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UMAニア  作者: 邪燕
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ゴ^トマン

「さて、ハスターも探してるんだし、俺達も探しに行くか」

 森でハスターと会った翌日。UMAニアの食堂に御犬と二兎、根子、ブルム、お菊さんが集まっていた。お菊さんは”森精霊の聖石”の力で今朝、UMAニアに来た。根子はUMAニアに来てから自分の部屋があるにも関わらず御犬か二兎の部屋に行って布団に潜り込んでいた。昨日は御犬の布団に潜り込んだ。ブルムは昨日は空き部屋に泊まった。

「また森に行くんですか?」

「あぁ、昨日とは違うエリアに行こうと思う。さっきハスターに連絡をして、ハスターが今日探す予定のエリアも聞いてある。俺達はハスターとは別に探す」

「その方が効率的ね」

「強力な敵がいなければ私の力で怪我の心配もないわ」

「それぞれ準備を始めてくれ。三十分後に出発しようと思う」

「私は準備をしてからここに来たから、食堂で待ってるわ」

「私も大丈夫よ。元々持ち物は鞄一つに入るくらいだったし」

「私は、動きやすい服に着替えてきます」

「私トイレ~」

 それぞれ行動を開始した。御犬とお菊さん、ブルムは既に準備は出来ていて、トイレに行った根子と着替えに行った二兎を待てばすぐに行ける状態だった。

「三十分も必要なかったかな?」

「いいじゃない。時間はあるんだし、慌てる事はないわ」

「慌てると怪我が増えるだけよ」

「…そうですね。ゆっくり、慎重に行くことにします」

「あれ?二兎姉はまだなの?」

 トイレに行っていた根子が戻ってきた。

「着替えだから、時間がかかるんだろ」

「なんでそんなにかかるんだろ?引っかかるものもないのに」

「根子、お前って意外と毒舌だよな」

「どくぜつ?私は思ったことを言ってるだけだよ?おじさんは嘘はいけないって言ってた」

「確かに嘘はいけないけど、思ったことを言わないのは思いやりでもあるぞ」

「思いやり……まだ勉強することがいっぱい」

「お、お待たせしました」

 根子が反省をしたとき、二兎が戻ってきた。動きやすく怪我をしにくい長ズボンと上着を着て、腰にはウエストポーチを付けている。

「二兎姉」

「?どうしたの、根子ちゃん?」

「二兎姉は、まだ成長途中。きっと、大きくなる」

「え?何が?」

「気にするな。根子が精神的に成長したんだ」

「そうですか。少し気になりますが、傷付きそうなので聞かないでおきます」

「ねえ、全員揃ったんだしそろそろ行かない?」

 机に頬ずえをついていたブルムがあくびをしながら言った。

「待ちくたびれたわ。着替えにどれだけ時間かけれるのよ?引っかかるものなんてないのに」

「ブ、ブルムさんだって同じくらいです!」

「二兎よりはあるわ」

「ブルム。お前も精神的に成長しろ」

「断るわ。それは私の自由だもの」

 ブルムは一人で玄関に向かった。

「全く。あいつは仲良くする気がないのか?」

「ケンさん。私は気にしてませんし、はっきりいうのも大事なことです。ブルムさんは悪い人じゃないですよ」

「わかってる。でももう少しお世辞で、せめて同じくらいとか言っておけばいいのに」

「…ケンさんは乙女心を勉強してください」

 項垂れながら二兎も玄関に向かっていった。

「若いわね、御犬君。これからいろいろ学びなさい」

「?よくわかりませんが、そうします」

 最後に、御犬と、御犬と手を繋いだ根子、お菊さんが玄関に向かった。


「今日はどう行くの?」

 外に出てから、ブルムが御犬に聞いた。

「今日はUMAニアの北にある山に行ってみようと思う。あそこには熊とか猪がいて、ゴートマンが食料にしている可能性がある」

「なるほどね。理性を失っていても、食料だけは手に入れようとするはず。山にいる可能性は高そうね」

「熊とかなら、食人植物よりは安全そうです。私は賛成です」

「二兎、少し逞しくなってない?」

 全員賛成のようだった。二兎は食人植物に消化されかけたことがあるため、熊の方がマシだと思ったらしい。実際、御犬や二兎にかかれば、ただの熊や猪なら食人植物よりも簡単に倒せるだろう。

