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UMAニア  作者: 邪燕
2/7

迷子の猫と紳士山羊

 二兎がUMAニアに到着してから二週間が経った。御犬も二兎もお互いに慣れてきたのか、話し方も親しげになってきた。二人は協力して屋敷内を全て掃除し終わり、玄関の外には”UMAニア”と書かれた巨大な看板を置いた。それが一週間前。あとは相談者が来るのを待つだけだったが………

「ねえ、ケンさん。いつになったら相談者が来るんですか?」

「さあ?わからん」

 食堂でダラダラとしている御犬と二兎。誰も来ないため退屈を持て余していた。

「そもそも、UMAニアは未確認生命体や幻獣のお悩み相談所だからな。悩みがないならそれでいいと思うぞ」

「でも、それなら私達がここにいる意味もなくなるじゃないですか」

「そんなことないだろ。悩みが一つもないことはないだろうし、そろそろ誰か来るだろ」

 その時、玄関のチャイムが鳴った。

「ほらな。早速来た」

 御犬と二兎は玄関に向かった。

「そういえば二兎。お前、自分以外のUMA見たことあるのか?」

「いえ、両親とは会ったことないですし、兄弟もいません。今までは人間に紛れて生きていましたし。ケンさんが初めて会ったUMAです」

「そうなのか。じゃあ、人型以外のUMAがいることは知ってるか?」

「はい。そのくらい知ってます」

「どんな見た目でも、ちゃんと話は聞くんだぞ」

 御犬は、玄関の扉を開けた。

「あ、どうも」

「さようなら」

 御犬が開けた玄関の先に立っていた人物を見て、二兎が全力で扉を閉じた。

「…何やってんだよ、二兎」

「だって、今の見たでしょ?変ですよ!幻獣ですよ!未確認生命体ですよ!」

「お前だってそうだろ」

 御犬は二兎が閉めた玄関を再び開けた。さっきの人物は、まだそこに立っていた。

「悪かった。こいつ、まだ慣れてなくて……」

「いえ、気にしてませんよ。むしろ扉を閉められただけで良かった」

 玄関に立っていたのは山羊の顔を持つ高身長の男、ゴートマンだった。


「お、お茶です……」

「あぁ、どうも…ちょっと遠すぎませんか?」

 ゴートマンの隣の席にお茶を置く二兎。御犬はそれをゴートマンの前まで運んだ。

「あぁ、すいません」

「いえ、こっちも失礼ばかりで」

 食堂。御犬はゴートマンの正面に座り、二兎は御犬の隣に座っている。御犬の陰に隠れながら、二兎はゴートマンに質問をした。

「あの…安全なんですか?」

「あぁ、大丈夫。私は人もUMAも襲わない。見た目が山羊なだけのおじさんだよ」

 のんびりとした口調だった。ゴートマンは頭は山羊そのもの。頭の上には立派な角が二本あり、顎には白い髭が生えている。上半身はランニングシャツを着ていて、下半身は長ズボン。頭以外は全て人間で、おじさんという割には筋肉質だった。

