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七賢伝説  作者: 雪月花
9/15

第9話「英雄」

「……ふむ」


手元の資料を確認しながら、齢40を過ぎその眉間に僅かなシワを作りつつも

その精巧な顔つきは戴冠当時のままを思わせるこの国の王ハウルウト一世は一息漏らす。


「ひとまず二千人は集まったということか。これだけの傭兵部隊ならば十分に戦力として機能するだろう」


「はい、問題は部隊のまとめ役についてですが……」


そう言って続けざま国王に資料を渡そうとするラシュムに対し、王は軽く苦笑しその資料を受け取る前に答える。


「その件についてはラシュム。卿に部隊の指揮を任せたい」


「は?」


その返し予想外だったのか普段の王宮内においてどのような事態が発生しようとも常に賢者のような落ち着き対処を払っていた彼からは思いもよらぬ呆気にとられた表情を見せ、その普段の彼を最も知る国王が思わず彼の一瞬間抜けとも言える反応に堪えきれず笑みをこぼす。


「ふ、ふふふ、卿でもそのような間の抜けた顔をするのだな。これは貴重な反応だ、ラシュム」


「国王陛下、ご冗談はおよしください。私が貴方の元を離れては誰が貴方の体調を管理するのですか」


しかし、からかわれたラシュムはどこか怒気を含んだ声色で返すが、それはからかわれたことに対してではなく、自身を国王の傍から遠ざける行為に対してのものであった。


「ああ、それについてはもう気にするな。私とて子供ではない。いつまでも卿に看病されたまま日々を過ごすというのも窮屈であろう。自身の管理くらい自分で行う」


「そういうことではなく……」


続けざま言おうとしたラシュムのセリフを再び国王が遮る。ただしそれは故意ではなかった。


「……っ、ごほっ……ごほっ!」


「陛下っ!」


口元を押さえつけしきりに何度も咳き込む国王の傍により、その体調を調べるラシュム。

しばしの後、咳が止み静かに国王が口を開く。


「……卿もわかっているだろう。長年私の体調を傍で支えていたのなら、これがもう治ることはないと」


「…………」


その国王の言葉にラシュムは沈黙を持って答えるしかなかった。

この王国の宮廷医師として迎えられてよりラシュムは長年国王の体調管理を任されていた。

それゆえに彼の体調の変化に誰よりも詳しく、また同時に悟っていた。


王が宿した病は死の病であることを。

それは宮廷に住まう誰もが知らぬことであるが、戴冠後まもなく病を患い、時折人目もはばからず咳き込む王の姿にもしやと思う者も少なくはなかった。

ゆえにラシュムはそれが人々の間で憶測として止まっている内に国王の病を治すと誓っていた。


だが、王が宿した病を見続け何十年。結局その成果が出ることはなかった。

それは決してラシュムが医師としての技量に劣るからではない。

むしろ、ここまで王の病を知られずに体調を管理し続けたその技量をこそ褒めるべきであろう。

ラシュム以外の誰かであったのなら、王の病は露見されるか、すでにその身は崩御していたはずなのだから。


「しかし、さすがに騙し騙し続けるのもここらが限界のようだ。ゆえに私は自分の命があるうちに後顧の憂いを断っておきたいのだ」


「……それが北の魔族、ですか」


その言葉に国王ハウルウト一世は静かに頷く。


「いまこの時代において最も人の驚異となり得ているのは北の魔族、死の王タナトスだ。

奴の勢力は北のフォブリア大陸はおろか他の大陸へとその魔の手を伸ばしている。そしてそれはこのロー大陸のアルフェスも例外ではない……数年前のあの襲撃がそうであったように」


言ってその言葉には重い感情が乗っていた。

自国の民を失った悲しみと、奪われたことへの怒り、そしてもう二度とそれを繰り返したくないという後悔の想い。


「ラシュムよ……卿の本来の能力は医術などではなく戦闘であろう。天より授けられたその力、この時代を蝕む魔族に対して使わず一体何に使うというのだ」


そう、ラシュム=ジラックスとは天より二物を授かった人物であった。

彼はこの時代においてその名を知らぬ程に有名な医術を備えた医師であり、同時にアルフェス王国きっての最高天術師。

その証明とも言える天を統治する天統。緑天統の称号を得ていたのだから。

だが皮肉なことにその二物を持ったが故に、彼はそのどちらかしか発揮することは許されなかった。

医師と天術師。それは本来相反する職業とも言える。

人を癒し、病を治すのが医師であり、戦場において敵を撃退するのが天術師の役目。

故に医師として有能であればあるほど、彼は戦場においてその才を発揮することはなくなるのだ。


「なに、心配するな。先程も言ったように卿がいようといまいともはや私の症状はどうにもならぬところまで来ているのだ。ならば、卿がいなくとも大差などはない。それよりも北の魔族を討伐すること。それが私への万病の薬と思え」


