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探偵事務所からランデヴー

 

「あ、朝からグロい……。」


 僕は送られてきた奇妙で不可解な一行メールと送付された音声つきデータ映像に好奇心ともう一~二ヶ月は途切れてるだろうという探偵関連の依頼かもしれないという期待半分を持って調べ始めたことを開始三十秒で後悔した。そりゃあもう後悔した。


 網膜ナビを通して、宙に浮かんだ半透明のウインドウには死んでても生きてても現在絶賛世界を騒がせているDiva:Elliy、白浜エリィの死について書かれた一行メールと彼女が死ぬ瞬間をありとあらゆる角度からたっぷりと、血の一滴まで逃さぬという勢いで記録された映像が同時に映し出されている。


「Cmpoが死に物狂いで規制して押収までしたデータを一体この人はどこから手に入れたんだろう。」

 そもそもこのメールの送り主は一体誰でどんな目的があって僕に送ってきたのだろうか。宛先にはしっかりと探偵事務所名と僕の名前。


【To:解月探偵事務所 解月アサト様】

「これ依頼だよなあ……そうだよなあ……。」


 お世辞にも僕の事務所と名前は有名ではない。どちらかというと死んだ父さんのほうが業界ではとても有名だったらしく、立派で方方に頼られる頭の切れる探偵であり、小さなビルの2Fにあるこのオフィスには何時だって困った人達や訳アリですと顔に書いてあるような人、あるいは強面の明らかに何人か殺ってるだろうという失礼な想像を掻き立てる人が常にいた。


 彼亡き後、周りからこの事務所を閉めるのは探偵の恥!とかいうわけのわからない理屈で半ば無理矢理に近い形で家業として後を継がされたのだ。


 僕としては滅多に家に帰ってこない父であって母子家庭という感覚のほうが強かったので複雑だが。

 今は学生業のほうが本業としているのでこちらは腰掛けどころか僕に実力も無いので、ほぼ開いていないというのが悲しい現状であるが。鳶が鷹を生むように、蛙の子が蛙とは限らないのだ。

 僕は父のように頭がキレるわけでもないし、学業の成績だってイマイチだ。

 そもそも探偵になんてなるつもりはなかったし、これからも学業を終えたら無事就業をして、事務所なんて無かった。と言いたい。


 父とは比較されてばかりだった。

 唯一の取り柄といえば身体能力がすば抜けて、というのは自惚れかもしれないが高いということ。

 だが現在のIT化が進んだ日本では体力馬鹿なんて必要がない。

 平均的が好まれる社会なのだ。良くも悪くも平等精神が根付いている。


 唯一好きだったのがフリーランニングという超マイナースポーツだったが、周りには野蛮という目で見られることに耐えられなくなり辞めてしまった。

 街中を自由自在に駆け巡り、時には空中で捻りを入れながら飛び移ったりと忙しい競技だが、何よりも自分自身の足で不安定な場所に立って走るということが僕にとっては幸せを感じさせた。

 他のスポーツ選手にでもなればもっと違う道が開けたかもしれないが、なんというか、そんな気にもなれない。


 メールに目を再び通す。

「ああどうしようか。でもそもそも宛先があっても差出人がないんじゃどうしようもないよね。依頼人不明のままだもの。そもそも規制がかかってるのに差出人不明なんてどうやったらできるんだ……。」

 きっと質の悪い悪戯だ。父さんが死んだことを知らない人か才能が欠片もない一般人の僕が継いだことをよく思わない誰かからの。本当に困っている人からのSOSなら少しでも答えてあげたいと思うがこの文面じゃそれも判断できない。

「放っておこう。そうしよう。」

 一度決めたらそれで良し。朝から嫌なものを見てしまったと思いながらナビに視線を送ってウインドウを閉じろと仕草をする。そのまま背を向けるとキッチンに向かってすっかり冷めてしまったコーヒーを入れ直そうとカップを持って立ち上がった。


 >>メールを受信しました。


 浮いたままのウインドウに広がる文面と骨に直接響くような大して大きくもない音声にビクリと体が跳ね上がる。ナビは切ったはずだ。ナビを切った状態でメール受信アラートが鳴る設定は入れてない。後ろをソロソロと振り返る。僕は結構ビビリ症だ。これも探偵に向かない要素の一つだと思う。


 点滅しながらナビは宙に浮いていてメール受信の画面が広がっていた。あれっ上手く切れてなかったのか。メール相手を確認しないままもう一度切る動作を送る。


 >>メールを受信しました


 二通目のメールが届いた。ナビの不具合か。なぜか嫌な予感が頭をよぎる。不具合だ。そうに決まっている。


 >>メールを受信しました...

 >>メールを受信しまいます...

 >>メールを受信しています...

 >>メールを受信s...

 >>メールをjyrnい...

 >>メールを何zhなえd...