「二兎姉、山に行くにも森は通る」

「え?……そうか。そうだったね」

 根子に言われて二兎のテンションが急激に下がった。食人植物はかなりトラウマになっているらしい。

「……さっさと行くか」

 御犬は直ぐに山に向かって歩き出した。それにブルムとお菊さん、根子と手を繋いだ二兎が続く。

「山まではそんなに距離がないから、食人植物はあまり出てこないと思う」

「でも、植物が生い茂っていて視界が悪いわ。急に出てきたら危ないわよ?」

「あまり大怪我されると、治せないわ」

「五人いればなんとかなるだろ」

 既に食人植物との戦いに慣れている御犬達は、伸びてくる蔓を燃やしたり斬ったりしながら山に向けて進んでいった。

「だんだんと倒しやすくなってきてるな」

「食人植物にも知性があるからね。私達を恐れるようになったんじゃないかしら」

「だから本体が出てこないのね」

「良かった……これで飲み込まれずに済む」

「油断してると飲み込まれるぞ……お、森を抜けた」

 御犬達は森を抜けた。目の前には巨大な山に入る山道があり、その山道の隣には洞窟がある。山の周りには植物がなく、山も視界は悪くなさそうだった。

「一旦休むか。山はかなりきつそうだし」

「そうね。森を歩いて直ぐに山道はきついわ。特に根子とかは」

「ブルム、子ども扱い禁止。でも喉渇いた」

「お茶ならあるよ、根子ちゃん」

 二兎が持ってきたお茶をみんなに分けた。

「少し休憩したら山に入る。少し休んでて」

「私はここらへんの植物を見てくるわ。何かの薬に使えるかもしれない」

 お菊さんは近くの茂みで草を探し始めた。お菊さんの姿は茂みの中でも常に見える位置にある。逸れることはなさそうだった。

「じゃあ私は山の近くで石とか見てます。熊とかが出た時の為に、どんな硬度なのか知っておかないといけませんし」

 二兎も一人で山の近くに移動した。二兎も御犬から見える場所にいて、一人で山を登ろうとはしていない。

「私達はどうするの?」

 ブルムが御犬に聞いた。

「俺はあの洞窟を見に行く。ブルムと根子はここで休んでていいぞ」

「まだ休むほど体力も魔力も使ってないわ。暇だから付いてく」

「私も、洞窟見たい」

 御犬とブルム、根子は洞窟を見に行くことになった。

「あの洞窟、何かいるのかしら」

「少なくともゴートマンはいないな。魔力を感じない」

 しかし二人が近付くにつれ、洞窟からは異臭が漂ってきた。

「なんか臭いわね」

「ここは森の深い部分だし……迷い込んだ人間が野垂れ死んだか…」

「もしそうなら洒落にならないわね」

「お前全然怖がらないんだな」

「まあね。私は元々アルプス山脈にいたから、凍死した人間はよく見たわ」

「確かアルプス山脈は標高四万を越える場所もあったな」

「ええ。崖から転げ落ちたり、遭難して凍死したり。人間が立ち入ることのできない場所には死骸がごろごろ転がってたわ」

「よくそんなところに住んでたな」

「私だって嫌だったのよ?だから日本に来たの。そしたらUMAを襲っている人間がいるって聞いていろいろ活動してたのよ。でも一人じゃ限界があるからUMAニアに行ったの」

