生ける炎
「おじさんの足音がした」
熊二匹を土に埋めてから、御犬達は道の先にあった洞穴に入った。
「それで、時間稼ぎだけでいいって言ったのか」
御犬と二兎は、壁にもたれ掛かっている。まだ体力は回復しきっていない。
「いやしかし、まさかここまで探しに来るとは思わなかったよ」
ゴートマンは笑顔でそう言った。もう依頼者ではなくなったためか、御犬達にはタメ語で話している。
「根子を探して欲しいとお願いした時、私は理性が限界に達していてね。どうにかして落ち着かせようと思って山に隠ったんだ」
「理性って、山に隠って落ち着くものなんですか?」
「精神的な問題だよ。私はゴートマンの中では温厚な方でね。かなりイレギュラーな存在らしい。それでもゴートマンとしての本能はあってね。時々、無性に命を壊したくなってしまうんだ」
「まぁ、ゴートマンなら当然のことよね。そうゆう種族なんだから」
人間の姿に戻ったブルムと根子はお菊さんを手伝って、御犬と二兎の治療をしている。
「森林浴で心を休めるんだ。今はもうだいぶ落ち着いたから、根子や御犬君達と一緒にいても問題はないよ」
「普通のゴートマンならそうはいかないわね。一度暴れたくなると、疲れ果てるまで暴れる種族よ。だからいつもは森や山の奥にいるんでしょ?」
「はは、お菊さんは物知りで。実はこの山にも何人かいてね。ついさっき話をつけて、精神的休息の時だけはここにいていいことになったんだ。さっきも言ったように私はイレギュラーな存在でね。他のゴートマンに襲われないように、ゴートマンの住処には近付かないようにしているんだ」
「イレギュラーな存在だから、ですか?でも、それなら他のゴートマンが騙してて、油断した時に襲われるんじゃ?」
「それはないよ。ゴートマンの種族の中で、むやみに人間界への干渉は禁止されているんだ。人間に正体を知られるのと他のUMAを殺すのは全UMAのタブーだからね」
「例え極悪なゴートマンでも、休息だけはさせないといけないんですね?」
「そうだよ。だから今は安心してここにいれる。それと、ここのゴートマンは今は理性を保っているから、こっちから何もしなければみんなに危害を加えることもないよ」
「おじさん。休息はあとどのくらい?」
「あと一日もあれば大丈夫だよ」
「あ、そうだ」
御犬が突然、思い出したように言った。
「ゴートマン。この山に、昔ルルイエとUMAを数十人殺したゴートマンはいるか?三年くらいルルイエに監禁されてたのが逃げたらしい」
「ルルイエってのはよくわからないが、クトゥルフ神話の宇宙人かい?でも、三年くらい行方不明だったのが最近帰ってきたってここのゴートマンは言ってたな。そいつの可能性はあると思うよ」
「そのゴートマンは、今どこに?」
「死んだらしい。この山の低いところで埋葬されていたって、さっき言っていたよ」
「この山の、低いところ?」
二兎には、思い当たることがあるようだった。
「あの、それってはらわたを食べられていませんでした?」
「え?よくわかったね。傷口から見て恐らく熊だろうって…そういえば、みんなは熊に襲われてたよね?かなり凶暴みたいだったけど」
「…多分、私達が埋めたゴートマンです。見つけたときは既に食べられてましたが」
「じゃあ、さっきの熊は…」
「ええ。あの二匹と、あともう一匹食べた熊がいるわ」
とりあえずの治療を終えたお菊さんがそう答えた。
「一匹はもう埋めてあるし、さっきの二匹も埋めた。これでさらにUMAの魔力を手に入れる熊は出ないわ」
森でお菊さんが採ってきた薬草を片付けていたブルムも会話に加わった。根子は御犬の隣で、雄犬の体をつんつんと突いている。
「とにかく、これで私達もハスターも、ゴートマンを探さなくて良くなったんですね。ハスターの方は、望んだ結果ではありませんが」
二兎がそう言った。
「そうそう。そのハスターはクトゥルフ神話の宇宙人だろ?実在するのかい?」
「はい。さっき言った、三年行方不明だったゴートマンはそのクトゥルフ神話のグループ、ルルイエにルルイエの仲間やUMAを大量に殺したことで監禁されてたんです」
