表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
アングラメイユ  作者: 焼かれた魚
誕生
1/5

その先にあるものは

あと1分。


所々はねた灰髪をまとめた細い束が風に揺れる。

風に運ばれてきた金属の臭いが鼻をつく。


目元を隠すようにかぶった焦げ茶のハット、七分までの白いシャツに短めのベスト、スキニージーンズにシワをつくるハイブーツはカウボーイを連想させる。だが幼さが残る顔の線でワイルドさが欠けてしまっている。


背筋を伸ばしブレのない動きとは正反対に、少年はゆったりとした足取りで進む。その姿は、威圧感と共に他人と目を会わせないという、無言の拒絶を強く感じるものだった。


近くで汽笛が鳴る。


あと50秒


その音に馬達が驚きいななく。

蹄が剥き出しの鉄床とかち合って金属特性の音が響き渡る。

馬をひく主人はわずらわしそうな目で彼らを睨み、強引に手綱を引っ張っていく。


深夜、ネオンの色が目に焼き付くほど通りで光を放っている。ジャズ風の音楽で埋め尽くされた表通りは、この都市を覆う壁外の現実から人の目を遠ざける。その陰へ隠れるようにひっそりと息づく入りくんだ裏路地は、ぼんやりと怪しげな火を灯す。


表とはまた別の快楽を孕むそこには、鬱陶しいほどにじっとりとした甘い香りが漂っている。そこには無数の視線が絡んでいる。まるで、迷い込んだ獲物を誘い込み補食する食虫植物のように。


そんななかを彼は気にもとめずに進む。その目は決意いや確信の光を灯しているように思えた。


いつもなら即座に動く魔の手は、彼の前ではなんの驚異でもなかった。


40秒


カツカツと鳴り響く足音の先は、裏路地の出口。その光の向こうには突風と車輪の音が、微かな煙の臭いを運んできた。手にしていた花の花弁が離れて空に舞っていく。


「おい、お前さんなにする気だその先は...」


ボロ切れともとれる汚れた清掃服を着た老人が、怪訝な顔をして問いかける。しかし少年は聞こえていないのか、問いには答えずズンズン突き進む。


30秒


その方向には何もないはずだ。

厳重に設置された線路以外は。


流石に周りも異変を察して騒ぎ出す。



少年はあと一歩のところで立ち止まる。

手に握った一輪のはなを一瞥して前を向く。


20


列車の車輪の音が近づいてくる。


突如裏路地から出てきた少年。その足取りはしっかりとしていて迷いを感じさせない。そして口許には笑みを浮かべていた。狂気にとりつかれたとしか言い様のないその雰囲気に、周りは騒然といていた。


何人かが差し抑えようと走り出した。何かを叫んでいるが汽笛で聞こえない。


10


気配に気づいて振り替える少年の顔は、何を慌ててるんだ、そう言っているようだった。


その微笑みには狂気など微塵も感じられない。

穏やかな表情だった。


5


少年は向き直り花を天に掲げた。


4


異様な光景に、止めに入った人間は驚愕から歩みを止めて見いってしまう。


3


笑みを浮かべた口が静かに動いた。


2


呟くと同時に踏み出す。


1


「--     --」


ぐしゃりという音の後に汽笛が悲鳴のように泣き叫んだ。


数少ない花びらは茎を捨てて舞っていった。




評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