re.異世界
まさかの空中スタートだった。
全く構えてなかったというのにマンションの三階くらいの高さからまっ逆さまに落ちて行く。今まででトップ3に入るレベルの恐怖体験である。
「うおわああああああああ!!!」
いきなりだったので悲鳴を上げているが、よく考えたら木刀を持ってる俺には大して苦もなく着地できる高さだったことに気づき、スパッと着地する。もとの世界ではこういう事もできなかったので、新鮮な感覚だ。
まずは街に行きたいんだがな、と思うと脳内で誰かが返事をしてくれた。
『一番近い街はドラッグ。最短距離は東にまっすぐ』
便利なもんだ、と思いつつも、変な感じだとも思う。とりあえずこの機能は人生イージーモードになりそうだから切っとこう。
お告げ(?)の通り、東に真っ直ぐ走る。しばらくすると街……は見えてこなかったが、代わりにゴブリンらしき魔物が見えた。
「おお、これが魔物か。やっぱ居るんだな」
ギイギイと鳴いて一目散に突進してくる。その単調な攻撃を避け、木刀を野球のようにフルスイング!
「お、飛んだ飛んだ」
山なりに5mくらい飛んで、ゴブリンと地面の熱烈なキス。しばらく痙攣していたが、やがて絶命したらしく、ぽわぽわ浮く素材に変わった。
「なんだこりゃ……石?宝石か?あと、これは耳……か?触りたくねえけど一応置いとくか」
神にいただいたアイテムボックスとやらにぽいぽい入れていく。非常に便利なスキルだが、重量とかの制限はあるのだろうか。
「ゴブリン程度は撲殺できたからいいものの……。街、ぜんぜん見えてこねえな」
こっちに来てから、実は結構走っている。「しばらく」とか言ったが、少なくとも30分は走っているはずだ。だというのに街は見えてこない。
「本当にこっちでいいのかね……。お、人が居る」
きょろきょろと辺りを見回すと、木にもたれて休んでいる少女が居た。
ピンクの髪を後ろで一つに結んだ、一目で天然だと分かるような外見の少女。ローブを着ているので、魔法を使うのだろうか?
一瞬起こすのを躊躇うが、どちらにせよこんな所で寝ていると俺に襲われるとしてもモンスターに襲われるとしても危ないので起こす。
「すいません、すいませーん……」
「んむ……」
少女が目を覚ます。
俺と目が合う。
視線が下がっていき、俺の股間で止まる。
俺は、一糸纏わぬ姿だった。昔風に言うと赤身、ありていに言うとマッパ。
しばしの沈黙。
「ぼ、ボクが寝てる間に……」
あ、なんかヤバい気がする。
「何しようとした変態ーーー!!!」
「誤解だあああぁぁぁ!!!」
出会い頭に、少女に燃やされた。貴重な体験だ。
というか、なんで何も着てないんだろう、俺。なにより、それに少し興奮している辺り俺も救えないな、と思った。
「……つまり、ドラゴンに襲われて川に逃げ込んだ時に全部脱いだんだ、と」
「はい……」
嘘も方便。ドラゴンなんて見てもないし、追われるとかそんな怖いことしたくない。
「……まあ、許してあげよう。だから早く服着て!そんなの見せびらかさないでよ!」
少女の顔がどんどん赤くなっていく。少女の反応があまりにも可愛いのでもっと近づけたくなってくるが、自重。しかし着るものも無いので、木を薄く剥いで(ナイフを借りた)腰に付ける。
「なんかゴブリンの腰みのみたいだね、それ」
クスクスと笑う少女はやはり可愛い。年の頃は俺と同じくらいだろう。落ち着きと知性を感じるが、やはりこんな世界で命も保証されないような暮らしをしていると精神年齢も上がるのだろうか?