「それで、今回はどんな要件を?」

 御犬がゴートマンにそう質問をした。

「ええ、実は頼みたいことがありまして」

 ゴートマンはそう言って、持ってきたリュックから写真と紙を取り出した。

「この子を、探して欲しいのです」

「この子は………」

 ゴートマンが出した紙には説明文が書いてあった。写真は二枚あり、一枚には一人の猫耳の女の子、もう一枚には二股の尻尾を持つ白猫が写っている。

「その子は私が知り合いから預かった子なのです。その子の親は旅行に出かけ、その先で事故に遭い二人とも亡くなりました。それから約十年。私が育ててきたのです」

「この子の名前は?」

三毛根子みけ ねこといいます」

「……白猫なのに?」

「はい。歳は人間で言うと十歳。この森の近くにある、人間の街を彷徨っているようです。私はこんな見た目なので街には行けません。どうか、よろしくお願いします」

「迷い猫ですか。わかりました。引き受けます」

「いつまでも一人だとかわいそうですよね」

 二兎は早くもゴートマンに慣れてきたらしい。

「よし。早速行くか。ゴートマンはここで待ってて。多分、すぐに見つかる」

「ありがとうございます」

 御犬と二兎は、必要な荷物を持ってUMAニアの外に出て、ある壁の前に立った。そこには屋根があり、屋根の下に大きな鏡が一つ置かれていた。

「ケンさん。本当にこれで移動できるんですか?」

「あぁ。大丈夫だ……多分」

 御犬が鏡に触れると、鏡が光り、その光は二人を包んだ。


「おお、成功みたいだな」

 御犬と二兎は都内の高い高層ビル同士の間にある、細い裏路地の行き止まりに立っていた。不法投棄されたらしい古い家電製品や雑誌などが散らかっている。

「本当に移動できましたね」

「あぁ、あの鏡はおじさんの形見の中の一つで、遥か昔に栄えた森精霊エルフの秘宝で”森精霊のシュピーゲル”っていうものだ。ある程度の範囲なら自由に移動できる」

「もっと早く準備してくれてれば、十時間もかけて歩くことなかったのに……」

「普通は五時間だ。方向音痴なんだからしょうがないだろ」

「ほ、方向音痴じゃないです!ただ道がわからなかっただけで……」

「道なんて元々ない。ただ真っ直ぐ北に向かえって言われていたはずだぞ」

「う…仕方ないじゃないですか。私はカーバンクルなんです。周りの鉱石に方向感覚を狂わされるんです」

「開き直るな。確かに一理あるが、あそこには強力な力を持つ石は無い。九割はお前の方向音痴が原因だ」

 二人は裏路地を抜け、大通りに出た。休日の昼過ぎだからか、人が多い。

「うわぁ、人がいっぱい…私、田舎にいたのでこんなの初めてです」

「気を付けろよ、方向音痴。迷ったら面倒だ」

「だ、大丈夫です!」

 二人は歩き出した。

「それで、どこから探しますか?」

「“森精霊の鏡”には、探している人や物の大体近くに移動させる力もある。ピンポイントに移動するには、移動先に特別な道具を置かないといけないけどな」

「それじゃ、どうやって私達は帰るんですか?」

「これがあれば大丈夫」

 御犬は鞄から小さなキーホルダーを取り出した。キーホルダーには透明なガラス玉が付いている。

「このガラス玉は”森精霊の聖石グラール”っていって、これを置いておけば“森精霊の鏡”からピンポイントで移動できて、持ち歩けばどこからでも戻ることができる。数に限りがあるけどな。それより、早く根子を探さないと」

「十歳ですから、行くところっていうと飲食店とかでしょうか?お腹すいてるだろうし」

「いや、お金を持っていない可能性もある。猫又なら狭いところだな。そして食べ物をただでくれるところ」

「ただで食べれて、狭いところ、ですか?」

「とりあえず飲食店の裏に行こう。猫の溜まり場になっているならそこにいる可能性がある」

「なるほど…猫の姿なら、そうゆうところに行けば飢え死には避けることができますね」

 御犬は近くの飲食店に入った。二兎も一緒に入る。

「いらっしゃいませ!何名様ですか?」

「あ、いや、食べに来たんじゃないんですけど……」

 御犬が店員に猫の溜まり場がないか聞いた。

「猫の溜まり場、ですか?何故そんなことを?」

「学校の課題で、動物に関するレポートを書くことになったんです。それで俺は、ここら辺の猫の毛の模様の比率とかを調べようと思って。妹も手伝うと言ってくれたので、二人で猫を探してるんです」

「なるほど。そうゆうことでしたら、この店の裏にも何匹か来ますよ。でも、ここから道路を挟んだ向こう側にある、大きなファミリーレストランの裏には、ここの何倍も猫が集まるそうですよ?」