「そんなことやってたのか」

「全部この一年以内のことよ。一人の活動なんて直ぐに限界が来るわ」

 御犬達は洞窟の入口に着いた。

「この匂い…多分、腐った肉」

「まさか本当に人間じゃないだろうな?」

「可能性としてはありえるわね。本当にそうならどうするの?」

「警察に連絡する。匿名で通報して、森の入口付近に置いとけばいいだろ」

「それが一番無難な対応ね」

「少し面倒だけどな」

「犬兄、死肉は食べたら駄目だよ」

「確かに俺はケルベロスの力を持ってるが、体は人間だ。死肉は食べないぞ」

「そう。安心した」

「……緊張感ないわね、あんた達」

 とりあえず入ってみるか、と言う御犬を先頭に、三人は洞窟に入った。洞窟内は薄暗いが広く、人間が十人以上入れるほどの広さがあった。

「匂いは奥からね」

「中は広場みたいだけど、暗くて奥が見えない。もっと近付かないと」

「危険な事はないだろうけど、根子は下がってたほうがいい」

 根子はブルムと一緒に、入口近くで待機することになった。洞窟の奥には御犬が一人で向かう。ゆっくりと奥に進むにつれ、匂いは強くなってきた。

「やっぱりこの匂い、死肉か」

 奥は暗いため、御犬は持ってきた懐中電灯を取り出した。

「外は昼にもなってないのに、こんなに暗くなるものなのか」

 奥に着くと、懐中電灯は、まず血塗れの地面を照らした。

「熊や猪がいるってことは、人が襲われる可能性もあるな。死んでるのは人間か、UMAか、熊か……熊だったらまだいいな。人やUMAだったら根子をどうするか……」

 懐中電灯は次に、白く尖った牙を照らし、死肉全体を照らした。

「これは…猪か?」

 死肉は、猪だった。顔はそのまま残っているが、胸から腹にかけてはなくなっている。

「このくらいなら、根子も大丈夫か」

 御犬はブルムと根子を呼んだ。二人は御犬の懐中電灯の光を目指してやって来た。

「懐中電灯使えよ」

「節約よ。電池がもったいないわ」

「…匂いの正体、これ?」

「あぁ、そうらしい。他には何もないからな」

「はらわたがないわね。何かに食べられたのかしら」

「…鋭い歯型がある。多分肉食動物」

「肉食動物ってことは熊か」

「UMAの可能性も捨てきれないわ。それか誰にも見つかっていない新種UMAの可能性もあるわ。この森の生態系は少し異常よ」

 ブルムは死骸から少し離れて話している。匂いが気になるらしい。それに対して根子は森で拾った木の枝で死骸を突きながら、「…返事がない。ただの屍のよう」と呟いている。

「根子、その台詞はどこで覚えた?」

「おじさんが教えてくれた。他にも、“ただの人間には興味……”」

「言わなくていい!ってゆうか、ゴートマンってアニメオタクだったのか?」

「ゴートマンのイメージが勢いよく崩れたわ」

「今の時代は、人間の文化も知ってないと生きていけないって言ってた」

「…まぁ、確かにそれも正論だとは思うが…ただのゴートマンの趣味なんじゃないか?」

「会ったら聞けばいいじゃない…ところで、これどうするの?」

「二兎とお菊さんにも伝えないといけないな。ブルム、呼んできてくれないか?」

「呼ぶより一旦ここから出たら?こんなものの前にいつまでもいたくないし、二兎なら発狂するかもしれないわよ?」

「そうだな…発狂まではないだろうけど、こうゆうのはあまり見せないほうがいいか」

 御犬とブルム、根子は、猪の死骸のある洞窟を出た。二兎もお菊さんも、洞窟に入ってから殆ど動いていない位置にいた。

「二兎、お菊さん!ちょっと来て!」

 ブルムが二人を大声で呼んだ。二人は遠くにいたが直ぐに気付いて近付いてくる。

「よく響く声だな。蛇だからか?」

「蛇は色んな音を出すわ。その特性を生かして、遠くでも声が届くのよ……音だから攻撃には向かないけどね。周りの仲間も被害を受けちゃう」

「特訓すれば特定の場所だけに出せるんじゃないか?」

「勿論特訓はしてるわ。でもなかなか難しくて、威嚇音を少し出せる程度。弱い獣なら倒せるけど、奇襲にしか使えないし、そのあとの攻撃方法がない」

「色々と大変なんだな」

「ええ」

 二人がそう話していると、二兎とお菊さんが二人のもとに着いた。

「どうかしましたか?」

「この洞窟の中で猪の死骸を見つけたのよ。はらわたを何かに食われてたわ」

「はらわたを?熊か何かがいたのかしら?」

「熊ならまだいいですけど、肉食UMAの可能性もあります」

「そうね…ただの熊ならなんとかなるけど、肉食UMAなら危険ね」

「ケンさん。とりあえずハスターに連絡したらどうですか?ハスターもゴートマンを探して、この森にいるんですよね?」

「そうだな。一応連絡しておくか」

 御犬は携帯電話を取り出し、ハスターに電話をした。

「ここ、電波あるんだな……お、繋がった」

 御犬は数分間会話をして、電話を切った。

「どうだった?」

 お菊さんが御犬に聞いた。

「ハスターは、ニャルと一緒にこの山の反対側にいるらしいです。今は二人で山に入る準備をしていると言っていました」

「ハスターはゴートマンがいそうなところを優先的に探そうとしているのね」

「そうみたいです」

「ハスターが近くにいるなら、最悪ピンチになっても助けを呼べるわね」

「呼ぶ前に異変に気付いて自分から来ると思います。暴走したゴートマンは狂暴ですし」

「逆に、ハスターもピンチになったら私達に助けを求める、と思う」

「あのハスターが?あんなに強いのに?」

 根子の言葉をブルムは疑ったようだった。

「そもそもあいつはUMAを殺したかもしれない。あまり協力はしたくないわ」

「確かに、ハスターは強い。でもハスターは風使いで、ニャルは土使い」

「ゴートマンは物理的で強力な攻撃を得意とする種族。さらに身体も頑丈だから自然的な風や土の攻撃は、足止めや防御に使えても攻撃だとあまり効果がないだろうな。」

 根子の言葉に御犬が続いた。

「それに、ハスターは幼いニャルも守らないといけない。負担は大きいわね」

「じゃあ、もしハスターがニャルをかばっって攻撃を受けたら…」

「風使いのハスターは物理攻撃にあまり耐性がない。ゴートマンの強力な攻撃なら、あまりもたないな」

「…それなら、私達が助けないといけないわね。ハスターの力はUMAに必要だわ。こんなことで失うわけにはいかないわ」

 ブルムは一応、ハスターと協力することを認めたようだった。

「ブルムも少しはハスターを信じることにしたんだな」

「今はね。あいつは一応、大量虐殺はしないって約束したし、約束は守りそうだったから」

「ところで、話を戻すけど御犬君?もし普通の熊だったらどうするの?」

 お菊さんが御犬に聞いた。

「無駄な殺生はしたくないので、追い払います。熊は目を睨み続ければ逃げます」

「そうですね。ハスターに大量虐殺を止めるように言った私達が普通に動物を殺すわけにもいきませんね」

「じゃあ、ハスターが探してるゴートマンが出たら?」

 今度は根子が御犬にそう聞いた。

「理性があるなら話し合ってみる。それが無理なら……残念だけど、本気で戦う」

「それって、最悪の場合、殺すってことですか?」

「あぁ、そうだ。できる限り無駄な殺生はしたくないけど、危険な存在は放っておくことはできない。殺してでも止めないと、他のゴートマンや他種族が困る」

 その時、御犬の携帯電話が鳴った。御犬が見ると、電話はハスターからだった。御犬はその電話にでて、一言二言話すとすぐに切った。

「ハスターとニャルはもう山に入ったらしい。二兎、石は見終わったのか?」

「はい。大体の成分はわかりましたから、山に入れます」

「お菊さんはどうですか?」

「私も大丈夫よ。必要最低限の草は採取できたわ」

 それを聞いて、御犬は山に入ることにした。

「じゃあ、今から俺達も山にはいる。森よりも明るいし、見渡しやすいけど油断はしないように。それから二兎は迷子にならないように」

「一言多いですよ、ケンさん」

「二兎姉は私が守る」

「自分なりに頑張るわ」

「怪我には気を付けるのよ」

 御犬達は山に入って行った。


「特に何も起きませんね」

山に入ってから三十分は経った。御犬達の前にはゴートマンも熊もまだ出てきていない。

「兎や鹿くらいなら直ぐに遭遇すると思ってたんだけどな……」

「以外にいないものですね」

 山道は今のところ、ずっと周りが砂と石だらけの一本道だった。

「一本道だから二兎が迷子にならなくて助かるわね。だけど熊やゴートマンに会ったら戦いにくそう」

「その時は私が石で足場を作るし、逃げるなら壁も作れる。元々私の能力はそうゆう使い方に向いてるから」

「こうゆう時に二兎の能力は助かるな」

 さらにしばらく進むと、砂と石だけの一本道は終わり、目の前に木が点々と生えている、広めの道になった。右側は山の頂上方向の急な崖、左側は緩やかな崖になっていて、御犬達は今、二つの崖に挟まれた渓谷の中にいる。右側の崖は上れないほど急だが、左側の崖はそこまで急ではなく、UMAである御犬達なら登ることはできるだろう。

