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空の嘘

長い間いた訳じゃないのにこの部屋とお別れは少し名残惜しい。

マンホールに擬態した入り口を背に僕は路地に舞い戻った。

もう辺りは暗い。空は曇っていて、時間感覚がいよいよ怪しくなる。

一度だけ振り返ってまた来れるかな、なんて思う。

一般人には刺激が強すぎた場所だけど僕の世界の狭さを学ばされたような苦い気持ちと純粋にあの怪しげな物品達への興味が湧いている。

百聞は一見に如かず、なるほど。昔の人は良いことを言ったものだ。


アスファルトを蹴って新しいナビが示すルートを進む。

魔王城に乗り込むには僕の経験値が絶対的に足りてない気がするが、なんとかするしかない。

こういう時はなんとかしなきゃいけないというか、なるようになるだろ。


72人の犠牲者と僕のこれからのためにも。


視界の邪魔にならないよう透過されたウィンドウが目の前に現れ、桜時奏についてのデータが浮かび上がる。

色素の薄そうな肌に茶髪。ごく普通の大人しそうな男の顔。でも顔色が不健康そうだな。

人殺しを積極的にするような顔には見えない。人は見かけによらないということか。

警戒は怠ってはならない。


「日本在住音楽学者、オーストリア留学経験アリ。西洋音楽から民族音楽に現代音楽、……心理・宗教系もやってるの?海外に行ってたとしてもこの若さで博士ってエリートじゃん」

ああハイスペック羨ましい。


路地を抜けて街中に移る。捜査官はいなさそうだ。

あの馬鹿に目立つコートを脱いで変装している可能性も考えて僕は持ってきた帽子を深く被る。

気分は指名手配犯だ。いや、既に指名手配犯かも。ぶるっと震える。


『学問について解説はいるか』

「どうせ分からないからいらないです。それより家族構成とかCmpoに入った経緯とか宜しく」

『了解した』

個人情報はデリケートな問題だ。この情報社会では仕方ないが、一昔前とは違ってそう調べることは難しい。


『家族構成 父(国籍日本)-母(国籍オーストリア)-妹(国籍日本)。父親はオーケストラ指揮者・母親はパイプオルガン・ピアノの奏者。妹は学生。3人共既に死亡。死亡原因:妹は10年前自宅のベランダから転落死。父親と母親は7年前、海外公演移動中に飛行機事故で死亡』

『両親共に海外公演を頻繁に行っていたようだ。日本にはほぼいなかったと見ても構わない。各々の学歴と家族構成・公演国、企業スポンサーも必要ならば調べる』

『妹が死んだ後、大手企業を退職している。その後の3年間の動向は不明。Cmpoに入ったのは恐らく6年前を前後していると予測される。大学教授の推薦で入社しているようだが、Cmpo社内データまでは見られない』


個人情報保護法って何かな?僕はしばらく常識を捨てようと思う。そうじゃなければやってられない。

思わずガックリいきそうになる僕をすれ違う女性が不審そうな目を向けてくる。おおヤバイヤバイ。

駅の改札が見えてくる。電車か。


「家族全員死亡が気になるんだけど、3人とも本当に事故死?妹さんが亡くなった後に退職って所に何かありそうな気がするんだけどなあ。妹さんについて詳しく」

『了解した』

気がするばっかだな僕。何でも考えて見て駄目なら次へ行けばいいのだ。

幸い、情報は大量に提供されるしね。


アスファルトから傷一つ無い大理石へと踏み込む。駅はそこそこ大きいが時間帯を外しているからか人はまばらだ。

「あ、改札の認証どうする?移動ルートがバレるとまずいよね」

いつもの様に認証ゲートを通り抜けようとするが慌てて立ち止まる。

後ろのスーツのサラリーマンさんすみません、お先にどうぞ。


『改札はそのまま通って構わない。ナビが自動で偽装する』

「無賃乗車は良くないと思います」

『一人分払ったことに数値上なっている。問題ない』

「数値上なってるなら、問題ないね……」


全部終わったら必ず払いに来ます。ごめんなさい。あとついでにこのAIがもう少し倫理観を持つように学ばせようと思いますので今は許してください。


ウィンドウの画面が切り替わり何処かの国のコンサートホールが浮かび上がる。

徐々にステージ中央がアップになり、小さな女の子が映し出される。

妹さんね、あら可愛い。5~6歳ぐらいの頃かな。白いふんわりと裾が広がっているドレスに銀色で細工が施されたティアラ。母親似なのか彫りが深く、ステージで客席に向かって手を振りニッコリ笑う様子はお姫様って感じだな。