「この店の裏は入っても大丈夫ですか?」

「はい。店の横の細い道から入れます。そこは店の敷地ではないので大丈夫です。向かいの店も同じだと思いますが、一応聞いてみてください」

「わかりました。ありがとうございます…あ、ここの店、持ち帰りできますか?」

「はい。できます」

「じゃあ、飲み物二つください。オレンジジュースとコーラ」

「はい。わかりました」

 店員はすぐに飲み物が入ったカップを二つ持ってきた。御犬はお金を払い、オレンジジュースを二兎に渡した。

「外でポイ捨てはしないでくださいね」

「わかりました」

 二人は店を出た。店の裏に行くために狭い通路を進む。

「それにしても、さっきの凄かったです。よくあんな設定思いつきましたね」

「店に入る前に考えた。三毛根子が猫又で良かった」

「私はびっくりしましたよ。いきなり妹になったし」

「姉には見えないからな、身体的に」

 御犬は二兎の胸部を見ながら言った。

「な、なんですか!まだ発達途中なんです!きっと数年後にはもっと成長してます」

「無理だろ」

 真顔で言ってそのまま進む御犬。その背中をポカポカ叩きながら二兎が追いかける。少し歩くと、店の裏に出た。大きなゴミ箱やダンボールがいくつか置いてあり、数匹の猫がいた。

「いろんな猫がいますね」

「まずは白い猫を探すんだ。その後、その猫の尻尾の数を見る。二つあればそいつが三毛根子のはずだ」

 御犬と二兎は、飲み終わったカップをゴミ箱に捨ててからその場にいる猫を調べた。白猫は何匹かいたが、全員尻尾は一本。話しかけてもニャアと泣くだけだった。

「ここにはいないみたいですね」

「店員さんが教えてくれた、向かいの店にも行ってみよう」

 二人は歩道橋を渡って向かいの歩道に渡った。

「すごい店ですね。さっきの店の二、三倍はありそうです」

「店が大きければその分食べ残しや捨てる食材も増える。それに弱い猫も入りやすい」

「弱い猫?どうゆうことですか?」

「小さい店なら丸々強い猫の縄張りになっている可能性もある。その猫の独占欲が強ければ他の猫は入れないことだってある。」

「そっか、猫は縄張り意識があるんですね」

「あぁ。猫の縄張りは縄張りの中の食料の量で広さが決まる。小さい店だと食料が少ないから全部縄張りになる。大きい店なら、複数の縄張りが重なる」

「だから、根子ちゃんがいる可能性が多いと?」

「あぁ。そう思う。もしここが駄目なら、別の大きい店を優先的に探す」

 二人は店の前でチラシを配っている店員に、さっきと同じように猫探しを理由に店の裏に入れるかを確認した。店員はすぐに店長に確認をし、御犬と二兎は裏の猫の溜まり場に入る許可を貰った。

「根子ちゃん、いるといいですね」

「あぁ。子猫だからあまり長い期間迷子になっていると流石にマズイ」

 二人は店の裏の猫の溜まり場に着いた。さっきの店より置いてあるゴミ箱やダンボールの数も多く、猫も沢山いた。

「沢山いますね」

「白い子猫だけでも何匹いるか……」

 二人は片っ端から白い猫を見て回った。しかし二股の尻尾を持つ白猫はなかなか見つからない。

「ケンさん。ここにはいないんじゃないんですか?」

「全部見ないとわからないだろ」

 御犬と二兎は猫に引っ掻かれながら白猫の確認を続けた。それでも、根子はいなかった。


「結局、いませんでしたね。根子ちゃん」

 御犬と二兎は、あれから数件の店を見て回った。それでも根子は見つからない。二人は都心の大きな公園に来ていた。ベンチに座って休憩をしている。

「一体どこにいるんだろうな。ここら辺なのは確かなんだが……」

 御犬はスポーツドリンクを飲み、二兎は公園の中にいたクレープ屋で買ったクレープを食べている。二人が根子を探し始めて、既に三時間経っていた。

「ここら辺は猫の溜まり場が多いからな」

「もしかしたら、店の溜まり場には行ってないんじゃないんですか?」

 二兎が鼻に生クリームを着けながら言った。

「その可能性はあるな。子猫だから一人で狩りをして生き延びることは難しい。それは本能で感じているはずだから、店の食べ残しとかで食いつないでいるかと思ったんだけど……」

