうするって…動けるのは俺とゴートマンとハスターだけど、俺は魔力切れだから流石に全員を抱えて逃げれないし、俺の“地獄の業火”ももう使えないし…」
「そう!その顔!」
アフームが叫んだ。
「その、どうしようもできずに困り果てる顔。それが見たかった。今からでも自爆をやめて甚振りたい!自爆はもうやめられないけど」
「お前、本気なのか!本気で地球を壊すのか!」
「さっきも言ったでしょ?クトゥルーも怖くない。あんな頑固親父、楽勝」
「失礼だな、お前は」
アフームとハスターが叫び合う中、突然若い男性の声が聞こえた。その瞬間、急に豪雨が山の頂上にだけ降り注いだ。
「なにこれ?ゲリラ豪雨?」
崩れ落ちていたブルムがそう言った。雨が降ったからか、温度が下がったためブルム達は少し元気になっているようだった。
「ずぶ濡れです。毛が水を吸いすぎて人間に戻れません」
「ニャルも…土はみじゅに弱い…」
「お前ら、夏は大変そうだな。猛暑とか梅雨とか」
「私は獣の姿にならなければ雨は大丈夫です。それより、さっきの声は…」
「クトゥルーだ」
二兎の疑問にはハスターが答えた。
「クトゥルーって…確か四天王(笑)のやつだろ?」
「ああ、クトゥグアを追ってきたんだろう」
「その通りだ」
豪雨が止んだ。アフームがいた場所にはぐったりとしたクトゥグアが地面に倒れていて、一人の男性が立っていた。
「悪かったな、ハスター」
「どうゆうつもりだ?お前も俺とニャルを探しに来たのか?」
クトゥルーは笑いながら答えた。
「確かに、俺はお前達を探しに来た。でも、殺すためじゃない」
「ちょっと…クトゥルー…」
ぐったりしていたクトゥグアが目を覚ました。
「目が覚めたか。勝手な行動は困るな」
「だって、地球壊してもいいって…」
「言ってない。お前、いつものように勝手な脳内変換しただろ?俺はハスターとニャルの意思を聞いて来いと言ったんだ」
クトゥルーが右手から水を出してクトゥグアにかけた。クトゥグアは呻いている。もう戦闘意思はないようだった。
「それなのにお前は…まったく。そもそも俺が楽勝とか、地球破壊したらお前死ぬだろ」
クトゥルーは御犬達の方に向き直った。
「ハスター、ニャル、そしてUMA達。迷惑をかけたな」
すまなかった、とクトゥルーは軽く頭を下げた。
「なにこいつ?クトゥグアと全然違うじゃん」
ブルムが立ち上がってそう言った。御犬と二兎は人間の姿に戻り、ニャル達も自分で立っている。
「クトゥルーは俺以上に戦いを好まない。怒らせると手が付けられなくなるがな。止められるのはニャルだけだ」
「確か、ハスターとクトゥルー、ニャルラトテップとクトゥグアが対になってるんですよね?クトゥルーとニャルラトテップにはあまり繋がりがないんじゃ?」
「それは神話の話だ。クトゥルーは一見大人しく、紳士のように見えるが違う」
クトゥルーはハスターが話しているうちに、ニャルのところに向かっていた。敵意はなく、御犬達も危険ではないと思った。
「ニャル…よく、無事で」
「気持ちわりゅい…」
クトゥルーは泣きながら、ニャルに抱きついていた。
「クトゥルーは、重度のロリコンだ。特にニャルには目がないらしい」
困ったようにハスターが言った。