「成程。それで監禁か。仲間を殺されたなら当然のやり方だね」
「それで、御犬君達はそのハスターと協力してゴートマンを探していたのか」
「本当は、ルルイエは地球を狙う敵なんだけどな。ハスターと、一緒にいるニャルは虐殺や嘘が嫌いらしい。他のルルイエメンバーに会ったことはないけど、ハスターは信頼できる」
「御犬君がそういうのなら、その通りなんだろうね。早めにハスターにゴートマンは死んだと伝えた方がいいと思うよ。ハスターはUMAではないから、最悪ここのゴートマンは殺しに掛かるかもしれない」
ゴートマンは穏やかな口調で言った。
「確かに、そうだな。この山は電波があるみたいだし、直ぐに連絡してみる」
御犬は直ぐに携帯電話を取り出したが、洞窟内は流石に圏外だったためブルムの力を借りて洞窟の外に出てから、ハスターに電話をかけた。しかしハスターは電話に出ない。
「御犬君?早かったね」
「いや、電話が繋がらなかった。ハスターも洞窟に入ってるのかな?」
「この山は、頂上付近には洞窟や洞穴が多い。きっとそのどれかに入ってるんだろう」
「きっとニャルも一緒にいるだろうし、休憩してるんじゃない?」
「そうだな。お菊さん、治療はどうですか?」
「もう終わってるわ。御犬君も二兎ちゃんも、普通に歩ける程度は回復してると思うし、もう凶暴な熊はいないだろうから外に出たらどうかしら?」
「私もその案に賛成するよ。外にいれば周りの状況もわかるだろうし」
「私はもう歩けますよ」
「俺ももう一人で歩けるくらいにはなってる。確かに外に出た方がいいな」
御犬達は外に出ることにした。御犬は勿論、二兎も既に自力で歩けるようになっている。
「やっぱり繋がらないな」
外に出てから、御犬がもう一度携帯で連絡をとろうとしたが、ハスターはまた出なかった。
「とりあえず頂上に向かおう」
ゴートマンが言うには、この山の道は合計五つあり、全てがほぼ一本道。全ての道は頂上の広場で一つになっているらしい。
「頂上に行けばハスターもいるかもしれないし、頂上からしか他の道には行けないんだ」
「頂上に行くしかないのね」
「頂上付近には熊や猪は殆どいない。時々鹿が登ってくるくらいだよ」
「なら、安全ですね」
「ああ」
ゴートマンが先頭に立って山道を登っていく。とうとう道には草がなくなり、土や石だらけになっていた。
「なかなか私好みの場所ですね、ここ」
「山だもんな」
頂上を目指す御犬達。動物の姿は全く見えない。
「本当に、何もいない」
「土や石ばかりで、餌がないからね。そろそろ頂上だよ。ほら、見えてきた」
ゴートマンが指差した場所を立ち止まって見ると、巨大な岩が見えた。二兎の壁の数倍はあり、縦に長い。地面に刺さって立っているらしい。
「あの岩には、特に何かあるってわけじゃなくて、ただの岩だよ。壊れようがどうもならない。たまたまあそこにあるだけなんだ」
「目印にはなりますね。あまり意味はありませんが」
その時、頂上にいきなり太い炎の柱が出現した。その後直ぐに、竜巻が起こって炎の柱を消した。
「なんだ、今の?」
「今の竜巻って、もしかしてハスター?」
御犬とブルムが疑問を口に出す。すると二兎が、呟くように言った。
「確か、ハスターは風でニャルラトテップは風、クトゥルーが水を操るはずです。そして炎を操るのが、クトゥグアです。もし、あの炎がクトゥグアのものだったとしたら…」
「でも、ハスターとクトゥグアは仲間のはずだ。なんで戦ってるんだ?」
「ハスターは、嘘や虐殺が嫌いって言ってたわね。でもその考えがルルイエで異常なものだったとしたら、ルルイエから襲われてもおかしくないわ」
「急いで行ったほうがいいな」
御犬達は、頂上までの緩やかな坂道を走り出した。頂上に近付くにつれ、戦闘の音が聞こえてくる。時折、旋風と炎が見える。
「なんかヤバそうな感じがするな」
「うわっ!なんか落ちてきました!」
「ただの落石よ。カーバンクルが石を怖がってどうするのよ」
頂上からは大きめの石や土が落ちてきて、戦闘の激しさが感じられる。