「ほら、おいでおいで」

「ん?なんだ?」

 二人が座っているベンチの近くで、おばあさんが鳩に餌をあげていた。

「へえ。都心でもいるんだな。ああゆう人」

「都会だと、動物に目を向けない人は沢山いますからね」

 二人がそう言いながら見ていると、おばあさんは鳩の餌がなくなったらしく、帰り支度を始めた。

「さて、次は猫ちゃん達のところに行かないと……」

 そうおばあさんが言ったのを聞いて、御犬はすぐにおばあさんに話しかけた。

「あ、あの。おばあさん、猫にも餌をあげているんですか?」

 すると、おばあさんの表情が少し厳しくなった。

「なあに?貴方達。動物に餌をあげるなとか言いに来たの?」

 おばあさんは周りにいる人をチラ見しながら言った。近くには何かの団体がチラシを配っていて、御犬達を睨みつけていた。

「ち、違うんです。実は、うちの猫が一週間前から姿を見かけなくなってしまって、探しているんです」

「…その猫ちゃんの写真、持ってる?」

 おばあさんに言われて、御犬はゴートマンから預かった根子の写真を見せた。

「尻尾が二つ…この猫ちゃん、一週間くらい前からいなくなったの?」

「は、はい。そうですけど……」

「なるほどね」

 おばあさんはそう言うと、ゆっくりと立ち上がった。さっきまでの険しい顔ではなく、優しい顔に戻っている。

「その猫ちゃんなら、心当たりがあるわ。貴方達は悪い人ではないみたいだし、案内して挙げる。ついておいで」

 おばあさんは団体を睨みつけてから、公園の出口に向かった。御犬と二兎もそのあとを追う。

「この辺りには野良猫が多くてね。弱いメス猫や子猫は餌を食べれないことが多いの」

 歩きながらおばあさんは話を二人に聞かせた。

「そんな猫ちゃんが可哀想で、私が餌をあげることにしたの。さっきの団体は、野良猫・野良犬撲滅運動の連中よ」

「野良猫・野良犬撲滅運動?野良猫と野良犬をなくすってことですか?」

「それって、保護してくれるんじゃ?」

「連中は違うわ。連中は野良猫や野良犬を捕まえて保護すると見せかけて、毎日殺処分してるの。最近では犬や猫を食べる習慣がある国や地域に売りつけてるって噂もあるわ」

 御犬と二兎は驚いて、その場で立ち止まった。

「そ、そんなことしてるんですか?あの人達」

「あくまで噂だけどね……さ、着いたわ」

 おばあさんと御犬、二兎が到着したのは、小さな公園だった。あるのは小さな公衆トイレとベンチが三つ。遊具はブランコと滑り台のみ。さっきの公園と比べると、とても小さい。