「この広さなら二兎ちゃんの能力で足場を作ることもないわね。道はまだ一本だけだし、助かるわ」

「でもお菊さん、ここだと熊やゴートマンは隠れやすいです。崖の上から奇襲もできそうですし」

「そうね。いつ出てきてもおかしくないわ。よく注意して進まないと」

 その時、御犬達の右側の斜面から、巨大な何かが滑り落ちてきた。

「みんな、離れて!」

 咄嗟に御犬が叫んだ。全員、崖の方に背を向け、斜面から滑り落ちてきたものから距離を取る。落ちてきたものは全身が黒かった。滑り落ちて少しうずくまっていたが、直ぐに四本足で立ち上がった。

「こいつは…」

「まさか本当に遭遇するとは思わなかったわ」

 滑り落ちてきたのは、熊だった。首元に白い線があり、大きさは約二メートルある。

「ツキノワグマ?初めて本物を見た」

 根子は初めて見る生き物に興味を持ったようだった。

「みんな、熊に死んだふりは効かない。熊の目をずっと見続けて、威圧するんだ」

 全員それに従い、熊の目をずっと睨みつけた。すると熊は直ぐに、御犬達が今来た道を下って行った。

「さすがに犬一匹と猫二匹の睨みつけにはびびったか」

 御犬が安堵したように言った。それと同時に、熊が滑り落ちてきた斜面の上から、大きな音が聞こえた。何かの衝撃らしく、斜面の土が少し崩れた。

「なんでしょう、この衝撃」

「かなりの衝撃だな。こんなの、普通の野生動物が出せる衝撃じゃない」

「まさか、ハスターとゴートマンが?」

「早く行きましょう」

御犬達は急いで山道を登った。だが山道は一本道だが複雑に曲がっていて、さっきの斜面の上まではかなりの距離を歩かなければいけないようになっていた。

「ここで一旦休憩しましょう。少し焦り過ぎたわ」

 お菊さんが、山道の途中にある開けた場所で休憩を提案した。大きな岩がいくつかあり、この先にはカーブしている山道が続いている。もう少し歩けば、あの斜面の上にかなり近いところまで行けそうだった。

「でも、もしハスターとゴートマンが戦っていたら……」

「ハスターだって私達が直ぐに行けないことぐらいわかってるだろうし、御犬君には絡が来ていない。ハスターはまだ無事なはずよ。ここで体力を回復しておいた方がいいわ」

「そうですね。いつでも闘えるようにしておかないと」

 結局、御犬達は休憩をすることにした。だが全員、ただ歩いただけなので直ぐに疲れは取れた。

「早く行こう」

 根子がそう言って、御犬達はまた歩き出した。道は広く、五人が横に並んでも余裕で歩ける幅がある。休憩した場所の先にあるカーブを曲がると、急斜面があった。

「これを上れば、さっきの衝撃の場所に行けるでしょうか?」

「多分な。上るのは大変そうだけど」

 御犬は根子に体の調子を聞いた。根子は「大丈夫」と元気そうに答える。

「じゃあ、行くか」

 御犬達は急斜面を登った。距離は数百メートル程度だが、急斜面のため上るのは時間がかかる。だが根子が弱音を吐くこともなく、御犬達は早めに上りきった。

「根子ちゃん、よく弱音吐かなかったね」

 上りきったところで二兎がそう言った。

「もうすぐおじさんに会える、と思うから。弱音を吐いてる時じゃない」

「根子ちゃんは強いね」

「うん。私は、強い。子どもじゃないから」

「微量だけど、この先から魔力を感じるわね。生命体が三体いるみたい」

 二兎と根子がそんな会話をしていると、ブルムが魔力を感じ取った。

「魔力は感じるが、生命体が何体いるかなんてわからないぞ?」

「蛇には動物の体温を感知する能力があって、私はそれよりも強力な空間把握能力を持ってるのよ。暗闇でもどんな形の生命体がどこにどのくらいいるのかがわかるし、超低音音波を出せばその音波の跳ね返る時間で物体との距離もわかるわ。どれも正確さには欠けるけどね」

