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Divaの嘲笑


「だから私は言ったんですよ。まあ、責任は主任一人でお願いしますね」


 俺に忠実、というよりは完全にCmpoの犬である部下の突き放す言葉にはおざなりに手を振っておく。 


 壁はミラー張りになっていて天井も床も傷や汚れのない白さを保つ廊下。

 まるで何処までも続くかのように錯覚させ、幾重にも連なる自分を通り過ぎて進む。

 シルバーコートが歩く度に揺れる。何枚ものコートを羽織っているように映っている。

 時折、すれ違う白いコートの部下達は律儀に止まって頭を下げる。

 鏡が見せるのは今の自分と先の自分と過去の自分を象徴しているらしい。

 それでも終着地点は必ず来る。

 私はこの廊下が何度通っても好きになれない。


 ある鏡の前で立ち止まるとグリーンの細い光が一直線に上から下まで全身を貫いた。

 認証システム。生体反応と表情、ナビからの情報を瞬時に読み取っている。

 ドアの形のように鏡が青く光る。入室許可が降りたのだ。

 本社内は一見さんが来たら確実に無限に廊下が続く奇妙な建物としか思えないだろう。

 透き通るようなコバルトブルーに足を踏み入れる。


 部屋は廊下と違い、薄暗く、正面にある巨大なウィンドウの光だけが照明になっている。

 中央の木製に見えるデスクに腰掛ける中年だが眼光鋭い。


 報告をしなければならない。任務失敗という不名誉な報告を。


「失礼致します。例のAIと白浜エリィの件について報告に上がりました。」

「星崎か。既にログを見た。失敗したんだろう。捕まえるのには絶好の機会だったと思うが?たかが子供一人に何人の【優秀】な部下を連れて行ったんだ?セキュリティレベルを上げて市街地に大量のレッドコードまで張ったんだろう?その結果がこれか。」


 案の定嫌味だらけだ。自分は机の上でふんぞり返って大したこともせずにログを眺めていただけだ。

 私の上がコイツというのなら、さらにその上はもうブリッジでもしてるんじゃないのか。

 拳に爪が食い込む。


「被疑者、解月アサトの件ですが気になることを数点言っていました。」


 捕まえるために出来得る限りの全力を尽くしたが、彼はどうも嘘を言っている表情には見えなかった。


「彼は『自分は無関係だ』と主張をしていました。彼の身体能力には、AIのサポートも恐らくあったのでしょうが、我々が侮っていたことは認めましょう。だが彼がCompのサーバーにハッキングを行う技術も白浜エリィが使っていた改造コードを組み立て提供するような技術も持っているようには見えませんでした。そして、調べうる限りその経歴も至って平凡そのものです。」


 私はこの事件に関して幾つかの疑いを持っている。異常にきな臭いのだ。

 一般市民である彼になぜ強引に捜査の手を結びつける必要がある?