「さっきの公園ができてから、ここには誰も来ないのよ。来るのは私みたいな物好きな老人だけ。もう忘れられた公園よ」

 おばあさんは公園の端に向かった。御犬と二兎もそれに続く。

「人がいないから、傷ついた動物はよくここに来るの」

 おばあさんは持っていたバックから猫缶をいくつか取り出し、蓋を開けてその場に置いた。すると、叢から猫が数匹出てきた。

「さ、安物だけど、食べて」

 猫達は安心したように猫缶を食べ始めた。

「あれ……この子達、よく見たら怪我してる……」

 猫達は、脚や顔に怪我を負っていた。どれも古い傷らしく、既に回復しかけている。

「全員家に連れて帰えるわけにもいかないから、軽傷の子はこうやってここで面倒を見てるの」

 おばあさんは猫達が食べ終わった猫缶を片付けると、猫達を叢に入れた。猫は大人しく従っている。

「貴方達が言っていた子はうちにいるわ。すぐに行きましょう」

 おばあさんは二人を連れて自宅に向かった。


「ここよ」

 小さな公園から徒歩五分ほどで着いた家は、古い家だった。

「ここで、年金暮らしをしてるの。子ども達はみんな自分の家族を持ってるしね」

 おばあさんは二人を家に入れた。

「そうそう。まだ名前を言ってなかったわね。私は菊っていうの。お菊さんとか、菊ばあちゃんとか呼ばれてるわ」

「俺は安賀多御犬っていいます」

「わたしは東海二兎です」

「あら、名前は違うのね。血は繋がってないの?」

「はい。実は、そうなんです。お互いの親の連れ子同士なんです」

「そう。苦労してるのね」

 お菊さんはある一室に二人を入れた。そこには、数匹の猫がいた。

「ほら、今テレビの上にいる子。あの子じゃないかしら」

 お菊さんが、部屋の中にあるテレビの上で寛いでいる白猫を指さした。後ろを向いているが、尻尾は二つに分かれている。

「確認します」

御犬はその猫を抱き上げた。猫は一瞬、驚いたような顔をしたが暴れることはなかった。

「多分、この子です。間違いないと思います」

 お菊さんは、安心したように「よかった、よかった」と言っている。

「その子は、例の団体に捕まりそうになっていたのを、私がこっそり助けたの。保護者が見つかって良かったわ」

 お菊さんは二人にお茶とお菓子を出してくれた。御犬が座ると白猫はその膝の上で眠りだした。二人はそのお茶とお菓子をご馳走になった。そろそろ帰ろうかと御犬が思ったとき、お菊さんは唐突に、御犬と二兎に聞いてきた。

「ところで、本当は何者なんだい?貴方達」

 二人は一瞬固まったが、御犬がすぐに誤魔化す。

「な、何者って……血の繋がっていない兄妹ですけど?」

「嘘ね。大きな魔力を感じるわ。御犬君からも、二兎ちゃんからも、その白猫からもね」

「なんで、それを……」

 御犬と二兎は驚愕した。魔力は限られたUMAや幻獣が持っている力で、ただの人間がそれを感じることは出来ない。

「お菊さん。貴方は……」

 お菊さんは落ち着いた様子でお茶を飲んで、話し始めた。

「私の家系は、代々特別な力を持ってるの。生まれるのは九割が女児。私の家系の人の母乳を与えた子どもは病気にならないとも言われているわ」

「母乳で、病気にならない……?」

「確か、その特徴を持っているのは……」

「バンシーよ。アイルランドやスコットランドに伝わる妖精。私の祖先のどこかにバンシーがいるの。だからバンシーの力は受け継がれているわ。力はどんどん弱くなってるけど。私の母には殆ど力が無くて、私はなぜか強い力を持って生まれたの」

「それで、俺達の魔力を感じることができたのか……」

「ええ。バンシーには母乳を飲ませた子供を強くする他に、様々な家事をこなす能力や人の死期を感じ取る能力、傷を癒す能力を持っててね、私は母乳の能力と、傷を癒す能力を持ってるの。他人の死期を感じ取ることはできないわ」

「その能力はない方がいいですよね」

 そうね、とお菊さんは頷いた。人の死期がわかるなんて、そんな能力を持っていたらいつか気が狂ってしまうだろう。

「そろそろ猫ちゃんも、人間の姿になってもいいんじゃない?」

 お菊さんが御犬の膝の上に乗っている白猫にそう言った。白猫はそう言われてすぐに起きたかと思うと、膝の上で光りだした。御犬と二兎が驚いていると、いつの間にか白猫の姿はなく、代わりに猫耳の少女が膝の上でちょこんと座っていた。色素の薄いショートカットで、大きな瞳には幼い子どもらしさがある。