「まぁ、純粋な蛇じゃないもんな。どうしても中途半端になっちゃうのか」

「ええ。ちなみにこの先にいるのは少し大きめよ。熊かしら?」

「魔力があるのにか?」

「とにかく、慎重に行ってみましょう。何らかの原因で魔力を持ってるのかもしれないわ。もしそうならかなり狂暴になっているはずよ」

 御犬達はお菊さんの言う通りに、ゆっくりと進んだ。この先は平らな道らしく、幅も広い。崖に近寄り過ぎなければ危ないことはないだろう。

「何かいますね。魔力がどんどん近くなります」

 御犬達が進んでいくと、前方の生命体も御犬達に近付いて来た。ちょっとしたカーブに差し掛かると、ブルムが全員を止めた。

「カーブのすぐ先にいるわ。ここで止まった方がいい」

 御犬達がカーブの手前で止まっていると、魔力を持った生命体はカーブをゆっくりと曲がってきた。

「え、熊?」

 曲がってきたのは、ツキノワグマだった。体から紫色の煙のようなものが出ていて、眼は充血している。体長は三メートル程あり、口から血を垂らして興奮している。

「な、なんか、すごく危ない感じがします」

「なんで熊が魔力を持っているんだ?」

 熊は御犬達に向かって突進をしてきた。御犬達は左右に分かれて回避する。

「口から垂れてる血、多分熊のじゃない。臭いが変」

 道の右側にブルムと避けた根子がそう言った。左側には御犬と二兎、お菊さんがいる。

「熊の血じゃない?じゃあ何かを食べたのか?」

「魔力を持っているということは、UMAを食べたのかもしれないわね。ゴートマンかどうかはわからないけど、普通の動物がUMAを食べると狂暴化するらしいわ」

「それじゃあ、さっきの威圧は効かなさそうですね」

 熊は御犬に狙いを定めて、鋭い爪で引っ掻いてくる。御犬はカーブの方に避け、二兎とお菊さんは急斜面の方に避ける。熊は御犬の方を向いて、様子見をしている。

「囲まれたと思っているようね。自分からそうなるように動いたのに」

 熊と距離を取るために急斜面方向に下がりながらお菊さんが言った。

「この熊は冷静な判断が出来ていないわ。それにかなり狂暴になってる。止めるには殺すしかないわ」

「仕方がないな」

 そう言って御犬は右手に黒炎を作り、熊に投げつけた。熊は顔面に受けるが、頭を振ってそれを消した。

「普通は避けれると思うんだけどな。やっぱり理性がなくなっているのか」

 次は熊の左側にいる二兎が周りのいしつぶてを熊の顔面に向けて飛ばした。熊はこれも避けることなく受ける。そして攻撃対象を二兎に変えて、また爪で引っ掻いてきた。

「当たったら痛そう……」

 そう言いながら二兎は周りの石で目の前に壁を作り、それを防いだ。爪を弾かれた熊は、壁に体当たりをした。すると壁には一発でひびが入った。

「うそ!結構固くしたのに!」

二兎は直ぐにその場から離れた。それと同時に、熊は体当たりで壁を粉砕した。

「力もかなり上がっている」

 根子は白猫の姿になっていた。

「この方が動きやすい」

「私も行かないといけないわね」

 ブルムは収納していた長く鋭い爪を出し、根子とともに熊に突撃した。熊は二人を踏みつけようとしたが、ブルムは後ろに飛び退き、根子は身軽にその場で避ける。そして根子は熊の前足を引っ掻いた。熊が根子に気を取られた瞬間に、ブルムが近付いてもう片方の前足を斬り付ける。

「グルアアアアアアアアアアアアア!」

 熊は叫びながら、また二人を踏みつけようとするが既に二人は後ろに下がっている。そして熊の後ろに回っていた御犬が、右手に黒炎を纏わせて熊の背中を殴りつけた。熊が振り向いた瞬間、今度は右足に黒炎を纏わせて振り向いた熊の顔面に回し蹴りを叩き込む。