ウィンドウを横目に軽く早足になりながら発車時刻を確認する。

改札口をすり抜けてホームへと向かう。都市部へ戻る方面か。

ホームに着くと立ち止まって柱の影でコソコソする。

カメラ、カメラ大丈夫だと思うけど念のためにね。


『桜時エリィ享年17歳。日本国籍になっているがアメリカの病院に母親の出産記録が残っている。その後日本に帰国、両親の海外公演にも何度か同行して公演にも参加しているようだ。転落死についても日本の病院にカルテが残っている。自宅のベランダにて転落、事故死だ』


ん?桜時エリィ?


「桜時、エリィ?同じ名前だね。Elliyも白浜エリィさんもエリィだ」

ステージで楽器を演奏してる様子もなければ踊るような衣装にも見えない。もしかして彼女は。

「桜時エリィさんも歌手だったりする?」

『歌手だ。アマチュアで亡くなるまで公式の場には出ていないが相当の歌唱訓練を積んでいる。両親も投資を惜しんでいなかったようだな』

繋がりにはまだならない。だが点と点は見えてきた。


「これ絶対に妹さん関係じゃん。なんで先に妹さん情報くれなかったの」

『なぜそう考える。根拠はなんだ』

根拠、根拠ってこれだけ一致してればすぐ分かるものじゃないか。

「だって妹さんが亡くなってからすぐ行動起こしてるでしょ。しかも自分が作ったAIも恋人の名前も妹さんと同じってかなり執着してたってことじゃないかな。ちょっと異常だろ」


小声で呟きながら僕はあたりを見回してやってきた電車へ慎重に乗車する。

出口に一番近いポールに背を預けるとジッとホームから電車が離れるのを待つ。


『確かに死亡時期と失踪時期は重なっている。だが人は永遠には生きることが出来ない。死ぬものだろう』

『桜時奏も理解出来ないことを言っていた』


ウィンドウが重なって表示される。音声データ付きの動画には下を向いて電子キーボードを叩いている桜時奏。酷く無機質な目だ。何を考えているのか全くわからない。

ふいにこちらを向いて少しだけ笑う。その顔は穏やか、にも見える。諦観しているようにも見える。

そして口を開く。


――人は騙されることを選んでいる。本物を求めながらも多くの人は偽物で良いと思い込む。

――そして、現実を見るぐらいなら死を選ぶんだ。

――他人の死も、自分の死でさえも現実を見ることに比べたらずっとマシだと判断するんだよ。


声は独り言なのか、ノウンに向けたものなのか。


電車のドアがスライドして音もなく閉まる。ゆっくりと振動もなく動き始める。

外は本来ならば曇りなのに、窓に映る空は雲一つなく月が浮かんでいる。

楽しむための景色。

なるほど、人は騙されることを選んでいるのかもしれない。


プツンと切れた動画のウインドウに向かって僕は言う。

「ノウン、人は確かにいつか死ぬけどそれでも亡くなったらやっぱり凄く痛いんだよ」

「少なくとも残された僕は痛かったよ」


一瞬の間。

『そうなのか。やはり俺には理解できない。』

「分からない方が幸せなのかもしれないけど、そうだね。」

「とりあえず僕はまだ死にたくないかな。ノウンも分解されちゃ駄目だよ。分からなくても駄目だ」

ジジっとノイズのような音が混じる。

『了解した』


目的地までまだ時間あるかな。僕はまどろみながら考える。

桜時奏は妹のことが大切だったんだろう。理由はハッキリしないが多くの人を巻き込んで不幸にしてしまうぐらいに大切だった、ということなのか。

ふいに死んだ父さんのことを考えた。







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