その国王の言葉にラシュムはようやく理解する。

なぜ、彼がこの時期に北の魔族討伐に乗り出したのか。

自分自身の残りの命数に気づいてしまったからである。

今更どうあがいても寿命が変わることはない。病に蝕まれた自身の限界に。

故に彼は行動に出た。それは自身が生きているうちに結果を残したいというそのような安易な理由からではない。

彼が崩御した後、このアルフェスの情勢は大きく変わるであろうこと。

ハウルウト一世には世継ぎが存在しない。無論妻を娶ったことはある。

だが、その妻との間に子が出来ることはなく、その妻も数年前の魔族襲撃の折、犠牲となっていた。

ゆえに彼の亡きあと、その玉座に付くのは王家の血筋に近い人物。おそらくは上級階級の貴族の内の誰かであること。

そして、誰が後を継いだとしても、その中の誰ひとりとして今の王宮には時代を変えようと行動する者などひとりもいないであろうことを。


歴史において名君であれ暴君であり、その名を残すことのできる王とは即ち行動力に長けた人物であること。

それが偉業であり悪行であったとしても、そうした歴史を動かすほどの行動を起こせる人物というのは実のところそう多くはいない。

自らの行動一つで国が大きく傾く。そうした行動に対して多くの者たちは尻込みし、あるいは後の責任に怯える者も少なくない。

だからこそ行動を起こせる人物というのはそれだけで歴史に名を残す資格があった。


ハウルウト一世はそのように自分の名が歴史に残るため行動を起こそうとしているのではない。

むしろ、彼が考えるのは自身の亡き後、行動を起こせる者がなき国のこと。

それは民が一番望む理想的な統治として終わるであろう。

だが、もし再び北の魔族がこの国を侵略してきたらどうする?

おそらく自国の防衛にのみ専念し、その元を絶つことはないであろう。

そして、それはこの先何年も続く。ならばこそ、今動かなければ人類の希望を勝ち取る機会はなくなる。

たとえそれが国の戦力を削ぐ愚かな行動として後の歴史に愚王として刻まれることになろうとも。


「……分かりました」


そんな国王の決意を口に出さずともラシュムは全て理解した上で答える。


「ふふ、卿にはいつも苦労をかけるな、ラシュム」


「なにをおっしゃるのですか陛下。友ならば、当然でございましょう」


それは臣下が口にするには不敬にも取られる言葉。

しかし、その言葉を聞いたハウルウト一世は咎めることなく、むしろどこか驚いた様子で、後に静かに微笑み頷く。


「ああ、そうであったな。友として、だな」


「ええ、友として、です」


その言葉にどんな意味が込められているのか。それを知るのはこの場の二人のみであった。



◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆   ◆



アルフェス王宮の一角には客人用として別荘がいくつか存在した。

その中に先の傭兵募集の中で特に高い水準として認められた者が特別待機を命じられていた。

そのうちの一人として、嵐の魔女を名乗ったイフという少女もまたいた。

しかし彼女は部屋にこもるわけでもなく、王宮内の一画、噴水のあるガーデニングにてベンチに座り、ただ静かに遠くを眺めていた。

そんな彼女の前方から人影が差し込み、年若い少年の声が響く。


「よお、こんなところにいたのか。嵐の魔女さん」

挿絵(By みてみん)

「……なんじゃお主は」


それはあの時、傭兵募集の際にイフの騒動を遠くから見学していたグレスト、バサルト、アイシスであった。

あのあと、多少の騒ぎにはなったものの仲裁に入ったバサルトとアイシス、そしてラシュムの指導のもとすぐに収まったため、グレスはともかく他の二人に対してはなんとなく見覚えがあったイフ。

