S専用の電気ショックロープ
「奴がお前の所にいる間にお前ごと拘束させてもらうぞ。」
本来は事故現場にある一般人遮断用の蛍光色のグリーンロープが赤くなり始めながら僕の周りを取り囲もうと一本一本がうねり声をあげて迫ってくる。
これは、大分ホラーだ。
>>捕まれば俺は分解されてばら撒かれる
>>俺は白浜エリィを殺していない
>>無罪であることを主張する
分解されてばらまかれる?随分とまあ、物騒だ。
あ、ロープ。どうしよう。
「ヤバイ。あれって触ったら電気ショックだっけ。」
しかも赤色は容赦せん!って奴だ!
僕はまだ死にたくない。痛いのは嫌いだ。
必死で辺りを見回すと、彼のメッセージの通りブルーで示された的のような人一人通れるぐらいの三角を二つ組み合わせたような不思議な表示が視界に浮かび上がっている。
だがそれも次第に狭くなっていく。
あ、これ閉じたら逃げ道なくなるヤツだよね。
僕はダッシュでそこに向かって肩から飛び込む。
なんだか今日は飛んでばかりだな。
右、右、左、つぎは足元スレスレ。
車のボンネットに片手をつけて乗り越えたり、お隣の塀に両手をつけて思い切り力を込め、足を浮かせたりと忙しい。青いマークも忙しなく動き回っている。
次々とロープが僕の側をすり抜ける。
「何故拘束できない!?止まれ!」
「こちらの軌道が予測されているようですなあ▂▅」
「お前の専門じゃないのか!?なんとかしろよ!!」
「彼女に何か言っても無駄ですよ」
お控えの人たちは騒々しいな。混乱を物ともせず男が指示を入れる。
「構わん、獅子座、街中のセキュリティレベルを上げろ。一気にロープを張るんだ。市民には一斉に警告を入れろ。無関係の者に当てたやつは覚悟を決めておけ。」
おお、監察官の鏡。その勢いで僕の無実を信じてくれないだろうか。
そして連中は絶対に逃がすなよ、とか物騒な言葉が聞こえてくる。
「了解ぞなもし~。私1回でいいからこれやってみたかったんですです!テンション上がるう▂▅▇」
「責任の所在は全て星崎主任でお願いします。私は後々委員会に追求されるなんて、お断りですよ」
少女のような高い声と、それに準じて異を唱える男の声。
忙しなくタブをピアニストのようにタップする音が聞こえてくる。
人に拷問のようなトラップを仕掛けようとしているのにテンションが上がるって……。
人格に問題ある人しかいないの?
あと、当てた覚悟って何?こわすぎる。僕は社会に出てもああいう人種の部下には絶対になりたくない。
>>第一段階回避完了
>>第二段階に移行する
>>指示ルートを外れるな
再び青色だが、今度は矢印のようなマークに変わって道が光る。
それに沿って僕は全速力で走りながら叫ぶ。
「街中にロープ張るって言ってるけどどうするんだよ!」
ほんと、どうするんだよ?
>>可能な限り回避可能ルートを選択する
>>避けられそうになければ内部から捕縛プログラムを破壊する
>>問題ない
「問題ありすぎだろ……。」
どこがどう問題ないというのか。
Cmpoのシステムの一部を破壊するなんて可能なのか?
可能であったとしてもこれは、僕は犯罪に片足突っ込んでしまったのでは。
むしろ車両破壊をした時点で、あれ?
>>車両破壊及び捜査妨害
>>=器物損壊罪:公務執行妨害罪
ん?今、口に出てた?
「余計な情報提供ありがとう。」
たっぷりと皮肉を込めて言うが通じているだろうか。
街中をジグザグと走りながら、建物の階段を上ったり降りたり、わけの分からない狭い路地裏の放置された鉄筋に手をかけてよじ登って飛び越えたり、平均台のような塀の上を猫を避けながら素早く歩いたり、あるいは飛び移ったりしながらも、どうしても避けられそうにない巷で話題の残虐非道なレッドラインが来たときには、目の前で粉々になっていく奇跡の光景に気絶しそうになる。
僕は必死である。僕必死であるんだ。でも今はこの状況を楽しんでいる自分がどこかにいる。
僕もついに末期状態であろうか。
見慣れない風景が段々と増えてくる。街を大分離れていっているようだ。
あれ、これ、そもそもどこへ行こうとしてるんだ?
いやむしろこれから何するんだ?
僕は何をさせられようとしている?
>>全てのナビは監視されている
>>安全な物と交換を行う必要がある
>>これから回収に向かう
全てのナビは監視されている?それって何気に企業コンプライアンスを問う事例じゃないか?
開発者がいればそりゃあやって出来ないことはないんだろうけど、そんな事実を国民が許しておくはずがない。政府だって許しておくはずがないだろう。
不安一杯と疑問だらけだが、一先ずの行き先と目的は分かった。が。
先程からずっと僕は疑問を口に出していない。ということは……。
「心を読むなよ!えっ読めるの!?」
脳の電気信号とかから分かったりするのか?AIってそこまですごいのか。
僕の頭の中が常時覗かれてるとしたら由々しき事態である。
あんなこともこんなことも分かるっていうことだよね。
え?
>>脳の電気信号は見れない
>>大凡こう考えるだろうと予測して返答をしている
>>見れない機能が不便だ
>>ナビを変えたら本来お前が37分と48秒前に既に開いてるはずだったメールの内容を改めて開示する
最後の遠まわしの嫌味だよな。
見れない機能が不便ってなんだよ。将来見れるようになるわけ?
あと予測出来るとか怖すぎだろ。
僕、これから何回怖がらせられるんだ。
>>人間は呼吸が乱れれば消耗する
>>現に通常運動量の平均数値と比べて過度な心拍数の上昇が見られる
>>目的地まで会話は効率が悪い
>>到着まで質問は受け付けない
「どこのジャイアンだよ!」
だいたい心拍数が上がってるのはお前のせいだよ。
目的地とやらに着いたら死ぬ程問い詰めよう。
彼の正体もその目的も。何故僕のところに来たのかも。
あとついでに可能ならば自首してもらおう。
あ、AIってどうやって自首するんだ?
そう思っていたら大音量で警告音が悲鳴を上げる。
思考に気を取られて一手遅れたのだ。
狭い路地裏から赤が避けられないレベルでこちらへ網を貼り始めている。
目前に迫るレッドライン。
コンクリートの壁を蹴り上がる。
ウォールラン。
間に合わない。高さがあと数センチ足りない。
走り高跳びの選手のように宙で思い切り体を捻るがつま先が触れてしまいそうになる。
あ、詰んだ。走馬灯、見えないや。
赤いラインは寸前の所で粉々になった。
大量の赤色の破片がキラキラと光って反射して、呆然と着地している僕に降り注ぐ。
彼が粉々にしたのだ。
>>喋るな
「ハイ!」