「うわ!また何か落ちてきた!」
「だから石でしょ?」
「石じゃにゃい」
「うわ喋った!ってゆうかこの子、ハスターが連れてたニャルちゃんですよ!」
御犬達が二兎を見ると、二兎はニャルを抱っこしていた。二兎はその場にニャルを降ろす。
「助かっちゃ」
「やっぱり、頂上にいるのはハスターなのか?」
御犬がそう聞くと、ニャルが答えた。
「うん。ハスターとクトゥグアが、上で戦っちぇる。ニャルはハスターが逃がしてくれた」
「頑張って噛まないようにしてるな」
御犬に指摘され、ニャルは御犬の脚を蹴った。子どもなので痛くはないが。
「急がないと危険だな」
「みんな、ハスターを助けちぇ」
「勿論だ。行くぞ!」
寝子をブルムが、ニャルを二兎が抱えて、御犬達はさらに頂上を目指して走った。
「クトゥグアは、ちゅよい。ニャルは元々敵わないし、ハスターも手こずってる」
「ハスターが手こずるって、相当だな」
「でも、クトゥグアは相手をいたぶるのが大ちゅきな変態さん。だから、例えちゅんさつできてもギリギリまで殺さない」
「ドSなのか…でも、それなら勝てなくても逃げるチャンスはあるな」
「クトゥグアから、逃げりぇるの?」
「わかんないけど、どうにかなるんじゃないか?」
「責任感ないわね。もっと真面目に考えなさいよ」
御犬がブルムに怒られた。
「まぁ、どっちにしろ行ってみないとどうもできないからな。俺が先に行くから、後ろにいろよ」
「私は、お菊さんと一番後ろにいます。ニャルちゃん…ニャルラトテップは元々、クトゥグアが天敵のはずですから」
「なら、根子も預けるわ。私は御犬のサポートをするから」
「何があってもお菊さんと子ども二人は守れよ!」
御犬はそう言って、頂上に飛び出した。
「二兎も準備はしておいてよ」
ブルムがまた獣の姿になり、ゴートマンと共に御犬の後を追う。二兎は自身の周りに宝石を幾つか作り出した。
「私達も、頂上にはいた方がいいわね」
お菊さんと二兎、根子とニャルも、頂上に向かった。
「あれがクトゥグアか…」
頂上では、まさに死闘が繰り広げられていた。ただし、死闘だったのはハスターだけで、クトゥグアは息切れすらしていない。ハスターは頂上の広場の中央で、大の字になって血だらけで伸びている。そのハスターの目の前には、体が炎で包まれている若い女性、クトゥグアが立っている。
「ニャル…何、そいつら?」
御犬達に気付いたクトゥグアがニャルにそう聞いた。ニャルは二兎の後ろに隠れて答えた。
「ニャル達の、ちょもだち」
「へぇ…私達とは違った魔力を持ってるみたいだし、もしかしてUMA?」
「ニャルちゃんの噛んだ言葉を理解している…」
二兎が驚いているが、クトゥグアは無視して鼻で笑った。
「UMAって、地球で人間と仲良くやってる下等生物でしょ?そんなのと友達になるなんて、頭おかしいんじゃないの?」
「ちょっと、何よその言い方!馬鹿にしてるの?」
「馬鹿にしてるけど?あんたはどんな下等生物?」
「うっさいわね!二兎!さっさとあいつ生き埋めにしてよ!」
「ええっ!いきなりそんなこと言われても……」
「ブルム、お前なんでそんなに敵意むき出しなんだ?」
そう言いながら御犬は黒炎をクトゥグアに放った。クトゥグアは軽々とその黒炎をかわし、後ろに飛び退いた。御犬はその隙にハスターの元に駆け寄る。御犬に続いてニャル、根子、お菊さん、ブルムと二兎もハスターに駆け寄る。ハスターは力なく「すまない…」と呟いた。
「やっぱり、ただの威嚇か…本当に友達なんだ。ハスターはUMAにとって敵のはずだけど、知らないの?」
「知ってるさ。ルルイエっていうグループの実力者なんだろ。それでお前も四天王(笑)に入ってるって、ハスターが言ってたぞ!」
「お、御犬君、俺は(笑)なんて言ってない」
「…やっぱり四天王なんてなくていいと思う。馬鹿にされてばっかりだし」
呆れながらクトゥグアは右手を手のひらを上にして前に突き出し、掌の上に赤い炎を出した。
「そこにいるUMA達、ハスターとニャルを引き渡してくれたら、命くらいは助けるけどどうする?引き渡しても死ぬ寸前まで甚振るけど」