だが、目の前で偉そうにしている奴に関してはこれが初の顔合わせとなる。


「俺はグレスト=F=レヴァントス。お前と同じで北の魔族討伐に参加する一員だ。ってことで挨拶に来たんだよ。まあ、短い付き合いになるだろうがよろしくな」


「そうか」


一言。バッサリと切り捨ててイフは帽子を深くかぶりすぐさま会話を終わらせる。

そこには自分に関わるなという無言のオーラを目に見えて出していた。

が、それに気づいてか気づかずかズカズカと無遠慮にグレスは踏み込み、隣に座り出す始末。


「しかしあの嵐の天術、一瞬だったがなかなかものだったぜ。普通双属性ってのは二つの属性術をそれぞれ行使するもんだが、ああまで完璧に二つの属性を複合して一つにするってのは並じゃまず出来ねぇ。それこそよっぽどの鍛錬でもしないとな。まあ、見た目ガキのわりにはやるもんだな」


「……ガキではない」


「ん?じゃあ、いくつなんだ。その見た目で子供じゃないなんてことはねーだろうよ」


「見た目で人を判断するでない。儂はフラグメントじゃ」


そのフラグメントという言葉にその場にいたグレス含むバサルト達の息を呑む声が聞こえた。

フラグメント。それは欠片という言葉であり、その意味するところは即ち『神の欠片』

彼らはかつてこの世界に存在した神々。世界を統治する神王。それに仕える空王、地王、海王の三王。

そのいずれかの神々の血肉を受け継いだ、いわば小さき神々であった。

それゆえ彼らの寿命は神と同様に長寿であり、生まれついての能力もまさに宝石と呼ぶにふさわしい天賦を授かる。

だが、彼らの存在は貴重ゆえに希少。生まれついての能力と長寿性による弊害か、彼らフラグメントの間には子が生まれる確率が非常に低く、仮に生まれたとしてもその人物が親と同じフラグメントとして生まれる確率はさらに低い。

よって神話の時代からすでに数百年経った今では世界中の多くのフラグメントは寿命でなくなり、その血を受け継ぐフラグメントも僅かな数しか存在していなかった。


「なるほどな、それならお前の能力の高さも頷ける。ってことはその見た目でお前すでにババアってことか?」


「し、失敬な!儂はまだ14じゃぞ!誰がロリババアじゃ!」


なにやら文面が増えたような気がするが先程までの落ち着き払った態度はどこへやら、見た目相応の子供らしい抗議を全身で行い、やがてそれに気づいたイフはみるみる顔が赤くなる再び「ばっ」と帽子を深くかぶりうつむく。


「もう~、グレス君ったらあんまり意地悪したらダメだよ~。ごめんね、イフちゃん」


とグレスのそんな軽口を咎め、イフに声をかけるアイシスであったがそれに対する返事はない。

代わりに聞こえたのはこの状況に対する疑問であった。


「……お主達、一体儂になんのようなのじゃ」


「いやなに、なんでお前みたいなのが北の魔族討伐に加わったのか気になってな。“嵐の魔女”さん」


「……ならば逆に問う。お主達の方こそ、なぜ魔族討伐に加わった。特にそこの性格が悪いのとお利口そうな二人。お主達ロアドゥ族であろう。南の大陸出身者がよくもこんな東の大陸まで来て北の大陸を目指そうなどと思うものじゃ」


イフの指摘に対しグレスもバサルトも口には出さないものの、その鋭い観察眼に感心する。

彼ら二人はウォーレム族の中でも特別な種族であるロアドゥ族。彼らと通常のウォーレム族を区別するのは一般の人間には難しい。

彼らロアドゥ族を判断するための材料は、ウォーレム族の特徴の一つである紋章である。

この紋章がロアドゥ族のみ決まった形として生まれたときから刻まれる。

つまり博識ある者ならば、彼らの肌に刻まれた紋章を見れば判断できるのである。


「……僕たちが魔族討伐をするのは僕たちがロアドゥ族だから、それで十分のはずでしょう」


そう答えたのはお利口そうとイフに評されたバサルトであった。

その回答も実に模範的なものであり、お利口そうと彼を評したのも真面目な態度だけでなく、その態度が模範的でつまらないという揶揄を込められたものであったのだが、それを知ってか知らずかそのままな回答にイフはどこか呆れたようなため息をもらす。