おっと、こんな話をしている場合じゃなかった。
「ともかくすまなかった。本題はこっちなんだが……この近くにあるはずのドラッグという街に行きたいんだが、道を教えてくれないか?」
「うん、いいよ。っていうか、ボクも今からドラッグに帰るところなんだ。一緒に行こうよ」
「そりゃ助かるな。是非お願いしよう」
少女の先導でドラッグへ向かう。周りに何もないのにこうして先導していくとは流石だ、と思うがやはり生まれ育った場所というのは別なんだろう。
しばらく黙って歩いていたが、沈黙に耐えられなくなったのか少女が口を開いた。
「そういえば名前聞いてなかったね。ボクはフィレス。君は?」
「あ、ああ、光だ」
この流れになったら「訪ねた方から名乗るのが礼儀だろう」とか言おうと思ってたのに、最初から名乗られてしまったので動揺する。
「ヒカルか……。ヒカルは、なんでこんな所に居たの?ボクとあんまり年変わらないよね?」
「年は14だ。まあ……剣の武者修行ってとこかな」
「その割に持ってるのは木刀だよね。っていうか、服は脱ぐのに木刀は置いてこないって……?」
「フィ、フィレスはなんでこんなとこ居たんだ!?」
全力の話題転換。あまり掘り下げられるとボロを出さない自信は無い。頭は良くないのだ。
「ボクは……ちょっと前にお父さんが死んで、お母さんが出ていってね。自分でお金稼がなきゃ、と思って冒険者になったんだけど……ボクは炎魔法以外使えないから、どこのパーティからも捨てられちゃって……」
前触れもなく急に始まるヘビーな話。勘弁してくれ。これはコメディ作品なんだ。
「あ、ああ。それじゃ、俺とパーティ組めばいいんじゃないか?しばらくはドラッグに留まるつもりだし」
「いいの!?ありがとう!……でも、戦えるの?木刀しか持ってないのに」
「戦えるさ。……お、いい所に獲物が居るじゃないか」
俺の前に居たのは、俺と背丈が変わらないくらいの大きさのゴブリン。不意打ちだと俺の実力を見せることにならないので、わざと大きい音をだしてこちらを向かせる。
「グアアアアア!!!」
大声を上げつつ突進してくるゴブリン。血気盛んだな。俺はそれに抜き胴を打った後、喉に突きを打つ。こりゃ、実は剣道できたかもしれんな。
木刀が喉に貫通し、血飛沫が上がる。しばらくするとゴブリンはドロップアイテムに変化した。……あれ?グアアアアア、とか鳴いてた?
ゴブリンの鳴き声って、確か……。
「おお、なかなかやるじゃん!でも、その子さ……」
俺が調子に乗っていると、フィレスが周りを警戒しながらすごい一言を告げる。
「オーガの幼体だと思うんだけど……」
「……へ?」
ズシンズシンと響く音。見ると、さっき俺が落ち始めたところくらいの高さがあるでかい人型のモンスターが俺たちの前に二匹。
「やばいかなー……」
ちらりとフィレスを見る。多分俺一人ならなんとかなるが、庇いながらとなるとちょっとキツいかもしれない。
そんなことを思っていると、その視線に気づいたのかフィレスが杖を取り出した。
「もー、しょうがないなー。一匹は倒してあげるから、もう一人は自分で倒しなよ?」
「え……。戦えるのか!?あんた!?」
「いや、当たり前でしょ……」
苦笑いを挟み、フィレスは詠唱を始める。おお、素人目にもわかる。速い詠唱を……。
「あーもう!めんどくさい!詠唱破棄!」
やめた。
「ちょ、あんたそれで発動するのか……!?」
「いいんだよ!最大出力!『イフリート』!!!」
その名を叫んだ瞬間、周囲の温度が段違いに上がる。見ると、熱気を放っていたのは一人の大男。その体は炎でできていた。
「いっけえーーー!!!」
フィレスの言葉と共に、イフリートが腕を振り下ろす。オーガの身体は触れたところから蒸発していき、後にはドロップアイテムだけが残った。
「じゃ、次は君の番だよ、ヒカル!頑張ってね!」
そういえばさっきフィレスは言っていた。自分は炎魔法以外使えないと。
それはつまり、炎魔法は凄いクオリティで使えるということじゃないのか。
ーーーこんな人材、失ってたまるか。
絶対パーティを組んでやると、俺は誓った。