ランナーズ・ハイ!
落下地点を視認する。
よし、悪いけど周りに人もいなさそうなあの車には犠牲になって貰いましょう。
僕が窓から顔を出すと同時に監察官達もそれに気づいたようで何事かを叫んでる。
聞こえないふりをして、いやマジで聞こえないんだが、そのまま思い切り窓枠を踏み蹴った。
あ、空が綺麗。
とは思う間もなく着地姿勢を取る。
リアルフリーランニングをするのは久しぶりすぎて訛ってないか不安になる。
いくらやったことがあるとはいえ、やはり衝撃が体に走る。地味に痛いわコレ。
ボンネットがぐしゃん、と悲鳴を上げて僕をいびつに包み込む。
事故を起こした時のための衝撃緩和装置が作動したのだろうが、相手にとってはまったくありがたくない自体だろう。
>>回避ポイントと移動ルートを示す
>>避けろ
「は?避けろって?」
避けろって、何を。
着地成功の余韻に浸っている暇はなさそうだ。
相変わらず無愛想で説明不足な奴。
誰か取り扱い説明書を持ってこい。
Cmpoの声がようやく聞こえてくる。
耳に響く噂通りの甲高い警告音と共に。
「動くな。止まれ。」
金色短髪のガッシリとした背の高い男が後ろに恐らく部下であろう団体様ご一行を従えてクールに言う。
僕は小柄なので羨ましい限りだ。
シルバーコートがなびいてカッコイイ。
いや、見とれてる場合じゃない。
「解月アサト、不正アクセス禁止法及び殺人教唆の容疑でお前を連行する。」
思考が止まる。僕は何か聞き間違えたのか。
殺人教唆?殺人教唆って今言ったよね。
人を殺すことを僕が指示したってこと?マジで?
それどこ情報だよ。誰情報だよ。Cmpoって情報特化の企業じゃないの?
というよりも。
「そもそも不正アクセスは聞いたけど殺人教唆は聞いてねーよ!!僕は誰も殺してないし、唆してもいない!」
僕は右腰あたりに浮かんだウインドウを見下ろす。
>>言うだけ時間の無駄
>>殺人教唆は俺への容疑だと思われる
「だったらお前、自首しろよ!」
僕だけに見えているはずのウインドウに向かって絶叫する。
思ったより危険だ。いやもう僕だけじゃどうにも出来ない程お手上げだ。
Cmpoに任せよう。きっちりきっかりコイツの情報を引き渡して僕の無罪を主張しなければならない。
車の修理費は……出生払いじゃだめだろうか。
「その会話からしてやはりお前の所にあるんだな。盗んだAIは引き渡して罪は償ってもらう。」
「僕は無関係です。今朝唐突にアラートがおかしくなって僕もよく今の状況が理解できていないんです。」
とりあえず主張してみるが、自分で言うのもなんだが僕も言ってる意味が分からない。
「被疑者は大抵がそう言うものだ。そして自分の罪を理解しない。」
なるほど、イケメン男の中で僕に対する疑惑はすでに罪状と化しているらしい。
言うだけ無駄、とは腹立たしいが当たっているのかもしれない。
ならばどうやってこの状況を切り抜けるか。
AIというのは彼のことか?電子がどうとか言っていたし……。
だがこれほど会話が成立して自立している高度なAIなど僕は見たことも聞いたこともない。
存在しているとしたら一大ニュースになっているだろう。
もしかしたら開発中とかのAIとやらを盗んだのが彼だと推測すべきであろう。
そして彼はなんらかの犯罪、恐らく送付してあった白浜エリィ殺害事件に関わっている重要参考人というわけか。
彼女は電脳空間を通して活動していたから彼が今まで僕に行ってみせた妙なハッキング技術もこれで納得が行く。
あれ、僕、今すごく探偵っぽくないか?
>>俺がAIだ
「お前がAIかよ!!!」
現実は無慈悲だ。やはり探偵の才能はないようだ。