「それはつまり……英雄種族の義務というやつか?」


英雄種族。それはバサルト達ロアドゥ族を評する代表的なフレーズであった。

そもそもウォーレム族というのも区別するならばフラグメントの一種である。

彼らは地王エルドラードの血を受け継ぐ種族であり、地王と同じ褐色の肌を持つのがその証拠であった。

しかし、フラグメントと比べれば彼ら一種族に流れる血は神の血統というにはあまりに微量であり、それは肉体的特徴であられる程度のものであった。

だが、彼らロアドゥ族はそんな数多く存在するウォーレム族達の中にあって頭一つ抜けた種族であった。

それは文字通りエルドラードのフラグメントと呼ばれても遜色ないほどに、濃い血と能力を授かっていた。

それゆえ、彼らロアドゥ族とは歴史において多くの英雄的活躍を残してきた種族である。

かつて南の大陸を支配した魔王・眠りの皇帝ヒュプノプスを倒すために結成された銀の太陽と呼ばれる英雄達。

彼らを支えたのはロアドゥ族の巫女であり、その彼ら英雄たちに神器と呼ばれる神々の武器を与えたのもロアドゥ族であった。

いわば彼らロアドゥ族とは英雄となるべく生まれた種族であるとさえ言われている。


「まあ、そうなりますかね」


イフのその言葉にバサルトは自分たち種族が背負った宿命を肯定する。


「英雄じゃと?バカバカしい、お主たち、そんな称号が欲しいのか」


それを見て、先程まで感心のなかったイフの目にどこか苛立ちとも呼べる感情が宿る。


「英雄と呼ばれてチヤホヤされたいのか、誰かに感謝でもされたいのか、それとも歴史に名前でも残したいのか?どれにしても馬鹿馬鹿しい。いいか、おせっかいを承知で言わせてもらうぞ。英雄となった者の末路は必ず悲惨な最後を遂げる」


それは先程まで感情を押し殺しうつむいていた少女とはまるで別人のようにイフは立ち上がりバサルトたちに向け弁舌する。


「今はまだ必要とされるじゃろう。いや、こういう戦いが起こっている場でこそ英雄と呼ばれる人物は必要とされる。じゃが、それが終わったらどうなる?戦いが終わった後の時代に武器に意味があるのか。強大な力がそこに存在して、大衆はそれを喜んで受け入れるのか?そんなわけがあるまい!断言してやる。必要とされなくなった英雄とは必ず淘汰されるとな」


それはまるでうちに抱えていた何かを吐き出すような叫びにも似た演説をバサルト達は静かに聞き終え、思いのほか熱くなってしまったのか息が荒くなっていたイフは呼吸を整え、寸前までの自分のらしからぬ行動にどこかバツが悪そうにうつむき、再び帽子を深くかぶりベンチに座る。


「……余計なお世話じゃったな。じゃが、これだけは忠告しておくぞ。もしもお前たちが英雄というものに少しでも憧れているのなら、それを叶えたとき、お前たちは後悔するぞ」