「君が、根子ちゃん?」

 御犬が自分の膝の上で伸びている少女に問いかける。少女は猫耳はピクピク動かして、御犬の顔を見上げた。

「うん。私が、根子。十歳」

 幼さの残る声で根子がそう言った。

「根子ちゃんっていうの。可愛い名前ね」

「うん。ありがと♪」

 根子は無邪気に笑った。猫耳以外は人間の十歳児と全く同じようだ。

「根子ちゃん、十歳にしてはかなり強力な力を持っているようね。しかも上手く力を抑えてる。親御さんが優秀なのかしら」

「私、お母さんもお父さんもいないよ?」

「あら、じゃあ御犬君達が面倒を見てるの?」

「いや、俺達はゴートマンから頼まれて迷子になった根子を探しに来ただけです。本当はゴートマンが世話をしてるんです」

 それを聞いて、お菊さんの顔が険しくなった。

「ゴートマン?この子、ゴートマンに育てられたの?」

「は、はい。そうですけど?」

「ありえないわ。ゴートマンは昔から荒々しく好戦的で、場合によっては人間を襲うこともある種族よ。他の種族の子供を育てるなんて……」

「でも、私達が会ったゴートマンは、そんな風には見えませんでした。優しいおじさんって感じでしたよ?」

「お前、最初会った時に玄関閉めてたじゃないか」

「あれは見た目に驚いただけです」

「ねえ、そのゴートマンに会わせてくれないかしら?そのゴートマンが本物じゃない可能性もあるし、本物なら暴れだす可能性もある。本当はどうなってるのか気になるの」

「……そうですね。確かにゴートマンは本来凶暴なUMAです。長い年月の間に優しいゴートマンもできたんじゃないかと思っていたのですが……」

 御犬と二兎、そして根子とお菊さんは四人でUMAニアに戻ることになった。


「ここがUMAニア…立派な建物ね」

 森精霊の聖石によってUMAニアに戻ってきた御犬と二兎、根子、お菊さんは、UMAニアの中に入った。

「ゴートマンは食堂で持ってます」

 四人は食堂に入る。しかし、そこにゴートマンの姿はなかった。

「あれ、いない?」

「お手洗いでしょうか?」

 二兎が、ゴートマンが座っていた席を見る。そこには手紙が一通置いてあった。

「ケンさん、これ……」

 御犬達がその席に集まる。

「…勝手ながら、根子のことをよろしくお願いします。私はこれ以上、一緒にいることはできません。私は一人で旅に出ます……ゴートマンの手紙か」

 御犬が手紙を読んだ。

「これ以上一緒にはいれない…一緒にいると危険だからか?だったら本物のゴートマンの可能性が高いな」

「どうします?探しますか?」

「どこをだよ。森精霊の鏡を使うことをゴートマンも知ってるから見つからないようにしてるだろうし、ゴートマン自身が危険な怪物になっているなら近寄ることはできない」

「とりあえず今は、根子ちゃんをどうするかよ。貴方達二人で面倒を見れるの?」

 お菊さんに言われて、御犬と二兎は顔を見合わせる。

「大丈夫、だと思いますけど……」

「俺達は学校には行ってないし、根子とは常に一緒にいれます」

「そう。なら、大丈夫ね」

「お菊さん、帰るんですか?」

「ええ。家にはまだ怪我をしている猫ちゃんが沢山いるし、撲滅運動の連中とも戦っていかないといけないからね」

 お菊さんは根子の頭を撫でた。根子は嬉しそうに目を細める。

「何かあったら、また私の家に来なさい。UMAについての情報もある程度ならあるわ」

「あ、それなら、少し待っていてください」

 御犬は一度食堂から出て、少ししてに戻ってきた。手には何かの小さな箱を持っている。

「これを、お菊さんの家に置いておいてください。“森精霊の聖石”です」

 御犬は箱の蓋を開けた。中には少し大きめのガラス玉が入っている。

「UMAニアの外に“森精霊の鏡”があります。この“森精霊の聖石”を使えば、すぐにここに来ることができますし、ここから行くこともできます」