「グルアアアア」

 熊が小さく吠えた。怯みながら繰り出した前足の踏みつけは御犬を捕らえることなく地面に叩き付けられ、土煙がたった。

「一撃でも当たったら危険だな」

 一旦距離を取ってから、御犬は熊の様子を見た。しかし土煙でよく見えない。

「ブルム、熊はどうだ?」

 空間把握能力を持つブルムに聞いた。

「その場で止まってるわ。熊も土煙で動けないみたい。でもいつ動くかわからないから油断しないで」

 今のところ、御犬達に怪我はない。

「そう言えばブルム、あと二体いるんじゃないの?」

 二兎がブルムにそう聞いた。

「他の二匹はこの先に進んでいったみたい。近くにはいないわ」

「じゃあ、今はこの一匹だけを相手にできるのか」

 土煙が収まった。熊は目の前にいた御犬に狙いを定めている。

「また俺か…」

 熊の拳を避け、黒炎を熊に放った。近距離からの、大量の炎に包まれ、熊はその場で転げ回った。どうにかして炎を消そうとしているらしい。

「さっきよりも酷い土煙ね。また近付けなくなったわ」

「悪い、ブルム。お前と根子は基本的に直接攻撃だったな」

「別にいいわ。この程度なら御犬と二兎だけで十分倒せるでしょ」

「高みの見物」

 ブルムと根子は熊から距離を取り、お菊さんの近くに寄った。根子は人間の姿に戻っている。

「お前ら、本当は楽したいだけだろ?」

「私はお菊さんを守ろうとしてるだけよ?他の二匹もいつ来るかわからないし」

「子どもは休憩しないといけない」

「いつもは子ども扱いを嫌うくせに」

「いいじゃないですか。私は頼りにされて嬉しいですよ?」

 二兎は自身の周りに石礫を浮かせて、いつでも攻撃できる体制になっている。

「…ま、そうだな。次はブルムに頑張ってもらえばいいか」

 御犬も自身の周りに黒炎をいくつか出した。

「二兎、さっさと片付けるぞ」

「はい、わかりました!」

 二兎は土煙が収まらないうちに、さらに大量の石礫を熊に放った。御犬も同時に黒炎を土煙の中に放つ。

「グルアアアアアアア!」

 土煙の中から熊の叫び声が聞こえ、二人は石礫と黒炎を準備して土煙が収まるのを待った。

「ブルム、どうだ?」

「私の能力はただの空間把握よ?生死はわからないわ。ただ、御犬もわかってるだろうけど魔力量で弱ってるのは確かね」

「そうか。とりあえず様子見だな」

 弱っているのは、御犬も二兎も感じていた。

「二兎、次からは土煙が立たないように攻撃しろよ」

「仕方ないじゃないですか。操ってるものが土そのものなんですから」

「相手に当てればそんなに起たないだろ。数発外して地面に当たってるからこんなに土煙が起ってんだろ」

 熊の周りの土煙が収まってきた。石礫と黒炎を大量に浴びた熊は、息が絶え絶えになっていた。どうやら立つこともやっとらしい。

「犬兄、本当に殺しちゃうの?」

 お菊さん、ブルムと一緒に高みの見物をしていた根子が、御犬に聞いた。

「あぁ、そうだな。少し可愛そうだがそうするしかない」

 御犬は熊に黒炎を放つ。それで熊は倒れた。未だに息はしているが、もう立ち上がれない様子だった。

「仕方ないのよ。ここで見逃しても、人間界に出たらきっと人間を沢山襲って、人間に射殺される。そんな事件を起こすわけにはいかないの」

 根子の隣にいたブルムがそう言った。

「…わかった」

 根子は、悲しそうにそう呟いた。

「もうこの熊は動けないだろうし…二兎、道の隅に動かすから、穴を掘ってくれるか?」

「わかりました。任せてください!」

 二兎は直ぐに、崖がそびえる方の道の端に、熊が埋まる程度の穴を掘った。正確には、能力で土を取り除いた。その穴に御犬が熊を入れた。流石に持ち上げることはできずに落としたが。

「あとは土をかけて埋めるだけですね」

 二兎は取り除いた土を熊の上にかけた。熊が入った分、土が盛り上がって山になっている。

「ちゃんと埋められて良かった」

 根子が嬉しそうに言った。

「でも、これって生き埋めになってる」

 嬉しそうに言ったあと、少し暗めにそう言った。

「根子ちゃん、それは言ったら駄目だよ」

 二兎はそう言いながら、盛り上がった土の一番上に小さな細長い宝石を一つ挿した。

「これで熊のお墓は完成っと」

「さて、ぐずぐずしてる暇はないぞ。こんな熊があと二体いるんだし」

「そうね。でも御犬と二兎は少し休んだ方がいいわ。結局二人だけで倒したんだし」

「あ、私は大丈夫です。あまり動いてませんし」

「悪いが俺は少し休みたい。パンチとかしなければ良かった」

 御犬は熊の墓の横にしゃがんだ。

「私は怪我とか見るわね。一番最初に御犬君を見るから、他の子を見てる間に御犬君は休むといいわ」

「そうね。それなら時間も無駄にならないわ」

 お菊さんは御犬から怪我の具合を見た。その次に二兎、根子、ブルムの怪我を見て、最後に自分の怪我も見た。


「見終わったわ」

 お菊さんは直ぐに見終わった。結局、全員大した怪我はなく、御犬も直ぐに回復した。

「ブルム、周りに何かいるか?」

「えっと……少し先に生命体が数体…多分三体いるわ。熊かどうかはわからないけど」

「三体?熊は残り二匹ですよね?」

「そうね…さっきの熊が鹿か何かを襲っているのか、三体とも熊じゃないのか…とにかく気を付けて進みましょう。どっちにしろ、魔力を持った熊が出たことでここに異変が来てるのはわかってるわ」

「何かあったなら、解決しないといけない」

「そうだな。ゴートマンもだが、あの熊も早く見つけないとな」

 御犬達は先に進んだ。道は幅が変わらず、山の周りをぐるぐると回るようにして続いている。

「もうすぐよ。まだ三体いるわ」

 道を歩きながらブルムがそう言った。ブルムは既に鋭い爪を出している。御犬と二兎も黒炎や石礫を纏っている。

「…この先ね」

 頂上に近いところで、御犬と共に先頭を歩いていたブルムが立ち止まった。周りは木が沢山生えていて、木の根元は低い叢になっている。道の両橋には巨大な岩が点在していて、道の先は巨大な岩で陰になっている。

