その先にあるものは
あと1分。
所々はねた灰髪をまとめた細い束が風に揺れる。
風に運ばれてきた金属の臭いが鼻をつく。
目元を隠すようにかぶった焦げ茶のハット、七分までの白いシャツに短めのベスト、スキニージーンズにシワをつくるハイブーツはカウボーイを連想させる。だが幼さが残る顔の線でワイルドさが欠けてしまっている。
背筋を伸ばしブレのない動きとは正反対に、少年はゆったりとした足取りで進む。その姿は、威圧感と共に他人と目を会わせないという、無言の拒絶を強く感じるものだった。
近くで汽笛が鳴る。
あと50秒
その音に馬達が驚きいななく。
蹄が剥き出しの鉄床とかち合って金属特性の音が響き渡る。
馬をひく主人はわずらわしそうな目で彼らを睨み、強引に手綱を引っ張っていく。
深夜、ネオンの色が目に焼き付くほど通りで光を放っている。ジャズ風の音楽で埋め尽くされた表通りは、この都市を覆う壁外の現実から人の目を遠ざける。その陰へ隠れるようにひっそりと息づく入りくんだ裏路地は、ぼんやりと怪しげな火を灯す。
表とはまた別の快楽を孕むそこには、鬱陶しいほどにじっとりとした甘い香りが漂っている。そこには無数の視線が絡んでいる。まるで、迷い込んだ獲物を誘い込み補食する食虫植物のように。
そんななかを彼は気にもとめずに進む。その目は決意いや確信の光を灯しているように思えた。
いつもなら即座に動く魔の手は、彼の前ではなんの驚異でもなかった。
40秒
カツカツと鳴り響く足音の先は、裏路地の出口。その光の向こうには突風と車輪の音が、微かな煙の臭いを運んできた。手にしていた花の花弁が離れて空に舞っていく。
「おい、お前さんなにする気だその先は...」
ボロ切れともとれる汚れた清掃服を着た老人が、怪訝な顔をして問いかける。しかし少年は聞こえていないのか、問いには答えずズンズン突き進む。
30秒
その方向には何もないはずだ。
厳重に設置された線路以外は。
流石に周りも異変を察して騒ぎ出す。
少年はあと一歩のところで立ち止まる。
手に握った一輪のはなを一瞥して前を向く。
20
列車の車輪の音が近づいてくる。
突如裏路地から出てきた少年。その足取りはしっかりとしていて迷いを感じさせない。そして口許には笑みを浮かべていた。狂気にとりつかれたとしか言い様のないその雰囲気に、周りは騒然といていた。
何人かが差し抑えようと走り出した。何かを叫んでいるが汽笛で聞こえない。
10
気配に気づいて振り替える少年の顔は、何を慌ててるんだ、そう言っているようだった。
その微笑みには狂気など微塵も感じられない。
穏やかな表情だった。
5
少年は向き直り花を天に掲げた。
4
異様な光景に、止めに入った人間は驚愕から歩みを止めて見いってしまう。
3
笑みを浮かべた口が静かに動いた。
2
呟くと同時に踏み出す。
1
「-- --」
ぐしゃりという音の後に汽笛が悲鳴のように泣き叫んだ。
数少ない花びらは茎を捨てて舞っていった。