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暗闇

うつらうつらとしていた頭に次の停車駅を告げるアナウンスが響く。

滑らかでいて、誰にでも聞き取りやすい発音。

それなのに機械的に感じてしまうのはなぜだろう。

人の声と機械の声はいつの間にか隣同士の関係性を乗り越えてしまった。


「そろそろかな」

窓の外を伺うと少しずつだが曇りがちな街の景色が流れる速度を変えて徐々に浮かび上がる。

なんだかとってもアンニュイだ。うん、アンニュイだ。

意味はよく分からないけど。

ホームはまだ見えない。

見えない、のに、この速度……?

異変に気づきキョロキョロと辺りを見回す乗客達で車内がざわつく。

まだ高架線上で停止音がかかる。

皆一斉に停止情報を探してアクセスを始めた。

アナウンス一つ流れないこの事態はちょっと異常だ。


「ノウン、止まるの早すぎない」

「何か速報出てるかな、ちょっと出してくれる?」

『緊急停止装置が働いている』

「え、なになに。事故とか勘弁」

非常に心が痛むが僕は急いでいるんだ。ついでに追われてるんだ。

鉄道会社の方には頑張って頂きたい。


『外部からのアクセスによる緊急停止要請』

『来るぞ』


何が、と言う前に窓ガラス越しにレールを走ってくる白コートが見えた。

今朝から勤務お疲れ様です。

僕は彼らの常識を疑う。せめてホームに入るまで待てよ。

ダイヤの乱れは心の乱れに繋がるよ。

社会は規則正しく動いているのに。

憤慨である。

だが、そんなことを言ってる場合ではない。


「ろ、籠城する?」

多分無理だろうけど。

『ある程度は可能だが物理的に破壊を行われると時間の問題だ』

可能なのかよ。ある程度ってどの程度なのかな。


乗客の一人が唐突に立ち上がって外に向かって指を指す。皆一斉に顔をやる。

彼らも益々混沌としてくる異常事態に気づいたようだ。

僕にとっての時間の問題はもっと別の方向から迫ってきているんだよ。


「やっぱやめとく」

『懸命な判断である』

「他にプランはあったりする?」

『内部システムを上書きし緊急停止を解除する』

「それは要するにこの電車を動かすということで合ってるよね」

『そうだが』

「レール上には人がいるんですが」

『避けるのではないのだろうか』


どうして肝心のところが疑問形なのか。


「後からこの議題についてはもう1回会議しような、ドア、開けられる?」

ここから走って、逃げ切れるだろうか。

『可能だが逃げ切ることは不可能』

遮蔽物もなければ、ましてや一本道の高架線。

逃げ切れない、か。

逃げ切れない。だよね、そうだよね。どうしようか。


「んー話し合いとかしてみるか」

『今更』

「君に言われるとムカつく」

『何故』


何故なんだろうな。さっぱり分からない。

がっくりと落としすぎた肩がとても疲れる。


ガシャン、と前方のほうからアナログなドアが開く音が聞こえる。

慌てて他の乗客に紛れるようにすると、席に座り縮こまってわざとらしいぐらい深くフードを被って俯く。

怪しさ全開だ。僕なら真っ先にコイツを職質する。

車内にはそのまま動かないでくださいとの指示が飛び交う。

いっそ開き直って堂々としていたほうがバレなかったりするのかな。


「バレませんように」

『顔入りの住人コードを既に向こうは掴んでいる』


なんて無慈悲な。

うるせえ。

ささやかな努力をさせろ。


『偽証を行う』


コツコツと靴音が近づいてくる。

乗客を一人一人の住民コードをスキャンしているようだ。

僕の顔を忘れていますように。

顔確認なしのコードスキャンのみしかしていないならかわせるかもしれない。

一筋に希望が見えてくる。


落としている視線の下で黒のブーツが止まる。


「ご協力をお願いします」

頭上からの男の声にうつむいたままゆっくりと頷く。

「失礼します」

何も失礼することなんかないのだが、形式通りの挨拶をすませた男はスキャン認証を始めた。

僕の目の前にも僕自身の、ではなく全く知らない奴のデータが浮かび上がり、アクセス許可を求める通知に答える。

偽証すごい。なんかすごい学園に通ってる学生ってことになってるぞ、誰だコレ。

早く終わってくれと祈りつつ冷や汗をかきながら男が認証を終えるのを待つ。

沈黙が長い。できれば質問には移らないで欲しい。僕は自慢だがウソを付くのは下手なんだ。


ぴぴ、とアクセス終了の通知。

「ご協力有難うございました」

男は丁寧に靴を揃えるとこちらに向かって頭を下げるような動作をする。

早く行け、行ってしまえ。

彼はまだ動かない。

「脈拍が少し早いですね……ご気分が優れないようですが大丈夫ですか」

げ、体調までは偽証できないのか。なんてこったい。


「大丈夫です、ちょっとびっくりしただけなので」

焦りでひっくり返った声をなんとか絞り出す。

なんだこの声。僕って本当に演技が下手だな。

「いや、本当に、大丈夫です」


大丈夫じゃねーな。ごめんなさい。

これ以上喋ったら墓穴をどんどん掘り続けて穴に入る前に過労死しそうだ。

この場合は何?憤死?


「そうですか。驚かせてしまい申し訳ありません。何か有りましたらすぐお声かけして下さい」


心の底から心配してくれているように男は言うともう一度頭を下げるような動作をしてようやく、隣へと移動していく。

お、終わった?驚かせないでよね。全くもう、困っちゃうわ。



――安堵しているのもつかの間。



「俺は何度も教えていると思うが」


ぴたりと先程の黒靴が止まって振り返る仕草をする。


「コードスキャンのみに頼るのではなく必ず――」


この声、どこかで……。


シルバーコートの端が視界にチラつく。

フードが引っ張られる。慌てて抑えるが相手の方が速度は上だった。


「相手の顔を確認するように、と言ってるよな」


胡散臭げにこちらを覗き込まれる。

僕は顔を引きつらせながらソロソロと頭を上げると、見覚えのある鋭い目と目が合った。


「今朝ぶりだな、解月アサト」


何処から何処までも決まってるね。

だけど、この人演技かかっているよな。絶対。


「こ、こんばんは~なんて」


愛想笑いをしつつどうでも良いことしか浮かんでこない僕の頭に絶望した。

行き当たりばったりのこの作戦だがイイ線いってると思ったのに。


「バレないとでも思ったか?お急ぎのようだが一連のことで少々お前に話がある」


まさに事件のことでお急ぎなんだけど。


さて、どうしてくれようか。

いい案、浮かばない?と目の前のウインドウの中にいる頼りになるんだかならないんだか分からない人工知能に必死で僕は合図を送った。





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