「生命体は未だに三体。なんか時々音がするし、戦ってるのかも」

「みんな準備出来てるか?」

 御犬が聞いた。

「私は大丈夫です」

「私も。主にお菊さんの護衛だろうけど」

「無理せずにね。怪我は治すから」

「ニャア」

御犬と二兎は黒炎や石礫を纏い、ブルムは爪を出している。お菊さんは変わらないが、根子はまた白猫の姿になって、ブルムの頭上に乗っている。

「二兎、先に二人で突撃するぞ。ブルム達はそのあとで様子を見ながら来てくれ」

「結局二人で行くのね…まあいいけど。お菊さんと根子は私が守るかわ」

「悪いな」

 御犬と二兎は巨大岩の陰から出て、先に進んだ。

「!」

「あれ?あれって……」

 道の先には、巨大な黒い熊が二匹。そしてその熊の視線の先には血だらけの人影が、巨大岩にもたれかかっている。

「マズイ!」

 御犬は直ぐに黒炎を熊に放つ。突然の炎に驚いて熊は先の道に逃げていった。

「お菊さん!直ぐに来てください!」

 そう言いながら、二兎は血まみれの人影に近付いて行った。御犬もその後を追う。

「どうしたの?何があったの?」

 さらにその後ろからはブルムと根子、お菊さん。

「…血の匂い。誰かが襲われた、と思う」

「だから私を呼んだのね。熊はいないみたいだし、急がないと」

 三人は御犬の後を追った。その時には、既に二兎が人影のもとに着いていた。

「…これって……」

 呆然とする二兎。御犬が直ぐに追いつく。

「二兎!…って、これは……」

 血まみれでもたれかかっていたのはゴートマンだった。はらわたには大きく穴が開いていて、既に息絶えている。

「…すごいことになってるわね」

 ブルム達も追いついてきた。

「根子。これは……」

「…大丈夫。おじさんじゃない」

 御犬は、UMAニアに来て根子を預けたゴートマンではないかと心配していたが、別個体のようだった。

「私達が探してるゴートマンじゃなかったなら、とりあえず安心ね。さっきの熊はこいつを食べたのかしら?」

「多分そうね。この個体は死んでからしばらく時間が経ってるわ」

 ゴートマンを調べていたお菊さんがそう答えた。

「UMAを食べたから魔力を持ったようね。早く倒さないと、魔力を使い始めたら手が付けられなくなるわ」

「熊の力は元々強いですからね。それに凶暴になってます」

「人間界に出たら間違いなく人間を襲い始めるわ。それだけは阻止しないと」

「ブルム、近くにいるか?」

 御犬はブルムに聞いた。

「えっと…少し離れたところに二体と、それとは別に二体いるわ。どっちかは熊だと思うけど」

「もうひとつの二体は、何なんでしょう」

「行けばわかるだろ。どっちが近い?」

「同じくらいよ。この先に進めば会うと思うわ」

「とにかく行ってみるか」

 御犬達は他の熊がゴートマンを食べないように埋めてから、先に進んだ。


「すぐそこにいるわ」

 しばらく歩いてから、ブルムがそう言った。

「あぁ、遠いが見える」

 道は障害物のない真っ直ぐな道。前方に黒い巨大な熊が二匹見えた。熊はまだ御犬達に気付いていないようだが、暴れているらしい。

「かなり暴れてるな」

「さっき言った、もう二体も一緒にいるわ。鹿だったのかしら?一体は離れてるけど」

「さっさと行ったほうがいいな。食事をされたら元気いっぱいになるぞ」

「されなくても危険ですけどね」

「とりあえず俺が一人で行ってみる。様子を見ながら二兎とブルムは来てくれ。根子はお菊さんと一緒にいるんだ」

「はい。気を付けてください」

 御犬が一人で熊のもとに向かった。熊は何かに夢中になっていて、真後ろの御犬には全く気付いていない。

(チャンスだな)

 御犬は二匹の熊がほぼ同じ場所にいるのを確認してから、二匹の熊の周りに黒炎を出し、様子見の威嚇をした。

「一匹ずつになってくれたらやりやすくなるんだけどな…」

 御犬は黒炎に二つの逃げ道を作った。一つは道の先、もう一つは二兎達のいる方向。

(一匹だけがどっちかに抜けたら道を塞ぐ。そうすれば分けられる)

 しかし熊は、同時に二兎の方に出て行った。

「くそっ!」

 御犬は直ぐに熊を囲んでいた黒炎を複数の火の玉にして熊に向けて放った。黒炎は後ろを走っていた熊に直撃し、熊は御犬の方に向き直った。

「二兎!そっちは任せたぞ!」

「はーい!頑張ってみます!」

 熊の後ろからは二兎の声が聞こえた。

(ま、二兎なら大丈夫だろ。石の力で防御面は強いし、熊くらいなら余裕で倒せるだろうな)

 熊が一匹、御犬に向けて突進する。御犬はそれを横に避けた。

「でかいな、この熊」

 熊はさっきの熊よりも巨大だった。御犬は熊に向けて、さらに黒炎を放つ。

「さっさと終わらせないと。もう一匹いるんだ」

 熊はその黒炎に向き直ると、微動だにしなくなった。

「また、避けないのか?」

 しかし、違った。熊は自身の目の前に魔力の壁を作り出し、黒炎を防ぎ切った。

「!魔力を使いやがった!」

「ケンさん!」

 熊が魔力を使ったことに驚いていると、後ろで二兎が叫んだ。

「なんだ?」

 御犬が振り向くと、目の前に熊がいた。二兎の方に向かったはずの熊が、御犬を魔力のこもった爪で切り裂こうとしていた。

「あぶねっ!」

 御犬は右手で顔を庇いながら後ろに下がった。熊の爪は御犬の右腕を掠った。御犬はそのまま熊の横を通って二兎達と合流する。

「危なかった…もう少しで死ぬとこだった…」

 二兎達と合流して少し安心感を得た御犬は、熊を見た。口角を上げて御犬達を威嚇している。

「御犬君。早くこっちに!傷を見せて」

 お菊さんに呼ばれて、お菊さんと根子の方に御犬は向かった。熊とは二兎とブルムが対峙している。熊は直ぐに襲っては来ないようだ。

「大丈夫?」

「はい。掠っただけです」

 傷を見てもらいながら御犬はそう言った。

「傷口は直ぐに塞げるけど、魔力がこもってるわ。直ぐに全回復は無理ね。無理に腕を動かすと傷口が開くわ」

「じゃあ、腕の直接攻撃はもうできませんね。でも黒炎を飛ばすくらいなら大丈夫そうです」

「ええ。でもあの熊は魔力を持ってるわ。あの状態だと炎や水といった攻撃は防がれちゃう」

「だったら攻撃は二兎が主にやればいいです。俺とブルムが熊の気を逸らせば、攻撃のチャンスが作れます」

「…そうね。それが一番だわ」

「ブルム、二兎。今の聞こえてたよな?」

「ええ」

「私も聞いてました。あまり自身はないけどやってみます」

「じゃあ御犬君。腕に包帯巻いておくわね。意味はないけど、怪我を自覚できるわ」

「助かります。戦闘に夢中になると忘れると思うので」

 御犬は右腕に包帯を巻いてもらい、二兎とブルムと並んで熊と対峙した。

「あの、ケンさん?正直、あまり自信がないんですけど」

「なら、一匹に攻撃を集中するんだ。一気に倒そうとしないでいい」

「わかりました。やってみます」

「ブルム、二匹同時に気を逸らすぞ」

「わかったわ」

 ブルムは前方に向けて高周波を放った。熊は二匹とも突然の音に驚いている。さらに御犬が黒炎の玉を熊に向けて放つ。それぞれ数発は当たったが、音に驚きながらも二匹ともほとんどの黒炎を魔力の壁で防いだ。