「それ、どっちも殆ど変わりないですよね?」
「元々お前にハスターとニャルを渡す気なんてない!」
「どうして?敵なのに?差し出せば助かるけど、差し出さないと全員死ぬのに?」
「俺は、ルルイエも俺達UMAも同じだと思ってる」
その言葉を聞いた途端、クトゥグアが業火に包まれた。
「私が、UMAと同じ?何言ってんの?」
「UMAもルルイエも、人間からすれば同じ未確認生命体だ」
「本当に、何言ってんの?」
クトゥグアは怒っていた。一目でわかる。
「人間もUMAも同じ下等生物。だけど私達は違う!私達は邪神、神にも匹敵する力をもってるの!いずれ人間もUMAも普通の動植物も私達にひれふすの!」
「普通の動物は平伏さないだろ」
「植物なら、せいぜいオジギソウくらいじゃないでしょうか」
「意外とお馬鹿さん?」
「五月蝿い!」
クトゥグアが業火の玉を放ってくる。御犬が黒炎で飛んでくる業火を打ち消していく。
「怒ってる割には威力が低いな。まだ本気じゃないってことか?」
「私は無駄に魔力を使いたくないの。最低限の魔力で相手を限界まで甚振ってから殺すのが趣味なの」
「逆に疲れそうだな」
「それに、もしこの地球を破壊しちゃったら、地球を奪う意味がなくなっちゃうでしょ?流石に地球を私一人で壊すことはできないけど、地球のごく一部でも破壊はしたくない」
クトゥグアは炎を司る邪神。森なんて簡単に燃やせるだろう。しかし森を燃やしたら、地球を奪ってから元に戻すのが大変だろう。
「お前が本気を出さないのは勝手だが、手抜きでUMA六人とルルイエ二人に勝てると思ってるのか?」
「私が負けるわけないでしょ。どこまで私を見下してるの?それにハスターもニャルも戦力にならないでしょ?……そこの子どもと婆もね」
クトゥグアが、複数の業火の玉を放ってきた。御犬がまた黒炎で打ち消していく。業火はさっきよりも威力が高くなっている。
「二兎も手伝ってくれ。ブルムはお菊さんとハスターを守って!」
「はい!できる限り頑張ります!」
御犬が業火を打ち消したあとに、二兎が周りの石を、先を尖らせて大量にクトゥグアに向けて放った。しかし石は全て小さく、クトゥグアの業火で全て焼き払われた。
「あ、そうだ」
クトゥグアが急に声のトーンを変えた。
「ねえ、そこの…ゴートマン、だっけ?ルルイエにいたゴートマンがここにいるって聞いたんだけど、知らない?」
「気まぐれな奴だな…そのゴートマンなら死んだよ。熊に食われた。熊もゴートマンも既に土葬してある」
ゴートマンではなく御犬が答えた。
「なんだ、死んだの?なら目的のうちの一つ、ゴートマン暗殺は達成済み…」
クトゥグアは、両手を業火で包んだ。
「あとはハスターの暗殺と、ニャルの再教育(殺)か…」
「なんだよ再教育(殺)って!甚振って殺すのか⁉」
「甚振らないわ。拷問して精神を崩壊させ、私の言うことを死んでも聞くようになってから甚振って殺すの」
「余計酷いな」
「しかも結局甚振ってるし。ほんとにどSなのね」
「ぶるぶる…怖い」
クトゥグアが両手の業火を火の玉にして飛ばしてくる。御犬と二兎はそれを黒炎と岩石で防いだ。
「どっちにしろお前にハスターとニャルは渡さない!さっきも言っただろ!」
「それだと私が困るの。撤退していいのは、二人を殺すか、自分が死にかけた時だけなんだから。私がUMAに殺されかけるわけないし」
クトゥグアがさらに業火を飛ばしてくる。業火の威力はどんどん上がっていた。
「ブルム、お菊さんと一緒に根子とニャルを連れて山を下りてくれ。ゴートマンはハスターを頼む」
「でも、御犬…」
「俺と二兎はここでクトゥグアを足止めする。みんなが逃げたら直ぐに俺達も逃げる」
「いざとなれば穴も掘れます!」
「穴は掘るな。火を入れられたら二酸化炭素中毒になるか焼け死ぬ」
ブルムとお菊さん、ゴートマンは、根子達を連れて登ってきた道とは違う道を下りていった。
「森に逃げるって事?確かに私はさっき燃やしたくないって言ったけど、それはできる限りってこと。燃やさないといけないなら全部燃やす」