「わかったわ。家に置いておくわね」

 お菊さんは箱に入った“森精霊の聖石”を受け取った。

「じゃあ、また今度ね」

 そう言ってお菊さんは玄関から出て、“森精霊の鏡”で自宅に戻った。


「さて、これからどうするか…」

 お菊さんが帰って、御犬と二兎、根子は食堂でおやつを食べることにした。御犬と二兎は既に食べ終わり、ゆっくりと食べる根子を眺めながら今後のことを話し合っていた。

「手がかりがないから、ゴートマンは探せませんよね」

「そうだな。直接聞きたいこともあるけど、根子を連れてきたときは本当に優しいゴートマンだったみたいだしな。何か事情があるんだろ」

「とりあえずは現状維持、ですか」

「そうなるな。他の依頼が来るかもしれないし、酷い言い方かもしれないが、ゴートマンにずっと構ってることは出来ない」

「おじさん、どこに行ったんだろ……」

 おやつを食べながら根子がそう呟いた。

「根子、心配なのはわかるが、今はどうも出来ない。大人しくここにいることしか出来ない」

「わかってる。でも、心配」

 根子は小さい声で言った。

「おじさん、時々唸ったり、夜遅くに遠吠えしたりしてたから、心配。犬にでもなっちゃうんじゃないかな?」

「ゴートマンは山羊だから、犬にはならないぞ」

 でも、と御犬は言葉を続ける。

「唸ったりしていたなら、本来のゴートマンとしての性質が目覚め始めてるのかもしれないな」

「目覚める?封印でもしてたんですか?」

「ゴートマン自身が、自分の力を封印していたのかもしれない。どうやったかはわからないけどな。封印したとしてもゴートマンの凶暴さはUMAの中でもトップクラスだ。今は封印が解きかけていて、また封印しているのかもしれない」

 御犬は根子の頭を撫でた。

「心配すんな。そのうち帰ってくるだろ」

「うん。それまで、ここで待ってる」

 根子は笑ってそう言った。

「あ、じゃあケンさん。今から買い物に行きましょう」

「は?なんで?」

「だって、根子ちゃんはこれからここで暮らすんですよ?いつまでになるかわからないし、日常品を買っておかないと」

「ああ…そうだな。そういえば服も何もないんだよな」

 根子は御犬と二兎が探し出してここに来た。だけどその時には、保護者のゴートマンはいなかった。つまり根子の日常品は、ここには何もない。あるのは、今着ている服のみだった。

「よし。じゃあ買い物に行くか。根子の耳は帽子で隠す。二兎は根子と一緒に“森精霊の鏡”の前で待ってろ。俺はお金を取ってくる」

「わかりました。行こう、根子ちゃん」

「うん」

 二兎と根子は玄関に向かった。一方御犬は、UMAニアの中にある、巨大倉庫に向かった。その倉庫にはこの家の元持ち主である御犬の祖父が集めた、様々な道具やガラクタが収納されている。“森精霊の鏡”や“森精霊の聖石”もこの倉庫にあった。

 御犬は、まだ埃を被っている道具が並んでいる通路を奥に進んだ。奥には、人が何人も入れるような、巨大な金庫があった。そこには祖父の莫大な財産がしまってある。

「これを開けられるの、俺だけなんだよな……」

 御犬は金庫の入口にある、四角い部分を触る。そうすることで、この金庫は開くのだった。

「なんかわからないけど、高度な魔法とか聞いたな。俺の家系しか開けられないとか……魔法というか、呪いとも言えるんじゃないか?財宝を守る呪い」

 御犬は金庫の中のお金を少し取って、持ってきた財布に入れた。

「今度、講座とクレジットカード作らないと…いちいち現金払いじゃ大変だし…いや、今から買い物に行くし、ついでに作ってくるか」

 御犬はさらに金庫からお金の束を取り出し、今度はカバンに入れた。そして金庫を閉めて、二兎と根子が待つ玄関に向かった。

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