「いいえ、それはありえませんよ」


そんなイフの最後の忠告に対し、黙ったまま聞いていたバサルトが静かに反論をした。

その迷いのない答えに思わずイフは顔を上げる。


「確かに僕は英雄というものに憧れています。ですがそれを叶えて後悔することはありません。たとえ何があろうとも、それだけは絶対です」


そこには一片の迷いもなく、仮に先程のイフが言ったとおりの結末を自分が迎えることになろうとも後悔はないと。その感情だけがハッキリと伝わってくるようであった。

それを見てイフは先程と同じように反論するか、それとも呆れるか、そうした態度を予測していたが。


「そうか」


とただ一言だけ、そのバサルトの答えを受け入れた。

そこには呆れるような感情は全くなく、だからといって無感情に流したわけでもない

強いて言うなればどこか羨ましいような憧れを抱くような感情が込められていた。


「私も英雄とか聖女とか憧れにしか過ぎないけど、それになれたらいいなっては思う。けど、それ以上に私の場合はただ困ってる皆を助けたいってそれだけだから」


「お主の場合は根っからの聖女体質じゃな」


そんなアイシスの返答に対しイフは思ったまま素直に返したが、アイシス本人は「え?え?」と困惑をしていた。そして、残るひとりの回答は。


「俺は別にこいつらみたいに英雄願望なんてねーよ。むしろなりたくもねーしな」


と先の二人の回答を真っ向から否定する答えが返ってきた。


「ではなぜお主はこやつらと一緒にいる?こういってはなんだが、お主が一番この場にふさわしくない存在じゃぞ。北の魔族を討伐する理由もな」


「そりゃまあ、今は俺自身の命のためにやるしかねーわけだけど、まあそれを差し引いても俺が魔族討伐を目指す理由なんて一つだわな」


言ってグレスはバサルトを指差す。


「こいつを英雄にする。その夢を叶えてやるために一緒にいる。ただそれだけだ。魔族討伐なんてそのための手段みたいなもんだ」


「……は?」


そんなあっけらかんとした答えにイフは先程までの怒りや憧憬や呆れとも異なる感情を口にする。

言うなればそれは不可解。

自らの栄誉や夢のために戦うものならば理解できる。それが英雄願望であったとしても、それが揺るぎないものであるのならイフは先程のバサルトの答え同様に認めるだろう。

そしてそれはアイシスも同様である。

だが、この男の目的は意味不明だ。

自身の栄誉とはかけ離れ、だからと言ってアイシスのような夢や希望を抱いたようなものでもない。

言うなれば完全に他者のためのもの。自らに見返りや栄誉が来るわけでもないもの。

そんな目的を目の前の男は本気で、迷いなく断じていた。

そんなある意味で最も英雄にふさわしい無償の目的を、この中で一番ふさわしくないはずの人物が。


「わけがわからん。お主馬鹿なのか?」


「誰が馬鹿だ。俺様は天才だっつーの」


そんな子供のような口論を行う二人であったが次第、見かねたアイシスやバサルトが仲裁に入る。


「なら聞くがよ、お前こそなんの目的でこの討伐に参加したんだ。嵐の魔女さんよ」


それは最初にグレスがイフに対してした質問であり、もとを正せば先程までの質問も元々は嵐の魔女と呼ばれるイフに対する問いかけであった。

三人それぞれの目的と答えを聞き、それに対してイフが何を求めてこの討伐に参加したのか、その答えを期待した一行であったが返ってきたのは実に奇妙な答えであった。


「……後悔したくないだけじゃ」


そんなポツリと吐いた言葉にグレスは思うまま答える。


「は?お前のほうがわけわかんないだろう」


「うるさい!お主には関係ないわ!」


そうして再び両者の口喧嘩が始まろうとした瞬間、アイシスやバサルトが止めるまでもなく、別の第三者によってそれは遮られる。


「おやおや、これはこれは。牢獄に囚われたはずの罪人達がこのような場所で野放しとは、このアルフェス王宮内の警備も随分と甘くなったものですな」


それは数人の護衛を引き連れ、あの時グレス達を捕らえた貴族リレムであった。


「なんの御用でしょうか、リレム卿。こちらグレス君達の処遇は国王の名のもとラシュム卿の命令で王宮内での自由は約束されているはずです」


そんなリレムの登場に際し、真っ先に彼らを庇うように前に出たのはアイシス。

もとよりグレスやバサルトが牢より出され北の魔族討伐のために駆り出されたのはすでに王宮内では周知の事実。

よってここで仮にリレムが何かを言ってきたとしてもグレス達を再び牢に入れることは出来ない。それを認識させる意味も込めたアイシスはそう言うが。


「いえいえ、なにも私は別にこの者たちの罪を問い直しに来たわけではありません。実はひとつ話があって来たのです」


「話……ですか」


以前よりアイシスはこのリレムという人物が苦手であった。

その理由は自分が神官としての道を歩み、聖堂にて修行を行っている際、時折王宮からの訪問として出会うことがあった。

その際に何度となく声をかけられることはあったのだが、それだけで苦手と思う理由とはならなかった。

アイシスがリレムを苦手だと感じたのは彼の周りに漂う黒い噂によるもの。

それはこのアルフェス王国内の貴族を金で掌握し、その地位を奪い失墜させてきたというもの。

無論あくまでも噂に過ぎないが、かつてアイシスの父は現在の国王に近い立場にいた人物であった。

だが、このリレムが台頭してくると同時期に突如として父は王宮から追われるように飛ばされ、以来本来であれば王宮暮らしでも不思議はなかったアイシスが城下町で育ったのはそういう理由からであった。

無論アイシスはそのこの事態に対する恨みは持っていない。

だが、それでも父を追いやったかもしれない人物に対しなんの恨みも持たないことは出来ずにいた。


「分かりました。内密の話でしたら席を外して……」


「ああ、いえ、申し訳ないのですが話とは貴方にではないのですよ、アイシス嬢」


その思わぬ返しにアイシスが軽く驚くと共に自身への要件であると思っていた勘違いに少し恥ずかしくなり顔を染める。

そんなアイシスの反応を楽しんでいるのかリレムは最初と変わらずニヤニヤしたままある人物を指差す。


「話と言うのは――貴方にです。ウォーレム族の少年」


その人物とはグレスであり、グレス本人にとってはまるで身に覚えのないご指名であった。

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