 画面いっぱいに文字が広がっていく。赤や青や黒、黄色に緑、様々な色の文字が幾重にも重なりあっては、点滅し、かき消していく。

 それは蠢きひしめき合い、何かの意思をもっているようだった。

 マグカップを持った手が震えているのに気がついた。

 完全にバグってるよ。ナビが?僕が?分からない。

 それでもこの状況でカップを落とさない僕を褒めて欲しい。

 そして、崩れてバラバラになっていた文字が一つの言葉になる。


 >>メールを何故開かないのだ?


 ……いきなりフランクかよ。

 そうじゃない。そうじゃないんだ。


「気持ち悪いからに決まってるだろ!!!馬鹿か!!!」


 僕の声がようやく出たと思ったら、罵声という名の絶叫が事務所に響き渡って反響する。

 肩で息をしながら少しだけだがこの異常な状況に冷静さを取り戻したような気がする。


 >>お前よりは知能指数が高く造られている。

 >>気持ち悪いという感情はよく理解できない。


 こいつ喧嘩売ってんのか。そうなのか。

 そもそもなぜメール本文じゃなくて受信機能だけ使って会話してるんだろう。

 というかどうやって他人のナビの、既存アラートを改ざんしてるのか。


 メール、開かない僕が悪いのか。いやいやそうじゃない。

 うんうん唸りながら僕は次の言葉を返そうとして凍りつく。

 当たり前のように相手はメッセージを送り続けているがこちらは何のアクションも起こしていない。

 そう、何もしていない、のだ。

 メールのボイス機能は起動させていないし、対面カメラ機能も勿論ない。


「何故、僕の声がお前には聞こえるんだ。」


 >>俺は電子が繋がっている地点ならば何処にでも存在することが出来るからだ

 >>そうやって造られた


 答えになってない。

 造られたって、なんだ?電子が繋がっているって電脳空間のことか?

 そもそも僕になんの用があるっていうんだ?

 疑問がぐるぐると頭の中をめぐる。僕の頭は状況をちゃんと理解して整理して次の道を切り開くほど優秀には作られていないのだ。


 >>理解できないことを気にすることはない

 >>知能が若干足りていなくても俺には何の影響もない


「うるせーよ。」

 なんだか一気に冷めた。というか、コイツムカつくな。


 >>お前がメールを開かない為15分と37秒の時間の損失

 >>あと3分21秒後にCmpoがここに乗り込んでくる


 いやいやいや。おかしいだろ。色々となんでだよ。

 カップラーメンすらギリギリ作れないだろ。

 えっ、ていうかCmpoが乗り込んでくるの?


「え、マジで?何のために?」

 なんだか本当に馬鹿っぽく聞いてしまった。

 というか今更ながらこのやり取りになれてきたぞ。


 >>俺を回収するために

 >>お前の容疑は政府のサーバーから情報をハッキング

 >>罪状:不正アクセス禁止法

 >>あと2分を切った


 俺を回収するためってなんだ?そもそもハッキングなんて僕はしていない。

 不正アクセス禁止法は一昔前まではそこまで重罪ではなかったのだが、プライバシーを重んじて電脳空間が異常なほど発展しているこの国においては法律が数年前に変わった。

 確か最大で無期懲役。

 え?無期懲役?僕が?

 まだやりたい事もたくさんあるし、恋だってしたことないんだぞ。

 いや、まともに考えたらむしろこれ冤罪だよな。


「どうしろっていうんだよ!わけがわからない……。」


 >>迅速かつ速やかに逃げろ

 >>ルートは俺が指示する


 逃げるって。ここで逃げたら犯人ですと言ってるもんじゃあないか。

 そもそもCmpoがここに来るという事実自体が嘘なんじゃあないか?

 僕は窓の側にかけよってそっとカーテンを開ける。

 なるほど、もう大量のシルバーに赤い十字を模した車が事務所前で整列している。

 これは現実じゃないんだ。カーテンを締め直すと僕は後ずさりを始めた。

 だが無情にもウインドウに文字は続く。


 >>解月朝夜ではなくここにいるのがお前で良かった

 >>俺に欲しいのは知能でも導く力でもなく誰よりも優れたお前の身体能力

 >>俺は一人では現実を歩けない

 >>助けが必要


 何もかもがデタラメでいい加減で理不尽だと思うけど、僕はその瞬間、何かを体に流し込まれたような不思議な感覚を覚えた。

 父ではなく彼は僕を必要としている。僕は必要とされている。

 彼の助けになりたい。かも。


「わかったよ。まずはどうすればいい?」

 顔も正体も分からない相手の指示を仰ぐなんて気が狂っている。


 >>そこの窓から飛び降りろ

 >>着地はボンネットの上で良かろう

 >>計算上87.4%の確率で安全だ


「残りの13%と小数点以下は何なんだよ!!!」


 前言を撤回しよう。やっぱり彼の助けになりたくない、だけど反対に僕の体は窓に向かって勢い良く走り出していた。

 窓枠に手と足をかけて見た空はなぜだか、いつもとはまったく違う色に見えた。








感想、苦情、ご要望、誤字脱字、何でも良いので待ってます。

作者のやる気とテンションが上がります。お願いします。

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