クトゥグアは全身を業火で包んだ。
「元々弱いUMAが、数を減らして私に勝てるわけないでしょ?」
クトゥグアがそう言うと、今度は御犬の体の周りに黒炎が現れ、御犬を包んだ。
「お前、さっきから甚振るために手加減してたよな?俺は、相手の能力を観察するために魔力を節約していた。二兎もそうだ」
「わかってるに決まってるでしょ?初めから本気出してたらUMAなんて魔力がいくらあっても足りなくなるでしょ?元々少ない魔力なんだし」
くすくす笑いながらクトゥグアが言った。
「本当にUMAを馬鹿にしてるんだな」
御犬は完全に黒炎に包まれた。数秒すると黒炎が巨大になり、黒炎の柱ができた。
「なにこれ?……魔力が膨れ上がってる?」
クトゥグアが半分呆れたように黒炎の柱を見上げる。
「…そういえば、UMAの中には人間の姿と獣の姿を持つのがいるって聞いたっけ。あんた達がそれなの?」
「そうだよ」
黒炎の柱が消えた。そこには御犬の姿はなく、巨大な犬がいた。
「俺は“地獄の門番”ケルベロス。本気になれば、地獄の業火を操れる」
獣の姿になった御犬は、全身が真っ黒だった。首は三つあり、真ん中の首は赤い目と上に尖った耳、鋭い牙を持っている。両側の首は本物ではないため目が白く、耳は同じだが口を閉じている。首の後ろにはそれぞれ巨大な棘があり、真ん中が一番大きい。四肢は力強く、鋭い爪がある。尻尾は蛇になっている。
「それがケルベロス?確かに普通の犬じゃない…ところで、隣の兎は何?」
「兎?」
御犬が隣を見ると、兎が一匹いた。体は真っ白く、額に赤く丸い宝石を持っているのと普通の兎より少し大きい以外は、どこにでもいる兎だった。
「…多分、二兎だ」
「二兎?さっき石飛ばしてきた奴だっけ?」
「…惨めです」
宝石兎、二兎が口を開いた。
「私は“宝石の守護者”カーバンクル…ケンさんみたいに派手な演出はありません。小さく光に包まれて、終わりです」
泣きそうな声だった。
「流石にこれは可哀想…」
「二兎、敵に同情されてるぞ」
「別にいいです。どうせこうなるって思ってましたから」
「ちょっと可哀想だけど、どうせ死ぬんだから、直ぐ死なないでよ?私を楽しませてから死んで?」
クトゥグアは両手両足に業火を纏わせた。
「ケンさんと同じ戦い方ですね。炎の遠距離攻撃と、体に纏わせた直接攻撃」
「二兎、お前はとりあえず逃げてろ。チャンスだと思ったら攻撃すればいい」
「はい。どうしてもケンさんを囮にしてしまいそうで申し訳ないですが、できる限りサポートします」
その瞬間、二兎は消えた。
「あの兎、結局逃げたんだ。弱そうだもんね」
「戦略的撤退って言葉を知らないのか?」
御犬は自分の周りに黒炎の火の玉を幾つも作り出し、高速でクトゥグアに放った。クトゥグアはそれを避けるか、自分の業火で打ち消した。
「星焼きの業火対地獄の業火…こんなの始めて。弄りがいがありそう」
クトゥグアは嬉しそうに黒炎を避けた。黒炎がなくなった時には、御犬は次の攻撃をしていた。御犬がその場で力強く前右足を足踏みした。するとクトゥグアの足元から黒い業火が噴出した。不意を突かれたクトゥグアは避けることができず直撃する。
「これが“地獄の業火”だ。まだ全力じゃないけどな」
“地獄の業火”が弾け飛んだ。そこにはクトゥグアが立っている。
「…確かに、全力じゃない。でも、少しダメージ受けちゃった。UMAもなかなかやるのがいるんだ」
「少しは認めてくれたか?」
「少し、ね。本気だったら流石の私も片膝くらい地面につくかも」
クトゥグアが、自分の目の前で両手を前に突き出す。
「今度はこっちの番。大丈夫。ちゃんと手加減するから」
クトゥグアの両手から真っ赤な業火が吹き出した。
「“星焼きの業火”…受けて立っていられるかな?」
クトゥグアが“星焼きの業火”を御犬に放出しようとした。その時、クトゥグアに何かが突撃した。クトゥグアはまたもや不意を突かれ、“星焼きの業火”を打てずに地面に倒れた。
「…!この兎…!」
クトゥグアを倒したのは、二兎だった。