 しかも任意の事情聴取ではなく強制連行をしてこいと来ている。


 それよりも疑うべきは事情聴取だけで終わったあの男だろう。白浜エリィの恋人と名乗るあの男。

 彼の昔亡くなった妹の名もまたElliy、しかも音楽家ときている。

 白浜エリィの電脳空間での活動名義は<Elliy>。

 偶然の一致として片付けるには話が出来過ぎだ。


 思考の海から引きずり出されるように不愉快で人を小馬鹿にしたような声が通る。

「平凡?あの人数の現場捜査官すら手こずらせた子供がか?」


 悔しいが、それは事実だ。


「君はどうも現場で駆けずり回ってる事が多すぎて忘れているんじゃないかね。」

「解月アサトはあの【解月朝夜】の息子だ。どんな技術を仕込まれていてもおかしくはない。依頼は白黒を選ばず、が心情の男だっただろう。」


 そんなのは十分承知している。解月朝夜。表向きは探偵だったが裏では入手ルート特定不可能な情報提供から荒事解決まで何でも請け負っていた【何でも屋】というのが実態だ。

 裏でも表でも随分有名な人物だった。私は今でも彼が亡くなったことを信じられずにいるぐらいだ。


「ですが、親と子供は……「私情を挟むことは許されない。我々は常に【不変なる平等と博愛の天秤】を持って世界と接しなくてはならない。それがCompだ。」


 狸め。宗教と企業は切り離して考えるべきだろう。

 その理念を出せば何もかも黙らせることが出来ると知っての発言だ。


 そうだ。この企業はどこか狂っている。

【不変なる平等と博愛の天秤】がこの世に存在しているというのなら、それはその言葉を作ったやつの頭の中だけだろう。

 私の私情など吹っ飛ぶぐらいの矛盾じゃないか。


「もう失敗は許されないぞ。言い訳もだ。必ず解月アサトを捕まえろ。次にここに来るときは【捕まえた】という報告だけをしに来い。」


 絶対的な宣言という名の命令が下された。私たち現場捜査官には考える必要はないということか。

 そうか、それならいいだろう。こちらにも考えがある。


「分かりました。それでは失礼致します。」


 申し訳程度に頭を下げるとコートを翻してドアを再び開けて白の空間に戻る。

 来た道を再び引き返して行く。外に向かって。過去に向かって。


「全て調べ直さなければならない。」


 まずは過去からだ。あの狸が容易に解月の子供に目をつけた理由を。

 こだわりすぎている。解月アサトに。

 初動捜査の現時点で解月アサトが容疑者という証拠が揃いすぎているのは不自然だ。

 彼の事務所からのCompシステムへのアクセス、白浜エリィとのデータのやり取り、そしてAIが彼の元へ行ったという情報。


 いくらなんでも集まるのが早すぎる。まるで事前に知っていたかのようじゃないか。

 一番重要な"動機"も解月アサトにはない。AIをCompからすっぱ抜いて、さらに白浜エリィに改造コードを渡すという二つはまったく結びつかない。

 自分の技術をひけらかしたいハッカーが犯人というならまだ分かるが。


 理由は分からないが確実に上の連中は焦っている。捕まえることに躍起になっている。

 いくら白浜エリィが世界的に有名だとしてもここまで慎重性に欠けた捜査と大規模なチームを動かすだろうか。


 研究中だというAIに関してもそうだ。AIの内容すらまったく私達には公開されていない。

 何を目的に開発されていたのか。どのような機能を有しているのか。

 そもそもが、あのAIは明らかに『手に余る』性能だ。


 Compのコードをいとも簡単に壊し、解月アサトに指示を出して会話を成立させていた。

 まるで意思があるようではないか。

 白浜エリィの使用していた改造コードもそうだ。

 部下に解析させてみたが"何のためのコードなのか分からない"との回答だった。


 どいつもこいつも用途不明が多すぎる。ふざけた事態だ。

 もしかしたら白浜エリィも『手に余る』存在だったのではないか?

 例の男、【桜時奏】が見事に捜査から外されていることも可笑しい。


 いいだろう。解月アサトとAIを捕らえてやろう。

 だがお前らに引き渡すのは彼が本当に犯人なのか調べ終わった後でだ。


「星崎主任何処にいたんですか!!!報告があります、すぐ対策室に戻ってください!!!」


 顔をあげると部下が慌てた様子で大声をあげながらこちらに向かってくる。


「何処にって上司様への報告だよ。無事任務は失敗しましたってな。」


 こちらの不機嫌などお構いなしに若い彼は身振り手振りを交えながら続きを話し始めた。


「白浜エリィの……後追いと思われる自殺が全国で多発しています。」

「あれだけの有名人だろう。多少の後追いも出るさ。」


 まったく迷惑な自殺行為を公道でするやつが出るからそれに影響される迷惑な奴が更に出てくるんだ。

 命をなんだと思ってる。


「違うんです。違うんです。普通じゃないんです。」


 彼の顔は真っ青になっている。何をそう怯えているというのだ。


「何が普通じゃないんだ?説明しろ。」

「白浜エリィが……死んだ時刻と同時刻に全員が一斉に自殺をしているんです。しかも、首にナイフを突き立てて……。」


 何を言ってるんだ。どういうことだ。白浜エリィもナイフを使って自殺をしている。


「しかも、一人や二人ではありません。」

「何人だ。」

 耳鳴りがする。こういう時は大抵、とてつもなく悪いことが起こる合図。

 彼は答えない。

「何人だと、聞いているんだ。」



「今現在、確認が取れているだけで全国で72名です。性別も年齢も職業も全てバラバラで整合性がありません。」


 多すぎる。おかしい、これは後追いというレベルじゃない。


 言葉が出ない私に向かって彼は最後の追い打ちをかけた。


「死ぬ前に全員が電脳空間に白浜エリィが死ぬ直前最後に歌った歌をアップロードしています。」

「どれだけ規制をかけても、歌が拡散されているんです。」

「僕も彼女のファンだったんです。新曲がリリースされたら必ず聞いていました。」

「彼女は素晴らしい才能の持ち主です。彼女を歴史に残さなければならないんです。」

「今も歌が聞こえるんです。寝ても覚めても聞こえるんです。ウインドウに彼女が映るんです。」


 正気じゃない。医療センターに行くよりここは本部、医療チームの元へ引っ張っていったほうが早そうだ。

 コイツ薬でもキメてるのか?

「おい、良く分からないが眠れないのなら医者に診てもらうぞ。顔色が酷い。行くぞ。」

 彼の腕を引くがビクともしない。こんなに力のある男だったか?


「あの歌が……耳から離れないんです。ウインドウを閉じても、ナビを外しても、駄目なんです。」

「主任、僕はどうしたら良いんですか。」

「僕は死にたくない。助けて。」


 笑いながら泣いている。涙と鼻水に塗れた、狂気じみた顔。


「一昔前の呪いの歌でもあるまいし聞いたら死ぬなんてありえないだろう。考えすぎだ。お前は少し疲れてるんだ、休め。」

 安心させるように肩を大きく何度か叩く。

 彼は涙を拭うとこちらを見つめ返した。


 少しは落ち着いたようで、そうですね、そんなはずないですよね、僕ちょっと疲れてるかもしれません、今日は自宅に帰ることにします。と言ってその場を去っていった。


 私も対策室に戻ろう。彼の言ったことがどこまで正しいか確かめなくてはならない。

 もしかしたら彼の報告すら妄想なのかもしれない。

 歩みを早めて対策室へ向かう。



 過去へは戻れない。決して戻れない。

 鏡が映すのは現在だけだ。


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