「二兎!壁が無くなった時が狙い目だぞ!」

「はい!」

 熊が魔力の壁を消した。その瞬間に、二兎は右側の熊に自分で出現させた硬い宝石を連続で十数発当てた。熊は防御が間に合わず、全て頭に当たった。その熊はその場に崩れ落ちた。

「まだ油断はできないわ。魔力を持ってるから体全体が強化されてるはずよ」

「ここからは少しずつ攻撃するしかないな」

 御犬が黒炎を倒れた熊に放った。するともう一匹の熊が、倒れた熊を守るようにして魔力の壁を作った。

「お互い庇い合ってるわね。厄介だわ」

 ブルムがそう言った時、防御をしていた熊が突然突進をしてきた。

「二兎!」

「はい!」

 二兎は目の前に巨大な、厚みのある盾のような岩を二つ出現させた。正確には周りの土を無理やり固めただけだが。それを左右の腕で一つずつ操作している。そのまま一つにすると、熊がその壁を避けて来たときに対応しにくくなるからだ。常に熊を見ながら防御しようとしている。

「あれ?」

 しかし、熊は二兎の操る岩の前で急停止をした。そしてその場で口を思いっきり開いた。熊の口に魔力が集まる。

「これ、危険じゃないですか?」

「二兎、全力で岩を前に出すんだ」

「はい!」

 二兎は御犬に言われた通り、できる限りの土や石を前に集めて、巨大な岩を厚くした。御犬はその岩の前に黒炎を出し、炎の壁を作った。

「ブルム!お菊さんの所に!」

「わかったわ!」

 ブルムは黒い猫の頭部と蛇の体を持ったタッツェルブルムの姿になり、長い胴で根子とお菊さんを包んだ。

「間に合うか……!」

 熊が口から、高濃度の魔力砲を放った。その魔力砲は紫色のビームで、御犬の炎の壁を軽々と破り、二兎の岩にひびを入れた。

「二兎、踏ん張れ!」

「だ、駄目です!持ち堪えられません!

 熊が放出し続ける魔力砲はついに二兎の岩の壁を砕いた。

「伏せろ!」

 御犬と二兎は直ぐにその場に伏せた。その後ろにいるブルム達には、魔力砲は少し逸れていたため直撃はしなかった。しかし近くの巨大な岩に当たった強い衝撃がブルム達を襲った。

「うわっ!」

 熊が放出を終える直前、魔力砲は急に太くなり、魔力砲の下部が御犬と二兎に当たった。二人はその勢いに吹っ飛ばされる。

「御犬!二兎!」

 運良く後ろにいたブルムが、吹っ飛んできた二人を受け止めた。

「大丈夫?」

「あぁ、当たったのは威力の少ない端だった。それでもかなりの威力だったけどな」

 なんとかブルムの問いに答える御犬。

「そうだ。熊は?」

 御犬達は熊を見た。魔力砲を使った熊はその場に倒れているが、もう一匹の熊が起き上がっていた。

「あんな魔力砲を使えば、そりゃ力尽きるさ」

「でも、もう一匹は元気みたいです」

「マズイな。俺も二兎もしばらく戦えないぞ?」

 御犬はブルムに、二兎はお菊さんに助けてもらいながら上体を起こしている。

「俺と二兎を抱えて逃げることもできない」

「万事休すね」

 獣の姿になったブルムと人間の姿の根子が、御犬達の前に立つ。

「時間稼ぎくらいなら出来るわよ?」

「それじゃ、駄目。逃げれない。倒さないと」

 鋭く尖った爪を出しながら根子がそう言った。

「無理よ。私も根子も、所詮ただの猫だもの。一匹が瀕死でも魔力を持った熊二匹には勝てないわ」

「それなら…」

 根子の猫耳が、ピクリと動いた。

「………」

「根子?」

「…わかった」

 根子がそう呟いた。

「わかった?何が?」

「時間稼ぎだけでいい。倒さなくても、大丈夫」

「え?なんで?」

「いいの。ケン兄、二兎姉、少しだけ火と石、頂戴」

「え?あぁ、少しなら出せるが…」

「何かいい作戦があるの?」

「ただ熊に攻撃するだけ」

「それだと、無駄に魔力を使うことになるんじゃない?」

「大丈夫!」

 根子は絶対の自信を持ってそう答えた。

「…根子がそこまで言うなら、何かあるんだろ。二兎、できる限りのことをやるぞ」

「はい。でも、あまり期待しないでくださいね」

 御犬と二兎は、熊に向けて黒炎と宝石を放った。両方とも今までで一番小さい攻撃だったが、熊は全力で魔力の壁を作って防いだ。

「ま、今まで散々やられてきたからな。防ごうとはするだろうな」

「根子ちゃん、これでいいの?私、もう力残ってないよ?」

「大丈夫。間に合った」

「間に合った?」

「何か近付いて来るわ!」

 ブルムがそう叫んだと同時に、崖の下から何かが飛び出してきた。それは太い腕で熊を瞬く間に殴り飛ばした。二匹の熊は、その場で動かなくなった。巨大な身体。長ズボンとランニングシャツ。頭のみ山羊のUMA。

「久しぶりだね。根子、御犬君」

「おじさん!」

 御犬達を助けたのは、御犬達が探しに来たゴートマンだった。


戦闘は苦手です

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